中間テストでの……②
「部長、こんにちは」
「ああ、佐久間か」
「はい、今日は私が放送当番なんで……」
「そうだったな」
「佐久間……さん、こんにちは」
「あら、あんた。いたの?」
さも気付かなかった振りをして冷たい視線を僕に向ける。
相変わらず、ツンツンしてるなぁ。
いつかデレるんだろうか?
「それより部長、ありがとうございました」
部長に目を向けた佐久間は、頬を染めていつもよりテンションが高い。
その言葉に、心なしか部長が焦っているようにも見える。
「やっぱり、中沢先輩の声は最高ですね。昨日、何度も聞き直しました。特にリップノイズが最高に素晴らしいです。なんか、耳に心地いいんですよね」
「え……?」
思わず、部長と僕の声が重なる。
リップノイズというのは、口を開いたときに舌が離れる拍子に鳴る音や唇が離れるときに鳴る音のことだ。収録的にはNGで放送時にはカットしたりするもので、普通は聴いて楽しいような代物ではない。
けど、恍惚の表情を浮かべる佐久間は熱心に主張する。
「中沢先輩は全てが素晴らしいんです。あの方には汚いところなんて、きっとどこにもないんです。もう、存在そのものが神と言っていいでしょう!」
佐久間、僕はお前には絶対に勝てないって、今はっきり悟ったよ…………別に勝ちたいとも思わないけど。
って言うか、部長の奴、佐久間にもあの音声データ売りつけたのか。
悪徳商人だな。
「さて、用事も済んだことだし、私も帰るとするか。今日から部活動は休止と決められているから、本来はここにいること自体、お咎めの対象なんだ」
よく言うよ。今日は誰も来ないから、裏取引にはもってこいだって言ったのは部長なのに。
「佐久間も当番だからって、遅くまで残るなよ。どうせ、他の部活もやってないから下校の放送はいらないそうだ」
「はい、明日の朝の放送の準備をしたら帰ります」
テスト期間中も放送委員の仕事はある。
普段、中沢先輩がかかり切りでやってくれているので、この期間は一年生でローテを組んで担当することに決めたのだ。
多少でも先輩の負担が減ればと思ったのだが、静かな放送室で勉強に集中できたので、意外と試験勉強がはかどった。
そうこうしている内に、瞬く間にテスト期間は終わりを告げた。
決して舐めていたわけではなかった。
いつものように、それなりに勉強はしたつもりだった(短期集中型ではあったが……)
けれども、テストの結果はさんざんだったと言っていい。かろうじて追試だけは免れたけど、惨敗と断言できる出来だ。
確かに、毎日の授業内容から、あれ?って思うことも、しばしばあったのも事実だ。
それほど、授業のレベルが高かった。さすがは県内屈指の進学校だ。付け焼刃で好成績を残せるほど甘くはなかったようだ。
少し無理して受験したこと後悔しないでもなかったが、後の祭りだ。
僕の家では、テストの結果や成績のことで怒られることはないと思うけど、次回は何とかしなきゃ。
若干、ブルーな気分で凹んでいると後ろから声がかかる。
「和地、テストどうだった?」
上野が最悪のタイミングで聞いてくる。
「いいわけないだろ。良かったら、こんな顔してないって」
「そうだよな、俺もダメダメだったよ」
「なんとか追試は免れたけどな」
「俺もさ。でもいいなぁ、和地は」
「何で?」
「いざとなったら、麗しの中沢先輩に個人教授してもらえて」
上野の奴、僕が声優部に入ったことを散々羨ましがって、いまだにこうやって絡んでくる。
ん、中沢先輩の個人教授?
「先輩って、成績いいの?」
そんなことも知らないのかと呆れた目で上野は僕を見た。
「声優部の先輩方はみんな成績上位者だぞ」
「え、そうなの?」
上野が知ってるってことは周知の事実なんだろうか。
成績優秀者を貼り出す学校なんて、もう漫画の中だけになっていると思っていたんだが……。
「いや、本当のところは知らないけど、そう噂されてるな」
あ、やっぱり。
でもその話が本当なら、先輩に勉強を教えてもらって親密になるという裏技が使える。
「ありがと、上野。いいこと教えてくれて」
にこやかに礼を言うと、上野がちっと小さく舌打ちするのを僕は聞き逃さなかった。