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オーデションの……③

「もう、二人ともいい加減なこと言わないで。これからたくさんレッスンを受けて演技や発声の基礎を学ばなきゃならないんだから」


 テンションの上がった恒武先輩と佐久間に比べて田町先輩は冷静だった。


「それに、受かったばかりの素人が、すぐにでもアイドル声優になれるなんて思ってないよ」


「ううん、田町には絶対素質あるよ」


 謙遜する田町先輩を熱っぽく中沢先輩が褒める。


「そ、そうかな……」


 今度は少し嬉しそうに頬を染める。


「うん、デビューしたら、田町のファン一号に必ずなるから」


「真菜香……」


 む……何故だかイケナイ波動を感じたぞ。


 友情とは違う感情が、まさか……。

 僕があらぬ妄想を抱いていると田町先輩は残念そうに言った。


「それでね、そういう訳でレッスンに通わなければならないし、勉強も両立しなきゃならないので、声優部を休部することになったの」


「え?」


 僕らはもとより中沢先輩も初耳だったらしく驚きの声を上げる。


「ごめんね、真菜香。前から相談しようと思ってたのだけど、言い出せなくて……」


 ああ、田町先輩がずっと話したそうにしていたのは、このことだったのか。


 合点がいった僕は、動揺する中沢先輩と沈痛な表情の田町先輩を見つめた。


「でも、安心して。卒業するまでこの学校に通うつもりだから。部には顔出せないけど、学校では毎日会えるし、連絡だって欠かさないつもりだよ」


「たまちゃん……」


「確かに夏休み中はレッスンのために東京へずっと行くことになっちゃうけど、せめて夏の合宿には参加したいと思ってるし……」


 中沢先輩は田町先輩の手をとると顔を寄せるようにして言った。


「……うん、わかった。二度と会えなくなるわけじゃないし、たまちゃんの長年の夢のためだもんね。私、応援するよ」


「真菜香、ありがと……」


「だ、大丈夫ですから! 田町先輩がいなくなっても私たち一年が頑張りますから!!」


 いい雰囲気の先輩たち二人に果敢にも佐久間が割り込んでいく。


 さすが、佐久間。僕には到底、できない芸当だ。


「そうよね、和地!」


「えっ……」


 いきなり振るなよ、返答に困るだろ。


「そ、そうですね。田町先輩の抜けた穴は大きいですけど、僕たち一年生もそれなりに成長してますから。それに、僕も放送委員の仕事に限って言えば、中沢先輩のサポートも十分できるようになりましたからね」


「和地! あんた、どさくさに紛れて、なに生意気なこと言ってんの。中沢先輩を支えるのは私の仕事なのよ。あんたの出る幕はないんだから! 覚えておきなさい」


 僕と佐久間の応酬に中沢先輩は目を丸くし、田町先輩はくすくすと笑っている。


「真菜香、どうやら私が居なくなっても声優部は安泰のようだよ」


「そうかなぁ。私は心配になってきたけど」


「先輩!」


 僕と佐久間の声が重なり、お互いがふんっと顔を背ける。


 それを見た田町先輩が笑いを堪えてると、放送室のドアが開いた。


「何だか楽しそうだな」


 部長が不思議そうな顔をしながら入ってくる。




「あ、部長こんにちは。実はですね、たまちゃんが……」


 中沢先輩が嬉しそうに田町先輩の快挙を報告する。


「……そうか、オーデションに合格したんだ。それは、おめでとう」


 にこやかに笑いかける部長に、何故だか僕は違和感を覚えた。


 理由はわからない。ただ、部長の笑顔が本当のものではない気がしたのだ。


 でも、輪に入った部長がみんなと盛り上がっているのを見て、口に出すことは出来なかった。


「あ、もうこんな時間。ごめんなさい、私このあと少し予定があるので、お先に失礼させてもらいますね」


「あ、私も帰らなきゃ」


 田町先輩が帰宅の意思を見せて席を立つと、常武先輩を初めとする他の部員達も急に用事を思い出したかのように帰りの支度をはじめる。


 結局、最後まで中沢先輩を気にしていた佐久間も渋々と帰宅し、残ったのは先輩と部長と僕だけだった。

 先輩はいつものように下校放送の準備をしていたので、僕はこっそりと部長に質問した。


「部長、どうかしたんですが? 表情が冴えませんが、ご気分でも悪いのですか?」


 話しかけられた部長は驚きの目で僕を見る。


「…………どうして、そう思った?」


「根拠はありません……何となくです」


「何となく……か」


 部長は一瞬黙った後、不意に声を立てて笑い始める。


「ぶ、部長?」


「……ははは、いや、すまない。やっぱり、君は素晴らしいよ」


「はあ……」


 どの辺が素晴らしいのだろうか?


 褒めているのか貶しているのか、判断に迷う。


 けど、屈託なく笑う部長に僕は少しだけ安堵した。


「おかげで少し元気が出たよ」


「え、部長でも落ち込むことあるんですか?」


「失礼なヤツだな。これでも傷つきやすい繊細な乙女なんだぞ」


「そういうことにしておきます。で、どうかしたんですか?」


 僕の軽口に部長は神妙に答える。


「いやね……正直な話、やりきれない気持ちになったのは事実さ」


 何となく部長の心情がわかり、僕は押し黙った。そして、自分の失敗に気がついたが、すでに遅い。


「大学に入ったら並行して通うつもりで、養成所をネットで調べて、必要なお金をどうやって工面しようと考えていた矢先なんだ」


 養成所に通うのに、相当なお金がかかることは恒武先輩からも聞いていた。逆説的に言えば、声優養成所はその収入で成り立っていると言っていい。


 そして、その多くの研修生は声優にはなれないのだ。


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