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RACRIMOSA ~異世界来る前からチート持ち~  作者: 夜光電卓
第二楽章 最強の冒険者
46/49

♯43 記憶の中の顔

誤字脱字のご報告、評価、感想等つけてくれると嬉しいです>>

反応があると筆者は単純なので、テンションが上がり頑張って書けるで、よろしくお願いします>> ぜひぜひお願い致します>>

涙の日前日――。

奏吾達はディック達との話しを終えると、依頼も受けず冒険者としての活動もほったらかしにして商店街へとやって来た。

 というのも、全ての始まりは今朝サーストン商会の奴隷が、アクアムからの伝言を持ってきたのだが、その内容というのが『ルチーニが街から消えた』というものと『冒険者ギルドに来てくれ』というものの他に、実はもう一つ――奏吾はその奴隷から、アクアムからでは無い手紙を手渡されたのが始まりだ。

 中には可愛らしい文字で――、


『お兄ちゃん、明日の“涙の日”をウチのお食事会をします。アーニャと一緒に是非来てください』


と書かれた、そんなアクアムの娘ユナからの“涙の日”のお誘いであった。


奏吾はその伝言に歓喜した。凄く――そう物凄く――アーニャが引くほど……。

ユナにしてみれば、実際はアーニャが本命であり、奏吾を誘ったのだろうが、奏吾自身にはそんな事は関係ないようだった。

 奏吾曰く『相手がいくつだろうが、可愛い子から誘われたら、男は嬉しいものなんだ!』らしいのだが、少し、いやかなり危険な発言にも思われる気もするが――、ここではあまり触れないでおこうと思う。


 ともかくとして、奏吾は一応ユナの招待に応じる事を決め、アーニャにも確認を取って二人で招待を受ける事にしたのだが、そこでアーニャが珍しく「依頼の前に少々買い物をさせて欲しい」と願い出てきたのだ。


「別にいいけど……珍しいね、何か欲しいものでも?」


「はい、明日ユナちゃんに渡す“贈り物”を買おうと思いまして……」


「贈り物――?」


アーニャが言うには、『涙の日』には、大人が子供に贈り物をする習慣があるらしい。

日本で言えばお正月の『お年玉』やクリスマスの『プレゼント』と言ったところだろうか?

その話しを聞き、奏吾もまたユナに――そしていつも世話になっているワーカー宅に先日生まれたエストンに何かプレゼントを用意する事にした。

奏吾は伝言と手紙を持ってきてくれた奴隷に『手紙に書かれた通り、明日の正午近くにお伺いします』と言伝を頼むと、先に厄介事を済ましてしまおうと冒険者ギルドに向かっい、そして話が終わると早々に二人でユナとエストンの為のプレゼントを探しに商店街へと足を伸ばす事にした。



「うわぁ――なんかクリスマスって感じ……。見渡す限り緑の蝋燭ばっかり……」


「くりすます……ですか?」


「いや、何でも無い。そういうお祭りが前の世界であったんだ――」


洞窟の中に出来たアーケード……つまり商店街にやって来た奏吾は、開口一番そう呟いた。

目に映るどの店先にも、それこそ飲食店だろうが宿屋だろうが、緑色の蝋燭が売っているのだが、それと一緒に何に使うのか奇抜な四角く少し底の深い赤の陶器の皿が必ずと言っていい程売っている。緑と赤のカラーリングは日本で見た“クリスマス”を彷彿とさせ、奏吾はゲンナリと肩を落とす。

 正直奏吾にとって“クリスマス”というのはあまり良いイメージが無い。

 

 恋愛らしい恋愛などしたことが無かった奏吾にとって、クリスマスと言えばカップルが妬ましい日であり、ましてや中学二年生の時にはクリスマスの妙なテンションで暴走し、告白即玉砕という苦い経験まで奏吾にはあり、若気の至り――もしくは『若さゆえの過ち』として黒歴史化している。


そして昨年……それも“イブ”はそんな黒歴史を払拭する程の良い日であった筈だったが、それも翌日に“あんな事”があった所為で酷く後味が悪い思い出となってしまった。思い起こせば“あの事件”も、“犯した罪”も、奏吾の体感で昨年のクリスマス当日の出来事である。

結果『奏吾は年齢=彼女無し』をこの世界に来てまで一応進行形になっている。勿論昨年の隣の女子大生も、関係こそもったものの、実際に恋人関係になる前に“あの事件”が起こり自然消滅――というよりは爆発消滅したのでカウントには入れていない。


それでも楽しかった思い出が無い訳では無かった。

祖母と過ごしたクリスマスは、今でも鮮明に思い出す事ができる。しかしそれを思い出す度、次に蘇る記憶は必ず祖母が亡くなってすぐのクリスマスであり、義父らしき人物に与えられた生活感の無いマンションで、独りコンビニ弁当を、泣きながら食べる――あの涙の冷たさだ。


故に奏吾の中の“クリスマス”と言えば、妬ましさと、過ちと、後味の悪さと――、

そして冷たい涙である。


「こう考えると、俺っていつも泣いてる感じするな……ハハハ……」


 奏吾が一人自嘲気味に苦笑すると、アーニャが心配そうに顔を覗き込んだ。


「奏吾様大丈夫ですか?」

 

「えっ、あ、うん。大乗大丈夫――。それで? これが“涙火”ってやつ?」


 奏吾はそう言うと誤魔化し気味に店先の緑色の蝋燭を適当に手に取った。


「正確にはこちらの皿とで一セットです」


「皿って、この赤いの――?」


 アーニャはそう言うと奏吾に一緒に置いてある陶器の皿を奏吾に手渡した。


「この皿に水を満たしてその中にその蝋燭を立てたものが『涙火』と呼ばれるものです。中に蝋燭を立てる針がついて燭台の代わりにするんです」


「皿を燭台代わりにねぇ……。それにしても何でこんな赤い皿を――」


「その赤は炎を現していて、そこに立っている緑の蝋燭が二代目勇者マリアの守護霊……“バンシー”を現しているんだそうです」


「あぁ、壁画に描かれてた妖精! それで緑色なんだ……成程……でもそれなら皿は金色にすればよかったのに……」


「黄金竜の希望の火の色ですか?」


「それもあるけどマリア様の髪の色的に?」


「奏吾様は二代目勇者の髪の色のご存知だったのですか!?」


「えっ、あれ……? アーニャが前そんな事言ってなかったっけ?」


「いえ、現在文献などで言及されているのは初代勇者アーシャだけになってしまいます。彼の髪の色は『老人のように真っ白であった』とされています」


「勇者が白髪ね……なんか急に中二臭くなったな……ってか“彼”って初代勇者って男だったの?」


「はい。文献では“彼”という呼ばれ方をされているので、おそらく……」


「アーシャって名前だからてっきり女だと思ってたよ……。他の勇者は? まさかマリアが男って事は?」


「二代目勇者マリアは女性だと思います。文献や言い伝えでも“彼女”と呼ばれていますし、ルーメン正教も彼女を“聖女”として認定しています。三代目勇者ジューヤ・ザルカント・リンクスレイは男性ですね。前に言ったかもしれませんが、オードリーという后をヘルブストから貰い受けているので……」


「前から思ってたけど、姓があるのって三代目勇者だけなの? 他の二人は名前だけで苗字を聞いた事が無いんだけど」


「ヘルブストが王族や貴族など以外にも姓を持つ事を推奨したのが、帝国から王国になった三百年前……。つまり三代目勇者のいた頃なので、それより以前の初代と二代目勇者は記録にも姓は書かれなかったようです。もしかしたら、奏吾様と同じく姓を持つ事が普通の世界から来ていて姓があったのかもしれませんが、今では知る由もありません。

 先程の髪の色もそうですが、肌の色や詳しい身体的特徴も、言及されているのは初代勇者の髪の色ぐらいです。きっと『老人のように……』と伝わっている事から、年齢は若いのに白髪だったので珍しくて記録などにも残ったのだと思います」


「と、いう事は他の二人は少なくとも珍しい色では無かったって事か……そうだよな、この世界、ってかこの国の人達は髪も肌の色も多種多様だもんな……」


「そうですね……推測できるとしたら三代目勇者の子孫。つまり現ザルカント王家の髪はブラウンの方が多いので、同じ色かもしれない……というところでしょうか……」


 奏吾はそこで溜息をつく。

 この世界にいると至る所で三人の勇者の名が目の前に現れる。

 その勇者達の素性――もしくはその故郷ともいうべき“異世界”について同じ異世界から来た者として今まで疑問に思っていた事が奏吾にはあった。

 それは『今までいた三人の勇者達は、自分と同じ世界から来たのだろうか?』というものだ。

 正直奏吾自身、三人もいる勇者の先輩諸氏が皆、自分と同じ世界、同じ国、同じ時間帯から召喚されているとは、奏吾は思っていなかった。


 まず同じ世界かどうかであるが、日本にいた頃ならいざ知らず。今現在、地球とはまったく違うトリニタという世界へ自分が来ている時点で、可能性が少なくなる。奏吾自身知る限り世界が既に二つもあるのだ。他にも世界があってもけしておかしな話ではなく。またその中で都合四度も同じ世界から勇者召喚される可能性は、なにかしらの因果関係か作為的なものがなければ在りえないだろう。

 ただしその作為的な事が好きそうな偽医者に心当たりがあるため、なんとも言えないが。


 次に同じ国――つまり皆奏吾と同じ世界から召喚されたとして、皆日本から来た、もしくは日本人なのかという疑問である。これについては皆では無いかもしれないがおそらく違うだろうという予想を奏吾は立てている。

 その根拠が名前である。この世界がゲームだというならいざ知らず、縁も所縁も無く知人も身内も存在しないこの世界に於いて、わざわざ偽名を使う必要性はまったく無い。何かしら理由があり、例えばこの世界に来て心機一転とばかり名前を変えるというならいざ知らず、それで選ぶ名前が『アーシャ』や『マリア』と外国人系の名前が続く事は可能性として薄いだろう。

 マリアは現代日本でも比較的つけられる名前だが、その前のアーシャはあまりに稀な気がする。ましてや『アーシャ』先程の話しから男性らしい。奏吾自身そう勘違いし方のように『アーシャ』というと『アンナ』のロシア系の女性に使われる愛称を思い浮かべるだろう。少なくとも奏吾は男性で『アーシャ』という名前にはどうしても違和感があった。

ならば単純に皆、日本以外もしくは異世界から召喚されたと考えた方がより自然である。

 唯一引っかかる部分は三代目『ジューヤ・ザルカント・リンクスレイ』である。

 ザルカントは王国の名前だから別としても、問題は『ジューヤ』と『リンクスレイ』である。

 ジューヤはつまり『ジュウヤ』とも読め、もしかしたら日本人の名前の可能性もある。ただし外国でも似たような名前が無いかと言われると、奏吾は確信を持つ事は出来なかった。発音や言い方などで、何処かの国の名前にはなりそう――とは思えなくはない。

 問題は『リンクスレイ』である。こればかりはとても日本名とは思えない。ただし無理に『リンク』『スレイ』を別けて奏吾の英語力で訳せば『繋ぐソリ』もしくは『ソリを繋ぐ』になり意味が通じなくも無い。が、それだけで彼が日本人だと断定するには不十分過ぎる。


 そして最後に皆同じ同時期――つまり奏吾と同じ時代、同じ時間帯から来ているか? というものだが、これっばっかりはどうも根拠どころかハッキリとした推測も立てられない。

 最初の世界の疑問は無視するとしても、同じ世界の各地の同じ時間から召喚されたとして、何故、七百年前、五百年前、三百年前と時間がズレたのか理解不能になるし、同じ日本であったならそれが尚更になる。もし其処に理由を考えるなら“距離の問題の可能性”があるが、ここまで来ると推測というより妄想に近い。

 ならば単純に召喚された時間になるのだが、これも単純に勇者が召喚された時期が、トリニタと地球とで一致するかどうかは解らない。

 初代勇者が召喚されたのが七百年前となると鎌倉時代であり、五百年前の二代目は戦国時代、三代目は江戸時代に召喚された事になるし、逆に奏吾が召喚されるよりも未来から来た可能性だって、この“異世界からの勇者召喚”というとんでも現象を実体験すれば在りえないとさえ奏吾は考えている。

 結果として、どれだけ考えても奏吾にこの疑問は納得いく解答が出ずにいる。


 ただし、論理や根拠を抜きにして、一つだけ――確信している事がある。

 それは少なくとも、かつてこのトリニタに召喚された『火の三勇』の三人は間違いなく、奏吾と“同じ世界の同じ日本の同じ場所から同時(・・)に召喚されたのでは無い”というモノだった。

 そうでなくては――四代目がアイツになる筈は無いと――。


「ところで、どうして奏吾様は二代目のマリアが『金髪』だと思われたのですか?」


 思考の海に深く潜っていた奏吾は、アーニャにそう聞かれハッとすると、腕を組んで再び悩みだした。


「なんでだろう――」


 奏吾自身、何故そんな風な勘違い――なのかどうかは解らないのだが、そのように思い込んでいたのか解らなかった。おそらくは“マリア”という名前から連想したのだろうが、それにしたって昔、教会で見た聖母マリア像は金髪だった覚えは無い。というより奏吾は聖母マリアの髪の色が何色だったかなど知らなかった。

 ならば何故金髪だと思ったのか――それも鮮明にそう思い込んで……イメージしていた。

 マリアという金髪の女性を――。


 マリア――その名前だけなら聞き覚えがある。単純に聖母マリアや同じ名前の著名人ですらない。

 その女性は確かに“マリア”という名前で、奏吾の顔見知りの知人だ。とはいえもう何年も会ってさえいない。トリニタに来る前、あの事件が起こるよりも前、それこそまだ祖母が生きていた頃の話だ。

 名前から彼女を想いだした?

いや、それでも無いだろう。何故ならそのヒトは“金髪”などではなかったのだから……。

切れ長の目に鼻は高く、それこそマリア像のように日本人離れした美しい顔立ちをしていたが、彼女は長い“黒髪”だった。

なら何故、金髪などと――鮮烈にイメージしているのか――。

むしろ金髪だったのは――白衣を身に纏い、ずっと哀しそうな、哀れな同情の碧い瞳で自分を見つめていた。

ニヤッ――、とその横で厭らしい三日月が弧を下にして嗤う。


「あっ、あの時の看護師さん――」


 奏吾はそこでハッと得心した。自分が“マリア”で誰を思い浮かべていたのか……。


「“カンゴシサン”ですか?」


「えっ、いや、やっぱり何か勘違いしてたみたいだ……悪いねアーニャ」


「そうですか……?」


 アーニャにはそう言ったが、奏吾は自分が誰を二代目勇者としてイメージしていたのかそこで気が付いていた。

 このトリニタへとやってくる前、そして日本で死にかけた後。

 異世界モノの小説では『白い空間』と称される事の多い、あの病院のような空間で――。

 あの自称神と称した似非医者……あの邂逅の時に、その後ろに控えていたどころか、ベンチにいた奏吾を診察室へと呼びこんだ、あの女性看護師。

 二か月前のほんの数分の出来事がハッキリと思い出される。

 奏吾は確信していた。二代目勇者の顔を、まさしくあの看護師の顔でイメージし思い浮かべていた。何故、その顔をこんなに鮮明に、そして鮮烈に覚えていたのか――。

 それこそが、二代目勇者の顔をあの看護師でイメージしていた理由だと奏吾は確信していた。

 

 似ていたんだ――似ていたからだ――あの看護師と、俺の知る“マリア”とが……。


「奏吾様大丈夫ですか?」


「そ、そうそうところでアーニャ、結局これどうするの……? ってか涙の日ってどう祝うのが普通なの?」


 奏吾はなんだかんだ手に持ち続けていた緑色の蝋燭を店先に戻しながら、そう慌ててアーニャに尋ねた。アーニャも奏吾が何かを誤魔化そうとしているのには気付いたが、深追いせず、しかし少し心配そうに答えた。


「涙の日は他の勇者を讃えた日と違い、身を清めて家や教院で静かに過ごします。それから夜になったら玄関の外に涙火を灯して、その火が灯っている間、家の中で二代目勇者に祈りを捧げる――とは言っても、皆蝋燭が灯っている間、部屋に籠ってるだけですけどね。そうして翌朝、その溶けた蝋燭と水の入った皿を……地面に叩きつけて割るんです」


「えっ、割っちゃうの!?」


「はい、その割った皿と蝋燭を、二代目勇者の哀しみが癒えるよう祈りを込めながら地中に埋めてお終い――というのが一応、ルーメン正教が推奨する『涙の日』の作法です」


「すみませんアーニャさん? 今の説明にアーニャはともかく、俺がユナちゃんの家にお呼ばれされる意味が解らんのですけど……プレゼントについても出てくる場面が思い浮かばないんですが」


「あくまで今説明したのはルーメン正教が推奨する作法でしかありません。生真面目に身を清め祈ってるのは各教院の僧ぐらいなもので、一般的には涙火を灯してる間も、さっきも言った通りみんな家や宿で籠っているのが殆どです。特にこのハルシャは冒険者の街なので――」


「冒険者が身を清めてずっと家に引き籠って大人しくしてる――なんて無理な話しか……」


「それに民の間では他の日みたいにどんちゃん騒ぎとまではいきませんが、涙火を灯すまでの間、身内で食事会を開いたりして細やかにお祝いをする事が多いですね。ユナちゃんが誘ってくれたのもこの食事会です。その時に“不屈”の象徴でもある二代目勇者にちなんで、子供がどんな事があっても諦めず、勇者のようになって欲しいと――願いを込めて大人が贈り物をする。のが、いつからか解りませんが一般的になっています」


「大人が――子供にね――この世界での成人は十五歳だっけ? って事は俺も充分大人だと」


 現在奏吾は十七歳――充分にこの世界では大人に別けられる年齢である。

 感覚的に正月に渡すお年玉や、クリスマスプレゼントのようだが、そもそも今まで近親者が祖母しかいなかった奏吾にとって、貰うことはあっても、あげるのはほぼ初めての体験で、少し恥ずかしいような、それでいてちょっと残念な気さえする。

 ちなみに対するユナは十一歳であり、まだ充分子供と言っていい年齢である。そしてアーニャは二十――。


「奏吾様――?」


「ん、いや何でもない!!」


「私、まだ何も言ってませんが――、」


「えっ、いや――贈り物を何にするか余計悩むなぁと思って」


 奏吾にアーニャは疑いの視線を無言で向けたが、この悩みは実際奏吾の本音でもあった。

ユナだけではなく、エストンの分も選ばなくてはならないのだが、これがまた難しい。

アーニャの話によると贈り物とは言っても、その内容はおもちゃなどでは無く、服などの必要品で、他には本や筆記具、貴族であれば短剣などを贈る事もあるらしい。アーニャはユナに似合いそう服を選ぼうとしているようだった。


「奏吾様もお洋服などにしてみては?」


「それもいいけど、アーニャとかぶるしなぁ……なにか他にないかな?」


 日本であれば店員にお勧めのおもちゃかゲームでも聞けばいいところなのだろうが、この世界の文明では、子供が遊ぶためのおもちゃなどが現代日本のように発達はしていない。ぬいぐるみのようなモノはあるにはあるが、貴族などの富裕層の子供しか手にする事ができない高級品だ。

 あからさまに子供向け……それも『〇才向け』なんて定番の商品が無い状態で、十一歳のユナと生まれたばかりのエストンに合わせたプレゼントを選ばなくてはいけない。

 まだ赤ん坊のエストンは良いとしても、この世界の女の子がどのような物を喜ぶのか、なんていうことを奏吾が知るはずも無い。デザインや内容を問われるようなものとなると、正直奏吾には自信がなかった。


「と、なるとアクセサリーとかかな?」


 とは言っても、余計センスが問われるようにも思えるし、何より所謂アクセサリーの類は高級品が多い。子供のプレゼントにそのような物を贈るのも憚れる気もした。

 何より、此処は冒険者の街。売っているアクセサリーも、宝石などが散りばめられた宝飾品というよりは、冒険者の為の補助アイテムの方が売っている物量は多く、そのほとんどが魔道具だ。

 となれば余計その金額は跳ね上がる訳で――。


「どうしたものか――」


 奏吾はそう言いながら必死に頭を巡らせていた。事実だけで言うなら、奏吾自身年齢=彼女無しを現在進行形で生きている身である。そんな自分が誰かにプレゼントを贈った事など一度も――そう思考を回した時だった。

“クリスマス”という単語からの連想で思い出したと言っていい、過去の記憶がよみがえった。

 いや、正確には思い出していたのだ。本来なら記憶の底に深く封印していた筈のものが、この商店街に来てから段々とその水位を浮上させていたのだ。

 緑と赤のクリスマスカラーが、あの冷たい涙の記憶が、二代目勇者マリアが、そしてあの奏吾を哀れむような瞳で見つめた看護師の顔が……。

 いや、それよりも前――『涙の日』というその名称を聞いた時から、黒い歴史は色を鮮明にさせて浮いて来ていたのだ。


 奏吾がまだ日本にいた頃――もっと言えばまだ祖母が生きていて、平凡な幸福を享受出来ていた頃の記憶――忘れたくても忘れられない黒歴史。

 自分が“誰か”にプレゼントをした記憶、とは言っても、本当に“誰か”であり――その対する相手は不特定多数でしかなかったのだが。

 そして――今度はハッキリと“黒髪”の彼女が脳裏に蘇った。


『この曲はね――“Dies irae《怒りの日》”と言う曲よ――』


 優し気な声が聞えた気がした。連鎖する記憶の回帰に奏吾は頬を緩ませる。

 それは苦い――記憶。


「そっか――鎮魂歌レクイエムの涙の日――。そうだレクイエムの続唱の一つだ。どうも初めからその名前に引っかかりがあったんだよなぁ……」


 奏吾はそう言うと、自分も右手首を見つめる。特に手袋もアクセサリーも着けてないその手首を見ながら、奏吾はそこにかつて失くしたある物を幻視していた。


「奏吾様――?」


 急に独り言ちながら手首を見つめ始めた奏吾にアーニャは疑問符をなげかけるが、奏吾はおかまいなしに呟き続けている。


「たしか『怒りの日』に『奇しきラッパの響き』。『恐るべき御稜威みいつの王』『思いだしたまえ』と『呪われたもの』――そして最後が『涙の日』だっけ……我ながらよく覚えてるもんだな」


「あの奏吾様――どうしたのですか? 今のは詠唱か何かですか? 最後『涙の日』と言ってましたが……」


 アーニャが顔を覗き込んだので、やっと奏吾も声をかけられていた事に気付いた。今日はこんな事ばっかりだ。というか、顔が近かった。


「あっ、ごめんごめん。ちょっと昔の事を思い出しててね、前の世界にも『涙の日』……ってのがあったなと思って」


「前の世界――奏吾様が前にいた世界にですか?」


「あぁ、と言っても『涙の日』っていうタイトルの曲だったけど……」


 奏吾はそう照れているのか、頬を少し赤らめる。これはアーニャの顔が近いからなのか、それとも苦い経験を思い出したからなのか……。


「その曲が奏吾様はお好きなのですか?」


「えっ、なんで?」


「いえ、その奏吾様が何か嬉しそうなので……」


 アーニャに言われ、奏吾は自分が照れて顔が綻んでいる事に気付く。そうか、もう苦笑して思い出せる程に、あの黒歴史は昔になってしまったのか――と。


「嬉しいっていうか、恥ずかしいのかな――? なにせあれは俺の“初恋”だから……」


「初恋――!?!?!?!?!?!?!?!?」


「さぁ、アーニャ行こうか。俺も贈り物にを何にするか決めたよ――」


 奏吾のそう言う顔はとても嬉しそうで満足しているようだったが、対するアーニャの顔はとても不満そうで、苦虫を噛み潰したようであった。




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