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02 中篇



「お兄様……私どうしたらいいか……」


 重大な失敗をしたといわんばかりに妹が落ち込んでいた。

 最初に手紙を出して三か月。失礼にならない程度に何回か手紙を送った。俺の名前で送ったこともあったが、それすら返事がなかった。

 おかしすぎる相手の態度に疑問を抱いたが、俺が夜会に出ても何故かその令嬢に会えないのだ。

 どうも男爵令嬢は誰か上級貴族の庇護下にあるらしい。そうでなければ、参加しているはずの夜会で見かけもしないのはありえない。

 探りを入れてみても手応えすらない。正直俺の手には負えない気すらする。

 父を頼るかと考えたりもしたが、優しくとも貴族として弱い父がこの状況を打破できるとは思えない。


「あの男爵令嬢を庇護する相手は予想がつくか?」

「庇護……ですか?」

「ああ、恋仲なのかもしれないな。とにかく、男爵令嬢を守りたいやつだ」

「……夢の中では、第二王子殿下、公爵子息様、騎士団副団長様、宰相閣下の腹心の方、魔法兵団団長様が男爵令嬢を庇っておいででした」

「は?」


 何を言っているんだ妹よ。そんな大人数で女性一人を庇護するなどありえないだろうが。


「顔がいいやつらばかりだな」

「ええ、まぁ……」

「その連中に迷惑はかけたか?」

「いえ、お近づきにすらなれなくて」

「まぁ普通そうだろうな」


 伯爵令嬢でもなかなか近付けないのだ。男爵令嬢では荒唐無稽もいいところなんだが。

 現在、ありえないことがおきているんだ。


「わかった。そちらから調べてみよう」

「お願いいたします」


 厄介ごとの匂いしかしないけど、放置すれば腐りそうだからな。


*****


「ありえん」


 男爵令嬢は追えなかったが、男どもの動きはすぐに知れた。

 妹が挙げた五人がその男爵令嬢にゾッコンらしい。なんだそれは。女王になって後宮でも開くのか。

 何でも性格に難のあった男どもが男爵令嬢と付き合ううちに成長したらしい。優しくなったとか、家族の仲がよくなったとか、仕事に真面目に取り組むようになったとか。

 それに感謝している男どもの周りは男爵令嬢との仲を黙認しているとか。


「それは大丈夫なのか、カイン君」

「マズいと思うな、ウィズ君」


 夜会の隅で酒を交わしながら親友と話す。

 酒でも飲まないとやってられない。

 でもカインはへらりと笑った。


「今はまだあいつらも成人直後だし、結婚も待てると思っているけどねえ」

「女が複数の男と付き合うとか、ないだろう」

「付き合ってないんだよ、これが」

「……全員がアプローチ中だと?」

「その通り」

「どこの大衆小説だ。何故陛下も放置しているんだ」

「うーん、放置じゃないんだけどねえ。早く決めて欲しいとは思っているんだよ。でなきゃ誰も動けないじゃないか」


 男爵令嬢が誰か相手を決めないと、男どもが新たな婚約者を探す気になれない。

 貴族令嬢はあわよくば玉の輿に乗りたいと下級貴族との婚約に渋る。

 そして下級貴族の男どもはその貴族令嬢たちが振られるのを待っている。


「悪循環すぎるな」

「だよねー。本当に馬鹿な話だよ」


 その言い方はあの五人は愚かだが自分は違うというように聞こえる。

 俺は首を傾げた。


「で、カインは誰を待っているんだ?」


 カインだっていい年だ。婚約者がいていいはずなのに女の影が見えない。

 男色の気があるわけではないだろうし、待っている女でもいると思ったんだが。


「う-ん、もう待つの疲れたし。迎えに行っちゃおうかなと考えてる」

「そうか。頑張れ」


 相手は言いたくないのだろう。迎えに行くとは前向きだ。いいことだ。


******


「ありえん」


 数日前にも同じ台詞を言った。

 そして、言った相手も同じだ。


「えー? 昔から待っていたんだよ?」

「いやいや、可哀想すぎるだろう」

「えー、僕に思われたら可哀想なの?」

「当たり前だろうが」


 俺が渋い顔をしてもカインは首を傾げるだけだ。

 そして、そのカインの前には可哀想な生贄が座っている。


「シャルロット。嫌なら断って大丈夫なんだぞ」

「いえ、そんなことは……」


 妹はそう言いながらもぎこちない。緊張しているのだろう。

 妹を待っていたというのか? しかし、少し前までの妹は待つに値しない娘だったんだが。


「あ、ウィズ。お馬鹿な頃のシャルを思い出しているね?」

「まあな。最近はマトモだが、昔は違っただろう」

「ふふ、シャルなりに頑張っていたんだからそんな風に言っちゃ駄目だよ」

「そうなのか?」


 妹に話を振ると、ふるふると首を振る。駄目だった自覚はあるようだ。


「ウィズは覚えてないのかい? 幼い頃のシャルはとってもいい子だったよ。ただ、いい子過ぎちゃって周りに苛められていたんだ。お馬鹿な頃のシャルは自分の身を守ろうとするヤマアラシみたいなもんでしょ」

「まあ、あの状態のシャルロットを苛めようというやつはいないだろうが」


 ニコニコしながらカインは妹の手を取った。

 妹はビクリと震えたが、カインは気にせず微笑んでいる。


「シャルロット。ねえ、僕のお嫁さんになってくれないかな?」

「断れ、シャルロット。苦労をする必要はない」

「うるさいなウィズ。ちょっと黙っていてくれないかな」


 おろおろとカインと俺を見比べる妹。カインの手を真っ赤な顔をして見つめたが、意を決したように顔をあげた。


「カイン様の妻になります」


*****


 妹の意思は固かった。

 いくら俺が言っても首を振った。これが一番いいのだし、名誉なことなのだと。

 カインが好きではないなら苦労するだけだろうにと言っても、色々待っていられないのだから恋は後からするのだと笑った。

 本気で悪夢に怯える妹に俺は説得する言葉をそれ以上持たなかった。


 両親は諸手を挙げて喜んだし、カインとの婚約のための準備に勤しんだ。

 妹の勉強時間はこれ以上増やすことは出来ないが、カインが薦める講師と交代した。

 俺は付き合いの深い貴族に手紙を書いたり茶会に参加したりと根回しを進め、カインも妹のために奮闘していると聞いた。

 婚約発表は次の夜会で、と決定した時には妹がマトモになってから半年が過ぎていた。



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