♯4 謎の少年
第四話です。
誤字脱字の報告、感想等ありましたらお待ちしております。
次回は土曜に更新したいと思います>>
アクアム・サーストンはその光景に驚愕していた。
突然降って湧いたように、アクアムとドープスの間に現れた少年。
見たことも無い風変わりな服を着た、成人したばかりに見えるその童顔の少年は、妙な啖呵を切ったかと思うと、疾風の如き速さでドープスの腹に右拳を叩き込んだ。
「グベッェ――!」
妙なうめき声と共にドープスの身体が宙に舞う。
「あれ――?」
と同時に素っ頓狂な声が少年から漏れた。
「なんで――吹っ飛ぶの?」
呆れた声で呟く少年はその殴った拳を不思議そうに見つめた。
そのあまりにも無防備な姿に、盗賊達がやっと我に返った。
「き、貴様ぁあああ――」
弓を持った三人が矢をつがえる。しかしそれよりも早く少年はその盗賊達に掌を翳す。
一人、二人、三人――翳す度に盗賊は見えない強い力で後方へ吹っ飛んだように見えた。
「やべっ――死んでないよな――」
間の抜けた声を吐く少年に、一気に緊張が張りつめる。殺気立った盗賊達が各々武器を振り上げ少年に襲い掛かった。
しかしその雄叫びと共に目を鋭くした少年は、手近な数人を先ほどのように手を翳して吹っ飛ばすと、その盗賊の集団の中へと一足で跳んだ。
そこからアクアムは具体的に何が起こったのか理解出来ない。
少年が盗賊の攻撃をかわす度、まるで操られたかのように盗賊達はその場で回転し地に背を叩きつけられた。
まるで投げ飛ばされたかのようにも見える者もいる。
「グゥ――」 「ガハッ――」
叩きつけられるたびに、何とか立ち上がりまた攻撃しようとする盗賊達。しかし少年がその殺気に捕まる事も無く、また地に伏せられる。
まるで子ども扱いにされている盗賊の一人が、目標を変えてアクアムへと向かってきた。
アクアムもメイドも身構えるが、すんでの所で盗賊の目から生気が消えた。
そのまま前のめりに倒れ込む。後ろには手刀をかざした少年が佇んでいた。
「どうも加減が難しいな――いつも通りだとやりすぎな感じだし、変に抑え過ぎても駄目だし。もしかして重力がちがうとか? 畳の裏の星じゃないんだから――死んでなければいいんだけどさ」
その後方には同じように意識を刈り取られた盗賊達の倒れ伏す姿があった。
二十人近くいた盗賊達は、無手の少年によってあっという間に壊滅させられてしまっていた。
「君はいったい――?」
「あ、すみません急に割り込んじゃって。森から出てきたら、なんか隠れてる不思議な集団がいたんで様子見てたら、やって来た馬車がなんか化物に襲われるし、隠れてる奴らもそれを見てたはずなのにその馬車に向かっていくから、助けに行ったのかと思ったらそうでもないようだし――あぁ盗賊かなにかかと思って――というか俺の言葉解ります?」
アクアムが聞くと少年は慌てた様子でそう答えた。
「それは助かった――というか、言葉が? 君はゾンマーの出かい――?」
「えっ、ああまぁそんなもんです。来て間もないので言葉が通じるか不安でして。通じるならいいんです。はい」
「アクアムさん――」
その時後方でヘビーベアの相手をしていた冒険者のリーダーがアクアムの元へと戻ってきた。
「その少年は――?」
「どうやら、儂たちを助けてくれたらしい――ところでヘビーベアは?」
「二匹とも一瞬で殺されました。新種の魔物なのか変な“影”に――」
「その影は――?」
「そこの少年の声に反応して皆が気を逸らした瞬間に消えてました。警戒はするべきでしょうが大丈夫でしょう。あれは、君の魔法か何かかい――?」
冒険者最後にそう少年へ問いかける。少年は口ごもりながら「まぁそんな所です」と恥ずかしそうに頬をかいた。
「そうかゾンマーには不思議な魔法があるのだな。しかし助かった。オレ達だけではこの商隊は壊滅していただろう――」
「その事だが、この襲撃はドープスの仕業だ」
「ドープスの――、成程それでヘビーベアに奴隷の首輪が。それでドープスは?」
アクアムの言葉に冒険者は驚きの声を上げる。アクアムは倒れている盗賊の一人を指さすと、
「あそこで泡吹いているのがドープスだ。この少年が吹っ飛ばしてくれた。奴が吹っ飛んでいく様は小気味良くスカッとしたよ」
「それはそれは――」
「あの他の方々は――?」
少年が恐る恐ると言った感じで話しかける。
「あぁ、大丈夫だよ死人はいない。怪我が酷い者もいるが回復魔法と薬草で応急処置はできる。街に戻って教院で治療してもらえば特に問題は無いだろう」
「そうですか、よかった――」
少年が心底安心しているのを見て、冒険者はホッコリと微笑んで右手を差し出した。
「オレはワーカー。ワーカー・ビヨンド。一応、大Ⅲ位の冒険者だ」
「――あっ、俺は奏吾・久遠です。これで合ってるのかな? ちょっと理由があってそこの街で冒険者になるために来ました」
少年、ソーゴ・クドーもその右手に応える。
「なに、冒険者じゃないのか? そういえば武器も何も持ってないな」
「それは――」
「何か言えない訳でもあるんだろう。ソーゴ君、儂は見ての通りこの商隊の代表で、君が今から行こうとしているあの街、ハルシャで奴隷商をしているアクアム・サーストンだ」
アクアムがそう言うと、急にソーゴは警戒した眼差しになる。
「まぁ、ゾンマーの者なら奴隷商を警戒するのもわかる。だが儂は、儂らは君に感謝している。命の恩人だ。よければ感謝の礼をしたい。冒険者になりたいのならその手助けもしよう、どうだい?」
アクアムはそう言うとワーカーと同じように右手を出す。
「さっきの、俺がぶっとばした奴ら、ただの盗賊達には見えませんでしたが――」
ソーゴの警戒はなかなか取れない。アクアムはその顔を見て少し昔を思い出していた。
「その事についても正直に答えよう。儂を信じてついてきてくれるのなら――、勿論無理に君の素性を聞いたりはするつもりは無い」
ソーゴは少しの沈黙の後、アクアムの手を握る。そうしてやっと警戒を解いた。
「大丈夫です。ちょっと俺には複雑な生い立ちがありまして、その所為で極度の世間知らずなんです。先ほどは助けようと思って何も考えてなかったんですが、落ち着いたら少し心配になってしまいまして。大丈夫です――どうやら貴方は信用できる人みたいだ」
そういってソーゴは微笑む。
だが同時にアクアムは疑問符を浮かべる。自分の時はこう言われてもなかなか信用しようと思わなかったのだが。
この少年は、何か確信を持って自分を信用してくれているみたいだ。
「さて、オレは仲間たちの様子を見てくる」
「あっ、よければ手伝わせてください。簡単な治療なら出来ると思います」
「そうか、なら助かる」
ワーカーが怪我をしている仲間たちの所へ行こうとすると、ソーゴはそう言って彼について行った。
その後姿をアクアムは茫然と見つめた。
不思議な魔法を使い、ワーカー達ほどの高ランクの冒険者達が手こずる魔獣を蹴散らし、盗賊達も一瞬の内に制圧して見せた。
ゾンマー地方から来たというのなら、あの森を抜けてきた筈だ。
なら冒険者でないといえど、ある程度の実力者なのは窺い知れる。
しかし――、奴隷商と聞いて警戒した自分を――次の瞬間にああもあっさりと――。
「アクアム様――」
アクアムが一人物思いに耽っていると、メイドが声をかけてきた。
「不思議な少年だな、彼は――」
アクアムはそういいながら、王都で聞いたある噂と、彼を重ねていた。
おそらくその噂が本当なら、この国が、いや世界が荒れるであろう――、
異世界より召喚されし、勇者の噂。
「アクアム様――、彼です」
メイドはそう言いながら、首の紅い宝石のついた奴隷の首輪を慈しむように撫でた。
「なに!? アーニャ本当に彼なのか!?」
アクアムの問いに、アーニャは静かに頷く。
その口元に嬉しそうな笑みを浮かべて――。
「アクアム様――、彼です」
「なに!? アーニャ本当に彼なのか?」
アーニャの頷きにアクアムは「そうか」と答え、静かに奏吾へと向かって行った。
「ソーゴくんだったね」
「はい、」
「ちょっと、話しが聞きたいんだ。ついて来てくれるかい?」
アクアムはそう言って写真の入った黒い手帳を翳した。それを見た瞬間、奏吾は逃げ出す。
「逃がすな――」
その声に近くの冒険者達が奏吾を押さえつけた。
「な、なんだよ。俺が何をしたって言うんだよ!」
「じゃぁ、なんで逃げようなんて思ったんだ?」
「そ、それは――」
「ソーゴくん。君、一昨日の土曜日、そこのアーニャさんの家の近くまで行ったね?」
「アーニャ? ……あ、あんたあの時の!!」
押さえつけられた奏吾の頭上には冷めた目で彼を見下ろすアーニャがいた。
「あの時、君は見られてたんだよ。君が、彼女の下着を物干しから取っていくのを――」
「だ、だって。あんなこれ見よがしに置いてあったら、盗んでくださいって言ってるようなものじゃないか!!」
「サイテー」
「サイテーって、アンタあんな下着真昼間から干しといてよく言うな。あんな黒のスケスブギャァア!!」
「アーニャさん、落ち着いてください」
「変態! サイテーっ!」
アーニャの執拗な蹴りが奏吾を襲う。果たして奏吾は生き残る事が出来るのか、そして逮捕された奏吾はどうなるのか?
急展開の次回『異世界来る前からチート持ち ~ Racclimosa ~』
♯5 『下着ドロの罰』 是非ご覧ください。