♯36 奴隷潰しのルチーニ
更新が滞り申し訳ございませんでした>>第二章以降から、勢い任せで書いてしまっていた為、色々不都合が生じて、書き直させて頂きました>>
ですが、基本のストーリーの流れは過去の ♯36(奏吾とディノの決闘前)までは変わりませんので、既にそこまで読んでいただいている方は、♯37から読んでいただいても大丈夫です>>
最新の♯37までは二時間おきに更新していくつもりですので、それまで大部変更に書き直した、新しい第二章を楽しんでいただければ幸いです>>
誤字脱字のご報告、評価、感想等ありましたらいただけると幸いです>>
反応があると筆者は単純なので、テンションが上がり頑張れます>>
今後ともよろしくお願い致します>>
レッドロックの開始の合図は最後、爆発音によってかき消された。
ルチーニが擁する三人の魔法使い……煽情的な服装の色黒の女性魔術師、自分よりも大きな杖を抱える少女、ガリガリにやせ細り目が虚ろな女性エルフが開始合図と同時に火の魔術を放ったのだ。三人は火のタリスマンを隠し持ち、試合開始の宣誓の間に小声で詠唱を終え、開始と共に発射させたのだ。
明らかなフライング――。
だが三人もの魔術の威力は恐ろしく、奏吾の立っていた場所は大きな爆発共に土煙に隠れてしまった。
「ルチーニ、貴様!」
ビフドンが怒鳴り声をあげ、観衆もざわめき始める。
「なにかにゃ? 攻撃は開始の宣言と同時にゃ、なにも問題ないにゃ。フライングでも卑怯でもにゃい――違うかにゃ?」
「あぁ、でもって本当はこれで終わりだ――」
その瞬間、決闘の場は静まり返った。
土煙は段々と薄くなり、其処には誰もいなかった。代わりに――、
「どうだ? 降参してみるか?」
ルチーニは戦慄していた。首筋に剣の独特の冷たい感触を感じる。そして声はルチーニ自身の後ろからしたのだ。
ルチーニ以外の視線がその後ろに集中する。そこにいたのはサイドBをルチーニの首筋に当てる奏吾の姿だった。
「にゃ、にゃんで生きてるにゃ――貴様は――」
「あそこで死んでる筈だって? バカ言うなよ。まさか、レッドロックさんが話している間に詠唱させてるのに気づいていないでも――? まぁ、タリスマンで顕現魔術よりも詠唱が短いからやろうと思ったんだろうが、打ってくるのが解っていれば、開始と同時に避けるのは当然だろう?」
「う、ウソにゃ。もし気付いたからっていつ打つかにゃんて解る筈……そ、そうにゃ開始宣言の前に、もう動き始めていたんだにゃ。フライングだにゃ、コイツは卑怯にもフライングを――」
「アンタがそれを言うか?」
奏吾は剣を少しだけ立てる。ツーっとルチーニの首に血が垂れる。その様子に奴隷達も動けなかった。動けばルチーニの首が飛ぶのは解っている。それは斧を構えるディノも同じだった。
「流石だなアンタ――。でも、武器が悪かったか――」
奏吾は横目でディノを牽制する。実は奏吾の動きを追う事が出来たモノが二人程いた。
その内の一人がディノであり、残りが勿論アーニャである。
開始と同時に奏吾が行ったのは至極簡単だ。ルチーニ向かって高く飛んだだけである。
勿論、氣を足に溜め、通常よりも身体能力を上げた状態でではあるが。
だからこそアーニャは叫び声も上げずに、奏吾を見守っていた。
そしてディノは奏吾が着地すると同時に武器を振り上げたのだが、彼の武器は超重武器に分類されるであろう巨大な斧だった。それも彼の立っていた場所はルチーニの少し前。その為、間合いを整え彼が斧を振り下ろすのが、奏吾がルチーニに剣を突きつけるよりも一瞬遅れた。
しかしその一瞬が、まさに勝負を分けたと言っていい。その所為か、ディノ自体は大斧を振り上げ、奏吾を見据えたまま微動だにしていない。
しかしその口元は悔しさの所為か唇を噛みしめている。一方とルチーニと言えば、
「き、貴様ら何してるにゃ、早く俺様を助けるにゃ!」
「バカだろお前。曲がりなりにも冒険者なら解る筈だ。今、少しでも動けば、奴隷達が俺を攻撃するよりも早くアンタの首が飛ぶ……。彼等はアンタを生かす為に動かないでいてくれているんだ……。言ったじゃないか『アンタが死ぬかもしれない』って。この決闘はお前が望んだものだぞ……」
「くっ……」
「さて、このまま降参してくれればそれで済む話なんだが。降参する気は?」
「き、貴様のようにゃ詐欺師に俺様が屈服するとでも思っているのか!」
「そうだよな――。つまり俺の勝利条件はアンタを戦闘不能にするしかない訳だ。勿論、アンタが決めたように殺す事も含めて……つまりこのままアンタの首と胴を分ければそれで終わりだ。違うか?」
「む……無効だにゃ……き、貴様が卑怯にもフライングを……」
「俺が……なんだって?」
剣がルチーニの首にジワジワと食い込んでいく。
「ぐっ……お、俺様の手違いにゃ。決闘開始より少々早く攻撃させてしまったにゃ。だから、やり直しを要求するにゃ」
「要求ねぇ……自分の立場を解ってるのか?」
「……お、お願いするにゃ……」
「そう、言っているが……観衆の皆さんはどう思います?」
奏吾が大きな声でそう聞くと、周りに集って決闘を見守っていた冒険者達が口々に声を上げていく。
「もう一度やり直せ!! 俺はルチーニに賭けてんだ!」
「これで終いなんておもしろくもねぇ! もう少し根性見せろよ『奴隷潰し』!」
「俺はそのガキとディノの勝負を見たいんだよ! 貴様みたいな雑魚なんてどうでもいいんだルチーニ!」
どうやらいつの間にか賭けまで始まっている様子の観衆は、良くも悪くも冒険者といった様子で、決闘のやり直しを求め始めた。
「だ、そうだ……同業者達に感謝するんだな」
奏吾はそう言うと剣をルチーニから離し、ルチーニを通りこしていく。ルチーニは奏吾が背を見せた瞬間に剣の柄に手をかけるが、その瞬間に奏吾が呟くように言う。
「今度はちゃんとスタートを守れよ?」
そしてルチーニは全員の視線が自分に向いているのに気づいた。
流石にこの状態で、仕掛けるのは分が悪いとルチーニでも察する事が出来た。先程の動きを見れば流石に奏吾の実力の一端は図る事ができる。
ルチーニでさえ、単純にやり合えばあっという間に殺されることは理解できるほどに。
これで自分が奏吾に躍りかかり、それを返されて攻撃されても何も文句は言えないのだ。何故なら此処にいる者は皆、理解している。ルチーニが一度は奏吾に命を救われたのだという事実を……。奏吾はこの一連の流れで、周りにいる者達でさえ味方にしてしまったのだ。
この上でそれを覆すには、まさにルール通り、宣誓書通り真っ当に奏吾を倒すしかない。小細工をしても、誰もルチーニの言い訳を聞いてはくれないだろう。
ルチーニは此処で奏吾の言った先の言葉の本当の意味を知る事となる。
『――つまりこの決闘で死ぬ可能性があるのは解ってますよ……そして逆にアンタが死ぬかもしれないって、解ってるか?』
それはルチーニの小細工など全て看破する程の頭脳があり、その小細工に乗った上でお前を殺せる程の実力が自分にはある――それを“解っているか?”という意味だったのだ。
ルチーニは唇を噛みしめた。物凄い恥辱だった。ルチーニはこの一瞬で、奏吾が自分よりも何もかもが上だと覚ってしまったのだ。
しかしそれをルチーニは認めようとしない。認めたくなかったのだ。
怒りし、憎しみし――そして子供のようなプライドだけ高いルチーニは、その鬱憤を他人へと擦り付けた。つまり、先ほどは役立たずだった道具達に――。
「吾は請う、罪深き奴隷に罰を与えよと(Call servi Crimina etpoenae)――」
ルチーニがそう唱えた瞬間、十人の彼の奴隷達が首を押さえながら苦しみ始めた。
まるで首を絞められているような悲痛な呻き声……。
その光景に、観衆どころか奏吾も目を見張った。
「貴様ら! 俺様の道具でありながら、俺様を守らないにゃんて、どういうつもりにゃ! 今度、同じ目に遇いたくにゃければ、今度こそあの犯罪者を血祭りに……いや、確実に殺すにゃ! いいか貴様らぁああああ!」
奴隷達は苦しそうにのたうち回りながら、それでも頷いてみせる。
「よろしい……にゃら、さっさと立つにゃ!」
すると痛みが無くなったのか、奴隷達は息を荒くしながらゆっくりと立ち上がり奏吾を睨みつける。それは先日奏吾を睨みつけたフォーアイズのような、手負いの獣の目であった。
今のが奴隷の首輪の力か……。心の内で奏吾はそう呟いた。
奴隷の首輪は奴隷との主従関係を結び、その行動を制限するための契約魔術である。
その効果には二つあり、一つは奴隷が主に害を成そうとするとそれを首輪が感知して、受動的に奴隷に苦しみを与えるものと、主の命令を聞かなかったり、逃亡を計ろうとする奴隷に、主が首輪の効果を発現させる呪文を詠唱し、首輪が奴隷を否応なく苦しめる能動的なものがある。その方法が先程のルチーニが唱えた呪文であった。
勿論、奏吾もアーニャを受け取った次の日に、その呪文を聞くはずだったのだが(契約したその日は、色々あって聞きそびれていた)奏吾の『俺にはたぶん必要無いです』の一言で聞かずにいた。
だから勿論、アーニャに試すなんて事も無かったし、首輪の効果を見るのも初めてであった。
「奴隷潰しか……成程、言い得て妙だな……」
奏吾が思わず呟いた言葉に、ルチーニが眉を顰める。
「にゃんだと……」
「どんなに奴隷が優れていても、彼等を使う主が屑では宝の持ち腐れだ……」
「き、貴様……『道具使い』の俺様に向かって……殺してやる、殺してやるにゃ!」
「自分では何もできない癖に……レッドロックさん開始の合図を……」
その奏吾の凄味のある視線に、レッドロックは少々慄きながら、一つ咳ばらいをして、改めて開始の合図を行った。
「では色々あったが、あらためて……勝負、始め――!!」
今度は双方とも動かなかった。フライングを気にしているからとも見れなくは無いが、それ以上にルチーニ側が奏吾の実力をある程度認識した為である。
下手に隙を見せれば先程の二の舞いになる。奴隷達にとって、主を守るのが最優先である。先程と同じ轍を踏まないために、慎重になるのは当然といえる。
しかしそれが解っていない者もいた。
「何やってるにゃ貴様等! さっさと彼奴を殺すにゃぁあああああ!!」
ルチーニの怒声に、奴隷達が遂に動き出す。まず奏吾に向かって四人が動き出す。
ダガーを持った猫の獣人を先頭に、女剣士と包帯の剣士、そして槍を持った大男が走りだす。同時に先程の三人の魔術師が詠唱を始める。
すると後方から矢が奏吾に向かって飛んでくる。八重歯の鋭い弓使いが続けざまに三本の矢を射る。
奏吾はその矢を無造作に剣で払うと、躍りかかった猫の獣人を左足で蹴り飛ばす。するとすぐに女剣士と包帯の剣士が左右から斬りかかる。
奏吾は左から来た女剣士の剣を盾で弾き、包帯の剣士はサイドBで捌く。その隙を逃さず大男が槍を突きだして来た。
すかさず奏吾はその槍の勢いを対捌きで流しながら、左手で右脇の方へと引き付ける。勢いがつき尚且つ槍を引き付けられたお男は、足を踏み抜いたまま前につんのめる。そこへ奏吾は掴んだ槍を引きながら、大男に右膝をその胴へと貫く。しかし大男も鎧をつけている所為か、あまり効果はでず、少し後ろへよろめいただけだった。
だが奏吾の動きはまだ終わっておらず、槍を掴んでいた左手を離すと、そのまま盾を大男の顔面へ裏拳で打ち付ける。まるで功夫のような素早い動きに、大男の動きはついて行けず、あっという間に顔面を強打した大男は鼻血を出しながら後ろへと倒れ込む。
その瞬間に三つの魔術が奏吾へと向かって再び飛んできた。
今度は二つの火の玉が視認できたが、もう一つは風の魔法なのか見えなかった。
しかし奏吾は冷静に盾を構えると、一つ目の火の玉を防ぐ。同時に剣を逆手に持ち替え刀印を組むと『清源妙道流水水蓑護』と唱える。それと同時に二つ目の火の玉が盾を打ち付ける。そして最後に異様な風圧が奏吾を襲う。と同時に残っていた二つの火の玉の火の子が火柱を上げながら燃え上がる。
しかしその火柱は白い水蒸気をあげて瞬く間に消えてしまう。
見ると奏吾が水の膜に守られるようにその場に佇んでいた。
「クソっ――!」
奴隷の誰が言ったか解らない。だが再び三本の矢が奏吾へと向かって行く。奏吾は再び刀印を組むと『清源妙道散千涼陣凍』と唱えた。
すると奏吾を囲んでいた水の膜が奏吾の目の前へ集まりだし、それが弾けたかと思うといくつもの小さな氷柱となり、ルチーニ達の方へと向かい彼等を切り裂いた。
その氷柱はまるで狙ったかのように魔法使い達の腕と弓使いの弓の弦を切り裂いた。魔法使い達は杖を落とし、弓使いは矢を放てなくなった。残念ながらルチーニは騎士風の男が盾で守り、ディノは鱗のお陰かビクともしない。
そうこうしている内に矢が奏吾の元へと届きそうになるが、奏吾が左腕を右から左へと払うと、手も届いていない筈なのに三本の矢はたちまち地面へと落ちてしまった。
だがまだ奴隷達の攻撃は止まらなかった。錬られたフォーメーションだったのか、捌かれると同時に、間合いを取った二人の剣士が再び奏吾へとその剣先を向け駆ける。
しかし今度は奏吾も動いていた。あっという間に女剣士の懐へと入り込むと、逆手に持っていたサイドBの柄先でその腹を突く。
「ぐふっ――、」
女剣士は腹にあった空気を一気に吐き出したような呻きと共に意識を手放した。驚いたのは包帯の剣士だった。目の前にいた筈の奏吾が一瞬消えたように見えたのだ。
女剣士の呻きで奏吾の位置を覚ったが、その時には女剣士は無力化されていた。
包帯の剣士は遠吠えのような雄叫びを上げながら、奏吾へと剣を突きだす。しかし奏吾はその剣を盾でいなすと、その勢いで奏吾に背を向けた包帯の剣士の首元へ蹴り喰らい込ませる。
膝の回転と腰の回転を使って落とし込むような蹴りを喰らった包帯の剣士は、その場で失神し膝から崩れ落ちた。
ちょうどその時、先程蹴りを喰らった猫の獣人と大男がそれぞれ腹と顔を押さえながら立ち上がった。
その双眸はハッキリと奏吾を睨みつけている。しかしその猫の獣人の瞳に、奏吾が左手を自分に向けて翳すのが見えた。次の瞬間、猫の獣人は圧倒的な圧力が自分を襲うの実感した。そしてその圧力に身軽な体は簡単に吹き飛ばされ、地面に背中から叩きつけられ完全に意識を失った。
「う……うぉおおおおおおおおおおおお」
その不可解な魔術を見て大男は咆哮を上げながら槍を奏吾へと突きだす。突いては薙ぎ、薙いでは突き。これでもか槍を見事に扱い、連続して奏吾にその穂先を向けるが、その全てを奏吾は紙一重で避けていく。だが大男は見逃さなかった。奏吾が逆手にしていた剣を順手へと持ち帰る一瞬を――。
大男は渾身の力を込めて槍を突きだした。
しかし奏吾を突いたはずの槍は、振り切った時には半分から先が消失していた。
代わりに奏吾が大勢を低くして大男の懐へと潜り込んでいる。
奏吾はそのまま右足を踏み込むと、盾に隠された左掌底で大男の顎を打ち砕いた。
大男は打ち上げられた顎の所為で視線が無理やり上空を向いたその先に、槍の矛先がくるくると回っていた。お男は自分の身体が宙を浮き、意識を失くすまでの間に自分の槍の半分が何処へ行ったのか知る事になったのだった。
奏吾は大男の身体が地面に到着するよりも先に次の行動を開始していた。右手で刀印を組み『羅車中壇灼火火尖鎗』と唱える。その手には在った筈のサイドBの姿は無かった。
唱えたとたん振り上げていた左手の少し先が発火し、段々と槍のような焔の塊となっていく。
一メートル弱程の大きさの炎の槍が出来るのと、大男が地面へとたどり着くのはほぼ同時だったと言える。そしてまるで大男が地面に叩きつけられるのを待っていたかのように、奏吾はその左手を振り下ろした。
焔の槍はまるでそう投げられたかのように、まっすぐと飛んでいく。
その先には先程氷柱にやられた三人の魔法使い達と弓使いがいた。手などの浅い痛みに悶えていた四人は、自分達に向かってくる炎の槍を見て血の気が引いていく。しかし逃げる間もなく衝撃に襲われる。
焔の槍は四人の間近に落とされたが、四人を直接傷つける事は無かった。代わりにその迫りくる恐怖と着弾の衝撃で、四人の意識を見事に刈り取って見せたのだった。
「さて、こんなもんか――後、三人だ――」
皆、茫然とそのあっという間の出来事に口を挟まずに見つめていた。八人の人間が、たった一人で倒されてしまったのだ。無理もない。
しかし、二人だけは違っていた。
先ほど奏吾の動きを見ることの出来ていた二人だ。
アーニャハただ主の勝利を信じ見守り、そしてディノは昨日見せたような鋭い視線を奏吾へと浴びせている。
「お前は此処でマスターを守っていろ……自分がやる……」
ディノはルチーニの前で盾を使い守っている騎士風の男にそう告げると、その大斧を片手で振りかぶり肩へと担ぎなおすと、真っ直ぐに奏吾へと向かって歩き出す。
「やっと、本命のお出ましか――これはちょっと骨が折れそうだ」
奏吾は口とは裏腹に、とても嬉しそうに笑っていた。
次回から新話になります。