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僕と先輩との……①

「……以上で今日の放送を終了します。ありがとうございました」


 余韻を含んだ下校用の音楽も徐々にフェードアウトし、本日の放送委員の仕事が終わる。


 話し方も声のトーンも先ほどの一件を全く感じさせない。


 さすがは中沢先輩だ。


 調整卓の主電源をオフにして、先輩は僕へと向き直る。


「……で、さっき様子が変だったけど、どうかしたの?」


 直截な質問に吹き出しそうになる。気になって仕方がなかったのだろう。


「いえ、中沢先輩は『強い』なって思ったんです」


「強い?」


「ええ、強いです」


 訝しげな顔をしていた先輩が思い出したように言った。


「そう言えば、前にもそんなこと言ってなかったっけ?」


「はい、言いました」


「う~ん……確かアナウンサーになりたかった理由だったよね」


「そうです、そうです。よく覚えてましたね」


「……まあね」


 ほんの少し、顔を赤らめて先輩は口を濁した。


 僕は、そんな先輩を見て不思議に思いながら、続けて言った。


「幼い頃の僕は誤解してたんです、アナウンサーは『強い』って。だから、感情を見せずにニュースが読めるんだって思い込んでいたんです」


「意味がよくわからないけど?」


「ニュースを読むアナウンサーは放送以外もずっとあんな調子だと勘違いしてたんですよ。馬鹿ですよね」


 僕の言っていることが理解できなくて先輩は戸惑っているようだった。


「僕はですね、先輩。ずっと自分の感情がなくなればいいと思ってたんです」


 感情がなくなればいい……その台詞に先輩が驚いているのがわかる。

 

「感情なんてなければ悲しみや悔しさも感じなくなる。僕は何も感じたくなかった……強ければ、何も感じなくて生きていける。だから、アナウンサーに憧れたんです」


「和地くん……?」


「もちろん、それが間違いであることは、少し大きくなるとすぐにわかりました。彼らも普通の人間に過ぎないんだって。でも、家族に不幸があっても、それと悟られないように放送を続けるエピソードを耳にして、やっぱり僕はアナンサーになりたいって思ったんです」


 そう、僕はいつも沈着冷静で感情の起伏を見せずに生きていけたらと、ずっと思っていた。


 それと同時に周囲の人間が僕に見せる憐憫と同情の視線が嫌でたまらなかった。

 だから、小学校時代の僕はいつも独りでいたんだ。


 誰とも関わりたくなかった。


 その方が気が楽だったし、慰めや労わりの言葉を聞き続けると自分の不幸を武器に他人に甘える癖がつきそうな気がしたからだ。

 不安そうに僕を見つめる先輩に気付き、僕は事情を打ち明けた。


「僕の両親と妹は……僕が小学校4年の時に交通事故で亡くなったんです……」




 前から予定していた家族旅行の当日に、僕は高熱を出した。


『せっかく予約してあるんだから、行ってきなさいって。尋高は私が看てるから大丈夫よ』


 おばあちゃんの言葉で、家族旅行は僕抜きで実施されることになった。

 後日、おばあちゃんはそのことを苦にずっと自分を責めていたので、今でも決して触れないようにしている。


 おばあちゃんは悪くない。息子夫婦を思いやる善意の気持ちで出た言葉だ。


 恨むのは間違っている。


 出掛けに、母さんは『いい子にしてるのよ』と心配そうに僕を覗き込んだけれど、不貞腐れた僕は布団に潜り込んで返事をしなかった。


 いつも生意気な2歳下の妹も珍しく『お土産、楽しみにしていてね』と病身の僕に優しい言葉をかけてくれたが、素直に受け取れる余裕もない。


 今にして思えば、どうしてあの時、素直に応対できなかったのだろうと、いつも後悔する場面の記憶だ。


 本当に後悔は先に立たない。


 家族を奪った交通事故は帰りの高速道路で起こった。多くの車が絡む多重追突事故に巻き込まれたのだ。


 そして、僕だけが一人残された。




「最初は、正直よく理解できませんでした。おばあちゃんや周りの大人は何を言ってるんだろう? 何を泣いているんだろう?って……だって一昨日、元気に出て行ったんですよ。信じられる訳ないじゃないですか」


 先輩の表情を見て、自分がちゃんとしゃべれているのを確認する。


 大丈夫、ちゃんと話せてる。


「でも、いつまで経ってもみんな帰ってこなくて……僕は……僕は考えるのを止めたんです。ずっと何も考えないようにしてた。きっと信じたくなかったんですね……ところがそんな時に」


 偶然、テレビをつけたらニュースをやっていた。


 それも僕の家族が被害に遭った事故のニュースだ。


 アナウンサーは淡々と僕の両親と妹の名を読み上げていた。


「……それを聞いて、『ああ、三人とも死んで僕だけ残ったんだ』って、すっと胸に落ちたんです。他の誰が言っても、心に入らなかったのに……不思議ですよね」


「和知君……もういい。無理に……無理して話さなくていいから」


 先輩が真剣な顔で、僕を止めようとしてくれる。


「でも、その後しばらく落ち込んで、誰とも話せなかったし、部屋に閉じこもったきりで、学校にも行けませんでした。情けない話ですよね」


 僕は先輩が心配しないように、わざと笑って見せる。


 あ、ちゃんと笑えているか、ちょっと自信ないな。


 そう思った瞬間、机の上で指を組んでいた僕の手に、そっと手が重ねられた。


「え?」


 先輩の手が僕の手を優しく包み込むように握っていた。


「もう、いいから……」


 同情でも憐憫でもない感情が先輩の瞳の奥に見えた気がした。


「先輩、大丈夫です。もう、昔のことで割り切っているつもりですから」


「……でも、和地くん。顔は笑ってるけど、涙が流れてるよ……」


気がつくと頬に暖かいものが伝っていた。


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