彼女の秘密の……④
「でも、どうして僕に話してくれる気になったんですか? そんなに隠してたのに」
秘密を吐露したせいか、心なしかホッとしたような雰囲気を見せる先輩に僕は疑問に思ったことを聞いてみる。
「ん~何でだろ? よくわかんないけど、なんか和地くんに黙ってるの厭だったから……」
え、それは僕に対する好意の表れなんじゃ……。
「だって和地くん心配性なんだもの。黙ってると心配してすぐに気を遣うし、言葉を濁すとこの世の終わりみたいな顔して落ち込むし」
があ~ん、そんな面倒くさい人だと思われていたなんて。
「嘘々、ホントは感謝してるんだよ。いつも心配してくれて」
「当たり前じゃないですか。僕は先輩がいたから声優部に入部したんですから」
「え?」
「あれ、言ってませんでしたか。僕、先輩の声のファンなんです。入学初日に先輩の声を聴いて、この部に入ろうと思ったんですよ」
「し、知らないわよ、初めて聞いたもの」
先輩の顔が真っ赤になる。
「それにあの日、本当はアナウンサー志望で放送部に入るつもりで放送室に行ったんですよ」
「そ、そうなんだ」
「ええ、でも声優部しかないって先輩から聞いて、どうしようかと悩んだんですが、先輩の声を間近で聞きたくて声優部に入部したんです」
思わず勢いで言ってしまって、ハッと我に返ると先輩が顔を赤くして固まっているのが見えた。
しまった。間近で聞きたいだなんて、取りようによってはマジ告白に聞こえかねない。
もしくはストーカーと誤解されそうだ。
「いや……あの、先輩の声が好きって言うのは純粋に好きっていうことでファンとして当然のことで……」
いかん、言ってることがめちゃくちゃだ。
「そのぉ……一応、お礼言っとくね。私の声を好きって言ってくれてありがとう」
「いえ、そんなこちらこそ、いつもありがとうございます」
その声を間近で聞かせてくれて……。
互いに頭を下げた後、自分の行動が可笑しくて、二人とも吹き出すと同時に笑いあった。
「ふふ……和地くん、やっぱり面白い」
「はは……そうですかね」
「そうだよ」
何となく場の雰囲気が良くなり、それから僕は先輩からいろんな話を聞いた。
元々、アニメ自体は好きだったけれど、声優という職業に関心があったわけではなかったこと。演技するのは楽しかったが、表舞台に立つことに躊躇して演劇部でなく声優部に入ったこと。
声優部の皆が声優という華やかな世界を目指すのが、その芸能界の厳しさ・過酷さを身をもって知った自分としては、素直に応援できなかったこと。
先輩の心情がよくわかった。
「でも、和地くんがアナウンサー志望だったなんて知らなかったよ。子どもの頃からそうたったの?」
打ち解けた会話の中の先輩の何気ない質問に僕の表情は一瞬、強張った。
そして何もなかったように笑顔で答える。
「そうですね……小さい頃、小学生ぐらいの時から憧れてましたよ」
「へぇ、どこが好きなの?」
「…………強いからですかね」
「えっ、強い?」
僕の答えに面食らった顔をする。
「ええ、どんな悲しい事件も楽しい事件も感情を見せず、正確に視聴者へ情報を届ける……強くてかっこいいって、その頃の僕には思えたんです」
僕の返答に思案げな顔付きになった先輩に対して、思い切って口を開く。
「先輩、僕のことはどうでもいいんです。それより、先輩をまた怒らせることになるかもしれませんが、どうしても言いたいことがあるんです」
せっかく和やかな雰囲気になったのに、振り出しに戻るリスクを負ってでも僕は言わずにはいられなかった。
「先輩の声のファンとしては、やっぱりもっと多くの人に先輩の声を聞いてもらいたいです。そして、その人達も先輩のファンになってもらいたい……」
誰しも、自分の好きになった漫画や音楽を人に勧めたくなったことがあるだろう。今の僕は、自分以外の誰かにも先輩に対するこの気持ちを共有して欲しかったのだ。
「和地くん……」
先輩は今度は前回と違い、怒りも悲しみの表情も見せず、ただ戸惑った様子で僕を見つめ返した。
「それに先輩も本当は気付いてると思います。頭で否定しても心は無意識に求めてるって……」
「そんなこと……」
「だって、そうでなければ、新津先輩のアニメにあれほど心動かされたりしないと思いますよ」
「…………」
先輩は押し黙って眼を伏せる。
あ、気分を悪くさせちゃったかな?
「……やっぱり、和地くんって面白いよ……」
「そうですか」
「うん、そうだよ」
中沢先輩はじっと僕を見つめると、最後は笑ってくれた。
遠のいたと思った距離が前より少しだけ近くなったような気がした。




