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電脳世界で出会えたら

作者: Tiroro

真面目なお話書いてみました。

『ジャン! とどめは頼むぞ!』

『わかった』


 俺は構えた剣をボスモンスターに向けて振り下ろした。

 攻撃はクリーンヒット。ボスモンスターは消え、そこにはレア素材がドロップされた。


『ジャンさん、ほんと頼りになるわ!』

『お前のおかげでイベントボスも楽勝だな!』

『惚れちゃいそうです~』


 仲間達が口々に賞賛の声を上げる。

 俺と一緒にパーティーを組んでいたお蔭で、全員クエストクリアになったんだ。

 レアドロップはどうしようか。

 俺はもうこれ持ってるし、とりあえずギルドリーダーのタカマサに渡しておくか。


『ほら、やるよ』

『いいのか?』

『お前が使ってもいいし、誰かにやってもいいぞ』

『わかった』


 チャットウィンドウに次々とメッセージが流れる。

 俺はただ、それを呆然と眺めていた。


『じゃあ、今日はそろそろ落ちるわ』

『おう。助かったぜ、ジャン!』

『またね、ジャンさん』

『おやすみなさい~』


 頃合いを見てゲームをログアウトした。

 最近、このゲームも飽きてきたな。

 なんていうか、レベルが上がるとやる事が無くなって、イベントですら作業にしか感じなくなってしまった。

 最初の頃はこんなんじゃ無かったのにな……もっと、こう、ワクワクしたもんだけど。


「幹孝、いつまでもゲームばっかりやってないで、早く寝なさい」

「ああ、わかってるよ。もうやめた」


 俺はパソコンの電源を落とし、ベッドへと入った。

 明日は別のゲームでも探そうかな……。


        ◆◇◆


 翌日。


 学校から帰宅した俺は、飽きたと言いながらもパソコンの電源を入れモニタの前にいた。

 あのゲームのスクリーンショットが入っているフォルダは……と、あった。


 ゲームには飽きてきたけど、せっかくだから、初心者向けに、攻略サイトみたいな感じの記事でも書いてやろうか。

 なんで急にこんな考えに至ったのかはわからないけど、俺はそう思いながら、ゲームサイトにログインした。


 マイページには大量のショートメールが届いていた。

 どうせまた、クエストの手伝いの依頼文ばかりだろうな。

 いつからか、俺はショートメールをほとんど確認しなくなっていた。

 それでも、ゲームを始めたら誰かしら手伝ってくれと言って来るもんだけど……。


 ブログ作成を開き、記事を書いて行く。

 ここのモンスターは水の魔法に弱い、ドロップは後にマントに使える……と。


 貼り付けるスクリーンショットを選んでいる時、懐かしい物を見つけた。

 俺のキャラ、ジャンがまだ初心者だった頃に撮ったスクリーンショットだ。

 一緒に写っているのは、ミカゲというプレイヤー。

 右も左もわからなかった俺に、彼女(だと思う)は、色々と教えてくれたり、素材を分けてくれたりしてたんだったな。

 スクリーンショットには、二人のキャラがチョコンと座り、笑顔のエモーションを出しながら笑ってる姿が映し出されていた。


「あの頃は楽しかったな……」


 思わず声に出していた。


        ◆◇◆


『ミカゲさん! これ!』

『どうしたの? ジャンくん』

『ミカゲさんの為にがんばったんだ!』


 ミカゲさんに、今までのお礼にと“羽根のマント”という防具をプレゼントした。

 中級者だったミカゲさんは、当然こんな防具よりも性能の良い装備を持っていた。

 ミカゲさんと初めて会ったときに、俺にくれた他の防具の方が高性能なくらいだ。

 でもこのマント、強化すれば、綺麗な天使の羽根みたいな防具になるんだ。

 ミカゲさんのキャラは可愛いから、きっと似合うだろうなと思ってがんばった。

 結局、その時の俺にとっては、この防具までが限界だったんだっけ。


『ありがとう、ジャンくん。じゃあ、わたしからもこれをあげるね』


 ミカゲさんに渡されたのは、俺がさっきあげた羽根のマントと同じものだった。


『実は、わたしもジャンくんの為に作ってたんだ。ウフフ、お揃いだね』


 笑顔のエモーションが流れた。

 そして、ミカゲさんはそれまで身に着けていた防御力の高いマントを外し、俺がプレゼントした羽根のマントを装備してくれた。

 俺も、ミカゲさんからプレゼントされたマントを着けてみた。

 お互いに笑顔のエモーションを流す。


『ミカゲさん、記念撮影しようよ!』

『そうだね、そうしよう!』


 二人でその場に座って撮影した。

 それが、このスクリーンショットだ。


 あの頃は、よく二人だけで遊んでいたっけ。

 懐かしくて、初期の頃のスクリーンショットを流すように見ていく。



『こんばんは』

『こんばんは、ミカゲさん』

『こんばんわ』

『こん』


 月日は流れ、俺は他のプレイヤーと遊ぶ事も増えていた。

 ミカゲさんは、あまりどっぷりとゲームができる状態では無かったらしく、いつの間にか俺の方がレベルも装備も上になっていた。


『今日は、いよいよ塔の最上階を目指すぞ』


 一番キャラレベルの高かった人がそう言った。

 当時まだギルドに所属していなかった俺は、この人にスカウトを受けていた。

 彼が、ギルドリーダーのタカマサだ。


『ミカゲさん、大丈夫?』

『わたしのレベルじゃちょっときついかも……』


 ミカゲさんは、装備もちょっと心もとない感じだった。


『まだ、そのマント着けてるの?』


 ミカゲさんは、俺がプレゼントしたマントを、あれからずっと装備していた。

 俺ですら、もう違う装備を着けているというのに……。


『だって、ジャンくんがくれた大事なマントだから……』

『もっと良いの持ってるでしょ? それにしなよ』


 俺がそう言っても、ミカゲさんは装備を変えようとはしなかった。


『もう少しなの……』

『なにが?』


 俺とミカゲさんが話していると、タカマサが割り込んできた。


『出てってくれないか?』

『え……?』

『いい加減、自分が足手纏いだと気付いてくれ』

『タカマサさん、何言ってるんですか? ミカゲさんは足手纏いなんかじゃ……』

『レベルだって差があるし、装備だって揃っていない……これから行く場所はそんな甘いところじゃないんだぞ!』


 信じられないほど厳しい言葉がチャットウィンドウに流れた。


『……わかりました』

『待って、ミカゲさん!』

『止めるなジャン。魔道士が必要だというなら、もっと有能な奴はいくらでも居る』

『そうじゃなくて、俺はミカゲさんが居ないと……』

『ううん、ジャンくんなら大丈夫だよ。ほら、レベルだってもうわたしより上でしょ?』


 たしかにその通りだけど、だけど……。


『じゃあ、わたしがいると他の人が入れないから、行くね』

『悪いな。ジャンは俺が責任もって育て上げるよ』

『ミカゲさ────』


 俺の呼びかけが届く前に、彼女はサーバーを出て行ってしまった。


 その後、俺はタカマサと遊ぶことが多くなって、ミカゲさんと遊ぶ事はどんどん少なくなっていった。

 たまに顔を出してくれる事もあったが、上級プレイヤーになった頃には、俺自身彼女を煙たがるようになっていた。

 その空気が伝わってしまったのか、彼女は遂にログインしなくなってしまった。


        ◆◇◆


 そうだ……あのマント!


 俺はゲームにログインした。

 あちこちから挨拶のチャットが流れてきた。でも、今は無視だ。

 倉庫へ行き、ボックスを開く。

 そこには、あの時ミカゲさんに貰った羽根のマントがあった。


 久しぶりに装備してみる。

 防御力はガクンと下がってしまったけど、初心に戻ったような気がした。


 すっかり飽きてしまったこのゲーム。

 あの頃は、何であんなに楽しかったんだろう。


        ◆◇◆


『ミカゲさん、聞いてよ!』

『なあに? ジャンくん』

『今日、学校でさ────』


『ミカゲさんって、いつも何してるの?』

『わたしは部活をがんばってるんだよ』

『何部入ってるの?』

『吹奏楽部だよー。野球部が甲子園に出たら、わたし達が演奏するんだよ』

『そうなんだ』


『ねえ、ミカゲさん』

『どうしたの? ジャンくん』


『一緒に狩りに行こうよ、ミカゲさん』

『うん、欲しいドロップが出ると良いね』


 そっか……そうだったんだ。

 俺は、ゲームが楽しかったんじゃない。

 ミカゲさんとお喋りできるのが、楽しかったんだ……。



『もう少しだね、ジャンくん』

『ミカゲさんの天使の羽根、早く見たいなー』

『二人で天使の羽根装備したいね』


 あ……。


 倉庫の素材アイテムを確認する。

 そこには、天使の羽根に強化する為の素材が、あと三個という所まで集まっていた。

 もう少し……そうだったんだ。

 俺は彼女と約束してたじゃないか……なんで忘れてしまっていたんだ……。


 俺は、急いで素材をドロップするモンスターの居るダンジョンへ入った。

 俺の分とミカゲさんの分の素材が集まるまで、一人で淡々とがんばった。

 今更なにをと思われるかもしれないが、俺はこれをしなくてはいけないと思ったんだ。

 一人でモンスターと戦うのは久しぶりのことだ。

 今の俺のレベルなら心配は無いが、当時はミカゲさんに頼ってばかりだったような気がする。


『がんばって、ジャンくん!』


 俺とモンスター以外、誰も居ないはずのダンジョン内。

 彼女の姿と声が聞こえたような気がした。

 がんばった甲斐もあって、なんとか素材アイテムを必要数集める事ができた。


 ミカゲさんに、ショートメールを送ろう。

 俺は、大量に溜まっていたショートメールを開いてみた。

 そこには、やはりクエストのヘルプの依頼がたくさん着ていた。

 うんざりして見ていると、その中に件名が違うメールを幾つか見つけた。

 それは、ミカゲさんからのメールだった。

 あれからも、彼女は連絡をくれていたのか……。

 とりあえず古い物から見ていこう。


━・━・


【お元気ですか?】

 こんばんは、ミカゲです。

 ジャンくん、あれから元気にやっていますか?

 わたしは、あれから素材集めをがんばっています。

 途中までだったけど、天使の羽根がんばって作るからね。


━・━・


【完成しました!】

 こんばんは、ミカゲです。

 ついに、天使の羽根完成したよ!

 今日はスクリーンショット撮っちゃいました。

 どうかな? 似合うかな?

 あの頃は楽しかったね。また一緒に遊びたいね。


━・━・


【寂しいです……】

 こんばんは、ミカゲです。

 弱音吐いちゃってごめんね……なんだか寂しくなっちゃって……。

 ジャンくんは、寂しくないよね……ごめんね。

 メールをするのは、これで最後にします。

 元気でね、ジャンくん。


━・━・



 ここまで見て、俺の目からは涙が溢れていた。

 最低じゃないか、俺は……。

 彼女はずっと、俺の事を想っていてくれたのに、それに気付きもしないで!


 彼女に対して、恩を仇で返すような真似をしてしまった……。

 こんな事なら、ギルドになんて入るんじゃなかった……。

 彼女が傍にいてくれるだけで良かったじゃないか……。


 もう一件、彼女からのものと思われるメールを見つけた。

 最後にしますと書いてあったのに、何だろう?



━・━・


【お久しぶりです】

 こんにちは、ミカゲです。

 最後だって言ってたのにごめんね。

 またメールしちゃった……駄目だね、わたし……。

 いま、○△病院に入院しています。

 結構重い病気らしくて、長い入院になりそうなの。

 でも、きっと大丈夫! 先生も大丈夫って言ってるもの!

 ジャンくんも、病気には気をつけてね。

 それじゃあ……今度こそ、さよなら。


━・━・



 入院だって……!?

 メールが届いたのは、いつだ!?


 今日から一週間ほど前だ。まだ、そんなに経っていない。

 ○△病院ってどこだ?

 ……隣の市だ。意外と俺達は近くに住んでいたのか。

 明日、行ってみよう。

 学校をさぼる事になってしまうけど、何とかごまかすしか無い。


 とりあえず、明日に備えて今日は寝よう。

 俺はログアウトをすると、パソコンの電源を切った。


        ◆◇◆


 翌日、俺は学校を早退した。

 もちろん、仮病だ。ばれたら面倒な事になるけど、今はそんなこと言ってられない。

 駅に着いた俺は、トイレで私服に着替え、カバンと制服をコインロッカーへしまった。


 電車が来るまで、なかなか落ち着かなかった。

 焦る気持ちが、俺の判断を色々とおかしくさせていた。

 でも、早く彼女に会いたい。会って、無事である事を確認したい。

 会って、あの日の事から今までの事を、彼女に謝りたい。

 自分のことばかり考えている事に、この時は気が付いていなかった。


 電車がやってきた。

 俺は、はやる気持ちを抑えて電車に乗り込んだ。


        ◆◇◆


 病院にはすぐに着く事ができた。

 スマホのナビも馬鹿にできないな。そんな事を考えながら、総合案内へと向かった。


「入院患者に面会したいんですけど……」

「どなたのですか?」

「えっと……」


 ここに来て、ようやく自分の愚かさに気付いた。

 そう、俺は彼女の実際の名前を知らなかったのだ。

 学校までさぼって、急に押しかけて、何をやってるんだ俺は……。


「友達のミカゲさん……入院してるって聞いて……」


 一か八か、彼女の使っていたユーザーネームを言ってみた。

 もしかすると、本名の一部を使っているのかもしれない……それに賭けてみるしかない。


「ミカゲさん、ですか……二名ほどいらっしゃいますけど」


 二名!?

 そのうち一人がミカゲさんかもしれないし、どちらも違うかもしれない……。

 どちらにしても、怪しまれてしまったら面会すらさせてもらえない。

 どうしたらいいんだ……何か、特定できるような情報は……。


 “野球部が甲子園に出たら────”


「高校生のミカゲさんです!」

「ああ、でしたら五階の○○号室になります。面会時間に気をつけてくださいね」

「わかりました。ありがとうございます」


 何とか部屋を聞き出す事に成功した。

 どうか、本人であってくれ。


 エレベーターに乗り、俺は五階へと向かった。


「ここか……」


 そこには、【井上海景(いのうえみかげ)】と名前が貼ってあった。

 とりあえず、ノックをしてみる。


「どうぞ」


 優しそうな女の子の声がした。

 この声の主がミカゲさんなのだろうか……。


「失礼します」


 中に入ると、白いカーテンがゆらゆらと揺れて、ベッドに佇む少女の姿が見えた。

 そこに居たのは、想像していたよりもずっと可愛らしい少女だった。


「どなたですか……?」


 長く伸びた黒い髪を一本に束ねた少女が、俺の顔をじっと見つめて言った。


「間違っていたらごめん……ジャンです、ミカゲさん……」


 流れる沈黙……違っていたら、俺はただの変質者だ。


「……嘘……」


 彼女は、両手で口を覆い、涙をポロポロと流し始めた。


「ジャン……くん……?」

「うん……ジャンだよ、ミカゲさん……」


 気が付くと、俺の目から涙が流れていた。

 もう言ってしまえば、鼻水も垂れていた。


「ミカゲさん……ごめんなさい……俺!」


 俺はその場に土下座した。


「寂しい思いをさせてごめん! 天使の羽根、気付かなくてごめん!」


 思いのたけをぶつけるように謝った。

 随分と自分勝手な謝罪だ。散々彼女の事を無視しておいて今更……。


「ジャンくん……顔を上げて……」

「駄目だ! 俺は……俺が許せない!」


 俺はミカゲさんがそう言っても、頭を下げ続けた。

 後から考えたら、ここが個室で良かったと思う。


「もういいから……来てくれて嬉しかった……」


 ミカゲさんはベッドから出て、俺の体に寄り添っていた。

 優しくされると、余計に涙が溢れて止まらなくなる。


「ミカゲさんにあんなにお世話になったのに、俺って奴は……」

「もういいの……最後にあなたに会えて良かった……」


 その言葉に、思わず俺は顔を上げた。


「最……後……?」


 彼女の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 その細い腕には、幾つもの針が刺さっていた。


「どういうこと……?」


 嫌な予感が頭をよぎる。

 彼女の表情は、何も言わなくても答えを言っていた。


「海景、誰かお友達が来てるの?」

「お母さん!」


 その声に慌てて俺は立ち上がり、涙を拭った。


「お母さん、来てくれたんだ」

「早く上がってきたからね……あら? その子は?」


 突然のお母さんの登場に、俺はすっかり固まってしまった。

 どうしよう……なんて説明したらいい……?


「私の友達のジャンくん!」

「まあ、あなたが?」


 ……あれ?

 ミカゲさんが説明して、あっさり話が通ってしまった。

 どういう事だろうか?


「娘に言われて、メールを打ったのは私ですからね」

「ああ、そういう事だったんですか……突然来てしまってすみません、ジャン……でいいんですかね、この場合……」

「娘からはそう聞いてるわね」

「えっと、俺……じゃなくて、僕は早瀬幹孝(はやせみきたか)って言います」

「そう、幹孝君……娘の為に来てくれてありがとう。学校さぼっちゃったのかな?」

「あはは……ええ、まあ……」

「それは駄目だよ、ジャンくん!」


 場の雰囲気が和んだ気がした。

 すると、お母さんはハンカチを取り出し、俺の目の下を拭いてくれた。


「随分と泣き虫さんだったのね、ジャンくんは」

「ごめんなさい……」


 妙に安心感があって、拭いても拭いても涙がなかなか止まらなかった。


「ちょっと出ましょうか」


 お母さんに促されて、俺は一緒に病室を出た。

 ミカゲさんが、少しジトっとした目でこちらを見ている。


「ちょっとジャンくんを借りて行くだけだから」

「早く戻ってきてね!」


 そんなやり取りがあって、お母さんと俺はロビーへと向かって行った。


        ◆◇◆


「うちの子ね……このままだと長く無いの……」


 お母さんは声を殺しながら泣いていた。

 俺は、ハンカチを常備していなかった事を悔やんだ。


「最後にね、あなたに会いたいって……迷惑だったでしょう?」

「そんな事……無いです」


 今思えば、あれは虫の知らせだったのかもしれない。

 そんな迷信じみた事を信じた事の無かった俺だが、今ではその知らせに感謝している。


「……助からないんですか?」

「お医者様の話では、助かる見込みは半分くらい……でも、あの子自身、治療を嫌がって……」


 お母さんの話では、ミカゲさんは精神的にも相当参ってしまっていたらしい。

 もしかすると、あのゲームでの事もあったかもしれない。

 そう考えると、今日こうして来る事ができたのは本当に良かったと思う。


「説得しましょう。俺は、彼女に生きていてほしい……」


 そう言い残し、俺は泣き崩れるお母さんを置いて病室へ戻った。



「お帰り、ジャンくん。お母さんは?」

「ちょっと休憩してるって」


 俺は、パイプ椅子を設置し、彼女のベッドの横に座った。


「ねえ、ミカゲさん。久し振りにお話しようよ」

「ジャンくん、現実でもそんな喋り方なの?」


 二人でゲームをしていた頃、俺はまるで、姉に甘えるように彼女に接していた事を思い出した。

 そう、俺は甘えんぼさんだった。

 彼女に話を聞いてほしくて、いつも彼女の後を付いて回った。

 どんなくだらない話でも、彼女は嫌み一つ言わずに聞いていてくれた。


「我慢……してたのに……」


 再び視界がぼやける。

 もう、いろいろな想いが交錯してしまって、涙が止まらない。


「ジャンくん……泣き止んで? お願いだから……」

「生きて……ください……」


 俺は彼女に懇願した。

 説得なんてかっこいいものじゃ無い。

 ただ、彼女に生きていてほしかった。


「もう一度……あなたと一緒に……ゲームがしたい……」

「……もっと気の利いた事言えないのかな……」

「ごめんなさい……」

「ふふっ、ジャンくんらしいね……」


 彼女はそう言って、点滴だらけの腕で俺の頭を撫でた。


「じゃあ……がんばらなきゃね」


        ◆◇◆


 翌日から、彼女の闘病生活は本格的に始まった。

 辛い治療にもがんばって耐えた。


「気持ち悪いよ……助けてよ……」

「大丈夫だよ、ミカゲさん。ずっと付いてるから」


 俺は、時間の許す限り彼女の傍に居た。

 学校? 知るか。

 そんな事より、今の俺にはもっと大切な事があるんだ。


 彼女の状態は、日によって激しく上下していた。

 どんなに彼女が辛くても、俺は傍に居てやることしかできない。

 ゲームの世界なら、大怪我しても回復魔法ですぐに治る。

 でも、現実世界じゃそうはいかない。

 現実の俺はとても非力だ……。



「ねえ、今日は調子が良いの」

「そっか、良かった」


 彼女の綺麗だった髪はすっかり薄くなっていた。

 恥ずかしいからと深く帽子を被り、それでもがんばっていた。


「久しぶりに、外に行きたいな」

「ちょっと聞いてくるから待ってて」


 俺はナースステーションに行って許可を貰った。

 車椅子を用意し、彼女を乗せて中庭へと向かった。


「やっぱり、外の空気はおいしいね!」

「今日は天気もいいからなあ」


 俺の様な健常者には当たり前の事が、病室で長い間過ごしてきた彼女にはありがたい事なのだと知った。

 そっか……外の空気はおいしいんだな。


「来週、手術なの」


 ミカゲさんは、そう言った。

 俺は、その言葉に対し何を言ったらいいのかわからなかった。


「祈ってて! 手術が成功しますようにって!」

「……うん! 毎日祈るよ!」

「そして、手術が成功したら……また一緒に……」

「もちろん! もう俺はミカゲさんを一人になんてしない!」


 俺は、ミカゲさんの体を抱いた。

 やせ細ってしまったその体を、とても愛おしく感じた。


        ◆◇◆


 さて、随分と長くなってしまったけど、これで俺とミカゲさんの話は終わりだ。

 ゲームに全く関係無い内容になっちゃったな……そうだ、俺達の本名の部分だけはぼかしておかないといけないな。

 

 どうなったかなんて、書く必要あるか? だって、お前達、いつもゲーム内で顔合わせしてるだろ?

 もちろん、何回来たってクエストのお誘いは断るけどな。


 パソコンの壁紙には、天使の羽根を装備した二人のキャラが笑っている。


「幹孝くん! そろそろ行かないと、電車乗り遅れちゃうよ!」

「ごめんごめん。準備はもうできてるから、すぐにでも行こうか」


 俺はそう言って、パソコンの電源を落とした。


 今日は海景さんと一緒に日帰り旅行。

 紅葉でも見ながら、おいしい団子でも食べようかって話してる。



 行きの電車。

 車窓から見える景色は綺麗だ。観光地の空気はおいしいんだろうな。


「ねえ、ちょっと不思議な話していい?」

「海景さんから話なんて珍しいね。どうぞ」

「笑わないで聞いてね? 手術が近付いた夜の事なんだけど、夢に神様が出てきたの」

「へ? 神様?」

「そそ。それでね、夢の中で神様、何て言ったと思う?」

「わかんないなあ……」

「このまま死んで異世界に転生するか、がんばって現実で生きていくか選べって言ったの」

「何それ……ラノベ?」

「でしょ? もうおかしくってさ。それで、私は言ったの。現実で生きていきたいって」

「へー……」

「神様ったら、転生したらチート能力も授けてやるのにって残念そうだったわ」


 海景さんは、満面の笑みでそう語った。

 で、結局意見を曲げなかった海景さんに対して、神様は病気を完全に治してやると約束したらしい。

 信じられるか?


 でも、この話……信じざるを得ないのかもな。

 なんせ、海景さんの病巣は、手術前の検査で綺麗さっぱり無くなっていたんだからさ。

 どちらにしても、彼女が元気になって良かったよ。


「チート能力を貰って異世界を冒険するのも楽しかったかもね。でも、こっちを選んで良かった……」


 海景さんは、長い髪をかき分けながら、悪戯っぽく言った。


「だって、あっちにはジャンくんが居ないものね」


 電車はもうすぐ観光地に着く。

 彼女が異世界へ行ってしまわないように、俺は現実世界の楽しさをたくさん教えてやらなくてはいけない。

お読みいただいて、ありがとうございます。

無駄に多い文字数でごめんなさい(汗)

ネットゲームをやっていた時、皆さんの足をよく引っ張っていた事を思い出しながら書きました。

広いマップに出ると迷子になります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 感動できる。 滑り出しからは想像もつかない、後半の展開。 [気になる点] 前半のゲームの内容が、オンラインゲームをあまりやってない人からすると、少し情報不足のような気がします。 [一言] …
[良い点] これは感想書きたいです。書かせてください! ツボです!大好物です! 要はこういう話が読みたかった~!です。 文章も読み易く、感情移入し易いです。ありがちな話かも知れないけど、じゃー書いてみ…
[一言] リア充が異世界に行かない理由じゃねこれ? 大発見だ!
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