電脳世界で出会えたら
真面目なお話書いてみました。
『ジャン! とどめは頼むぞ!』
『わかった』
俺は構えた剣をボスモンスターに向けて振り下ろした。
攻撃はクリーンヒット。ボスモンスターは消え、そこにはレア素材がドロップされた。
『ジャンさん、ほんと頼りになるわ!』
『お前のおかげでイベントボスも楽勝だな!』
『惚れちゃいそうです~』
仲間達が口々に賞賛の声を上げる。
俺と一緒にパーティーを組んでいたお蔭で、全員クエストクリアになったんだ。
レアドロップはどうしようか。
俺はもうこれ持ってるし、とりあえずギルドリーダーのタカマサに渡しておくか。
『ほら、やるよ』
『いいのか?』
『お前が使ってもいいし、誰かにやってもいいぞ』
『わかった』
チャットウィンドウに次々とメッセージが流れる。
俺はただ、それを呆然と眺めていた。
『じゃあ、今日はそろそろ落ちるわ』
『おう。助かったぜ、ジャン!』
『またね、ジャンさん』
『おやすみなさい~』
頃合いを見てゲームをログアウトした。
最近、このゲームも飽きてきたな。
なんていうか、レベルが上がるとやる事が無くなって、イベントですら作業にしか感じなくなってしまった。
最初の頃はこんなんじゃ無かったのにな……もっと、こう、ワクワクしたもんだけど。
「幹孝、いつまでもゲームばっかりやってないで、早く寝なさい」
「ああ、わかってるよ。もうやめた」
俺はパソコンの電源を落とし、ベッドへと入った。
明日は別のゲームでも探そうかな……。
◆◇◆
翌日。
学校から帰宅した俺は、飽きたと言いながらもパソコンの電源を入れモニタの前にいた。
あのゲームのスクリーンショットが入っているフォルダは……と、あった。
ゲームには飽きてきたけど、せっかくだから、初心者向けに、攻略サイトみたいな感じの記事でも書いてやろうか。
なんで急にこんな考えに至ったのかはわからないけど、俺はそう思いながら、ゲームサイトにログインした。
マイページには大量のショートメールが届いていた。
どうせまた、クエストの手伝いの依頼文ばかりだろうな。
いつからか、俺はショートメールをほとんど確認しなくなっていた。
それでも、ゲームを始めたら誰かしら手伝ってくれと言って来るもんだけど……。
ブログ作成を開き、記事を書いて行く。
ここのモンスターは水の魔法に弱い、ドロップは後にマントに使える……と。
貼り付けるスクリーンショットを選んでいる時、懐かしい物を見つけた。
俺のキャラ、ジャンがまだ初心者だった頃に撮ったスクリーンショットだ。
一緒に写っているのは、ミカゲというプレイヤー。
右も左もわからなかった俺に、彼女(だと思う)は、色々と教えてくれたり、素材を分けてくれたりしてたんだったな。
スクリーンショットには、二人のキャラがチョコンと座り、笑顔のエモーションを出しながら笑ってる姿が映し出されていた。
「あの頃は楽しかったな……」
思わず声に出していた。
◆◇◆
『ミカゲさん! これ!』
『どうしたの? ジャンくん』
『ミカゲさんの為にがんばったんだ!』
ミカゲさんに、今までのお礼にと“羽根のマント”という防具をプレゼントした。
中級者だったミカゲさんは、当然こんな防具よりも性能の良い装備を持っていた。
ミカゲさんと初めて会ったときに、俺にくれた他の防具の方が高性能なくらいだ。
でもこのマント、強化すれば、綺麗な天使の羽根みたいな防具になるんだ。
ミカゲさんのキャラは可愛いから、きっと似合うだろうなと思ってがんばった。
結局、その時の俺にとっては、この防具までが限界だったんだっけ。
『ありがとう、ジャンくん。じゃあ、わたしからもこれをあげるね』
ミカゲさんに渡されたのは、俺がさっきあげた羽根のマントと同じものだった。
『実は、わたしもジャンくんの為に作ってたんだ。ウフフ、お揃いだね』
笑顔のエモーションが流れた。
そして、ミカゲさんはそれまで身に着けていた防御力の高いマントを外し、俺がプレゼントした羽根のマントを装備してくれた。
俺も、ミカゲさんからプレゼントされたマントを着けてみた。
お互いに笑顔のエモーションを流す。
『ミカゲさん、記念撮影しようよ!』
『そうだね、そうしよう!』
二人でその場に座って撮影した。
それが、このスクリーンショットだ。
あの頃は、よく二人だけで遊んでいたっけ。
懐かしくて、初期の頃のスクリーンショットを流すように見ていく。
『こんばんは』
『こんばんは、ミカゲさん』
『こんばんわ』
『こん』
月日は流れ、俺は他のプレイヤーと遊ぶ事も増えていた。
ミカゲさんは、あまりどっぷりとゲームができる状態では無かったらしく、いつの間にか俺の方がレベルも装備も上になっていた。
『今日は、いよいよ塔の最上階を目指すぞ』
一番キャラレベルの高かった人がそう言った。
当時まだギルドに所属していなかった俺は、この人にスカウトを受けていた。
彼が、ギルドリーダーのタカマサだ。
『ミカゲさん、大丈夫?』
『わたしのレベルじゃちょっときついかも……』
ミカゲさんは、装備もちょっと心もとない感じだった。
『まだ、そのマント着けてるの?』
ミカゲさんは、俺がプレゼントしたマントを、あれからずっと装備していた。
俺ですら、もう違う装備を着けているというのに……。
『だって、ジャンくんがくれた大事なマントだから……』
『もっと良いの持ってるでしょ? それにしなよ』
俺がそう言っても、ミカゲさんは装備を変えようとはしなかった。
『もう少しなの……』
『なにが?』
俺とミカゲさんが話していると、タカマサが割り込んできた。
『出てってくれないか?』
『え……?』
『いい加減、自分が足手纏いだと気付いてくれ』
『タカマサさん、何言ってるんですか? ミカゲさんは足手纏いなんかじゃ……』
『レベルだって差があるし、装備だって揃っていない……これから行く場所はそんな甘いところじゃないんだぞ!』
信じられないほど厳しい言葉がチャットウィンドウに流れた。
『……わかりました』
『待って、ミカゲさん!』
『止めるなジャン。魔道士が必要だというなら、もっと有能な奴はいくらでも居る』
『そうじゃなくて、俺はミカゲさんが居ないと……』
『ううん、ジャンくんなら大丈夫だよ。ほら、レベルだってもうわたしより上でしょ?』
たしかにその通りだけど、だけど……。
『じゃあ、わたしがいると他の人が入れないから、行くね』
『悪いな。ジャンは俺が責任もって育て上げるよ』
『ミカゲさ────』
俺の呼びかけが届く前に、彼女はサーバーを出て行ってしまった。
その後、俺はタカマサと遊ぶことが多くなって、ミカゲさんと遊ぶ事はどんどん少なくなっていった。
たまに顔を出してくれる事もあったが、上級プレイヤーになった頃には、俺自身彼女を煙たがるようになっていた。
その空気が伝わってしまったのか、彼女は遂にログインしなくなってしまった。
◆◇◆
そうだ……あのマント!
俺はゲームにログインした。
あちこちから挨拶のチャットが流れてきた。でも、今は無視だ。
倉庫へ行き、ボックスを開く。
そこには、あの時ミカゲさんに貰った羽根のマントがあった。
久しぶりに装備してみる。
防御力はガクンと下がってしまったけど、初心に戻ったような気がした。
すっかり飽きてしまったこのゲーム。
あの頃は、何であんなに楽しかったんだろう。
◆◇◆
『ミカゲさん、聞いてよ!』
『なあに? ジャンくん』
『今日、学校でさ────』
『ミカゲさんって、いつも何してるの?』
『わたしは部活をがんばってるんだよ』
『何部入ってるの?』
『吹奏楽部だよー。野球部が甲子園に出たら、わたし達が演奏するんだよ』
『そうなんだ』
『ねえ、ミカゲさん』
『どうしたの? ジャンくん』
『一緒に狩りに行こうよ、ミカゲさん』
『うん、欲しいドロップが出ると良いね』
そっか……そうだったんだ。
俺は、ゲームが楽しかったんじゃない。
ミカゲさんとお喋りできるのが、楽しかったんだ……。
『もう少しだね、ジャンくん』
『ミカゲさんの天使の羽根、早く見たいなー』
『二人で天使の羽根装備したいね』
あ……。
倉庫の素材アイテムを確認する。
そこには、天使の羽根に強化する為の素材が、あと三個という所まで集まっていた。
もう少し……そうだったんだ。
俺は彼女と約束してたじゃないか……なんで忘れてしまっていたんだ……。
俺は、急いで素材をドロップするモンスターの居るダンジョンへ入った。
俺の分とミカゲさんの分の素材が集まるまで、一人で淡々とがんばった。
今更なにをと思われるかもしれないが、俺はこれをしなくてはいけないと思ったんだ。
一人でモンスターと戦うのは久しぶりのことだ。
今の俺のレベルなら心配は無いが、当時はミカゲさんに頼ってばかりだったような気がする。
『がんばって、ジャンくん!』
俺とモンスター以外、誰も居ないはずのダンジョン内。
彼女の姿と声が聞こえたような気がした。
がんばった甲斐もあって、なんとか素材アイテムを必要数集める事ができた。
ミカゲさんに、ショートメールを送ろう。
俺は、大量に溜まっていたショートメールを開いてみた。
そこには、やはりクエストのヘルプの依頼がたくさん着ていた。
うんざりして見ていると、その中に件名が違うメールを幾つか見つけた。
それは、ミカゲさんからのメールだった。
あれからも、彼女は連絡をくれていたのか……。
とりあえず古い物から見ていこう。
━・━・
【お元気ですか?】
こんばんは、ミカゲです。
ジャンくん、あれから元気にやっていますか?
わたしは、あれから素材集めをがんばっています。
途中までだったけど、天使の羽根がんばって作るからね。
━・━・
【完成しました!】
こんばんは、ミカゲです。
ついに、天使の羽根完成したよ!
今日はスクリーンショット撮っちゃいました。
どうかな? 似合うかな?
あの頃は楽しかったね。また一緒に遊びたいね。
━・━・
【寂しいです……】
こんばんは、ミカゲです。
弱音吐いちゃってごめんね……なんだか寂しくなっちゃって……。
ジャンくんは、寂しくないよね……ごめんね。
メールをするのは、これで最後にします。
元気でね、ジャンくん。
━・━・
ここまで見て、俺の目からは涙が溢れていた。
最低じゃないか、俺は……。
彼女はずっと、俺の事を想っていてくれたのに、それに気付きもしないで!
彼女に対して、恩を仇で返すような真似をしてしまった……。
こんな事なら、ギルドになんて入るんじゃなかった……。
彼女が傍にいてくれるだけで良かったじゃないか……。
もう一件、彼女からのものと思われるメールを見つけた。
最後にしますと書いてあったのに、何だろう?
━・━・
【お久しぶりです】
こんにちは、ミカゲです。
最後だって言ってたのにごめんね。
またメールしちゃった……駄目だね、わたし……。
いま、○△病院に入院しています。
結構重い病気らしくて、長い入院になりそうなの。
でも、きっと大丈夫! 先生も大丈夫って言ってるもの!
ジャンくんも、病気には気をつけてね。
それじゃあ……今度こそ、さよなら。
━・━・
入院だって……!?
メールが届いたのは、いつだ!?
今日から一週間ほど前だ。まだ、そんなに経っていない。
○△病院ってどこだ?
……隣の市だ。意外と俺達は近くに住んでいたのか。
明日、行ってみよう。
学校をさぼる事になってしまうけど、何とかごまかすしか無い。
とりあえず、明日に備えて今日は寝よう。
俺はログアウトをすると、パソコンの電源を切った。
◆◇◆
翌日、俺は学校を早退した。
もちろん、仮病だ。ばれたら面倒な事になるけど、今はそんなこと言ってられない。
駅に着いた俺は、トイレで私服に着替え、カバンと制服をコインロッカーへしまった。
電車が来るまで、なかなか落ち着かなかった。
焦る気持ちが、俺の判断を色々とおかしくさせていた。
でも、早く彼女に会いたい。会って、無事である事を確認したい。
会って、あの日の事から今までの事を、彼女に謝りたい。
自分のことばかり考えている事に、この時は気が付いていなかった。
電車がやってきた。
俺は、はやる気持ちを抑えて電車に乗り込んだ。
◆◇◆
病院にはすぐに着く事ができた。
スマホのナビも馬鹿にできないな。そんな事を考えながら、総合案内へと向かった。
「入院患者に面会したいんですけど……」
「どなたのですか?」
「えっと……」
ここに来て、ようやく自分の愚かさに気付いた。
そう、俺は彼女の実際の名前を知らなかったのだ。
学校までさぼって、急に押しかけて、何をやってるんだ俺は……。
「友達のミカゲさん……入院してるって聞いて……」
一か八か、彼女の使っていたユーザーネームを言ってみた。
もしかすると、本名の一部を使っているのかもしれない……それに賭けてみるしかない。
「ミカゲさん、ですか……二名ほどいらっしゃいますけど」
二名!?
そのうち一人がミカゲさんかもしれないし、どちらも違うかもしれない……。
どちらにしても、怪しまれてしまったら面会すらさせてもらえない。
どうしたらいいんだ……何か、特定できるような情報は……。
“野球部が甲子園に出たら────”
「高校生のミカゲさんです!」
「ああ、でしたら五階の○○号室になります。面会時間に気をつけてくださいね」
「わかりました。ありがとうございます」
何とか部屋を聞き出す事に成功した。
どうか、本人であってくれ。
エレベーターに乗り、俺は五階へと向かった。
「ここか……」
そこには、【井上海景】と名前が貼ってあった。
とりあえず、ノックをしてみる。
「どうぞ」
優しそうな女の子の声がした。
この声の主がミカゲさんなのだろうか……。
「失礼します」
中に入ると、白いカーテンがゆらゆらと揺れて、ベッドに佇む少女の姿が見えた。
そこに居たのは、想像していたよりもずっと可愛らしい少女だった。
「どなたですか……?」
長く伸びた黒い髪を一本に束ねた少女が、俺の顔をじっと見つめて言った。
「間違っていたらごめん……ジャンです、ミカゲさん……」
流れる沈黙……違っていたら、俺はただの変質者だ。
「……嘘……」
彼女は、両手で口を覆い、涙をポロポロと流し始めた。
「ジャン……くん……?」
「うん……ジャンだよ、ミカゲさん……」
気が付くと、俺の目から涙が流れていた。
もう言ってしまえば、鼻水も垂れていた。
「ミカゲさん……ごめんなさい……俺!」
俺はその場に土下座した。
「寂しい思いをさせてごめん! 天使の羽根、気付かなくてごめん!」
思いのたけをぶつけるように謝った。
随分と自分勝手な謝罪だ。散々彼女の事を無視しておいて今更……。
「ジャンくん……顔を上げて……」
「駄目だ! 俺は……俺が許せない!」
俺はミカゲさんがそう言っても、頭を下げ続けた。
後から考えたら、ここが個室で良かったと思う。
「もういいから……来てくれて嬉しかった……」
ミカゲさんはベッドから出て、俺の体に寄り添っていた。
優しくされると、余計に涙が溢れて止まらなくなる。
「ミカゲさんにあんなにお世話になったのに、俺って奴は……」
「もういいの……最後にあなたに会えて良かった……」
その言葉に、思わず俺は顔を上げた。
「最……後……?」
彼女の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。
その細い腕には、幾つもの針が刺さっていた。
「どういうこと……?」
嫌な予感が頭をよぎる。
彼女の表情は、何も言わなくても答えを言っていた。
「海景、誰かお友達が来てるの?」
「お母さん!」
その声に慌てて俺は立ち上がり、涙を拭った。
「お母さん、来てくれたんだ」
「早く上がってきたからね……あら? その子は?」
突然のお母さんの登場に、俺はすっかり固まってしまった。
どうしよう……なんて説明したらいい……?
「私の友達のジャンくん!」
「まあ、あなたが?」
……あれ?
ミカゲさんが説明して、あっさり話が通ってしまった。
どういう事だろうか?
「娘に言われて、メールを打ったのは私ですからね」
「ああ、そういう事だったんですか……突然来てしまってすみません、ジャン……でいいんですかね、この場合……」
「娘からはそう聞いてるわね」
「えっと、俺……じゃなくて、僕は早瀬幹孝って言います」
「そう、幹孝君……娘の為に来てくれてありがとう。学校さぼっちゃったのかな?」
「あはは……ええ、まあ……」
「それは駄目だよ、ジャンくん!」
場の雰囲気が和んだ気がした。
すると、お母さんはハンカチを取り出し、俺の目の下を拭いてくれた。
「随分と泣き虫さんだったのね、ジャンくんは」
「ごめんなさい……」
妙に安心感があって、拭いても拭いても涙がなかなか止まらなかった。
「ちょっと出ましょうか」
お母さんに促されて、俺は一緒に病室を出た。
ミカゲさんが、少しジトっとした目でこちらを見ている。
「ちょっとジャンくんを借りて行くだけだから」
「早く戻ってきてね!」
そんなやり取りがあって、お母さんと俺はロビーへと向かって行った。
◆◇◆
「うちの子ね……このままだと長く無いの……」
お母さんは声を殺しながら泣いていた。
俺は、ハンカチを常備していなかった事を悔やんだ。
「最後にね、あなたに会いたいって……迷惑だったでしょう?」
「そんな事……無いです」
今思えば、あれは虫の知らせだったのかもしれない。
そんな迷信じみた事を信じた事の無かった俺だが、今ではその知らせに感謝している。
「……助からないんですか?」
「お医者様の話では、助かる見込みは半分くらい……でも、あの子自身、治療を嫌がって……」
お母さんの話では、ミカゲさんは精神的にも相当参ってしまっていたらしい。
もしかすると、あのゲームでの事もあったかもしれない。
そう考えると、今日こうして来る事ができたのは本当に良かったと思う。
「説得しましょう。俺は、彼女に生きていてほしい……」
そう言い残し、俺は泣き崩れるお母さんを置いて病室へ戻った。
「お帰り、ジャンくん。お母さんは?」
「ちょっと休憩してるって」
俺は、パイプ椅子を設置し、彼女のベッドの横に座った。
「ねえ、ミカゲさん。久し振りにお話しようよ」
「ジャンくん、現実でもそんな喋り方なの?」
二人でゲームをしていた頃、俺はまるで、姉に甘えるように彼女に接していた事を思い出した。
そう、俺は甘えんぼさんだった。
彼女に話を聞いてほしくて、いつも彼女の後を付いて回った。
どんなくだらない話でも、彼女は嫌み一つ言わずに聞いていてくれた。
「我慢……してたのに……」
再び視界がぼやける。
もう、いろいろな想いが交錯してしまって、涙が止まらない。
「ジャンくん……泣き止んで? お願いだから……」
「生きて……ください……」
俺は彼女に懇願した。
説得なんてかっこいいものじゃ無い。
ただ、彼女に生きていてほしかった。
「もう一度……あなたと一緒に……ゲームがしたい……」
「……もっと気の利いた事言えないのかな……」
「ごめんなさい……」
「ふふっ、ジャンくんらしいね……」
彼女はそう言って、点滴だらけの腕で俺の頭を撫でた。
「じゃあ……がんばらなきゃね」
◆◇◆
翌日から、彼女の闘病生活は本格的に始まった。
辛い治療にもがんばって耐えた。
「気持ち悪いよ……助けてよ……」
「大丈夫だよ、ミカゲさん。ずっと付いてるから」
俺は、時間の許す限り彼女の傍に居た。
学校? 知るか。
そんな事より、今の俺にはもっと大切な事があるんだ。
彼女の状態は、日によって激しく上下していた。
どんなに彼女が辛くても、俺は傍に居てやることしかできない。
ゲームの世界なら、大怪我しても回復魔法ですぐに治る。
でも、現実世界じゃそうはいかない。
現実の俺はとても非力だ……。
「ねえ、今日は調子が良いの」
「そっか、良かった」
彼女の綺麗だった髪はすっかり薄くなっていた。
恥ずかしいからと深く帽子を被り、それでもがんばっていた。
「久しぶりに、外に行きたいな」
「ちょっと聞いてくるから待ってて」
俺はナースステーションに行って許可を貰った。
車椅子を用意し、彼女を乗せて中庭へと向かった。
「やっぱり、外の空気はおいしいね!」
「今日は天気もいいからなあ」
俺の様な健常者には当たり前の事が、病室で長い間過ごしてきた彼女にはありがたい事なのだと知った。
そっか……外の空気はおいしいんだな。
「来週、手術なの」
ミカゲさんは、そう言った。
俺は、その言葉に対し何を言ったらいいのかわからなかった。
「祈ってて! 手術が成功しますようにって!」
「……うん! 毎日祈るよ!」
「そして、手術が成功したら……また一緒に……」
「もちろん! もう俺はミカゲさんを一人になんてしない!」
俺は、ミカゲさんの体を抱いた。
やせ細ってしまったその体を、とても愛おしく感じた。
◆◇◆
さて、随分と長くなってしまったけど、これで俺とミカゲさんの話は終わりだ。
ゲームに全く関係無い内容になっちゃったな……そうだ、俺達の本名の部分だけはぼかしておかないといけないな。
どうなったかなんて、書く必要あるか? だって、お前達、いつもゲーム内で顔合わせしてるだろ?
もちろん、何回来たってクエストのお誘いは断るけどな。
パソコンの壁紙には、天使の羽根を装備した二人のキャラが笑っている。
「幹孝くん! そろそろ行かないと、電車乗り遅れちゃうよ!」
「ごめんごめん。準備はもうできてるから、すぐにでも行こうか」
俺はそう言って、パソコンの電源を落とした。
今日は海景さんと一緒に日帰り旅行。
紅葉でも見ながら、おいしい団子でも食べようかって話してる。
行きの電車。
車窓から見える景色は綺麗だ。観光地の空気はおいしいんだろうな。
「ねえ、ちょっと不思議な話していい?」
「海景さんから話なんて珍しいね。どうぞ」
「笑わないで聞いてね? 手術が近付いた夜の事なんだけど、夢に神様が出てきたの」
「へ? 神様?」
「そそ。それでね、夢の中で神様、何て言ったと思う?」
「わかんないなあ……」
「このまま死んで異世界に転生するか、がんばって現実で生きていくか選べって言ったの」
「何それ……ラノベ?」
「でしょ? もうおかしくってさ。それで、私は言ったの。現実で生きていきたいって」
「へー……」
「神様ったら、転生したらチート能力も授けてやるのにって残念そうだったわ」
海景さんは、満面の笑みでそう語った。
で、結局意見を曲げなかった海景さんに対して、神様は病気を完全に治してやると約束したらしい。
信じられるか?
でも、この話……信じざるを得ないのかもな。
なんせ、海景さんの病巣は、手術前の検査で綺麗さっぱり無くなっていたんだからさ。
どちらにしても、彼女が元気になって良かったよ。
「チート能力を貰って異世界を冒険するのも楽しかったかもね。でも、こっちを選んで良かった……」
海景さんは、長い髪をかき分けながら、悪戯っぽく言った。
「だって、あっちにはジャンくんが居ないものね」
電車はもうすぐ観光地に着く。
彼女が異世界へ行ってしまわないように、俺は現実世界の楽しさをたくさん教えてやらなくてはいけない。
お読みいただいて、ありがとうございます。
無駄に多い文字数でごめんなさい(汗)
ネットゲームをやっていた時、皆さんの足をよく引っ張っていた事を思い出しながら書きました。
広いマップに出ると迷子になります。