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文化祭での……②

 結局、手近な教室を見て回っただけで、気がつくと自然に足が放送室へ向っていた。

 オンエア中でないことを確認するとノックして部屋に入る。


「あれ、どうしたの? 和地くん」


 調整卓の前に座っていた中沢先輩は振り返って目を丸くする。


 先輩のほかには誰もいない。

 この時間は田町先輩の担当だったので、先輩がいることを期待して来たわけではなかったので、かえってドギマギした。


「少し暇になったので……って、先輩こそどうしてここに?」


「私も時間が出来たんで放送室に戻ってきちゃった。たまちゃん、クラスに用事があるらしいんで、代わってあげたの」


「そうですか」


「まぁ、せっかく来たのだから、座りたまえ」


 中沢先輩は声色を使いながら立ち上がるとお茶の用意を始める。


「いや、先輩。僕がやりますよ」


「いいからいいから」


 先輩は機嫌良さそうに、急須にお湯を注ぐ。基本、放送室にお茶の持ち込みは許されているが、珈琲・紅茶等は禁止となっている。

 部長が内緒で珈琲を持ち込んでいるのは部外秘なのだ。そのためか、ポットやティーセットは部長の私物らしい。


 中沢先輩の後姿を見ながら、ぼんやりと入部した日のことを思い出していた。


 そういや、前にもこんな場面あったっけ。

 あらぬ妄想をして、先輩に不審がられたような記憶がある。


「お待たせ、和地くん」


 にっこり笑って僕の前に座った先輩は、あの時と変らず綺麗だった。


 僕は黙ってその笑顔を見つめた。

 あの時はただその声に心を奪われ、それを発する先輩の容姿に惹かれただけだったかもしれない。

 でも今は、その人となりを知り中沢真菜香という女性の全てが好きになっていた。


 先輩は淹れたお茶を僕に勧めながら、小首を傾げた。


「どうしたの? 飲まないの」


「いえ、いただきます」


 僕は慌てて視線を逸らすとカップに手を伸ばした。


 思えば、先輩と二人きりになれる機会はそう多くはない。大抵は誰か他の部員(主に佐久間だが)がいるからだ。

 まあ、部室なんだから部員がいるのは当然なのだけど。


 こんな機会はめったにない。

 だから、先輩との距離を縮めるチャンスなのだけれど、かえって緊張して良い話題が浮かんでこない。


 仕方なく、前から気になっていたことを、この際なので聞いてみる事にした。


「あの……先輩、ひとつ質問していいですか?」


「ん、何かな?」


 カップに口をつけながら、先輩は機嫌よく僕の方を見る。


「先輩はどうして声優部に入ったんですか?」


 先輩は僕の質問に答えず、静かにカップを置いた。


 その沈黙の意味に気付かず、僕は質問を続けた。



「部長と尾野さんはどうかわからないですけど、田町先輩と恒武先輩、それと佐久間は将来声優になりたいと思ってるじゃないですか」


「うん……それで」


「前から感じてたんですけど、もしかしたら先輩は声優って仕事にあまり興味がないんじゃないかなって……」


「……どうして、そう思った?」


「え、だって先輩、他の人達と声優に関する話題って、ほとんどしないし、アニメもそんなに詳しくないでしょ。ちょっと不思議だなと思ってたんです」


「…………」


「普通、声優に憧れる人ってアニメが好きじゃないですか。昔見たアニメに感動したから声優を目指すってパターンもよく聞きますし……」


 僕は調子付いて話し続ける。


「それに、先輩は声優より女優の方が向いてると思いますよ。確かに今の声優さんにもアイドル並みの可愛い人もいますけど、先輩は別格です。何と言うか人とは違うオーラがあるっていうか、デビューしたら、若くして演技派女優って呼ばれちゃうかもしれませんよ……」


 言い終えて、やっと先輩の表情に気付く。


「せ、先輩?」


 中沢先輩は目を見開き青ざめた顔で僕を見つめていた。


「先輩、大丈夫ですか?」


 慌てて話しかけると、ハッとした様子でいつもの表情に戻る。でも顔色は血の気を失ったままだ。


「大丈夫よ……」


「とても大丈夫には見えませんけど」


「いいから、気にしないで……」


 先輩はそう言うけど、ひどく調子が悪そうに見えた。


「でも、顔色だって悪いし……先生、呼んできましょうか? それとも保健室へ……」


「だから、大丈夫だって言ってるでしょ!」


 強い調子で言葉をぶつけられ、僕は面食らう。

 こんな言い方をする中沢先輩を僕は知らない。


 言った先輩自身も驚いた様子で我に返ると、慌てて頭を下げる。


「……ごめん。怒鳴ったりして」


「いえ……僕が悪かったです。失礼な質問をしてしまって」


「ううん、和地くんは悪くないから……ただ、私が……」


 口を濁した先輩が急に立ち上がる。


「ごめんね、和地くん。急で悪いんだけど、山住先生に用事があったこと思い出したの。後は任せてもいい?」


「は、はい。大丈夫です」


「そう……助かる。じゃ、お願いね」


 先輩が自分の使ったティーカップを洗いに出て行こうしたので、「片付けは僕がやります」と言うと、先輩は礼を言って席を立った。

 いつもに比べて、少しよそよそしい感じを受けたのは気のせいだろうか。


 とにかく僕は失敗したのだ。


 明らかに先輩は気分を害したように見える。


 いったい何がいけなかったのだろうか?

 先輩の入部動機を聞いたのが、そんなにまずかったのか。


 わからない……。


 まったくもって意味がわからない。

 最近は距離も縮まり、仲良くなれたと思っていたのに。


 自分の言動を大いに悔やんでみても、後の祭りだった。


 僕は先輩が出て行った放送室のドアをぼんやりと見つめ続けた。


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