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オーデションの……④

「確かに彼女は優れていると思う。持って生まれたものが私とは違うとも思う。けれど、同じ高校生としてはいたたまれないんだ」


 部長の言葉に僕は返答できなかった。


「私はウサギとカメならカメでいいと思ってた。着実に歩を進めゴールを目指すカメで……でもね、和地。カメでは決してゴールできないゲームがあるんじゃないかって最近、そう思い始めてる。だから正直、不安なんだ」


 僕の表情を気にしたのか、部長は努めて明るい声で続けた。


「や、湿っぽい話になってごめん。別に和地を困らせるつもりはなかったんだ。ただ、聞かれたから、つい本音を言ってしまった」


「すみません……」


 僕が頭を下げると部長は笑って頷き、視線を僕の後ろに向ける。


「謝るようなことじゃないさ…………ところで、親友の立場は別として本当のところ、どう思ったんだ?」


 僕と部長との会話を背にして、下校の放送準備をしながら聞き耳を立てていた先輩の肩がわずかに震えた。




「私は……」


 振り返った中沢先輩は怒ったように言った。


「心底、嬉しかったし、応援したいと思いました」


 一呼吸置いて責めるように部長を睨んだ。


「私は部長とは違います」


 それに対し、部長は怒るでもなく淡々と疑問の声を上げる。


「そうかなぁ、君には私以上の屈託を感じたのだが……自分では隠し通せるとでも思っているなら、お笑いだな」


「部長……」


 中沢先輩の声のトーンが低くなる。


「ふ、二人とも喧嘩はやめてください!」


 二人の会話に慌てて割って入る。


「別に喧嘩などしてないさ。私は事実を述べたに過ぎない」


「事実じゃありません。撤回してください」


「認めたくないのはわかるが、たまには正直になった方がいいと思うぞ。大体、君はいつだってそうだ。ずっと本音を隠し続けている。それは決して美徳とは言えないと思うがね」


「か、隠してなんかいません」


「じゃ何で、声優になってみたいと思い始めているのに興味のないフリをしているんだ? 私はずっとそれが不思議でならなかったんだか」


「一度もなりたいなんて……思ったことありません」


「心にもないことを言うの止めた方がいい。端で見ていれば、すぐにわかるさ。それとも優しい和地君に浅ましい本心を知られたくなかったのかな……」


「ひ、酷い。私のこと何にも知らないのに勝手なこと言わないで」


「そりゃ知らないさ。私は君じゃないからな。自分のことはまるで話さないのに相手に理解を求めるのはフェアじゃない。無条件で慰めてもらいたいのは子どものすることだ」


「私は……私は……」


「二人とも止めてください!」


 強い口調で僕は二人を諌める。


「部長、言い過ぎです。先輩も落ち着いてください」


 僕の言葉に、部長はハッとした表情を見せ、ばつの悪そうな顔になる。

 

「すまない。頭に血が上って言葉が過ぎた」


 部長はすぐに謝罪を述べたが、一方の中沢先輩は唇を噛み締め、感情を押さえ込むように押し黙っていた。


「田町の件で、少し感情的になってしまった。私もまだまだ修行が足りないようだ。所詮、平凡な女子高生というところか」


 いやいや、部長、あなたがいったい何の修行をしてるか知りませんが、少なくとも平凡な女子高生とは言えないと思います。


「しかし、もう一度気分を悪くさせるかもしれないが、言ったことは的を射ていると思ってる」


「部長……」


「和地、そう怒るな。今度は冷静に物を言ってるぞ。それにしても君は、やはりいつも真菜香の味方でいるのだな」


 え、そうですか?


 そういうつもりはなかったのだけど。


「とにかく、後は任せた。どうやら今日は話し合いのできる状況ではないし、日を改めた方が良いだろう」


 部長は中沢先輩の様子を見て、反省したように言った。


「そうですね。それがいいかもしれません。自信はありませんが、僕に任せてください」


 僕の申し出に安堵の表情を浮かべると、部長はもう一度中沢先輩に顔を向ける。


「じゃあ、真菜香。そういう訳でお先に失礼するからな。……その、また今度ゆっくり話をしよう」


 表情を硬くしたまま黙って頷く先輩を見て、部長は少し残念そうに放送室から出て行った。



 扉の閉じる音の後、室内に静寂が訪れた。掛け時計の秒針の進む音だけが耳に残る。


 かける言葉が見つからず、僕は先ほどの二人の会話をぼんやりと思い返していた。


 中沢先輩が、かつて活動していた芸能界に対し、強いトラウマを感じているのは承知している。それ故に、声優という職業に対しても、憧れより厳しい現実に眼がいくのは仕方の無いことだと思う。

 時折り、夢見がちな部員に堅実なアドバイスをしていたりするのは、そうした意識の表れと言っていいだろう。


 一方で部長の言葉にも一理ある。


 前に先輩に思わず言ってしまった記憶があるが、新津先輩のアニメにかける意気込みを考えると、先輩が声優という仕事に興味や情熱を持っていないとはとても思えない。

 部長の言うとおり、本当は他の部員と同じように声優を目指したいのに、過去の挫折体験がそれを阻んでいるのかもしれない。


 けど、僕としては、そんなわだかまりは早く捨てて素直になってもらいたかった。


 何故なら、先輩の声の一ファンとしては将来、色んな作品で先輩の声や演技を聞きたいからだ。


 実際、先輩の声は際立って特徴的とは言えないかもしれない。むしろ大人しい普通の声に聞こえる。

 でも、読んだ小説や漫画のキャラクターがしゃべった台詞が彼女の声なら、すっと耳に入る……そんな不思議な声だ。


 自然と胸に落ちる心地安さがたまらない。


 癖のない優しい声質だからだろうか?


 自問自答していると、もうすぐ下校の放送に時間なることに気付く。


「先輩、時間ですがどうします? 今日は僕が代わりにやりましょうか」


 僕の問いかけに先輩は首を横に振る。


「……大丈夫、どんな時でも、ちゃんと放送するから心配しないで」


 はっきりと断言する先輩に僕はハッとして息を呑んだ。


「和地くん、どうしたの?」


 僕の反応に不安げな顔になる先輩に僕は静かに言った。


「先輩、まずは下校の放送を……」



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