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彼女の秘密の……③

「……そう……なんですか」


 薄々、気づいていたので、どういうリアクションをとっていいか正直わからなかった。


 驚いていいのか、興味を示せばいいのか。


 判断に迷う。


 尾野さんの台詞からそうではないかと疑っていたし、先輩の才能や言動からもそうした可能性を推測できた。

 そして、桜台先輩の言葉で確信するに至った訳だが、前に不用意な発言をして怒らせたことからも、その過去に強い抵抗を感じていることもわかっている。

 なので、先輩がどんな反応を僕に求めているか、よくわからなかったのだ。


「放送室に戻ったら……ね」


 僕の戸惑った様子を眼にした先輩は、ほんの少し苦さの混じった笑みを浮かべると、そう告げて先に立って歩き始めた。

 僕も黙って、その後に従う。


 ようやく元通りになった関係が、また少し遠のいたような気がした。





 放送室に戻ると残っていたのは尾野さん一人だった。

 僕たちが部屋に入ると、すぐさま立ち上がると中沢先輩に思いきり頭を下げる。


「中沢先輩、昨日はすみませんでした!」


 昨日の発言に対し、責任を感じているようだ。


「尾野さん、もういいから。顔を上げて」


「で、でも……」


「ホント、もう気にしてないから」


 尾野さんの涙目を見て、先輩は優しく言った。


「先輩……」


「それより大丈夫なの? いつも急いで帰るのにこんなに遅くまで……もしかして私が来るのを待ってたの」


「いえ……はい」


 嘘が付けない性格のようだ。


「じゃあ、急がないと」


「でも……」


「尾野さんが気に病む必要はないの。私の気持ちの問題って言うか、単なる私の我が儘なだけだから」


 そう慰めると、僕に視線を移して言う。


「それに今から和地くんと大事な話があるから……」


「え……すみません、お邪魔しちゃって。私、すぐ帰りますから」


 尾野さんは、あたふたと帰り支度をすると、僕たち二人にお辞儀して飛び出て行った。普段、行動がのんびりしているので、まるで早回しを見ているようで可笑しかった。


「尾野さん、仕事柄みで元々私のこと知ってたようでね、入部してすぐに質問されたの。それで、慌ててみんなに話さないように口止めをお願いしたって訳」


 尾野さん出ていったドアを見送りながら、中沢先輩は自嘲するように笑って僕を見た。


「馬鹿みたいでしょ、私」


 その時、僕は自分がどんな顔をしたか覚えていない。


 ただ、切ない気分で先輩を見つめていた。


「私ね……さっきも言ったけど子役をやってたんだ。尾野さんの言葉はちょっと大袈裟だけど、それなりに人気があってバラエティーやドラマにも出ていたの」


 先輩は当時を思い出すような仕草を見せる。


「パパやママ、大人達が褒めてくれるのが嬉しくてね……私自身、現場も楽しかったし。特にバラエティーでは、売れっ子の芸人さんに気に入れられて得意になってた。それに何かしゃべるたびに周りが反応してくれて、自分が凄く価値のある存在に思えた……あの頃の私は目立ちたがり屋で他人のことが何も見えない鼻持ちならない子どもだったのよ」


 調整卓に寄りかかりながら、先輩はため息をつく。


「子どもの時なんて、みんな他人のことなんて深く考えないと思いますよ」


 先輩の落ち込む姿を見て、思わず僕は言葉を挟んだ。


「そう……かもね。けど、やっぱり思い上がっていたのは事実かな。自分に魅力があるから、ずっとあの世界にいられると思い込んでいたもの」


 自嘲しながら話を続ける。


「でも現実は甘くなかった。年齢が上がると徐々に仕事が減っていき、小学校の高学年になる頃には全く無くなってしまった……どうしてだと思う?」


「…………」


 無言で首を左右に振る。


「彼らが必要だったのは子どもの『なかざわ まなか』であって『中沢 真菜香』という個人ではなかったってこと」


 子役が大成することは少ないと言う。


 いろいろな理由があるとは思うが、最大な阻害要因は『本人の成長』にある。

 視聴者には小さくて可愛い子どもの時のイメージが固定化されていて、そこから外れる成長した姿に違和感を覚えるのだろう。


 でも、本人にはそのギャップがわからない。当然だ、少しづつ成長する自分自身の変化に気付くのは難しい。

 かくして、世間の人気と自分の評価が一致せず思い悩む羽目に陥る。


 こんな筈ない……自分はもっとできる筈だ。


 多くの子役は挫折を味わい、さらに進路が絡んで中学になる頃には引退して普通の学生に戻るのだと聞く。


 中沢先輩はまさにその例で、小学校卒業を機に芸能活動を停止し学業に専念したらしい。


「今にして思えば、子役当時の私は赤面モノの言動や行動が多くて、思い出すのも恥ずかしいし。その上、売れなくなって引退しちゃったことも含めて、私にとって最悪な黒歴史なの……」


 先輩は淡々とした表情で言葉を続ける。


「だから、他人に知られるのが怖くて、芸能界の話に敏感だったんですね」


 僕は納得して頷いた。


「そうよ、馬鹿馬鹿しい限りでしょ。みんなが自分のこと知ってるなんて信じ込んで、自意識過剰もいいとこ。現に和地くんはそんな子役時代の私のこと知らないみたいだし」


 確かに知らないけど、それは単に僕がニュースばかり見て、ドラマもバラエティーを見ていなかったせいだと思う。


 先輩が安心するのは違うと思ったけど、ここは敢えて否定しなかった。


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