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RACRIMOSA ~異世界来る前からチート持ち~  作者: 夜光電卓
第二楽章 最強の冒険者
41/49

♯38 暴言

決闘が終わるまでは毎日更新いたします。


誤字脱字のご報告、評価、感想等ありましたらいただけると幸いです>>

反応があると筆者は単純なので、テンションが上がり頑張れます>>


今後ともよろしくお願い致します>>



 この決闘の審判役を担っていたレッドロック・コンドールは怒りに打ち震えていた。いつの間にか拳を固く握りしめ、後ろに控える部下にさえ解るほどの殺気を迸らせている。彼の右手で同じようにこの決闘を見守っていた冒険者ギルドのギルド長代理、ビフドンもまた同じように怒りを顕わに下唇を噛みしめている。

 だが、怒っているのはこの二人だけではない。ヘビーベアを二体同時に討伐したという期待の新人冒険者、ソーゴ・クドーの驚くべき実力に湧いていた、周りを囲む観衆の冒険者達もその顔に怒気を貼りつかせ、決闘は剣呑な雰囲気を纏っていた。


「アーニャ悪いが、この決闘――お前達の反則負けとなっても止めさせてもらう」


 レッドロックは、自分の左手で決闘が始まってからずっと真剣な眼差しで主を見守るアーニャに向かって、決意鹿のようにそう呟いた。

 アーニャはその言葉に驚くことも無く、頷く事も無く主を見つづけている。一方、反対側のビフドンは眉間に皺を寄せ、苦虫を噛むかのように悔しそうな顔をしている。

「ビフドン殿もよいな――」

 レッドロックは、ビフドンに言い含めるように確認を取る。


「――仕方ありません。このままでは暴動にもなりかねません。アーニャ心配するな、お

前の身柄は冒険者ギルドが責任を持ってアクアムの元に……」


「それは、無理だ」


 レッドロックはビフドンの言葉をそう断ち切った。


「ッ! ――しかしレッドロック様、それでは……」


「この決闘は、冒険者ギルドだけではなく、騎士団――つまり王国も認めたものだ。宣誓書もそうなっておる。その勝敗は、冒険者ギルドでも覆す事はできん。結果は宣誓書通り履行される。それともビフドン。王国が認めた宣誓書を覆せとでもいうのか?」


「そ、それならせめて引き分けに……」


「あのルチーニがそれで聞き分けてくれれば良いがな。審判役が間に入って決闘を止めるのだ……強く言われれば、こちらとて折れるしかない。なにせ、この状況を作り出したのは、彼なのだ――。もし、彼の負けと判ずるしかない場合は、諦めろ」


 レッドロックは冷たくそう言い放つ。ビフドンは小さく舌打ちを放つが、舌打ちしたいのはレッドロックの方だった。

 それもこれも、全てこの決闘の場の中心でただ一人へらへらと笑い続けている少年の所為である。


「アーニャ、恨むならあんな主を持った自分の不幸を恨むしかないぞ――」


 レッドロックはアーニャにそう語りかけながら、その笑う少年――ソーゴ・クドーを睨み付けた。




 レッドロックにとって今回の決闘は初めから正直驚きの連続であった。あの面倒事しか起こさないルチーニ・キノックが決闘の申請を騎士団にもして来た時は、始めこそ乗り気でなはなかったが、その相手が噂の新星、ヘビーベア二体を同時に討伐し、あのアクアムに認められてアーニャを託されたソーゴ・クドーだと知り、これはいい機会だと内心ほくそ笑んだのは事実だ。

 ヘビーベアを二体同時討伐した者ならば、一対一で実力的にルチーニが敵う筈もない。憂う点があるのならば、ルチーニが例えば自分の奴隷の一人である蜥蜴人のディノなどの実力者を代理人に建てた場合、勝敗の行方が分からなくなる事だったが、それは宣誓書の内容を読み、ルチーニ自身が出ると知り杞憂に消えた。

ならばレッドロックにとっては、騎士団の者として、そして個人的にもルチーニに此処で失点を与えるのは好都合でしかなく、同じ様な立場のビフドンと共にこの決闘を認めた。


 しかしいざ決闘が始まろうという段になって、ルチーニは自分の奴隷をその決闘に自らの奴隷全てを参加させた。宣誓書の裏をついた卑怯極まりない屁理屈であり、あのルチーニごときに出しぬかれた事を歯がゆくも思った。だが、正直、レッドロックには、いやビフドンでさえも奏吾不利と最初は見ていたのだ。

 ルチーニ自身はものの数に入らぬとはいえ、他の奴隷達はそれなりの実力を持つ者ばかりだ。なにせあのルチーニを大Ⅳ位まで押し上げているのだから、折り紙付きである。

 そのなかでもディノは突出している。レッドロック自体も噂をよく聞いているし、彼が戦っている姿を数度見た事もある。

 相手がルチーニ一人なら間違いなく完勝。ディノだと五分――レッドロックが見積もっていた奏吾の勝算はこのような感じだった。

それがルチーニを除いても十対一――もう誰が見ても多勢に無勢。しかしそれも期待の新人ソーゴは看破していたようで、此方の不安を余所に、彼はただ独りでルチーニのパーティに挑む事になった。

 その彼の自信を裏打ちするかのような動きを、奏吾は見せた。あっという間に十人の奴隷の内、八人をもあっという間に制圧した手並みは、レッドロックをして唖然とする他なかった。それも誰一人とて殺さず。

 強い――ディノではけして勝てない。

 そう思った瞬間に、隣で主を見守るアーニャにレッドロックが思わず視線を移してしまったのは仕方がない事であろう。

 大Ⅱ位の冒険者であるアーニャ・ネイキッド。

 少なくともソーゴ・クドーという少年の実力は、彼女と同等。もしくはそれ以上かもしれないという事実は、あのアクアムが今迄どんな人物にもアーニャを売ろうとしなかったのにも関わらず、ポッと出の新人に売り渡した理由を如実に照明していた。


 ディノでさえも勝てはしない。これは実力のある者ほどハッキリと理解できたであろう。それはディノ本人とて同じだろうとレッドロックは思っていた。

 もうルチーニ側で戦闘可能なのは一応三人。その中にはルチーニ側最強のディノも含まれてはいるが、ディノが実力差を判断できないとは思えなかった。

 ディノが白旗を上げればこの決闘は終わりだ。ルチーニにはどうにも出来ない。

 しかしディノは何故か奏吾と対峙した。その事にレッドロックはまたも驚く。ディノ程の者がソーゴのあの動きを見て力量を見誤るとは思えない。

 では、何故――。

 そうこうしている内に ディノは咆哮と共にソーゴへと駆けた。スピード自体は速いものの、目の追い付かない程ではない。ソ奏吾ならば悠々に避けることができるものだ。しかし奏吾は、ディノを待ち構えた。ディノはそれに多少の疑問を感じながら、振り上げた大斧にそのスピードを乗せて振り降ろす。凄まじい衝撃音と共に砂塵が舞う。

暫くするとその砂煙の中から二人の影が浮かび上がってくる。二人は制止していた。

奏吾は、自分よりも背の高いディノの顔を見上げ睨み付けており、対するディノはと言えば大斧を降り下ろしたまま、矢張り奏吾を睨み付けていた。

 レッドロックは今度こそ決着がついていたと感じた。

大斧は突き刺さった地面を中心に、小規模なクレーターが出来ており、確かにディノのその一撃がどれだけ強力だったかを物語ってはいたが、にも関わらずソーゴが無事無傷で立っているという事実は彼が見事にその一撃をかわしきった事の証明でもある。

決着はついた。

だが、何故か二人は動かなかった。ディノは降参する気配も無いし、奏吾もまた不動のままでお互いを睨みあっている。

奏吾は圧倒的な力の差を実感し白旗を上げるには充分なタイミングを、強者であるソーゴが見せつけた上で、相手を無駄に傷つけず与えたと言っていい。

何故、決着がつかない――もう決闘としては充分ではないか。

ルチーニの奴隷の中で、ディノ以上の実力者がいないのだから、残った騎士風の男がソーゴに勝てる筈もなく。ルチーニに至っては論外である。ディノの斧をかわした時点でソーゴの勝利は確定したと言っていい。なのに……ディノは敗北を認めようとしない。

 しかし、次の瞬間レッドロックの疑問は氷解する。


「なにをやってるディノ! さっさとその詐欺師の首をはねるにゃ!」


ルチーニのその声にレッドロックは溜息をつきたくなったが、同時にハッとなった。

前提が間違っていた事にようやく気が付いたのだ。ディノはルチーニの奴隷であって冒険者では無い。

どうやって安全に怪我を負わずに冒険するか……『命あっての物種。余計なケガを負わずに済むなら、それに越したことは無い』それが冒険者としてのモットーであり、そして冒険者の最大のテーマともいえる。

だからこそ、この冒険者の冒険者による冒険者の為の街、ハルシャの冒険者達は、実力のある者に敬意を払う傾向がある。

それは強さ然り、技術然り、知識然り。安全かつ、出来るだけ被害少なく、依頼をこなす者達……それこそが、実力者であり、街を支えてくれているのだからと。


人間至上主義のヘルブストに於いて、この傾向はとてつもなく希有であるといえる。

詰まるところ、実力さえあれば種族の垣根を超えて、冒険者……特に高ランクの者程、種族差別が薄くなる。危険を回避しえる力、技術、知識を持っている者であればこの冒険者の街においては、人間で無かったとしても、ヘルブスト出身でなくとも、同じ冒険者ならば、その実力に敬意を払う。いや、払ってしまうのがこの街の冒険者である。

そこに年齢も性別も、そして種族さえも関係ない。

だがこれは、冒険者に限った話しでもない。というのも、この街が大迷宮の中にあると言うことがその理由である。

迷宮の中にある街。それだけでこの街はいつも魔物や魔獣の脅威に付きまとわれている。一階層で人間の生存権を確率したとはいえ、もし大量の魔物や魔獣が集団で襲ってくれば騎士だけでは数的にも危うい。そんな時に彼等と協力し、街を守護するのが、冒険者だ。

そしてその冒険者達がもたらす利益によってこの街はヘルブストの国の中でも比較的裕福といえる生活をおくれている。まさに冒険者の街。冒険者という存在によってこの街が支えられている事を、冒険者こそがこの街の中心である事を、王国の騎士であろうがルーメン正教の僧であろうが、長く暮らす者程よく知っている。

これが前に奏吾に対し門を守る騎士がやけに親しげだった理由であり、シード達冒険者ギルドが一支部でありながら、騎士や教院に対しても発言力を持ち、派閥を維持できている根拠にもなっている。各派閥の上層部はともかくとして、現場レベルでは冒険者に対して、種族が何であれ、騎士も僧でも友好的であり、そして寛容である。

 それが人間至上主義国でありながら、特異とも言える稀有な街――ハルシャという街なのだ。


実力、力量ある者ならば――種族が違えど敬意を払う。レッドロックとてそれが当然のように染み付いていた。


 しかしその前提がそもそも違っていたのだ。ディノは冒険者ですらない。ただの奴隷である。

 ルチーニの奴隷でしかない。

 ルチーニ自身が自称するように、ルチーニにとってはディノは共に大迷宮を挑む仲間(パーティ)などではなく、大迷宮を攻略するための『道具(ぶき)』でしかない。『命あっての物種。余計なケガを負わずに済むなら、それに越したことは無い』そんな冒険者としてのモットーさえも、ルチーニの道具であるディノには適用されない。


 より強力な武器を買うように、奴隷を買い。刃毀れするのが当然のように奴隷を使い潰す。

自称『道具使い』そして『奴隷潰し』。

 まさに彼の異名そのまま――ならばディノはどんな事があれ戦わなくてはならない。持ち主であるルチーニが鞘に納めぬ限り、道具として使い物にならなくなるまで、ルチーニにとって必要でなくなるまで命を賭して。


 負け戦だと解っていても――。


 レッドロックは歯がゆく思った。

確かに人間至上主義国とはいえ、この街では他種族に対してそれ程差別意識が強い訳では無い。冒険者じゃなかったと解ってもディノに対して嫌悪感などおぼえる筈もなく、ましてや実力者として敬意を払うべき存在である。

そしてそれが当然だと思っていた。当然だと思える程、レッドロックはこの街に染まっていた。

見渡すと同じように苦い顔している者達が何人かいた。皆、レッドロックも知る、それなりの実力者ばかりだ。おそらくレッドロックと同じような結論に辿り着いたのであろう。

だが、そうで無い者もいる。実力の劣る――位階制度が低い者程、決闘を行っている奏吾とディノが動かない事に焦れてしまって、囃し立てている。

そしてあそこにも一人――。


「早く、殺すにゃ――。そんな詐欺師、そんな小僧――」


「黙れ、小僧!!」


 その一喝にルチーニだけでなく、皆が圧倒された。

 その大声は決闘の主役――期待の新星から放たれたものだった。ルチーニは腰でも抜かしたのか口をパクパクとさせながらも何も言えずにいる。騎士風の男がそれを支えていた。

 そして張本人の奏吾はというと、舌打ちしながらそんなルチーニに一瞥すると再びディノを睨み付ける。


「どういうつもりだ?」


 奏吾がそう聞くとやっとディノも口を開いた。


「それは自分の台詞だ。何故殺さなかった? お前なら今の一撃を躱して自分を殺す事も造作もない事だろう?」


「――アンタ、死にたいのか?」


「何を今さら――、自分とてお前との実力差が解らない程落ちぶれてはいない。ただ、自分にはどちらにしろ死行きつく先が死というだけだ。お前に殺されなかったとしても、お前に敗北を認めたり、無抵抗にさせられても、結果お前が主に勝利すれば自分は主に死を賜る事となる」


 ディノの言葉に奏吾が再びルチーニを睨み付ける。そのあまりに冷たい殺気を孕んだ視線に、ルチーニは「ヒィッ!」と悲鳴を上げて騎士風の男に隠れる。


「そうか――、アンタ“奴隷”だったな。……ったく、奴隷ってのはみんなそんな風なのか? 主に命を賭ける……なんてのが流行ってんの? 美談だとでも思ってんの?」


「いや、ただ殺されるならば、お前のような強者の方がマシというだけだ」


 ディノの言葉はとても力強く――そして覚悟が伺えるもので――なにより何処か嬉しげだった。

 奏吾はその言葉を聞くと溜息をつく。


「はぁ……宣誓書もうちょっと追加しとけばよかったか。まぁ、それは後でいいや。今のママでもなんとかなりそうだし……それよりも俺の最初の質問には答えてもらえてないんだけど」


「最初の質問だと――?」


「どういうつもりだ――?」


 今度ははルチーニに向けたものとは段違いの殺気が籠っていた。


「質問の意図が判らんな」


「なら、こう聞こうか――アンタ、死にたいが為に『わざと負けるつもりなのか?』」


「……? それこそ意味が判らん。自分の本気の一撃をあれだけ見事に躱しておいて。お前はこの決闘を、そして自分を愚弄するつもりか?」


「――?」


 ディノの言葉には少しばかりの苛立ちが垣間見えた。いや、むしろ怒りだろうか。

 レッドロックから見ても見事と言わざるおえないディノの一撃を、奏吾は見事に躱しきったのだ。それをディノがワザと負けるために、死ぬために手を抜いたかのような言いよう。

 聞いていたレッドロックさえも奏吾のその決闘を愚弄するかのような質問に、多少の不快感を覚えずにはいられなかった。

 しかしその質問をした奏吾本人はといえば、腕を組み小首をかしげながら『あっれれー、おかしぃなぁ~』と言わんばかりにブツブツと何かつぶやいている。


「あれが、本気――? えっ、でも。あの時も――、今だって――、もしかして気付いてない? 知らない? でも――、だって――、けど――、あ、でもアーニャも普通は見えないって言ってたから――、なら、もしかして――」


 その奏吾の様子に皆、ポカンと置いてけぼりを喰らってしまっていた。ディノでさえも毒気を抜かれた感じで、奏吾の反応を待っている。


 そして――、奏吾が嗤った。


 途端、ディノを嬉しそうに見上げると、彼に向かってこう告げた。


「あれで本気だったのか――。うん残念だ。魔物(・・)()()みたいな姿して、そんなもんかよ。怖いの見た目だけ? これならオークやゴブリンの方がマシかな?」


 最初、奏吾が急に何を言いだしたのか誰もが理解出来なかった。何故ならそれはあまりに突飛で、そしてあまりに不躾で失礼な――。


「期待外れだよ、もう殺す気もおきないわぁ――。後ろのオークと一緒に森に出も帰ったら? 魔物同士仲良く――さ!」


 獣人を魔物や魔獣と同列に話す――それは、獣人に対して最大の禁句(タブー)


『あの小僧――ッ!!』


 レッドロックは殺意をこめて、奏吾を睨みつけた。



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