♯41 詐欺師の姦計
第二楽章後半スタート
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どうしてこんな事になったのか――決闘から一週間。宿泊している部屋で“彼”は何故こんな事になってしまったのか――理解ができずにいた。
何故、自分がこんな目に遇わなければならないのか、何故自分の目の前にこの男達が立っているのか。それがまったくと言って理解できない。
だが、一つだけ解っている――いや歴然としている事実があった。
全てはあの“詐欺師”の差し金である――あの決闘以降起こるこの凶事の全てが、あの詐欺師の姦計に違いない。そう全部あの詐欺師が悪い。
彼にはそう思えてならなかった。
そもそもあの決闘は、全てが彼の予想通りにいく筈だった。全てが計画通りにいく筈だった。
少なくとも決闘前、宣誓書を騎士団と冒険者ギルドが認めた時点では、何もかもが順調に進んでいると、そう思っていた。
宣誓書に込められた自分でもほれぼれとしてしまいそうな見事な策略に、警備隊長風情のレッドロックも、あの忌々しい冒険者ギルドの狗のビフドンも気づかなかった時点で、彼は勝利を確信し、腹で笑っていたほどだ。
自分は兄達とは違う。脳筋な長兄にはこんな素晴らしい策略を思いつく頭は無いし、姑息で臆病なだけの次兄にはこんな大胆で勇敢な方法を選ぶ事はできないだろう。
悪人に対しても正々堂々決闘を挑み、尚且つこの卓越した頭脳でスマートに勝利する。
やはり、伯爵を継ぐべき器は自分にあるのだと自分を誇らしく思った。
その時点までは勝利への道筋は完璧だった。
その雲行きがおかしく成り始めたのは、決闘開始の直前だった。道具達に準備を始めさせ、それにレッドロックとビフドンがイチャモンをつけて来た時だ。正直此処までは彼の予想通りだった。
何故、詐欺師風情に自分自ら剣を持って戦わなくてはならないのか――。何より自分は『道具使い』だ。道具を正しく巧みに使ってこそ、その真価を発揮するのだ。宣誓書はその為の下準備でしかなく、卑怯と罵られる筋合いは無い。
どこをどう見たって、正々堂々とした勝負だ。冒険者としても、貴族の子息としても――。
すると、あの詐欺師が口を挟んで来た。ましてや彼の宣誓書の絡繰りを見破っていたと強がりを口にした。
正直、見破られるとは思わなかったが、それだって怪しいものだ。宣誓書作成時に、詐欺師は何も言ってこなかった。つまり決闘を直前にして、やっと気が付いた――とそんな所だろう。
この見事な頭脳プレーを大衆の前で自ら披露する場面を奪われた事は悔しく思ったが、今さら気付いたところで状況が変わる訳では無い。
だが、決闘が始まった途端、不変の筈の勝利は一瞬で砕け散った。詐欺師は卑怯にも決闘開始を前にしてフライングしたのだ。そしてどうやってか彼の目の前から真後ろへと移動し剣を突きつけた。
その――この得体の知れない、動き。これだけが彼にとって唯一の不安材料であった。
道具使いの彼なら、本来こんな詐欺師相手に策謀を巡らす必要もなかった。詐欺師が正々堂々決闘に望むなら、充分に真向勝負で勝利する事ができた。
しかし街の冒険者ギルドで詐欺師は、別の仲間にやらせたのか、それとも何かの魔術を使ったのか彼を卑怯にも不意打ちし失神させている。
必ず彼奴は卑怯な手段に打って出てくる。その不安材料故に、彼は頭を使ったのだ。
正しきものに正しき勝利を――。
にも関わらず、あの詐欺師はまたもフライングという卑怯な手段に出た。彼は当然決闘のやり直しを進言し、なんとかそれは受け入れられた。
このまま詐欺師のペースに嵌っては駄目だ――と、道具の手入れをして仕切り直そうとしている時に、不意に不穏な声が聞えた。
「あいつが、一人でヘビーベアを二体同時に討伐したっていう新人か――?」
それは蠅のように群がってこの神聖な決闘を汚している冒険者が発した言葉だった。
ヘビーベアを二体――? 誰の事だ? 新人――?
まさか――という、予感に彼は一瞬自分の身体が震えるのを感じたが、それをすぐに打ち消す。よしんば冒険者が噂することが事実であっても、あの詐欺師の事だ。何かしらの姦計を巡らせて倒したに決まっている――しかし、決闘が始まるとその不安が現実となってしまう。
彼自慢の道具達はあっという間に八つも詐欺師に使い物ならなくさせられてしまった。
新人制度を終えたばかりのこの餓鬼が――詐欺師が――何故?
彼の完璧な計画の歯車がガラガラと音を立てて崩れていく。
だが、それでも――彼にはまだとっておきの『道具』が残っていた。現時点で彼がもつ最強の『道具』が――。
ただこの道具は少々扱いづらいものでもあった。案の定、最初の一撃を躱されただけで動かなくなる。これだから――。
あまつさえ彼が道具に対して命令すると、詐欺師は彼を恫喝してそれを止め、道具は勝手に詐欺師と話し始める。
忌々しい――本当に忌々しい。詐欺師もそうだが、道具が“持ち主”を無視しているというこの状況が。
だが其処にいたって、彼も想像しなかったような勝機が生まれた。
敢えて言うなら詐欺師の失態と言えるだろう。詐欺師は自分の話術に自信があったのだろう。道具を挑発するような戯言を口にした。
それ自体は彼にとって、たいした事も無い……むしろ、そんな事如きで怒りを煽ろうとは彼も考え無いような正論でしかなかったのだが、何故か道具の逆鱗には触れる事ができたようだ。
そして彼は彼も知らなかったその道具の真価を見る事となった。
いや、正確には道具の本性をみた。
彼はその道具を手に入れた時、世にも珍しい赤い蜥蜴人族というので購入した。希少な蜥蜴人族で、なおかつその中でも希少といえる聞いたことも見た事も無い『赤い鱗』を持つ蜥蜴人族。その上、戦奴としても優秀だった。
優秀な冒険者は優れた武器を持つべきだ。彼は購入する際にコレこそ自分に相応しい道具だと喜んだものだ。あのアーニャを知るまでは……。
しかし彼は自分の真贋を見極める目が間違いなかったことを知る。
詐欺師に唆されたその道具は、詐欺師を圧倒的な力で吹っ飛ばした。獣のように地に這い、真っ赤な光を鱗から放つ――まるで、ガンタン連峰に棲まうと云う竜のように。
「ま、魔物――」
無知な何処かの冒険者がそう叫んだが、博識な彼はそれが間違いだという事を知っていた。
「あれは身体強化の魔術です!」
あのアーニャでさえ、そんな事を宣っている。やはりアーニャとて知りえない。アーニャの言葉に浅学な周りの者どもは納得したようだったが、彼だけは、貴族の子息として学問に秀でた彼だけは、あの道具――ディノの正体に気付いていた……。
竜人族――。
初代勇者の時代には絶滅したと言われていた、幻の種族。
本来の伝承では人の姿に竜の鱗と尾を持ち、頭部に小さな日本の角を生やす姿と伝えられているが、所詮は七百年前以上前から伝えられる伝承だ。本来は蜥蜴人族と同じような人外の姿で、語り継がれる内に伝承自体が曲解されていったのだろう。
その証拠に、ディノの纏うプレッシャーは、彼自身見た事も無いが、まさに“竜”と言っていい程の貫禄を放っているではないか。
これは、なんという僥倖。なんという吉兆。
詐欺師はせっかく手にしていた勝機を自らの傲慢さで取りこぼしたのだ。
決闘開始から纏わりついていた不安は消え去り、決闘はひっくり返った。彼は今度こそ勝利を確信した。
竜の血をひくと云われる竜人族に、人の身が勝てる筈も無い。純粋な種族としての力の差の前では、詐欺師の姦計も役には立たない。
彼はその道具を選んだ自分の目利きに戦慄さえおぼえた。
竜人族ならば、あの最強の冒険者アーロン・ガラッドにもその実力は匹敵するだろう。新人制度明けの詐欺師如きが勝てるはずも無い。
その証拠に、ディノは詐欺師を圧倒していた――そう圧倒していた筈だ。
なのに――気づいたら負けていた。ディノも、そしてもう一つの道具も倒れていた。
意味が解らなかった。何故、竜人族が負ける。何故、正義が負ける。何故自分が負ける――。
詐欺師が何か卑怯な手段を取ったに違いない。そうでなくては――。
そして詐欺師は彼を脅迫し、横暴に勝利を奪った。
許せない――、しかし詐欺師の姦計を見抜けなければ、決闘の結果を覆す事は彼にも出来なかった。何より、周りの屑共は皆、詐欺師の味方をしているようで、どうみても彼の言葉など聞くとは思えない。だが、詐欺師がどんな謀略で自分を騙して決闘を汚したのか、まったく想像がつかない。だからこそ、此処は彼とて一端引くほか無かった。
幸運にも宣誓書で詐欺師は彼の命を奪うような要求はしていない。ならば、此処は一端宣誓書に従い、時間を稼ぐのが得策だろう。
アーニャを手に入れるにはまた時間がかかってしまうが、それも仕方が無い。此方には竜人族がいるのだ。必ず次こそあの詐欺師を地獄に送ってやる。
これは復讐では無く聖戦だ。このヘルブスト王国の為、この詐欺師を必ず地獄に送ってやる。
彼は敗北を目の前にそう決意した。
そんな彼の目の前に、詐欺師が手を差し出した。敗北者に手を差し出す。愚かな騎士精神ではあるが、詐欺師の真意は解っている。卑怯な手段で勝利したのだから、それを探られぬように彼や周りの者達の好感度を上げようという魂胆だろう。
しかし、詐欺師から出た言葉は彼の予想の斜め上をいった。
「何言ってんだこのバカ! 早く四十万出せって言ってんだよ!」
確かに、宣誓書に詐欺師はこんな要求をしていた。
語尾に『にゃ』という言葉をつける事を禁止する。
単なる口癖に何の文句をつけるのかと、最初は苛立ったが、この程度なら『にゃ』と言わなければいいだけ些末な事だった。最悪、詐欺師や冒険者ギルド、そして騎士団などの関係者の前でさえ言わなければ気付かれる事も無い。そう思っていた。
だが、早速にその事実を告げ金銭を要求するとは、流石に詐欺師――なんと卑怯な。
しかし詐欺師の悪行は此処で終わらなかった。
よりにもよって冒険者ギルドに彼が『にゃ』と言うのを見張るような『依頼』を出したのだ。
報酬は五万――、これにグズで屑な冒険者どもが歓喜し、彼の周りに殺到した。
実力も無い、血筋も悪い屑の冒険者どもから見れば、彼が『にゃ』というだけで、五万もの大金を手に入れられるこの『依頼』は金のなる木でしかなく、有象無象が烏合の衆となって彼が喋るのを監視している。
流石に身の危険を感じた彼は、使えなかった道具達を置き去りにし――冒険者共に追われるように宿へと逃げ込むと、そのまま部屋に引き籠った。部屋の外には冒険者達の声がずっと聞こえていた。
翌日、ハルシャの街から、お目付け役として父から遣わされている、小間使いのマイタがやって来た。
そして現在自分が置かれている状況聞いた。
決闘の後、正式にあの詐欺師は件の『依頼』を冒険者に提出したらしい。その所為で現在冒険者ギルドは大混乱しているという。
というのも、依頼の内容からこの依頼は事後依頼としてしか受け付けができず、その為冒険者達の報告申請が真実かどうか愚かな冒険者ギルドが確かめる手段が無いため、虚偽の申請も含め大量の冒険者達が、彼が『にゃ』と言ったと殺到したのだ。映像記録や録音が出来ないこの世界では当然の結果とも言える。
しかしあまりに虚偽の申請と思われるものが多いのと、収集がつかなくなっている為、ギルドはこの依頼のみ書類で申請を義務付けた。
彼が何時、何処で、どのような内容で『にゃ』と言ったかを書き記し、ギルドで整合性が取れれば受理するというもので、これでギルドは一応の収束を計った――つもりだった。
それでも申請の波は止まらず、むしろ書類の山が積みあがる形になってしまった。結果、ギルド職員は全員が不眠不休で対応する羽目になってしまった。
その報告を聞き、彼は安堵した。
このまま冒険者共に追われ続けるのかと思うとゾッとするところだったが、このまま待ち続けていれば、然る内に冒険者ギルドが音を上げるのが目に見えている。冒険者にとっては天使の囁きのような依頼だが、ギルドにとっては悪魔の依頼でしかない。
二日目の時点で、こんな状況なのだ。ギルド職員とて人間だ。今や冒険者ギルドはこのくだらない依頼では未曽有の修羅場となっている。
となれば、耐えきれずギルドが依頼を無理にでも取り下げるのは必至だ。
詐欺師らしい姑息な嫌がらせであったが、もうカウントダウンは始まっている。彼はこのまま外に出ず、その日を待っていればいい。
マイタによると彼の道具達も冒険者ギルドが預かって、治療されているらしい。彼はマイタに奴隷達を一端、懇意にし始めた奴隷商へと連れていくように命じた。
今回の決闘は散々な結果になってしまったが、ディノが竜人族だと知りえた事だけは吉兆であった。ディノがあればもっと大金を稼ぐ事もできる、いつかあの詐欺師の小僧に一泡吹かせる事も、アーニャを手に入れる事も出来る筈だ。
今は耐えるべき時、今は堪えるべき時――。彼はそう考えていた。
だが、カウントダウンが始まっていたのは冒険者ギルドだけでは無い事を、彼は知らなかった。
そのまま決闘から三日経ち四日経ち……一週間の時間が経った。
彼は今、宿屋の自分の部屋で戸惑いを隠せずにいた。動揺で発汗が激しい。
どうしてこうなった――どうして――。
彼の目の前にはレッドロックとビフドンが立っている。
横暴にも無理矢理に部屋へ入ってきた二人は、入ってくるなり彼にハッキリと告げた。
「ルチーニ・キノック。違約金未払いの為、未払い分の支払いを命ずる」