体育館組との……①
「仕方がないから打ち合わせするよ」
普段、あまり放送室に姿を見せない恒武先輩が不承不承、提案する。
文化祭で体育館組を仰せつかった僕たちは恒武先輩を中心にこれからの段取りを話し合うために放送室へ集まったのだ。
メンバーは体育館組の恒武先輩・佐久間・僕と放送室組である中沢先輩の四人。
本来は総括すべき部長が両グループの調整を行うところなのだが、いつものごとく雲隠れしたため、急遽中沢先輩が調整役として参加していた。
もっとも、本来部長が行う文化祭実行委員会との連絡調整も中沢先輩が行っているので、部長より適役と言えたが……。
「連休開けには参加するグループが決定する予定だから、私たちの仕事はそこからになると思うよ」
「そうだね。出演者が決まらなければプログラムもできないしね」
中沢先輩が説明すると恒武先輩が頷いた。
「で、私たちはどこまでやるの、真菜ちゃん」
「基本的には文化祭実行委員会が全体の流れや進行表を作るんだけど、しゃべる内容はもらった資料を基にこっちで作ることになりそう」
「え~なんか面倒そう」
「大丈夫、さやちなら出来るって」
「もう、その手には乗らないんだから」
口を尖らせるけど、恒武先輩はどこか嬉しそうだ。
「しょうがないあなぁ」
中沢先輩に頼られるのが嬉しいらしい。
「もう、ここは期待の新鋭の和地君に頑張ってもらうしかないね」
僕を見てニヤリと恒武先輩は笑った。
何ですと?
大勢の前でしゃべるだけでなく、構成も考えろとおっしゃる。
僕が涙目になると、「私も手伝うから、頑張ろうね」と中沢先輩が言ってくれた。
「はい、頑張ります!」
条件反射で答えてから、内心蒼くなる。
ぼ、墓穴を掘った……。
けれど、尊敬と慈愛のまなざしで中沢先輩から見つめられ、僕の後悔は消し飛んだ。
自分の節操のなさに我ながら呆れる。
ええ、頑張りますよ。先輩のその笑顔のためなら、何だってやりますとも。
僕が決意を新たにしていると、恒武先輩が疑いの目を向ける。
「和地、何かやらしい顔してるぞ。真菜ちゃん、こいつに、あんまり近づかないほうがいいよ」
こ、これは素の顔です、恒武先輩。
「それにしても、田町先輩は、何で体育館組を嫌がったんですか? それより、恒武先輩との間で何かあったんですか?」
一通り話し合いも終わり無駄話が始まろうとした時、佐久間が核心に触れる質問を何気に口にした。
佐久間……それマズイって。
案の定、恒武先輩は渋い表情を浮かべ、中沢先輩は困ったような顔になる。
「どうしても知りたいわけじゃないけど、あの微妙な空気が耐えられないんですけど」
「おい、佐久間。止めといた方が……」
慌てて制止しようと試みるが、佐久間の意志は固かったようだ。
「事情を知らないで気を遣うのも変だし、私の一言で場の雰囲気を悪くしたくないんです」
確かに佐久間の意見も尤もだ。NGワードがあるなら事前に知っておきたい。
「別に無理にとは言いませんけど、私けっこう思ったことはっきり言ってしまうところあるんで……っていうか和地、なんであんた私のこと呼び捨てにしてるの。許せないんだけど……」
「へ……あ、ごめん。佐久間さん」
ぎろりと睨まれて、しどろもどろになる。
佐久間は僕から先輩方に視線を戻すと、返答を促すように押し黙った。
「私からは何も言うことはないよ。空気が悪くなっても、あんた達のせいじゃないから、気にしなくていいから」
恒武先輩はそう言うと立ち上がった。
「真菜ちゃん、打ち合わせも大体終わったことだし、用事あるから私、帰るね」
「……うん、わかった」
「副部長!」
中沢先輩が頷くのを見て佐久間が声を荒げる。
「佐久間さん……」
先輩は悲しげな目で佐久間をじっと見つめた。
「…………」
唇を噛んで黙り込む佐久間を見てから、恒武先輩は固い表情のまま放送室から出て行った。
ドアが閉まる音がすると、僕は止めていた息を吐き出した。緊迫した雰囲気に気付かないうちに息を止めていたらしい。
佐久間は相変わらず不機嫌なままだが、中沢先輩は少し考え込んでいるように見えた。
僕たちがそれぞれの想いで沈黙していると、今閉まったばかりのドアがいきなり開いた。
「やあ、遅れて悪い悪い。担任に呼ばれててね。あ、打ち合わせはどうなったかな?」
悪びれもせず現れたのは部長だった。
嘘付け!
恒武先輩が出て行ったのを見て、打ち合わせが終わったと思って入ってきたんだろ。
まったく、この人は……。
「あれ、みんなどうした? 辛気臭い雰囲気してるぞ」
「田町先輩と恒武先輩のことで……」
僕は部長に先ほどの経緯を説明した。
◇◆◇◆◇
「……なるほど」
部長が話を聞いて頷くと、中沢先輩は補足するように言った。
「さやち……恒武さんが言ったとおり、佐久間さんたちが気にする必要はないから。普通にしてればいいよ」
「でも……」
敬愛する中沢先輩に言われて、さすがの佐久間も口ごもる。
「まあ、一年生の気持ちもわかる。もやもやして気持ち悪いわな」
「部長……?」
うんうんと頷く部長を中沢先輩が心配げに見る。
「真菜は二人の友達だから言いにくいだろうからな。ここは私が悪者になろう」
笑い顔を消し真剣な面持ちになると、部長は口を開いた。