ステージでの……①
「おい、ひろっち。どうした大丈夫か?」
「ぼんやりしてる暇があるなんて、さすが余裕よね」
「あ、すみません」
ステージの袖に立っていた僕に恒武先輩と佐久間が容赦の無いツッコミを入れる。
確かに、ぼんやりしていた僕の方が悪い。
これから2日目の体育館発表が始まろうとしていた。
本来なら、これから始まる体育館組のステージに備えて気を配るべきところなのに、正直昨日の件でへこみまくっていた。
結局、あの後中沢先輩は帰ってこなかったのだ。
自責の念に囚われ落ち込んでいると、代わりに田町先輩が用事を済ませて戻ってきた。
僕が独りで残っていることを怪訝に思った田町先輩にあれこれ質問されたが、満足に答えることもできなかった。
そして、二人で戸締りを済ませ帰宅の途についたのだが、田町先輩に「私が後で様子を聞いてあげるから、そんなにくよくよしないで」と心配されるほど、僕は意気消沈していたらしい。
一晩寝て少しはマシになったが、テンションは低空飛行のままだった。
けど、せっかく中沢先輩に期待されて選ばれた体育館組だ。
これ以上、先輩の信用をなくす訳にはいかない。
僕はそう決心し、気を引き締めようと両手で頬を叩いた。
役割分担は予定通り、先輩と佐久間が総合司会、僕がPA(舞台音響)を担当することになっていた。
演劇部の音響は演劇部で行うそうなので、そこまでが僕の仕事だ。
MCの二人がステージに颯爽と出て行く。
二日目の発表が始まった。
「皆さん、お早うございます。今日の司会を担当する放送委員の恒武です」
「同じく佐久間です」
今日の司会役は声優部ではなく放送委員としての立場で行っているのだ。
「二人合わせて『Hガールズ』です!」
「ちょっと先輩、いきなりそれ何なんですか?」
「え、コンビ名だけど」
「べ、別にコンビ名とかいらないでしょ。ただの司会なんだし」
「だって、ステージに二人で立ったら、コンビ名は必要でしょ?」
「全然いらないし……それに『Hガールズ』って何ですか。誤解を招くような名前は止めてください」
「え、放送委員の『H』だけど、どうしてダメなの……あっ、あやのん、さては変な想像したな……もう『H』なんだから」
「わ~っ、何言ってるんですか! みんなが誤解するじゃないですか」
真っ赤になる佐久間に会場が大いに受ける。
「冗談はさておき、今日のプログラムを説明しますね……あやのん、準備はいい?」
「……もう、先輩ったら無茶振りするんだから……」
「あやのん! 説明!」
「あ、え、はい、すみません。今日のプログラムですね……」
二人で掛け合いしながら、今日の日程を説明する。アドリブを加えながらの司会は、会場にも好評のようだ。
さすがは恒武先輩と佐久間だ。
とても僕では真似できない。
「それではプログラムナンバー1番、3年1組有志による「タラちゃんバンド」の演奏をお聞き下さい」
バンド名を紹介すると二人は袖に戻ってくる。
「あやのん、次のネタ大丈夫?」
「はい、先輩。OKです」
二人の息はぴったりだ。
こうして、体育館発表はつつがなく始まった。
◇◆◇◆◇
体育館の発表は、多少のアクシデントはあったものの、順調に進んだ。
恒武先輩・佐久間のコンビはアドリブを交えながらの絶妙な掛け合いで客席を沸かせていた。
本当にたいしたものだ。
そして、プログラムも進み、後は演劇部の発表を残すのみとなった。
僕も演劇部の音響担当とバトンタッチし、ようやく肩の荷を下ろせた。
MCの二人も同様で安堵の表情を浮かべる。
「演劇部が終われば、後は締めの言葉だけね」
「はい、先輩」
「何とかなったみたいね」
「これも先輩のおかげです」
「いやいや、あやのんもたいしたもんだよ」
「いえ、先輩こそ。ただ、いくらアドリブでも『Hガールズ』は勘弁して欲しかったです。しばらく、みんなからそう言われると思うと頭痛いです」
「でも掴みはばっちりだったでしょ」
「それはそうなんですけど……」
恒武先輩と佐久間が和気藹々と話していると演劇部の部員が慌てたようにやってくる。
「すまないが、君達声優部を見込んでお願いがあるんだ」
舞台に出る衣装のまま声を掛けてきたのは演劇部の部長だった。