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01 前編

お越しいただきありがとうございます。


 俺には出来の悪い妹がいる。

 美人は美人だがプライドが高く、我侭でヒステリーだ。

 頭の出来も大してよろしくない。

 こんな女でも伯爵令嬢だもんだから、外に出ればちやほやしてもらえる。

 こんな女と結婚したくない。絶対したくない。

 そう思っていたのだが。


「きゃあああああああ!!」


 ある日の夕方、妹であるシャルロットの悲鳴が屋敷に響き渡った。

 すわ暗殺かと、使用人たちが慌てて妹の部屋にかけこむ。

 一応兄だし、使用人ではなく俺の証言は大切なため、イヤイヤながら妹の部屋に向かった。


「何があった」

「ウィズワルド様……それが」


 妹付の侍女は困惑していて話にならない。

 部屋に強引に入ると、妹が髪を振り乱して頭を抱えていた。


「シャルロット、気でも振れたか」

「ウィズワルド……お兄様……本当に?」


 俺を見たシャルロットの目には涙が浮かんでいた。

 目に力がないわけではない。混乱はしているが錯乱しているようには見えない。


「何があった」

「何も、そう何もないんです。ちょっと混乱してしまって……お騒がせして申し訳ありません」


 殊勝な態度でシャルロットが詫びを入れた。

 ……何もないことあるか! お前の態度が既に大事だよ!!

 いつもであればこんな態度はとらない。怪しすぎる。別人かと思うほどだ。


「申し訳ありませんお兄様。少し休みたいと思います。食事は結構ですので、今日は……」


 これは本格的におかしい。おかしすぎるぞ。


「医者を呼ぶか?」

「結構です。大丈夫ですので、しばらくそっとしておいていただけませんか」


 誰だこいつ!!!

 とは思うが、ここで問い詰めてまた叫びだされても困る。

 侍女を見れば侍女も顔を青くしている。妹の変貌振りについていけないのであろう。


「わかった。何かあればすぐに誰かに言付けろ。疲れがたまっているのかもしれん、ゆっくり休め」

「お心遣いありがとうございます」


 だから、お前は、誰なんだ!!!

 問い詰めたい。問い詰めたいが、この場でそれはふさわしくないかもしれん!!

 俺は黙って部屋を出ることにした。


******


 次の日から妹は変わってしまった。

 いや、よくなった。改心したというのが正解かもしれない。

 まず服装が地味になった。今までなら宝石やアクセサリーをジャラジャラとこれ見よがしにつけていた。それをやめて、シンプルですっきりとした装いになった。

 化粧も薄い。扇げるかと思うほどの睫毛はなくなり、ほんのりと赤みを帯びた唇だけが化粧らしく見える。

 嫌がっていた勉強も黙って受け入れるようになった。特にマナーレッスンは教師役が本人か何度も確認するほどだった。

 散々通い詰めていた夜会の招待状は全て断りの連絡を入れているらしい。字が綺麗になったと侍女がこぼしていた。

 そして、お茶に誘った俺の前には小動物かと勘違いしそうな妹が小さくなっていた。


「シャルロット」

「は、はい! 何でしょうかお兄様!!」

「……何があった」


 ここ数日、何度この言葉を使っただろうか。

 余りの変貌振りに誰もが突っ込めない状態のため、俺が代表して妹に聞かなくてはならない。

 普通は母親の仕事だろうがと言ったが、無理だと泣かれた。俺だって無理だと言いたい。

 正直、今までの妹の所業がなければこの妹はなんら問題があるわけじゃないのだ。

 しかしこの変わり方はおかしすぎるだろう。


「あ、あの。今まで自分のしてきた行いに反省したというか……」

「そんな反省できるような人間ではなかっただろう、お前は」

「そうなんですよねー……」


 妹は指先をモジモジさせている。何だ、指先マッサージか。ささくれでも剥いているのか。

 以前は蝋で固めているのかと思うほど巻いていた髪が、今ではふんわりと波打つだけだ。若干俯いている妹の顔を隠すようにさらりと髪が零れ落ちた。

 あれだけ自慢していただけあって妹は美人だ。こういう自然な姿を見せれば労せずとも男は落ちるだろうに。

 

「あの日、夢を、見たんです」

「昼寝してたのか」

「いやまぁ、そうですけど」


 俺が言うとジト目で妹が睨んでくる。それを鼻で笑ってやる。


「あの日の前の晩、夜会である男爵令嬢をイジメたんです。そして、夢の中でその男爵令嬢を好きな男性達に糾弾され、私は伯爵家を勘当され、修道院に行く道すがら事故で死ぬという……」

「被害妄想の塊かお前は」

「だってだって、すごいリアルな夢だったんです! きっと正夢なんです!」

「何をバカなことを……」


 格下の男爵令嬢をイジメたぐらいで勘当されるなど。それなら既に妹は勘当されていないとおかしい。

 とはいえ、その夢のおかげで馬鹿な妹は改心したのだ。そんなことはないと慰めるだけでは勿体無いだろう。

 夢の話が真実かどうかは深く考えない。今現状として妹がマトモになっていることの方が重要だ。

 妹の話を否定するのを止め、俺はしばし考えた。


「わかった。では謝罪だな」

「謝罪……」

「お前は今まで馬鹿をして、周りに迷惑をかけていた。それを反省しているなら、謝罪の手紙を方々に出そう。その男爵令嬢にもだ」

「は、はい」

「夢で見たから謝罪しますというのは、さすがにおかしいからな。見るに見かねた家族に謹慎処分を受けて反省文を書いているでいい。謝罪後も付き合ってくれそうな相手は茶会に呼べ。シャルロットが本当に反省しているなら、その相手がきっと味方になってくれる」


 これが真っ当な方法だろう。妹が改心しても勉強を頑張るだけでは周りには伝わらない。

 迷惑をかけたら謝罪。これが一番だ。


「……お兄様。私を助けてくださるんですか?」


 妹は目を見開いて驚いていた。


「助けない方がいいか?」

「いえ、勿論助けていただきたいですけど……」

「なら問題はないな。早速手紙を書け。推敲するから後で全て見せるように」


 困ったような妹を部屋に追いやり、侍女や執事に品の良い便箋を妹に届けるように命じた。


*****


 妹の書いた反省文、もとい謝罪文は真摯に謝罪をしているのを感じる文だった。妹が謝りたい相手をリストに上げ、全員に送付した。

 我が伯爵家と縁のある貴族は今後とも付き合いをする返事がきた。縁の薄い家からは迷惑がなければ構わないというスタンスだ。

 まぁ、確かに妹は馬鹿だったが口撃だけだったから嫌みな令嬢ぐらいの扱いだった。それもあってうちも放置していたわけだし。

 謝罪をしたことは妹にとって良かったらしい。おどおどした態度が多少改善され、謙虚だがしっかり意見の持てる娘になった。

 謹慎中ということで妹は家から出なかった。正しくは忙しすぎて出れなかった。

 今までの不勉強を取り戻すべく猛勉強を始めた妹は、悪夢を振り払うために必死だったのだろう。

 侍女や執事が体調を心配して何度か強制的に休ませていたほどだった。

 その甲斐あってか謹慎がとけて茶会に参加した時には、参加した他の令嬢に受け入れられたと嬉しそうに話していた。馴れ馴れしくなりすぎないように、と妹は自分に言い聞かせながら新たな茶会のお誘いに返事を書いていた。


 しかし、例の男爵令嬢からの返事はないままだった。



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