♯45 眠れぬ夜
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「それで……その後はどうなったのですか?」
「その後……? あぁ、俺が先輩に連れてかれたって所だったっけ?」
アーニャが肯定した所で奏吾は持っていたソレをアーニャに渡しながら続けた。
「これがその時、俺が壊した“ミサンガ”もしくは“プロミスリング”っていう腕輪」
アーニャは緑と白の紐で編まれたそのミサンガをマジマジと見つめた。
「――!? これって今日買ってきた紐で奏吾様がずっと編んでた物ですよね? 確かにこれならちょっと金属のものと違って強度があまりないので、ちょっとした事で切れてしまいそうですが……」
「そう。このミサンガは実はその“切れちゃう”って事に意味があるアクセサリーなんだ」
「切れる事に――ですか?」
「涙の日のプレゼントに二代目勇者のように『不屈』になるように――っていうジンクスがあるように、このミサンガにもジンクスがあるんだよ。 これを腕や足にずっと身に着けていて、自然に切れると“願い事が叶う”ってね――」
「願いが叶う――ですか?」
「うん――。それはアーニャの分だからあげるよ!」
「えっ、私にですか?」
「いつもお世話になってるからね、色はアーニャのあの服に合わせてみたんだ」
奏吾が言っているのはアーニャの戦闘服とも言うべき衣装であった。奏吾の世話などをしている折は、アクアムの元にいた頃から使っているメイド服を着用しているアーニャだが、いざ冒険者として活動する際は、青みがかった緑色のアオザイに似た衣装を身に着けている。パンツの部分はシルクのような真っ白な素材で、まさに奏吾が渡したミサンガのように緑と白が特徴的な衣装だ。
奴隷になる前ゾーマンで冒険者として活動していた頃からのものらしく、この装いで華麗に舞うが如く魔物を屠る様は、奏吾をして天女のようだと言わしめたほどだ。
「で、でも――これはユナちゃんとエストンくんに――」
「大丈夫、ほら二人の分もちゃんとできてるから! 食事の準備とかアーニャがやってくれたから作業が捗った捗った!」
奏吾がそう言いながら右手に持って見せたのは、青と白の紐で編まれたものと、同じく青と黄色で編まれたミサンガだった。
「青と白のがユナちゃんの、青と黄色がエストンくんのね――」
ユナを青と白にしたのは、ユナが大好きなアーニャとお揃いにした形だ。エストンの方は、奏吾の思うセオリーの配色がそうだったというだけである。ただ問題だったのは――、
「ただおまけにもう一本編みはじめちゃったんだよねー。これは自分用にでもしようかな……」
そう言いながら左手にはもう一つ、赤と茶色の紐で編まれたものがあった。実は奏吾が真里亜との出会いを語る前に三人分のミサンガが完成した。しかしその後のアーニャの不機嫌な視線に作業が終わったとは言いだしにくく、適当に創り始めたものだった。その為、配色も赤と茶とエストン以上に考えなしで選んでしまっていた。その後も自分の黒歴史を繙く手持無沙汰の慰めに途中まで編んでしまっていた。
「まぁ、涙の日には一日早いし、アーニャは子供じゃないんだんだけど――」
「あ、ありがとうございます――」
照れながらも満足そうなアーニャの顔に奏吾も満足そうに頷く。
「でもね、これで完成って訳じゃないんだ」
「えっ、でも――これだけでも充分綺麗ですよ」
たしかにアーニャの言う通り、そのミサンガは意外に完成度が高かった。
「普通はね……でも、このミサンガの好い所は、向こうの世界で唯一俺が創れた『魔道具』ってところなんだ」
「魔道具ですか!?」
「うん、俺のいた世界には魔石――なんてものはなかったからね。こっちの世界で言う『魔道具』みたいなものを作る事はほとんど無理だった。少なくとも俺が知る限りね。もしかしたら師父ならできたかもしれないけど、俺には無理だった。色々試したんだよ。水晶を通販で買ってみたり、見様見真似でシルバーアクセに魔方陣刻んでみたり……。全部失敗だったけど」
奏吾はそう言いつつ遠い目をしながら、脳裏に蘇る数々の負の産物を思い出していた。
「でもただ一つ――このミサンガだけは相性がよかったのか“魔力”を込める事はできたんだ」
奏吾はそう言うと持っていた編みかけのミサンガを置き、左掌をアーニャに差し出す。アーニャは促されるままその掌に今渡されたばかりの緑と白のミサンガを置いた。それから奏吾は口元で刀印に組むと小さく呟いた。
『太霊九光――』
途端にミサンガを持った左掌が一瞬薄紅色に光る。
「こうやって本当に氣を込めるだけしかできないから、実際どういう効果がでるかは解らないんだけどね……。でも込めた方術は長寿を願うようなものだから、けして悪い事は起こんないから心配しないで――」
奏吾はそう言うとミサンガをアーニャの手に返した。しかしアーニャはその手をそのままにしている。
「奏吾様、お願いがあります」
「ん? 今日は珍しくお願いが多いね」
「申し訳ありません」
「いや、むしろその方が嬉しいし在り難いんだけど――それで?」
「そのミサンガ――奏吾様が巻いてくださいませんか?」
アーニャはそう言って笑う。奏吾は照れ臭そうに「いいよ」と言うと、手渡したミサンガをもう一度手に取り、差し出された彼女の左手首へと巻いて端を結んだ。
正直、こうまでストレートな好意を向けられることに奏吾は未だに慣れなかった。むしろアーニャの場合は、少々“ヤンデレ”というより“病んでいる”ぐらいに自分に入れ込んでいる気がする。
普通に考えれば、引くレベル――と言っていいレベルなのだが、どうも奏吾自身もそんな彼女に少なからずの好意があるのだと最近自覚し始めている。
元々、容姿だけなら奏吾の直球三振ドストライクなのだ。あの“初恋”から始まる自分の『お姉さん属性』にはほとほと呆れるばかりだが、それのお陰でどんなにアーニャが行き過ぎた好意を向けて来ても許してしまえるのだから、この場合は良しとすることに奏吾はしていた。
何より――そのあまりにも――いや異常とも思える自分へのアーニャの好意の裏には、まだ何かが隠れているような気がしてならない。好意自体が演技だとは思えない。ただもっと――、敢えて言うなら『贖罪』のような負の感情のように奏吾は感じていた。
そしてきっとそれは――。
「えっ――!?」
奏吾がアーニャのミサンガを結び終えた時、一瞬、ほんの一瞬だけ、アーニャの奴隷の首輪に埋め込まれた赤い宝石が、奏吾が込めた方術のように薄紅の光に包まれた――気がした。
「奏吾様? どうかしましたか?」
「えっ、あ、いや――」
今のは何かの見間違いだろうか? それとも同じ魔道具である奴隷の首輪が何か反応したのだろうか――? しかしアーニャの様子には変わりはなさそうだった。
方術も、悪い影響が出ない“おまじない”レぐらいのものにしたから、何か問題があるとは思えないが……。
「ところで奏吾様――先程のお話の続きを――」
「えっ――?」
アーニャが突然話しを蒸し返して、奏吾は言葉を詰まらせる。
そう途中でミサンガの話しへとシフトさせていたのは、これ以上あの失恋話にもならない黒歴史を物語りたくなかったからだ。イイ感じに気を逸らせたと思っていたのだが、
「やっぱり覚えてた?」
「なら、あらためて“お願いいたします” 続きを聞かせてください」
アーニャはそう有無を言わせない目で奏吾に笑いかける。
本当に――俺のこの『お姉さん』属性はどうにかならないものだろうか。
年上の美人に笑顔でお願いされれば、けして否とは言えない自分の悪癖を呪いながら、奏吾は今日何度目かのアーニャの“お願い”を聞くため、溜息一つついて話しを再開する――
――筈だった。
「アーニャ……悪いけど話はまた今度だ」
奏吾の視線が突然鋭くなる。それを追うようにアーニャもまたこの部屋唯一のドアへと視線を向ける。
「……かなりの使い手ですね」
「アーニャも気づいた?」
「はい。奏吾様のご指導のお陰で少しは解るように――」
アーニャはそう言うとスクッと立ち上がった。それとほぼ同時に扉がノックされる。
奏吾は残っている三本のミサンガを影空間へとしまうと代わりに鞘に入ったサイドBを取り出している。
「はい――」
アーニャがそのノックに応えると、緊張した面持ちで扉を開けた。
「――!? アーニャ・ネイキッドか……あの話しは本当だったのだな……」
「貴方は!?」
アーニャ驚きの声に奏吾がドアの隙間を覗き込む。そこには見覚えのある顔があった。
赤いコートに着物のような合わせ衣装。頭にはターバンのような帽子をつけている四十代ぐらいの男で、背中にはバスターソードのような大剣を背負っている。
ヘルブスト王国でも四人しかいない大Ⅰ位の冒険者であり、『最強の冒険者』と称される男――。
「アーロン・ガラッド――!?」
絶句するアーニャの代わりに、奏吾がそう名前を呼ぶ。
「夜分に失礼する。先程、ハルシャに帰ってきたばかりでな。本来なら明日に仕切り直すべきなのだろうが、生憎明日は『涙の日』だ――用向きを“涙の日”に持ちこすのはマリア殿に忍びなくて、日が変わる前に邪魔することにした」
アーロンはそうアーニャに軽く頭を下げた。
奏吾は正直ホッとしていた。というのも寮母のアンジーはこの寮とは別に自宅があり、夜になると帰ってしまう。つまり、現在この冒険者寮バガボンドには奏吾とアーニャしかいない筈だった。
ならば、突然訪問してきた招かれざる客は誰か――、という事なのだが、元々アーロンはこの寮の部屋を魔族の供と一緒に借りている。奏吾がこの寮に初めて来た時に会って以来、またどこかへ遠出していたのかこの二ヶ月半帰って来るのは初めてだったが、帰ってくるのは当然と言えば当然と言える。
奏吾とアーニャが心配したのは、相手があのルチーニ……もしくはキノック派に属する誰かが奏吾達を襲いに来たのかと危惧したからであった。
それも、近くに来るまで気配を覚らせない程の手練れである。
しかし、そもそもこの寮で暮らしているアーロンならいるのは当然とも言えるし、最強の冒険者ならば手練れというのも合致する。
奏吾は突然のアーロンの訪問に驚きつつも、肩の力を抜いた。
「用向き――、とはなんですか?」
奏吾はそうアーロンに声をかける。ゆっくりと扉が開かれていき、アーニャの後ろにいる奏吾にも今度は覗く必要もなくアーロンの顔が見えた。後ろには件の魔族――“キーリ”の姿もある。
「お前が――ソーゴ・クドーか?」
完全に自分の事を忘れられていた事に少しカチンとしたが、彼と顔を合わせたのは一度切り……それも挨拶らしい挨拶もしていない。
仕方ない事だと割り切って、奏吾は立ち上がると軽く会釈する。
「はい。俺が奏吾・久遠です。アーロンさんとは一度――二か月前に此処に入寮する時に会いましたが、その時はちゃんと挨拶も出来ず失礼しました」
アーロンは少し顔をしかめると、
「二か月前――あぁ、あの時のボウズか。悪いな弱者の顔はよく覚えられんのだ。皆、同じに見える」
再びカチン――と来るが、奏吾はその怒りを必死に抑えこむ。
『そりゃ、最強の冒険者から見れば“弱者”だろうけど……』
内心で悪態を吐きながら、少し怒気を零しながらそれでも務めて平静に聞き返した。
「いいえ。それで俺に何か用ですか?」
「あぁ――、お前がソーゴ・クドーならそれで充分だ」
アーロンがそう呟いた刹那だった。
部屋いっぱいに高密度圧力を持った“気”が膨れ上がった。
それは炎のように熱い怒気と、絶対零度の敵意を持ったもので、戦慄するような“殺気”だった。
「なっ――!?」
ドゥォオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ン――――ッッッ!!!!!
突如強烈な衝撃と轟音が奏吾の部屋を襲った。