♯7 冒険者の生業
第七話です。
誤字脱字の報告、感想等ありましたらお待ちしております
次回は土曜に更新したいと思います>>
「さっきは娘がすまねぇ事をした」
目の前にツルッツルの頭皮を眩しく見ながら、奏吾は困惑していた。
目の前で頭を下げているのは冒険者の街で泣く子も黙る冒険者ギルドの長、ギルド長ディック・シードその人であったからだ。
「いえいえ、聞かなかった俺も悪いですし。結局お金もワーカーさんに出してもらっちゃいましたし」
「そう言ってくれるとありがてぇ。どうもウチの子供達は変なところが抜けててな。いったい誰に似たんだか」
ディックは頭を搔きながら顔を上げる。
ちなみにそのリックはワーカーから預かった登録料と先ほどの奏吾の申請書をもっていくついでに寮の空きも確認してくると言って出ていった。
「誰って親父さんに決まってるじゃないですか」
「んだとコラ? ワーカー、誰に向かって口聞いてやがんだ?」
「ワーカー君、本当の事でも言うのは時と場合を考えないと」
思わぬアクアムの追い討ちにディックはへそを曲げる。それを見てワーカーとアクアムは笑っているが、奏吾はどうにもまだこのノリについて行けなかった。
なんかすごいトコに来てしまったものだと、異世界に来てから初めてそう思った。
「さてさて、ソーゴ・クドーつったな。あらかたワーカーとアクアムさんから話は聞いてる。あのヘビーベア二体も倒したってな?」
場が和んだかと思った矢先にディックが鋭い視線を奏吾に送る。
「死体は確認した。それから指名手配で賞金首だったドープスの一味も一網打尽――ってなぁ――貴様なにもんだ?」
ディックが凄味を増す。
「ワーカーの与太話を聞く限りじゃ、どっかの魔導士の元で修行してた孤児だってな。おまけに田舎もんで世間様の事をなんも知らんと。ただ魔導士に鍛えられた得体も知らない魔術を使うと――合ってるか?」
奏吾はただ頷く。
「でもって、独り立ちしろって言われて知らぬ間に魔の森の近くまで。ヘビーベアと盗賊に襲われていたアクアムさん達をみかけて助けたと――出来すぎじゃねぇか?」
痛いところを突かれたと奏吾思っていた。奏吾自身も思っていた事である。異世界に飛ばされ右も左も解らない所で、人が襲われていてそれを助ける。そしてその人の手助けで街までやってくる。
まるで誰かが仕組んだかのようなそんな居心地の悪さを感じる。
その誰かとは誰か――そう思い浮かぶのは右半分を仮面で覆った顔。
「もう一度聞く。貴様はなにもんだ? ヘビーベアをどうやって倒した? 何が目的でこの街にやって来た?」
静寂が奏吾を絞めつける。
アクアムもワーカーも押し黙っている。先ほどの軽愚痴など嘘だったかのようだ。
ディックから放たれる殺気――久しぶりに感じる本気で人を殺そうとする気迫。元の世界ではそうは感じられない非日常の空気。
「さっきギルド長が言った通りです。俺は奏吾・久遠。魔導士に育てられた孤児。他にはありません。この街に来たのは師匠に言われて冒険者になるため。ヘビーベアを殺した方法は――言わなきゃ駄目ですか?」
奏吾もまた必死の気迫を返す。すると張りつめた空気が解けた。
「いや駄目じゃねぇよ。冒険者にとって奥の手の一つや二つは持ってるもんだし、それを隠すのは至極当然だ。ギルド長だろうが王様だろうが、言う必要はねぇ。聞きたかったのはただの好奇心だ。気ぃ悪くさせたな」
そう言って破顔するディックに奏吾もやっと緊張を解く。
「いえ、疑うのは当然ですから」
「親父さんそうやって気に入った奴最初にビビらせるの止めた方がいいですよ」
「キヒヒ、これは俺様の趣味だ。てめぇにどうこう言われる筋合いはねぇ」
ディックは破顔のまま椅子の後ろに手を伸ばすと、そこから布袋をテーブルにドサッと置く。中には大量の白金色の金貨――とでもいうべき貨幣らしきものが数十枚入っていた。
「あのバカから説明は受けたな。今回の件は“事後依頼”として認証する。これは報酬の前金だ。ドープスの首にかかっていた賞金二百万At。それと他にも他に賞金首が三人とその他の雑魚盗賊討伐足して百二十万At。それと今回のアクアムさんの商隊の護衛の事後依頼の報償として五十万At。合計三百七十万Atだ」
先ほども出ていたAtと言うのはどうやらこの国の通貨単位らしい。そして袋の中の白金貨は貨幣という事になる。数えてみるとその数三十七枚。一つの白金貨で十万Atである事が解った。
「えっ、でも――俺護衛は別に――」
「いや、君がいなければ儂らは皆死んでいただろう。その事を考えれば君は充分に冒険者の依頼を受けたのと変わらない。これは命の恩人に対しての礼とは違う、ビジネスとしての当然の対価だ。謝礼は後日別にさせてもらうよ」
そう言ったのはアクアムだった。
「奏吾、受け取っておけよ。冒険者ってのはこういう生業だ」
「でもなら、ワーカーさん達の報酬は!?」
「ちゃんと貰ったよ。片道一人頭五十万の依頼が往復で百万の筈が、最後のアクシデントで五割増で百五十万。それが六人分で九百万At。むしろオレ達は助けてもらったのに奏吾が片道分しかもらってないってのが、オレから見れば悪い気がするよ」
そう言ってワーカーはアクアムに笑いかける。どうやら二人で話はついているようだった。
「あとヘビーベアだがこれは換金に少し時間がかかる。毛皮とか肉とかの値段は明日には解るだろう。問題は魔石だな。あのクラスの魔獣の魔石が二つだ。状態もいいしな結構な値がつくぞ」
「魔石ですか――?」
「あぁ、楽しみにしてろよ」
ディックは嬉しそうに歯を見せる。奏吾はワーカーを見た。馬車でも少し話はしたが、ヘビーベアの討伐した素材料に関しては、奏吾が貰うのには気が引けていた。
横取りしたかのような状況だったし、ヘビーベアと戦って怪我したのは自分では無くサイドBのメンバーたちだ。ましてやその時は自分は正式な冒険者じゃなかったからだ。しかし、
「受け取らないとか、言わないよな? 倒したのは奏吾だ」
静かにワーカーが告げる。その強い眼差しに奏吾は嘆息する。
「解りました。これが冒険者の生業なんですね?」
奏吾がそう返すとワーカーが微笑み、アクアムも静かに頷くと立ち上がった。
「さて、それでは儂は店に戻ります。ソーゴ君。しばらく儂も忙しくて、すぐに今回の謝礼とはいかないんだが。後日落ち着いたらしっかり礼をさせてもらうよ」
「いえ、報酬はもらいましたしこれ以上は――」
「さっきも言ったろう、報酬と礼は別だと」
「ハイ」
「それにその時には今回の件についても、ちゃんと説明をしよう」
今回の件。それは奏吾が出来過ぎだと思ったもう一つの疑念だった。
後方から魔獣が襲ってきたタイミングで盗賊の登場するという在りえない状況。
本来なら自分達も襲われることを危惧して、商隊に近づかないであろう盗賊達は堂々と真正面からアクアム達を襲いにかかった。
それも商隊がくるまで木陰に隠れて――。
そしてヘビーベアは普通はあの辺りに出るような魔獣では無いという事実と、その首に巻かれていた奴隷の首輪。
最後に盗賊の中でリーダーシップをとっていたドープスという懸賞首。
偶然にしては出来過ぎである。自分が居合わせたのがあの似非医者の所為だったとして、此方はどうも誰か仕組んだものがいるような気がしてならなかった。
「解りました」
奏吾はアクアムというこの奴隷商を未だに掴み兼ねていた。奴隷商という職業、ドープスとの会話――その辺りを鑑みるに、もう少し警戒すべき対象の筈だった。
しかし握手をしたあの時感じた温かさ。ギルドのラウンジにいた奴隷を見た時のあの眼差し。
そして何より握手した時に『鑑定』した時のあの記述だ。
何を信じていいのやら――。
ドタドタと大きな足音がして扉が開かれたのはその時だった。扉から出てきたのはリックだ。
「よかった~、ソーゴくんまだいた。寮の事なんだけど何処も一杯だったんだけど、明日から一つ空くんだけどどうする?」
「ホントですか? 是非お願いします」
「なんだソーゴ君、寮の申請してたのか――?」
「ええ。でも明日からなんですよね――う~ん、ならせっかく報酬ももらったので一泊今日だけでも何処か宿に――」
そう言いかけた奏吾の言葉をワーカーが遮った。
「なぁ、ならウチに来いよ。宿代なんて取らねぇからさ――」
それは突然だった。
嘘だと信じたい光景。
見たくない現実――冒険者の街『ハルシャ』は一夜にして滅ぶ。
奏吾は、この絶望に耐えられるのか……?
風雲急を告げる次回『異世界来る前からチート持ち ~ Racclimosa ~』
♯8 『ちょっとだけ……』 是非ご覧ください