♯9 絆の側に
第九話です
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次回は水曜に更新したいと思います>>
「そうね――君は、ウチのギルドには入らない方がいいと思う」
淡々と冷たく放ったルルスの言葉に、奏吾はハッとなり涙が引いていくのがわかった。
そうだ。ルルスの言う通りだ。ルルスは優しく突き放そうとしてくれているのだと、化物が光を求めるだなんておこがましい。特にサイドBのような温かい光には――化物には冷たい孤独の闇こそがお似合いだと――しかしルルスはさらに言葉を紡いだ。
「この家――って私達だけが住むにしては広いと思わない? 四年前。結婚した時にね。このバカ借金してまでこの家買ったのよ。二人で暮らすだけなら冒険者の寮とかでもよかったし、そもそもこの迷宮を中心に活動しているとはいえ、冒険者なんて根なし草――宿にでも泊まっていればよかったのにね。
でもこのバカ家が欲しいって頑固に通したのよ。あの時だけかしらね私が口喧嘩でワークに負けたのは……。
この人言ったのよ『帰る場所が欲しい』って。『帰れる場所が欲しい』って自分が、私やボッツやダットやサイドBのみんなが、帰ってきたって思えて、肩の力抜いてバカできる場所が――『家族』のいる場所が欲しいって」
奏吾にはルルスが何を言いたいのか理解できなかった。しかしその時のルルスに口を挟む気にはなれない。ルルスはただただ静かに続ける。
「ワークもそうだけど、サイドBのメンバーってギルドを家族みたいに思ってるところあるのよ。この三か月は静かなモノだったわ。でもこの街にいる時はよくみんな家に遊びに来るの。それもしょっちゅうね。ダットもボッツも、レッティは酒癖悪いし。キッパなんか一際うるさいしウザいし。ジャッシュはレッティの事が好きだからよく相談に乗ったりね――。温かいって言うより暑苦しいわ。だからきっと“今”ソーゴ君がウチのギルドに入ったら、その熱さに耐えられないと思う」
そこまで聞いて、奏吾は『えっ?』と漏らす。それにルルスは微笑みで返しながら続ける。
「ソーゴ君は温かい心に慣れてないんだと思う。ずっと冷たい水の中にいたみたいに、手がかじかんで、氷のように冷たくなってる。そんな状態でウチみたいな灼熱ギルドに入ったら火傷じゃ済まない。下手すればショック死しちゃうかも。でも温もりに餓えてる。そんな気もする。ワークの話しを聞いていてそう思った。いつも人の顔色伺って、自分の手柄も主張しないで、寒いから焚火に当たろうとして、熱くて手をひっこめて、また近づいて様子を伺ってる。そんな印象を持ったわ」
ルルスはそう言うと溜息をついた。
「実際、私でも手に余るのよ、ウチのメンバー。ガサツで適当で、それでいてギルドのメンバーの事になると一生懸命で、恥ずかしげもなく自分たちの事を『家族』だって思ってる。熱くて熱中症になっちゃいそう。きっと“今”ソーゴ君がウチに入ったらそんなメンバーに気を使いすぎて、顔色見過ぎて、関係性とそれぞれの距離感に苦しんでいくことになると思う。ソーゴ君は何一つ悪くないのに自分で自分を傷つけて、余計メンバーとの関係性に歪みを生んでしまう。
日常生活ならきっとそれでも問題は無いのかもしれない。でもこと冒険者っていう職業ではそうもいかないわ。一人のその小さな歪みが連携に大きく左右される。
その所為で君は大怪我をしたり、命を落とすかもしれない。いえ、それならまだいい。その所為で他のメンバーが死んだら?
それに君は耐えられる――?」
想像した瞬間に信じられない恐怖が走った。ヘビーベアや盗賊と対峙した時よりも、ディックや師父と対峙した時よりも。
しかしこの恐怖に奏吾は身に覚えがあった。
それも二度。
それは――。
「だから――」
ふとルルスが奏吾の肩に手を置いた。
「だから“今”君がウチのギルドに入る事は進めない。ウチのギルドにもそしてソーゴ君にとってもいい結果になるとは思えない。でもだからと言って人の心の温かさに背を向けてはダメ。だって君の本心はその温かさを求めているんだから。だから慣らしなさい。人の心に、人と人の関わりに、信用に信頼に。愛に――そうやって出来た温かさこそ、きっと人と人との絆なのよ」
ルルスはまるで子供に話すように優しく奏吾に語り掛け続ける。
「始めはソロでもいいわ。でも人と関わりは持ちなさい。冒険者ギルドの人でもいいし寮の人でも、店の店員でもいい。そうね、現実的な問題で言うなら“奴隷”を持つ事を勧めるわ。ワークなんかは嫌がるかもしれないけど。奴隷なら契約で決して君を裏切ったりしない、勝手にいなくなったりしない。ただその代わり君も奴隷に優しくしないとダメ。
温度って言うのは温かい方から低い方へと移っていくの。キミも温かい心で接してあげれば、きっと奴隷もそれを温もりで返してくれる筈――」
「俺は――」
何も言葉が出なかった。するとルルスは『そうだ!』と言って立ち上がると『少し待ってて』と家の奥へと消えていった。
少しして戻ってきたルルスの手には一振りの剣が握られていた。
シミターに似た少し幅広の剣。蒼みがかった美しい一振りだった。
「それは――?」
「ソーゴ君にあげるわ。今は誰も使わないから」
「えっ、でも――」
「明日から冒険者でしょう? でもまだ武器も防具も何も持ってないじゃない。明日買いにいくとしても結構この手の装備って高くつくのよ。特に好いものはね。その点、これは精霊鉄鋼を使った一級品よ」
「そ、そんな凄いものもらえません」
「いえ、もらって。これは私とソーゴ君との絆の証なんだから」
奏吾が拒否しようとすると、ルルスは鋭く言う。
「さっきはあんな風に言ったけれどね。君にはすごく感謝してるの。もし君がいなければ今日ワークは死んでいたかもしれない。いいえまず間違いなく死んでいた。私がいてもそれは変わらなかったでしょう。でも君が助けてくれた。私の夫を、この子のお父さんを――」
そう言って自分のお腹を優しく撫でる。
「ギルドのメンバーを、私の大切な家族を君が助けてくれた。元冒険者として覚悟はしているつもりだけ、それと一人の女として、妻としての私は別。君は命の恩人なのよ。感謝しても感謝しても尽くしきれない。それだけの事を君は私とこの子にしてくれたの」
奏吾は唾をのみ込むと、意を決してその剣に振れた。
冷たいはずのその光沢から、温かい何かが流れてくる気がした。
「だから受け取って。これは私からの御礼。そして私と君との絆の印――本当に」
――ありがとう――と――
余計な言葉は浮かんでこなかった。ただ奏吾はルルスからその剣を受け取ると一言だけ、
――こちらこそありがとうございます――、そう言った。
「それで? 何処から聞いてたの?」
奏吾が眠るために二階の部屋に上がってからの事だった。
テーブルの上を片付けながら、ルルスはそう突っ伏してるワーカーに声をかけた。
「ソーゴが泣きだす少し前からかな」
そう言ってワーカーも伸びをしながらテーブルから顔を上げた。
「ホント人が悪いわねワークって」
ルルスはそうどこか冷めた感じで言った。
「でもワークが気にいったのも、ギルド長が気にいったって言うのも解る気がしたわ」
「似てるだろ?」
「そうね――何処がって訳じゃないけど――本当に――」
ルルスはそう言って天井を見上げた。
「でも――あの目――いったいあの子何を見てきたのかしら――」
「目?」
「最初に私に会った時――、笑っていながらすごく冷たい目をしてた。まるで敵かどうか探るような――違うわね。あれは――」
そうあの目――あれは、三年前の私――。
大切なモノを失って――自分が自分だけが孤独のようなそんな目――。
誰も信用できない――そんな。
ルルスはそう浮かぶのを必死に堪えるようにかぶりを振る。
「そうか――アイツの根は深そうか」
「たぶん私以上に――。私にはワーク達がいた。それまで築いてきた絆があった。でもソーゴ君にはきっと……」
「それであの剣なのか――」
「そんな高尚なもんじゃないわ。でも取りあえず週一くらいで夕食に誘って上げて。あの子は少しずつでも人の温もりを知るべき。そうでないと可哀想すぎる――」
「オウ」
「それとギルドに入れたいんだろうけど、無理に誘っちゃだめよ。特に今は、心のリハビ
リが先」
「オウ」
「レッティやキッパたちにもちゃんと伝えてね」
「オウ」
「なに、その生返事――聞いてるの?」
ワーカーは少し沈黙すると「よかったのか?」とルルスに尋ねた。
「なにが?」
「剣――、ソーゴにやっちまって」
「……」
「弟の――チャックの形見だろ――?」
「そう言うワークはどうなの? あの剣は貴方がチャックの成人の祝いに贈ったモノで――何より」
私達のギルドの象徴――そのモノでしょう?
ルルスの言葉にワーカーは天井を見上げる。おそらくその上で眠っているであろう奏吾に向かって語り掛けるように、その剣の名を呼ぶ。
『Side Bond』 絆の側に――
「今、あの剣が必要なのはきっとお前だ――」
そう言って見上げるワーカーと同じように天井を見つめるルルス。
そしてそんな二人を、紅い瞳の黒猫が影の中から覗いていた。
ワーカーの家に泊まった翌日の事である。
「さてソーゴ行くか……取りあえず装備を揃えないといけないな」
「という事は武器屋……ですよね。お勧めのお店みたいなのありますか」
「そうだな。取りあえずオレが良く使っている所でいいか?」
ワーカーはそう言うと、奏吾を連れて迷宮の入口へとむかった。
「武器屋って地上にあるんですか?」
「いや洞窟の中だ」
「洞窟――? あの来る途中のですか?」
そう言われてやって来た洞窟内は確かに店が乱立していた。
「凄いですね――」
「あぁ、ここはな高級なメーカーやブランド物を低価格で販売する店が多く集まっていてな……」
「なんか、どこかで聞いたことのある販売形態ですね」
「元々はブランド店などの訳あり品や売れ残りなんかを低価格で販売してる店が多かったんだけどな。中古品や規格外商品が多く扱われて――」
「どうみてもそれって『アウトレット』ってやつじゃ……」
「良く知ってるな。最近では家族連れやカップル向けの為に、レストランやその場で食べれる屋台なんかが集まったフードコートなんかが……」
「最近、この嘘予告になると異世界に来たというより、結局異世界になんか来てないんじゃないかと思いはじめたんですが」
「何言ってるんだ、ここはれっきとした異世界だぞ」
「いや、異世界の住人が自分の住んでる世界を『異世界』って……ってワーカーさん、そのカードなんですか?」
「ん? いやお前の装備品買うんだろ? 大丈夫、オレが立て替えるから」
「大丈夫ですよ。報酬は大分貰って……ってそれクレジットカードなんですか?」
「あぁ、ソーゴがタイミングのいい時に来てくれてよかったよ。いまならちょうどポイント三倍で……」
「ポイント!?」
「そう、それに特典もつくしね」
「特典も!?」
「そう、ソーゴに渡したその剣も。ポイント交換して手に入れた特典なんだぞ」
「……ワーカーさん。この剣返します」
ルルスからもらった剣の意外な出どころ、そしてあまりにもお得なポイント比率。
奏吾はどんなおすすめ商品を手に入れられるのか、そしてポイントカードは手に入るのか
謎が謎を呼ぶ次回『異世界来る前からチート持ち ~ Racclimosa ~』
♯10 『アウトレット特典』 是非ご覧ください。