♯39 本気
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獣人にとって魔物や魔獣と同列に、もしくはそれ以下に論ざれる事は甚だ無礼な事である。
先にも述べて通り、その中でも蜥蜴人族はその異質な姿から、余計にその点においてナイーブであると言える。
その姿だけで言えば、魔獣や魔物とまで言わずとも、魔族とも見間違えられる事もあるため、蜥蜴人族は出来るだけ他種族と交わらないように生活を送るほどだ。
そして獣人を魔獣や魔物と同列に扱う言動は、それだけで獣人を、もしくはその種族を貶める差別の言葉となる。
たしかにヘルブスト王国は人間至上主義国であるが、だからといって国としては基本的に獣人を国が率先して差別しているという訳では無い。
あくまで人間族を上位に置き、その他の種族はそれよりも下位の種族だとしているルーメン正教の教義が根底にあり、なにかしら他種族よりも人間族が優先されるというだけだ。
故に他種族がヘルブスト王国に暮らす事も充分に可能ではあるのだ。
あくまで建て前としてはだが。
そうでなくては、獣人が多く存在するゾーマン連合と外交も交易もできはしない。ただ、やはりあくまで建前でしかなく、裕福層――特に貴族などには差別意識が強いのが実情である。
またそんな国に好き好んで赴く他種族もいない為、結果王国にいる他種族はゾーマンなどから連れてこられた奴隷がほとんどで、余計に他種族の差別意識が根付いてしまっている。奏吾が初めて冒険者ギルドにやって来た時に、他種族の少なさを感じたのは、そのような理由があったからだ。
ただそんな中でも、けして他種族を魔獣や魔物、そして魔族などと一緒にすることはしない。それは差別の中でもまた別のものであり、刺青のような魔紋があるのと無いのでは天と地程の決定的な差があるのだ。少なくともこの世界に生きる者達にはそのような常識が根付いている。
ただし、ヘルブスト王国の貴族の一部の差別意識の強い者は、魔族を『紋付』と呼ぶのに対し、獣人族や精霊族を『紋無』という隠語を使って蔑む者もいるが、それは市井に広がるほど認知度が高いものでは無い。
閑話休題
そのような中でも他種族に対しての差別意識が薄いハルシャで、獣人を、特に蜥蜴人族を魔物や魔獣と同列に扱うという事は、それも実力者には敬意を払う傾向のある冒険者の街においてディノのような実力者をそのように扱うという事は、それは誰もが嫌悪を感じずにはいられない出来事である。
それを、実力があるのは否応なくわかったとしても、この街では新参者の少年が観衆の面前で堂々と言い放った。
その結果、レッドロックの中でも期待の新星の心象は最悪のものとなっていた。
それはレッドロックだけでは無い。隣にいるビフドンも、そして決闘を囃し立てていた観衆全員が、現在全て彼の敵となったと言っていい。
審判役でもあるレッドロックは、なんとか自制につとめたが他の者は罵声を飛ばし、持っている武器に手をかけようとする者までいる。
剣呑な雰囲気に場に緊張が走り始める。こうなっては決闘などやっている場合では無い。
下手をすれば暴動になる。しかし現在周りにいる冒険者を含め、この中にあの少年を止められる者はいないだろう。いるとすれば、現在主の暴言を聞いても表情を崩さず、ジッとその主を見つめているアーニャだけだが、彼女はこの状況を創りだした張本人、ソーゴ・クドーの奴隷である。
暴動となれば、彼女は主を守るために戦うだろう。そうなればもう目も当てられない未曽有の惨劇となるだろう。
『なんとしても暴動は止めなくては――』
レッドロックはその一つに意識を集中する事にした。そうでなくて自分もすぐに剣を抜いてあの少年に跳びかかりそうなほど怒りに燃えているのが自分でもわかっていたからだ。
「アーニャ悪いが、この決闘――お前達の反則負けとなっても止めさせてもらう」
「ビフドン殿もよいな――」
「――仕方ありません。このままでは暴動にもなりかねません。アーニャ心配するな、お
前の身柄は冒険者ギルドが責任を持ってアクアムの元に……」
「それは、無理だ」
「ッ! ――しかしレッドロック様、それでは……」
「この決闘は、冒険者ギルドだけではなく、騎士団――つまり王国も認めたものだ。宣誓書もそうなっておる。その勝敗は、冒険者ギルドでも覆す事はできん。結果は宣誓書通り履行される。それともビフドン。王国が認めた宣誓書を覆せとでもいうのか?」
「そ、それならせめて引き分けに……」
「あのルチーニがそれで聞き分けてくれれば良いがな。審判役が間に入って決闘を止めるのだ……強く言われれば、こちらとて折れるしかない。なにせ、この状況を作り出したのは、彼なのだ――。もし、彼の負けと判ずるしかない場合は、諦めろ」
そうしてレッドロックは忌々しく奏吾を睨みつける。アーニャには何度か助けてもらった事もある。依頼を手伝ってもらった事もある。ましてや、あのルチーニの思い通りにいくのはいかんともしがたい……。
しかしいざ此処に至っては――、アーニャの犠牲だけでこの場が収まるのであれば、致し方が無い。
「アーニャ、恨むならあんな主を持った自分の不幸を恨むしかないぞ――」
「ちょっと、待ってください――」
今まで無言を貫いていたアーニャがそう呟いた。
「いや、そう言う訳にいかぬ。何よりお前の主は、ディノに向かってあんな暴言を――」
「おかしいんです……」
「おかしい? 確かにお前の主は気が狂ったかのようだ――気が違ったのような――」
「違います。バカみたいです」
「ば、ばか! アーニャお前も!」
「だから違います! 奏吾様が、私のご主人様がバカみたいなんです!」
「へ?」
思わずそんな声をあげてしまったのが自分だとレッドロックは気付かなかった。しかし明らかに決闘が始まるまで、アーニャは主である奏吾を慕っているようにレッドロックには見えていた。それこそ異常とも思えるほどに――。それが今、バカと主を言っている。
今の暴言で早くも見限ったのだろうか――。
「奏吾様が、あんな風にバカみたいな笑い方をするのを始めてみました。というより、ワザと笑ってる――? なんか、凄く嘘臭い――気持ち悪い」
酷い言われようだが、そのアーニャの言葉にレッドロックは改めて奏吾を見なおす。確かに、先の暴言のインパクトが大きかった所為で気付かなかったが、奏吾の笑顔はどこかぎこちない。とてもぎこちない。どう考えても作り笑顔ではないかと思う程、堅い笑顔を宿している。逆にその所為でディノを小ばかにしているように見えなくもないが――、もしこれが何処かの酒場で口説いていた女が同じ顔をしたのなら、レッドロックは脈無しと諦めるレベルである。
おそらく奏吾は演技が下手なのだろう――そうレッドロックは感じた。
しかし此処で疑問が生じる。何故、演技する必要がある?
今のレッドロックの感触が正解だとしたのなら、奏吾はワザと先程の暴言を吐いたことになる。
いったい――なぜ、そんな事を――?
「奏吾様には、なにか考えがあるのかもしれません。レッドロック様、申し訳ありませんが、もう少し様子を見ていただけませんか?」
そう頼むアーニャであったが、視線は外していなかった。ずっと主の方を――、だがそこでレッドロックはまた違和感を覚えた。
アーニャの視線。ジックリ、凝らすかのようにみているその視線。ずっとそれが主である奏吾を見ているのだと、レッドロックは思っていた。しかしよくよく見ると、その視線は少しずれていて、奏吾と対峙しているディノを視ているようだった。
レッドロックは直感に従った。アーニャは何かを捉えようとしている。見定めようとしている。
それはあの奏吾という少年が、あんな暴言を吐き、必死に下手くそな演技をしている理由に繋がっている。
まだ決闘は終わっていない――。
「ビフドン、それからお前達――観衆を押さえろ。まだ、何かある――」
「えっ、いったいどういう――」
ビフドンと後ろの部下たちにそう命令し、その命令の意味をビフドンが聞き返そうとしたその時――そう、一瞬にして状況が一変した。
ズドドドドォオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!
とてつもない衝撃と共に砂塵が吹き荒れる。先程とは比べものにならない、その衝撃にレッドロックは目を防ぐ。しかし、音の割に衝撃波が少ない事を疑問に思うと、何時の間に彼等の目の前にアーニャが立っていた。
杖を地面に突き刺し、風の膜で土煙を防いでいる。
「申し訳ありません。あまりに早くて、此処しか防げませんでした。でも死人は出てないと思います――」
「死人――!?」
レッドロックには何が起こったのか理解できなかった。風の防壁の向こうも砂埃で何も見えない。
しかしその内にその砂煙の中から声が聞こえ始めた。
「きさま……貴様、貴様貴様貴様貴様……」
なんだ、いったい何が起こっている。
「貴様――赦さん――吾が一族を――誇り高き岩蜥蜴族を、魔物と――魔獣と――」
声の主はディノのようだった。という事はディノがこの状況を起こしたのか――。
奏吾は――他の者達は――。
「レ、レッドロック様――あ、あれを!」
砂煙が晴れていく、と、同時にレッドロックはその光景に目を疑った。
円形に囲んでいた観衆はその殆どがルチーニ達も含め、唖然としたまま尻餅をついている。なんとか立っているのは、アーニャの近くにいたレッドロック達、そして大きく場所を後退させ両腕をクロスさせ防御態勢になっている奏吾だけだった。
「クッソ――、それは卑怯だろぅ。せめてもう少し周りを見る余裕はないのかよ……」
そう言いながら嬉しそうに腕の隙間から、今度は本当に嬉しそうな笑顔を見せている。問題はその後ろに一直線に人の割れ目ができていた。先程まで奏吾が今いる場所辺りまで観衆が溢れていた筈なのだが、その後ろには放射状に人垣の姿は無い。何人かが失神しているのか倒れているのがわかるだけだ。
そして何より奏吾の足元には線路のように平行に並んだ二本の溝が真っ直ぐならんでいた。そしてその線路は先程まで奏吾が立っていた場所まで続いていて――その先に四つん這いの一匹の“竜”がいた。
「ディノ――なのか――」
レッドロックはそう呟くのが精いっぱいだった。
四つん這いに地にその巨体を倒し、ギラギラとした目は、真っ直ぐに奏吾を睨みつけている。何か身体的変化したとか、ディノが変身した訳では無い。しかしその姿は竜を思わせるような強烈なプレッシャーを放っている。
そして何より、赤く紅く光る燐光が――彼を異形を強く主張していた。
「ま、魔物――」
誰が叫んだか解らない。しかしその一言で周りに緊張が走る。
確かにディノの鱗から灯される紅い光は、まるで魔物や魔獣の魔紋の光によく似ていた。
しかし――、
「あれは身体強化の魔術です!」
そうアーニャは強く断じた。確かに身体強化の魔術を行った場合、このような光が宿る事がある。というのも、身体強化の魔術をかけると、薄くその部分が光る事がままある。しかしこれは未熟の印とも言われ、熟練した魔術師の場合、強化部位が光る事は無いからだ。
これは身体強化に必要とする魔力の余剰分が身体から逃げる際に光る所為だとヘルブスト王国の魔術体系では言われている。
本来、魔力が視えない(・・・・・・・)この世界に於いては、この現象が魔力というものが存在する一つの根拠とされている。
「確かに――身体強化の魔術の光に似ているが――、」
アーニャの言葉に動揺が渦巻く。確かに身体強化の魔術と言われればそのような気もしてくる。何よりディノは魔石を持たぬ獣人だ。そのディノから光が放たれるというならば、何かしらの魔術の影響と考えるのが普通だ。
だが、それにしてもと皆が思う――何故ならディノの鱗は紅く強く光っており、何よりその身体全体の鱗全てが光っているのだ。
「全身の身体強化――?」
「そんな無茶な、いやでも鱗だけ――」
「あんな光ってるのに!?」
冒険者達が疑問に思うのも不思議では無い。事実、レッドロックもこんな魔術を見るのは初めてだった。むしろディノが魔族だったと言われた方が納得できる。
しかしそれを否定するかのように、魔紋らしきものはディノの肉体には見られない。光っているのはただ、全身の鱗だけだ。
「ゾーマンでは全身強化の魔術を使う者もいます。ただ効果は短いようですが――それに、おそらく今の彼の状況は、魔力の初期暴走に近いものかと思います」
魔力の初期暴走――つまりは、強い魔力を持つ幼子が魔力を制御できず暴走させ、何かしらの超常を起こす現象の事である。アーニャはかつて奏吾の幼い頃に起きたポルターガイスト現象をこの初期暴走だと判じている。この初期暴走があると、ヘルブスト王国では魔法使いになれる可能性があるとして家族で祝う事がある。
その初期暴走が、現在ディノの身に起きているとアーニャは言っているのだ。
「そんな――ディノは赤子という歳ではないぞ!」
「獣人が魔法使いになるのは稀です。私にも獣人の初期暴走がどのように起こるのかは良く知りませんし、種族によって出るタイミングや現象に違いがあるのかもしれません。ただ、ディノは蜥蜴人族でも珍しい紅い鱗の持ち主です。もしかしたら、始祖やそれに連なる血筋の者なのかもしれません。それで、このような強力な魔力を持っているのかも……しかし、制御しきれていないので、あのような――」
「なら、ディノは魔術を仕える蜥蜴人族ということか――」
レッドロックの言葉にアーニャは口を噤む。正直、そこまでアーニャは断定できなかった。
何故なら、アーニャにはそのように視えていなかったからだ。
そうこうしている内に、完全に砂煙が晴れ、ディノと奏吾が睨み合いを続けていた。
しかし――と、レッドロックは未だに状況を掴みきれていなかった。
突然の衝撃音、そして砂煙が晴れて変貌したディノ。その間を殆ど何も見えていなかった。
ただ身体強化の魔術の所為なのか、レッドロックには突然ディノが怖ろしく強くなった気がしているだけだ。
あの少年に並ぶ程に――。
「ふぅ……まぁ、挑発したのは俺だしな。何かあったら、俺が責任を取るという事で。謝るのも全部後々――さて、やっと本気出してくれたところで、第二ラウンドといきましょうか。今度はお互い“本気”で――!」
奏吾はそう言うと嬉しそうに笑いながら、サイドBをくるくると回して、左腕を前に突きだし、小指と薬指を曲げた独特な掌形をディノに向ける。
「今度はその“尻尾”は喰らわないよ――!」
そう云うと共に奏吾はディノに向かって跳んだ。
「あぁ、やっぱり――」
レッドロックはアーニャが呟く、その声を聞き驚愕隠せなかった。
『やっぱり奏吾様は、彼の本気と戦いたかったのですね――』