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RACRIMOSA ~異世界来る前からチート持ち~  作者: 夜光電卓
第一楽章 異世界来る前からチート持ち
8/49

#8 ビヨンド家

第八話です。

誤字脱字の報告、感想等ありましたらお待ちしております

次回は月曜に更新したいと思います>>

 ギルドを出た頃にはもう空は暗くなっていた。

 洞窟に入り、迷宮という位だからもっと狭い洞窟内のようなイメージを持っていた奏吾だったが、どうやらこの迷宮『大ハルシャ』というのは少し違うのかもしれないと感じ始めていた。

 星こそ出ていないが、空には奏吾の期待を裏切り月が一つだけ浮かんでいる。

 少々歪んでボヤけたよに見えるが、間違いなくそれは月だった。

 洞窟で地下に潜っていた気になっていたが、本当は地表にこの迷宮はあるのかもしれない。その辺りをワーカーに聞いてみると次のような答えが帰ってきた。


「ん? いや此処はれっきとした地面の中だ。あの空は何故か解らないが、地上と同じように朝になれば太陽が昇るし、夜になれば月が出る。

 外と違うのは月が歪んで見えるのと、雨が降らない事。

外が曇るとこっちでも空が少し暗くなるから迷宮の不思議な力で地上の風景を映し出してるんじゃないかって言われてる。

 そう言えばこの迷宮についてはちゃんと説明してなかったな――」


 そう言ってワーカーは奏吾に説明し始めた。


冒険者の街『ハルシャ』。この街は大きく三つに分かれている。

 地上で街の入口と、『魔の森』の依頼と魔獣からの侵入を防ぐ拠点となる地上街。

 迷宮『大ハルシャ』内にあり、迷宮挑戦者や住民達の生活の拠点、そして広がる迷宮への入口となる地下街。

 そしてその二つを結ぶ導線であり、その洞窟一キロ近くの量壁に店が立ち並ぶアーケード、商店街の三つである。

 その店のほとんどが壁を掘られて創られており、冒険者にかかせない武器屋や食事処、雑貨屋、宿屋など多種多様の店がひしめき合っている。


「そう言えばさっきは気にも留めませんでしたけど、洞窟には空は無かったのに明るかったですよね」

「ああ、あそこは本来暗いんだが、店がたくさんあるから洞窟の天井に照明石がいくつも埋められてる」

「照明石?」

「照明用に使われる魔石の事さ。本来はあんまり魔力を貯蓄することも出来ない小さな屑石なんだけどな。魔石は魔力を流すだけで明るく光る。それを利用して照明に使ってる、魔石を多く取れる迷宮ならではの特産品だ。

 おまけに此処では迷宮の不思議な魔力を供給し続けられるから半永久的に光り続ける。

 おかげでさっきの商店街は昼も夜も関係なく明るいままなんだけどさ」


 ギルドでもヘビーベアの魔石は結構な金額になると皆言っていたが、どうやら魔石は魔獣からとれるものらしい。


「冒険者になるんだったら随分世話になるからな。明日にでも案内してやるよ。装備はその時に揃えればいいだろう。その後に冒険者ギルドに寄って認識証をもらって依頼を受ければ、晴れて冒険者の仲間入りだ。まぁもう夜だからな、今日はオレの家でゆっくり休んでいけ――」


 そう言ってワーカーは洞窟の出口のへ向かって歩き始めた。


 ワーカー・ビヨンド。大Ⅲ位ランクの冒険者であり、この大迷宮『大ハルシャ』を中心に活動するギルド“サイドBのリーダーである。

 年齢は三十になったばかりであるが、冒険者になれる最少年齢である十二歳からこの迷宮で生き残っているベテランの冒険者だ。

 赤みがかった茶髪に、一・八メートル弱の鍛え抜かれた体躯に、細目が印象的な剣士である。その実力はハルシャ支部に登録されている冒険者の中でも、下の方とは言え十指に数えられると言われている。


 そんなワーカーに誘われ、奏吾は彼の家へと一晩の宿を借りる事になった奏吾だが、その家を見て目を丸くすることになった。


 奏吾の予想では冒険者の寮か、男臭いアパートの小部屋のようなものを想像していたのだが、案内されたのは冒険者の街と呼ばれるハルシャとは思えない、閑静な住宅街だった。

 洞窟の出口のある崖から街まで降りるなだらかな坂道。そこに勿論、現代の日本の住宅街とは似ても似つかない中世ヨーロッパ風ではあったが、まるでヨーロッパの観光名所にでも行った様な整えられた閑静な街並みが並んでいた。

 そしてワーカーの足は一つの館の前で止まった。日本で言うところの庭付き二階建ての――洋館、


「戸建て――!」


 思わず奏吾は息を呑む。庭付き一戸建て――それも二階があるだなんて、現代日本のお父さん達が今も持っているか解らない『男の夢』がそこにあった。

 一国一城の主になりたい。だなんてこの世界では不敬罪にでもなりそうではあるが、その心根は日本人である奏吾にも少なからず共感できる話しではあった。


 しかし驚くのは此処からだった。

 家に入ると美しい女性が出迎えてくれた。黒髪の妖艶と言っていいような雰囲気を漂わす大人の女性である。

 ワーカーの家で出迎える一人の美しい女性――だからこそ奏吾は探した。首元にあるであろう、いやあってほしい。金で買ったと、冒険者だからこそだと、異世界モノだからこそと――そう確信できる首輪を――。そうでなけらば信じられない。ワーカーが、ワーカーだからこそ。まさかこんな美人を――。しかしその首元にはシンプルなネックレスだけがかかっているだけで、異世界でも現実は非常だった。


「妻のルルスだ――」


 ワーカーのその説明に、その時の心境を奏吾はうまく言い表せないでいると、ルルスと呼ばれたその女性は優しそうな笑みを浮かべて頭を下げた。


 そして此処で奏吾は最後の衝撃を受けることになる。

首元ばかり見ていた所為で気付かなかったが、それよりも下。

ルルスが手で庇うように抱えるその腹部は、エプロン越しでも解るくらいに、

膨らんでいた。


「リア充か――」


「へっ――?」


 おそらく異世界に来て――、いや事故に巻き込まれた時から初めて、奏吾は本心からその言葉を叫んだ。


「爆発してしまえぇえええええええ!!」


 こうして冒険者の夢の街、大迷宮『大ハルシャ』は一夜にして滅んだ。

 少なくとも奏吾の中で。




 正直奏吾としては最初居心地が悪くなるのではないかと思っていた。

 と言うのも話しを聞くとワーカーがサーストン商隊の護衛として依頼を受けたのは三か月も前の事らしく、つまりせっかく夫が三か月ぶりに帰ってきたと言うのに、余計なお邪魔虫を連れてきたという事になる。それも妻は身重だというのに。


 しかしワーカーが事情を説明すると、彼の妻ルルス・ビヨンドは温かく奏吾を迎え入れてくれた。彼女もまた、もとではあるがサイドBの冒険者であり、冒険者と言う仕事に理解が深く、また容姿と違い勇ましい女性であった。


『ワークがいつ死んでも、この子と二人生きる覚悟は出来てるわ』


ルルスの手料理が並べられた夕食の際に、腹に手を当て言いきったその啖呵に「あぁ、ワーカーさんは尻にしかれているな」と一瞬にして上下関係を奏吾でも察することが出来たほどだ。

しかし同時にルルスには『ワーク』と愛称で呼ばれているワーカーに妬みの炎などを燃やしていたりした奏吾だった。


 夕食を終えると、ワーカーとルルスの冒険者としての話を肴に小さな酒肴が始まった。

 特にワーカーは依頼の達成とギルドのリーダーとしての責任からの解放からか、ワインの量が増えていき、あっという間に酒が回って潰れてしまった。


「まったくこの人は――、ごめんなさいね」


 そう言いながらテーブルに突っ伏して寝てしまったワーカーにルルスは毛布をかける。


「いえ、むしろご迷惑をかけてしまったみたいで」


「心配しないで、ワークが酒に弱いのは昔からだから――でも今日はとっても嬉しかったみたいね。それにアナタの事とても気にいっいぇるみたい」


 スキンヘッドのギルド長に妻子持ちの冒険者。どうも婦女子から気に入られないのは元の世界からのオタクの因果なのかもしれないと奏吾は苦笑する。


「でも、さっきのはだいぶ誇張が過ぎますよ」


 さっきと言うのは、奏吾がワーカー達サーストン商隊の助けに入った時の話だ。酔ったワーカーは、まるで英雄伝を語るかのように嬉々として奏吾を語っていた。


「ええ、まるで勇者のお伽噺を聞いてるかのようだったわ。昔から好きだったからねこの人。魔王を倒した勇者の噺とか、千人の敵を返り討ちにした白騎士の噺とか――」


「そういえばレッティさんが言っていた、ギルドの欠けた魔術師って、ルルスさんの事だったんですね」


「そうよ、半年近く前までやってたわ。妊娠と同時に休暇――いえ、引退ね。これからはこの子を私が守っていかなきゃいけないから。レッティ何か言ってた?」


「いいえ、ただ勧誘されました。サイドBに入らないかって――」


「私の後釜ってこと?」


「そうみたいです」と奏吾は苦笑しながら頷く。


「まったく、私がいなくなったくらいで不甲斐ない。それでも『サイドB』の魔術師かって話よ。それでソーゴ君はなんて答えたの?」


 そう問いかけられ奏吾は一瞬言葉に詰まった。


「答えられませんでした。さっきも話しましたけど俺の場合生い立ちが特殊で――。何処まで人を信じていいのか、頼っていいのかそう言うのが解らないっていうか――ううん違いますね。たぶん嫌われたく無いんだと思います」


「嫌われたくない?」


「えっと――そうだな。俺孤児になる前のこと少しだけ覚えてるんです。その頃は両親もいたんですけど、その魔力が暴走してしまったみたいで、たぶんそれで師匠に目をつけられたんだと思うんですけど。両親は――それで怖がったみたいで俺を捨てたというかなんというか――」


 奏吾は再び罪悪感に胸を痛めた。

 言葉にするたびに嘘が出る。その嘘に真実を内包しながら、それでもこの世界で語る人達には全て嘘を吐くしかない。

 何故なら本当の事ほど、このトリニタの人々にとっては嘘でしかないのだから。

 別の異世界から来た。不思議な力を元々持っていた。神様からチートを授かった。

 何一つ信じてもらえないだろう。

 だから嘘をつく。嫌われたくないから、独りになりたくないから、冷たい闇の中では無く、温かい光が欲しい。

 その為に、その為だけに――嘘を吐く。


 異世界に来てまで同じなんだな――と“化物”は自嘲した。


「それがきっとトラウマになってるんです。師父も結局俺から離れていきました。親しくなれば親しくなるほど、別れる時が辛くなる。距離が近ければ近いほど――。だから無意識に相手との距離を測ってしまう。離れすぎず、近すぎず。そんな、そんな風に――」


 自分でも何を言っているのか、何を喋っているのか。何処までが嘘で何処までが本心なのか奏吾も解らなくなってきていた。


「だから正直嬉しかったんです。レッティさんにギルドに誘われた時も、キッパさんに友達になろうと言われた時も――嬉しかったけど何も言えなかった。

 今も――ワーカーさんに家に招待してもらって、ルルスさんと三人まるで家族みたいに夕食を――夕食を――」


 その時、奏吾は自分の視界が涙で歪んでいる事に気付いた。

 そう気付いていた。ワーカーとルルスと夕食を取っている間。昔を――祖母と過ごしていた、二人きりだったけど、五年間だけだったけど、幸せだったあの温かい夕食を思い出すことが出来た。

 誰も、この世界に来てまだ誰も自分の事を“化物”と呼びはしない。

 だから、だからこそ近づこうとしない。

 何かの切っ掛けで自分が“化物”だとバレてしまうかもしれないから。

 ワーカーやルルス、サイドBの面々。アクアムにリックにディック――。この世界に来てまだ一日も経っていない。

 とても好感が持てた。そもそも魔術がある世界だからか、奏吾その不思議な“力”をみてもあまり違和感を覚えない。

 変わった魔術で済まされてしまう。

 しかし、それが自分達の理解できない得体の知れないモノだとわかったら、また――。


 奏吾はただただ泣き続けていた。ルルスは静かにそれを見守っていたが、暫くして口を開いた。


「そうね――君は、ウチのギルドには入らない方がいいと思う」


 その言葉は鋭く奏吾の胸に突き刺さった。




「そうね――君は、ウチのギルドには入らない方がいいと思う」

 その言葉は鋭く奏吾の胸に突き刺さった。

「というか、入って欲しくないわ――私としてはね」

「それはどういう意味ですか?」

「ソーゴ君、貴方なら解っている筈よ――少なくとも五話前からね」

「五話――? ルルスさん、一体何を?」

「ソーゴ君が求めているのは一緒に迷宮を攻略し、友情を確かめ合う仲間が欲しい訳じゃない。ソーゴ君自身を攻略し、上下関係を確かめ合う――そんな関係が貴方の望み。そうでしょう?」

「言っている意味が――」

「無理しなくていいの――。大丈夫、私に任せなさい。ペットが一匹から二匹になっても私には何の問題ないわ」

「ちょ、ちょっとルルスさん。そのその鞭と蝋燭はなんですか? なんでその蝋燭は赤いんでしょうか――」

「ソーゴ、大丈夫だ。ルルスはプロだ」

「ワーカーさん!? いつから起きて――って、プロってどういう事ですか!?」

「いいか。無知である事を怖れては駄目だ。知らない世界に飛び込む勇気。それが冒険者だ」

「活字だと解り易いですけど、その“ムチ”って無知って事ですよね。叩く方じゃないですよね」

「ムチは良いぞ。いつでも側に置いておけばご褒美が『バシーンッ!!』アウァツ、ありがとうございます!!」

「ワーカーさん!? というか、ルルスさんいつ着替えたんですか!? そのあからさまな衣装はいったい――」

「さぁ、ソーゴ君。貴方も此方側に来なさい――。可愛がってあげるから」

「えっ、あの、これって嘘よこ―――『バシーンッ!!』アフッ!!」

「あら、私の命令が聞けないの?」

「い、いえす――まい、まじすて――アンッ――」


新たな変態(チーター)、ワーカー。そして彼を支配する女王、ルルス。

抗う事の出来ない性癖(うんめい)に奏吾はどんな褒美(ムチ)を望むのか……


急展開の次回『異世界来る前からチート持ち ~ Racclimosa ~』

♯9 『ムチの側に』 是非ご覧ください。


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