ステージでの……③
自分の台詞を何度も読み返し、頭に叩き込むと舞台の袖で出番を待つ。
長台詞だが、台本見ながらなら何とかなりそうだ。
声量は日課になっている朝晩の発声練習で鍛えているので問題ないのだけど、今回僕自身が舞台に立たないので、マイクを使って台詞を入れることになっていた。
脇で聞いていると、演劇部といっても技量の差が如実にわかる。主役級の部長、副部長はさすがだったが、他の部員はたいしたことはなかった。
滑舌もよくないし、台詞が聞き取れない時もある。
これなら僕のほうがマシなんじゃないかと正直思った。言葉を伝えるスキルについてはかなりの自負が僕にはある。
ほんの少し優越感を覚えていると、演劇部の音響係りが指示を出す。
舞台では役者が手紙を読み始めていた。それに覆いかぶさるように僕は声を出した――――。
「ど、どうでしたか?」
僕がやりとげた感を前面に出しながら、部長たちのところへ戻って来ると三者三様の表情で僕を迎えてくれた。
部長はニヤニヤ顔で、恒武先輩は可哀想な子を見つめる目で、佐久間は馬鹿にした表情を浮かべていた。
「あの……僕、何か?」
三人の対応に若干引き気味になりながらも、理由を尋ねようとした時だ。
演劇部の部長さんが駆け寄ってくる。
「君、あれはいったい何なんだ!」
「え?」
どうやら、かなり怒っているように見えた。
「普通に台詞を読んだだけですけど、問題でも……」
言葉の意味を考えて、正確に伝わるよう丁寧に話したつもりだ。難癖をつけられる道理はないと思う。
「な、何んだと!」
僕の後ろで八幡部長が吹き出すのと同時に、演劇部の部長が声を上げる。
「本気で言っているのか? あれじゃ、うちの一年生にやらせた方が、まだマシだったぞ」
さすがに僕もむっとした。無理に頼んできたのはそっちなのに何て言い草だ。
文句を言おうと口を開きかけるのを八幡部長が手で制する。
「和地、一つ聞きたいのだが、さっきの役の台詞を話す時、何を考えて声を出した?」
「え?……そうですね。一つ一つの言葉を大事にして、正確に観客へ伝わるように心がけたつもりですけど……」
「じゃあ聞くが、その役の人物がどんな思いでその台詞を口にしたんだと思う?」
「どんな思い?」
「そうだ、人は誰でも言葉を発する時に何らかの気持ちを込めるものなんだ。お前はその役の気持ちをどう考えて、その台詞を話したんだ?」
「…………何も考えてませんでした」
台詞を完璧に話すことに囚われて、その言葉に込められた思いに僕は気が付かなかった。
彼が何を考えてその言葉を発したかなんて思いもしなかった。
「確かにお前の台詞は完璧だったよ。聞き取りやすくわかりやすい。ニュース原稿ならそれでもいいだろう。でも、それだけだ。それじゃ、あの役の気持ちは伝わらない」
気持ちは伝わらない。
僕は頭を殴られたようなショックを受けた。
「もちろん、台詞の意味を理解してもらえるように話すって言う和地の考え方も正しい。大前提だと思う。だけど、荒削りであっても思いの入った台詞の方が人の心に残るんだ。それらを全てひっくるめたものが『演技力』だと私は思ってる」
演技力……。
アナウンサーが演技をしないわけではない。
悲しいことがあったり体調が悪くても、普段と変らぬ表情を保ってニュースを伝える。
いつもと変らぬ自分を演じるのだ。
でも、部長が言っている『演技』はそれとは少し違う気がする。
「私が和地の立場なら、まず台本を最初から目を通す。その役の人物がどういう状況にいて何を考えているか。得られる情報から、自分が演ずる役の人物像を模索するだろう。必要があれば脚本家や演出家に確認もする。そうして出来上がった役のイメージがあって初めて、その役の心情が分かり台詞に思いが入る」
いつもの冗談めかした部長ではなく真剣な目で言葉を続ける。
「たった一言の台詞にも私はそういう信念を持ってしゃべっているつもりだ。たとえそれがガヤの台詞であっても……」
そう言うと部長は急に照れた表情を浮かべる。
「いや、ごめん。口が滑った。プロでもない単なる女子高生が何を偉そうなこと、ほざいてるんだって我ながら恥ずかしくなった。今の発言は忘れてくれ」
部長は茶化したように苦笑する。
でも、僕はこの人が、ただ一人いる3年生だから部長をやってるんだという認識を改めさせられていた。
僕が自分の未熟さに気落ちする一方、密かに部長のことを見直していると、八幡部長は演劇部の部長に向き直る。
「今回、うちの部員が迷惑をかけたようで誠に申し訳なく思う」
「……そ、その通りだ。どうしてくれ……」
演劇部の部長が勢い込んで捲くし立てようとした時、八幡部長はぴしゃりと言った。
「しかし! 和地は舞台未経験でそちらの要望に応えられないとあらかじめ申し上げた筈だ。それでも良いと強行したのはそちらであり、当然その責はあなたにあると言っていい」
「なっ……」
あまりの発言に演劇部長は言葉を失う。
「それどころか、こちらは新人部員がそちらの無理強いのため、心に深い傷を負ってしまった。どう責任をとってくれる?」
八幡部長の物言いに演劇部の部長は怒りで真っ赤になったが、無理に頼んだことは事実であるので、何とか我慢しているように見えた。
「まあ、今回の件は双方の痛み分けというのが落としどころじゃないかね」
しれっと言う部長に相手は怒りも顕に「勝手にしろ」と言い放って、どたどたと足音荒く去っていった。
それを見送った部長は僕たちを見てにやりと笑った。
「さて、諸君。体育館の部のステージも後少しだ。もう一息がんばろうか」
恒武先輩、佐久間と僕も大きく頷いた。




