体育館組との……②
「田町が体育館組を避けた理由は簡単なんだ。君らは体育館発表のメインが吹奏楽部と演劇部なのは知ってるな?」
「ええ、クラス発表や個人参加もありますけど、メインはそうでしょう。どこの文化祭も大抵そうだと思いますけど」
佐久間が訝しげに答える。
それがどう繋がるのか教えて欲しいという顔付きだ。
「田町は一年生の半ばまで演劇部だったのさ」
「えっ」
僕と佐久間が同時に声を上げ、思わず中沢先輩を見る。
先輩は部長に非難の目を向けながらも軽く頷く。
「それって……?」
「表向きは本人の意志による転部だが、実態はそうじゃない」
佐久間の問いに部長が苦々しい表情で答える。
「転部を余儀なくされた……いや、辞めさせられたんだ」
……辞めさせられた。
いつも明るくハキハキとした田町先輩が文化祭の担当分けの時に見せた暗い表情を思い出す。
確かに体育館組になれば、演劇部との打ち合わせは避けられない。そういう理由であるなら、恒武先輩に体育館組を無理に頼んだのも理解できる。
僕だって遺恨の残る相手とは一緒に仕事をしたいと思わない。
「でも、何でそんなことに? 田町先輩、問題を起こすような人じゃないですよね」
まだ、あまり話したことはないけど、佐久間の言う通り、田町先輩は人当たりも良いし、見た目に比べて意外とくだけた性格の上、場の空気を的確に読む頭の良い女性だ。
「うん、確かにそうなんだが……。長所は捉え方次第で短所に変るものさ。あの容姿で性格が良く演技力もある。当然、先輩……特に男の先輩からの受けはいい。そこへ文化祭の演目でヒロインに抜擢されたって訳だ」
「それは……妬まれますよね」
「ああ、女性の先輩、特に2年の女子からのやっかみは相当酷かったらしい。その時の文化祭の公演自体も脚本のせいで評判も芳しくなかったから、それも田町の責任と取られたようだな」
「そんな……」
劇団に所属している佐久間としては他人事とは思えないようだ。
「で、文化祭終了後3年生が引退し、2年生が中心になると、演劇部に田町の居場所はどこにも無かったと言う訳さ」
げに恐ろしきは女性の嫉妬か。ま、男の嫉妬も美しくは無いけど。
「元々、幼い頃から声優志望だった田町は演技力をつけるために演劇部に入部したようなんだ。うち(声優部)に入らなかったのは、実態が帰宅部に近いことを知っていたからだ」
確かに、真面目に部活動したい人には向かない部ではある。
「演劇部を辞めるに当たって他の選択肢がなく、やむを得ず友達の中沢を頼ったというのが、うちに入部した本当の理由だろう」
田町先輩が体育館組を忌避した理由は、部長の話でよくわかった。
じゃあ、恒武先輩との確執はどうしてなんだ?
もう一つの疑問が残る。
「恒武先輩との関係は何故悪くなったんですか?」
佐久間も同様に思ったらしく重ねて質問した。
「いや、別に仲が悪い訳じゃないんだよ」
部長の言葉に中沢先輩も慌てて同意する。
「そう、部長の言うとおりなの。ただ、お互いわだかまりがあってね……」
「恒武は声優志望である前にかなりのアニメファンだ。声優ファンでもある。言動や性格も誤解を招きやすいし、田町から見れば、浮ついた声優ファンが遊び半分で声優になりたがっているように見えていたんだろう」
僕も恒武先輩は声優ファンだから声優部に入ってると思ってた。
やっぱり声優を目指してたんだ。
「ところが恒武は昨年、養成所の特待生オーデションに合格してね。今は養成所に通っているのさ。今度、付属劇団に入ることが決まっていて事務所に入るのも夢ではないらしい」
え、恒武先輩、声優目指しているどころか、かなり有望なんじゃ……。
部活に出られないほど忙しいのもわかる。
「声優志望の気持ちが強い田町先輩としては面白くないってことですか?」
「というか嫉妬とまではいかないが、ショックを受けたのは事実だろう」
「たまちゃんだって、本当はさやちのこと応援したいと思ってるんだよ。ただ、ちょっと素直になれないだけなの」
部長の言葉に中沢先輩が弁護する。
「でも、それって変じゃないですか。養成所に入った恒武先輩の方が気を遣うなんて。合格したのは本人の実力なんですから」
思いの外、佐久間は手厳しかった。
「それはそうなんだけど……」
中沢先輩は困惑した表情を見せる。
「負けず嫌いにもほどがあると思います」
きっぱりと言う佐久間に一同が言葉を飲み込む。
いやいや、佐久間。そう言うお前も相当な負けず嫌いだと思うぞ。口に出しては、絶対に言えないけど。
とにかく、部長のおかげで一連の微妙な空気の経緯が判明した。
佐久間の心情はともかく、僕としては対処法が講じられるので有難かった。
これで、文化祭が乗り切れるといいのだけど……。