♯37 蜥蜴人族(リザードマン)のディノ
大変お待たせいたしました、これより新しい話になります。
取りあえず、決闘が決着するまで(後数話ですが、)は毎日更新します。
以降は、週一ぐらいになるかと思います。
蜥蜴人族のディノは、位階制度大Ⅳ位の冒険者ルチーニ・キノックの奴隷である。
彼がルチーニの奴隷になったのは凡そ二年前の事だ。
彼は――というより、蜥蜴人族自体は奴隷にでもない限りヘルブスト王国ではほとんど居らず。そのほとんどがゾーマン連合の各国などに散らばり、集落を成して暮らしている。その例に漏れず、ディノもまたルチーニの奴隷になる以前はゾーマン連合で暮らしていた。
ゾーマン連合の中心に位置する巨大な砂漠。大迷宮シャンクルエを内包するゲシ砂漠のほとりにある荒野地帯の岩蜥蜴族の村の住人であった。
彼の故郷の村だけでなく、蜥蜴人族という存在は辺境で棲む者達が殆どあり、森や山の奥などに棲む草蜥蜴族、海辺や島に棲む海蜥蜴族など人間や他の獣人でさえもがあまり近寄らない僻地に、他の種族や部族と出来るだけ関わらぬように生活している。
そのためその数も少数であり、獣人族が多く暮らすゾーマン連合でも希少な種族と言える。
これは蜥蜴族全般の気性や文化も関係しているが、それ以上に蜥蜴族の異端性が大きな要因となっていた。
以前説明したように、獣人とは人に獣のような特徴を持った種族である。
その姿は現代日本のサブカル的言い方で呼称するならば『ケモミミ属性』とされるような、人間の容姿に頭には人間と違う獣の耳を持ち、腰から尾が伸びた姿がこのトリニタという世界での獣人のスタンダードな身体である。
他にも、下半身が獣である人馬族、蛇人族、人魚族に、人の腕から翼を生やした翼人族など例外も存在はするが、それらも獣人の一種族に位置され、それらに共通するのは『“獣の特徴”を持ちつつも、けして人からそうは外れない姿をしている』という点である。
別の言い方をすれば、あくまでベースは“人間”であり。それに獣の特徴を“足した”ような姿をしているともいえる。
異形とはいえ、まったくの異形――とも言えない。
さて、この獣人という種族……元となっている獣のほとんどが、地球で言う所の『哺乳類』の種族である。
先程の魚や蛇、鳥も存在しているものの、獣人の中では希少種族であり、猫人族や犬人族などに比べると圧倒的にその数は少ない。
その中でも地球でみられる『爬虫類』の獣人は種族としては特に少数だ。
現在確認されているのは先に述べた蛇人族……そして蜥蜴人族である。
獣人でも希少な爬虫類系の獣人。それだけでも獣人としては少々異なっている。が、それ以上に蜥蜴人族は、獣人の中では異端な存在とされている。
蜥蜴人族はその棲む場所や身体的特徴で、部族がいくつか別れているが――その全てに共通している特徴が、人とかけ離れた姿である。
体毛と呼べるものは無く、全身に鱗があり、大きな眼球は爬虫類特有のそれで、顔は人と全く違う異相。直立し歩くことが可能で、そして腰に尾を生やしている。
シルエットは確かに人に近いが、まるで爬虫類を無理やり人間に直したようなその姿は、とても人間とは思えず、むしろ地球で『もし恐竜が絶滅せずに人に近い形に進化したら』と仮想された“ディノサウロイド”にそっくりな姿をしていた。
獣人の中でも異常なその姿、とても人とは思えないその異形。
その異端なる異形こそが、蜥蜴人族が他種族と関わらないように棲み暮らしている理由である。
このトリニタという世界で人から外れた姿は、異端で異様で異形なその姿は、人々に“畏怖”と“恐怖”のを連想させる。それは人類共通の敵である魔物や魔族を想起させるからである。それだけ永い間、人々は魔族の襲撃に怯え、魔物との遭遇を忌避していたのだ。
つまり蜥蜴人族が獣人であってもその異形故に、他種族にはよく思わない者もいるという事でもある。
だが蜥蜴人族は魔族と決定的に違う所がある。それが魔石であり魔紋が無いという事実だ。
彼等にとっても魔物や魔獣、そして魔族は“敵”と認識する存在だった。
魔石も魔紋も無い。
その違いが逆に言えば、異形でありながら高い知性を持ち言葉を解して話ができる魔族では無く、そして異形であっても人に似たシルエットを持つ魔物でもない――。つまり蜥蜴人族を獣人たらしめているともいえる。
そんな獣人の中でも異端な蜥蜴人族の中で、ディノはまた異端な存在であった。
先ほども述べたように、蜥蜴人族はその棲む場所や身体的特徴の違いで、いくつかの部族に別れ暮らしている。
しかし部族は違えど、蜥蜴人族自体はそれほどその姿に大差は無い。
ならば住む場所は別として、部族を別ける身体的特徴は何かというと、それは背びれを持っていたり、指の本数が違って至りと些細なものばかりだ。
だがその中でも一見して解る違いが、鱗の色である。
例えば、前述した草蜥蜴族は濃い緑色。海蜥蜴族な少し青みがかった灰色――と棲む環境に合わせた保護色となっている事が多く、けして派手な色を持つ事は無いが、比較的見た目で部族を判断する事は可能である。
逆に派手な色を持つのは魔獣や魔物、魔族に多いため、もしかしたらこれも蜥蜴人族が獣人とされている理由の一端かもしれない。
岩蜥蜴族もその例に漏れず、鱗は褐色に近い色である。そしてそれこそが、ディノが異端中の異端――である要因であり、そして彼が奴隷へと身を落とした原因でもあった。
――そう、ディノは岩蜥蜴族でありながら、その鱗の色は赤だったからこそ、今死を覚悟しているのである。
ディノには所謂、姓が無い。このトリニタという世界で姓を持つ者はけして少なくは無い。王族や貴族だけでなく。一般市民であっても――奴隷であっても苗字を持つ者は多い。
これは特に獣人の多くいるゾーマンでは顕著で、自らの部族の起源とする始祖を尊ぶ傾向があるため、部族ごとに姓を持っていたり。先祖や住んでいる土地の名などを姓としてつけ、自分の一族や部族、そして息づく故郷を誇りにする意識が高いためである。
三百年前に冒険者ギルドや交易がゾーマン連合と増えたヘルブストでもこの考えは推奨され、王国の後押しもあり、この三百年で一気に拡大。根付いた――事になっている。実際は民衆さえも姓を持つというゾーマンに対して、王国が見栄を張るために国民に姓を名乗る事を奨励した結果であったりする。
奏吾が日本で読んでいた小説などでは一般市民が姓を持つのは稀というモノが多かった為、疑問に思いアーニャに聞いたところ、先のような説明を聞き『如何にも人間至上主義国だ』と苦笑したものだった。
閑話休題
ディノの村でも皆姓を持っていた。勿論彼の両親も――持っていた筈だ。
しかし彼はその姓を知らない。というよりは両親の顔も、名前も知らなかった。
後にこの村を治める長の一族『サラマンドラ』の傍流であるという風な事を聞くことはあったが、そもそも排他的な小数の部族である。言ってしまえば村民皆、どこかで血が繋がっていてもなんら不思議でない。これは彼に対し、なんの慰めにもならなかった。
いや、むしろ元々彼には慰めなど必要無かった。
何故なら、彼は生まれた時よりずっと“死”を覚悟していたのだから。
ディノは岩蜥蜴族の村で岩蜥蜴族として生まれた。しかしその鱗の色は、皆と同じ褐色では無く、妖しいほどに濃い赤だった。
呪われし紅と呼ばれるその赤い鱗の蜥蜴族。ディノの一族に稀に生まれ、まるで魔物や魔獣が持つような鮮やかな赤色の鱗を持つその者は、忌むべき存在とされてきた。
ディノはその鱗を持って生まれたその時から、先人達と同じように異端な存在として村から迫害され、差別され、拒絶される――孤独なる存在。
だから、彼は姓も名も無い――名無しだった。
彼は生まれた時より、ずっと地下牢のような洞穴に閉じ込められ、同じ村の民から『魔物の仔』『悪魔』『死ね!』などの罵詈雑言を子守歌として聞いて育った。
だからこそディノ自身、自分は早々に死ぬものだと思っていた。いや、想いつづけていた。
自分は必要の無い命。不必要な存在。故に名も姓も必要無い。
いつか死ぬだけの身。早く死にたい。死んでしまいたい――と、そう願っていた。
だが、村の掟がそれを赦さなかった。
クリムゾンカーストを持つ者は、一族から排除すべき存在。しかし同族殺しはそれ以上に忌避すべき掟であり、その掟が彼の命を存えさせていた。
これは獣人族には多く見られる傾向であり、同族意識の強い獣人ならではの意識である。しかしそれ故に『死にたい』と思い続けていた彼を苦しませる結果となった。
もし、死ぬことさえも儚い夢であったならば、彼は死を望む事も無く、その地下牢の中でただ生きるだけの人形のようになっていただろう。
だが彼の望む死はいつも彼の身近にあった。
そのような意味では、彼の存在意義は昔も今も変わらない。
彼の役割――それは戦士。いや、死ぬまで戦う事を宿命づけられた“戦奴”だといった方がいいだろう。
獣人は人間よりも魔力の内包量が少ないと言われ、その為獣人で魔法使いになれる者は稀だ。代わりに身体能力が人間よりも凌駕している。それは蜥蜴族も同じだが、ディノ――というよりクリムゾンカーストはその中でも突出していた。
その戦闘力は一族を守るために、そして村を守るための盾にされる。
岩蜥蜴族の棲む荒野には魔物も魔獣も――そして人さえも襲ってくる。獣人の中でも貴重な蜥蜴族は、奴隷としての価値も精霊族に及ばないにせよ高価だ。特に戦闘奴隷として、ヘルブストでは貴族や商人の護衛として重宝される。
結果、人攫いや奴隷商が彼等を狙う事になる。辺境に住んでいようと、蜥蜴族には戦う力がどうしても必要だ。戦奴にならないために、村の者達はクリムゾンカーストを戦奴として扱う。
同じ一族にあって同じ一族では無い。ただ一族の為に戦う事を宿命づけられた呪われた紅蜥蜴。
そんな彼が本当の意味で奴隷となったのは二年と少し前の事である。
魔物でも魔獣でも、ましてや人でも無い危機が岩蜥蜴族の村を襲った。日照りに干ばつ。溜池は干上がり、村は水不足の危機に瀕した。他との接触を望まぬ岩蜥蜴族の村はこの危機に瀕し、重い腰を上げ近くの国へと水を買い求める事を決める。しかし元々余所と関わりを持とうとしなかったツケが、足元を見られ高額の請求受ける形となって現れた。
求められる金銭に、排他的な岩蜥蜴の村が応えられる筈も無い。村を守るためには一族の者を『奴隷』として売る。それが岩蜥蜴族が出来る唯一の術だった。
同胞を売る。そのけして一族としては認める事のできない方法に、異端なる者を差し出す事を決めた。
同胞であって、同胞では無い。選択は簡単に選ばれた。
希少な獣人族、蜥蜴人――それも鱗の色が赤く、通常の蜥蜴人よりも強い個体。
ディノだけで、岩蜥蜴族数人分の値段がついた。
一族から解放され、そして名実ともにディノは奴隷になった。
その後、ディノはルチーニの元へと渡った。だが、成す事は変わらなかった。冒険者であるルチーニの剣と成り盾と成り。死ぬまで戦う事を決められた道具。それが新たな彼の役割となった。
そこからの二年間。彼はルチーニの元、魔物や魔獣と戦い続けた。しかしいくら傷つき、仲間が倒れていっても、彼が願いを叶える事は出来ず。今まで生き続けて来てしまった。
いつか戦いの中で死ぬことを願う戦闘奴隷――それがディノだった。
そのディノは今、生まれて初めて自分の望みが叶うという確信に打ち震えていた。
今までどんなに近くにあっても手の届くことが出来なかった“死”。それが今眼前に立っていた。
その死は蜥蜴族の彼から見れば、矮小な人間族の少年にしかみえない姿をしていた。しかし対峙しているその少年の先には、確実に近い自分の死が待っている事をディノは理解していた。
強い――とにかく強い。自分の力など他愛も無いと思えてしまう程、強敵というにはあまりに絶望的な差が、目の前の少年、ソーゴ・クドーという冒険者と自分との間にはあるのだと本能が伝えているのをディノは理解していた。
彼には勝てない。万に一つも、勝ちようが無い。
この少年なら自分も容易に殺す事ができるだろうし、彼に殺されるのもまた一興だろう。
もし死ななかったとしても、勝つことはあり得ない。そうなれば敗北の責任を負い、主人から死を賜る事となる。
どん詰まりのように迎える先は『死』であり、彼の『望み』である。
神の気まぐれでも起きない限り、ゴールが変わる事は無いだろう。
それが……、
「何を笑っている――?」
ディノは目の前の死神に向かって、そう問いかけた。その死神はとても死神とも思えない愛嬌のある笑顔でディノと対峙していた。
「えっ? そうだな――やっぱり強い奴と戦えるって、男の子としてはワクワクするからかな?」
奏吾の言葉にディノは呆気にとられる。
「冗談を……。相手の力量が解らないほど自分は弱くは無いつもりだが」
「いや、アンタ強いよ。そういうアンタはどうなんだ?」
「自分は……ただ戦うだけ。その為だけに此処にいる」
ディノはそう言いつつ半歩右足を引きつつ戦斧を構える。それに応じるように奏吾も戦闘態勢に入る。その手には未だにサイドBは握られていない。
「そうか? 蜥蜴族ってのを見るのはアンタが初めてだから、表情の機微なんてよくわかんないけど……それでも、今のアンタは笑っている様に見えるよ」
「それこそ冗談だろう。そんな余裕がない事はお前にも解っている筈だ。さぁ、さっさと始めよう――なんの手品か知らんがさっさと剣を取れ、無駄話は終いだ」
「いいんだよ。すぐに見せてやる――」
そう奏吾はまた笑う。
ディノは今までになく近く待ち受ける死の予感が酷く――嬉しかった。
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