♯35 道具使いのルチーニ
更新が滞り申し訳ございませんでした>>第二章以降から、勢い任せで書いてしまっていた為、色々不都合が生じて、書き直させて頂きました>>
ですが、基本のストーリーの流れは過去の ♯36(奏吾とディノの決闘前)までは変わりませんので、既にそこまで読んでいただいている方は、♯37から読んでいただいても大丈夫です>>
最新の♯37までは二時間おきに更新していくつもりですので、それまで大部変更に書き直した、新しい第二章を楽しんでいただければ幸いです>>
誤字脱字のご報告、評価、感想等ありましたらいただけると幸いです>>
反応があると筆者は単純なので、テンションが上がり頑張れます>>
今後ともよろしくお願い致します>>
「ちょっと待ってください、これは、どういうことですかルチーニさん!」
小太りで髭面の男――冒険者ギルドの第一層中継地点派出所でギルド長代理をしているビフドン・ローストは怒り心頭にルチーニへと詰め寄った。その隣では鎧に身を包んだ細面のレッドロック・コンドールもまたその声に怒気を含ませている。
「ルチーニ殿……ご説明を願いたい。これは冒険者同士、一対一の決闘だった筈だ。しかし其方だけでなく、其方の奴隷達も戦闘の準備をしているのは何故だ?」
その言葉にルチーニはニヤニヤと下品な笑顔を返す。
レッドロックの言う通りルチーニだけでなく、彼の十人もの奴隷達が同じように武器や装備を整えて殺気立っている。
大槍を持つ大男。ダガーを両手に握った猫人族の女性。煽情的な服装の色黒の女性魔術師。見目麗しい女性剣士。騎士のように鎧と盾を身につけた男。八重歯の鋭い弓矢をもった小柄な男。自分よりも大きな杖を抱える少女。包帯をした剣士。ガリガリにやせ細り目が虚ろな女性エルフ。そして先日奏吾を睨み返していた、謎の獣人は鉞のような大きな斧をその肩に担いでいる。
その誰もが奴隷の首輪をその首に巻いていた。
「その通りにゃ、これは冒険者同士の一対一の決闘――。宣誓書通りにゃ」
「なら、何故奴隷達まで――」
「奴隷は俺様の所有物にゃ。宣誓書にもちゃんとただし武器、防具、アイテム、道具の類など、その冒険者の所有物であれば原則何を持ち込み、使用しても問題は無い。と書いてあるにゃ。それは冒険者ギルドも騎士団も承認した筈。にゃら、こいつ等を使っても何も問題ない筈にゃ?」
「そ、そんな屁理屈が――!」
「屁理屈じゃにゃいにゃ。それとも先程皆の前でにゃんども確認もしたこの宣誓書に、冒険者ギルドも騎士団も文句をつける気にゃ? 此処には貴様達の署名もしっかり書かれている……これは正式な宣誓書だったはずにゃ。それを冒険者ギルドと騎士団は、自らの承認した決定を覆し、反故にするということかにゃ?」
ルチーニはそう言ってニヤニヤと笑う。その様子に奏吾の横にいた筈のアーニャが怒鳴って近寄っていった。
「このクソ豚! なんて卑怯な! 曲がりなりにも冒険者、それも大Ⅳ位であるのなら正々堂々と一対一で勝負しなさい」
「何を言ってるにゃ、アーニャ。正々堂々とした一対一ではにゃいか。これ等はただの道具。人ではにゃいにゃ。それに俺様は『道具使いのルチーニ』この道具達を巧みに使うからこそ、この二つ名にゃ――」
「この『奴隷潰し』が! 誰もそんな二つ名では呼んでない――」
ルチーニに掴みかかろうとするアーニャをレッドロックが止める。
「アーニャ殿、抑えるのだ。確かにルチーニが言っている事は宣誓書に逸脱していない」
レッドロックが苦虫を噛むようにそう絞り出す。それに対しルチーニは鼻で笑う。
「しかしレッドロック様、それでは……」
「あぁ。だがビフドン。この宣誓書通りならそれはソーゴ殿にも適用される筈だ……」
「そ、そうか――アーニャは――」
「そうです。私は奏吾様の“奴隷”――。奏吾様の所有物です。なら、私も一緒に――」
「それは無理だにゃ」
「な――、」
ルチーニの嬉しそうな声に、レッドロック、ビフドン、アーニャの三人が異を唱える。
「今、其方が宣誓書に奴隷を、所有物の参戦を許していると指摘したのではないか!」
「そうだ、ならソーゴ君の所有物であるアーニャも問題ない筈だ!」
「この、オーク……その口縛り付けて……「はい、そこまで」ふにゃ」
アーニャが最後まで言い切る前に奏吾はそこに割って入り、アーニャの頭を撫でる。
そうすると、アーニャはへにゃ~となり、言葉を失ってしまった。その様子にレッドロックとビフドンは驚き、ルチーニは奏吾を睨みつける。
「レッドロックさん、ビフドンさん。この決闘にアーニャは参加できないんです。宣誓書にそう書かれている」
「なに――?」
「何故だ、アーニャ殿がルチーニの要求の対象だからか!?」
「それもあるかもしれませんが、ハッキリと書かれているんです。『決闘方法は冒険者同士の一対一での戦闘とする――』って。つまり冒険者であるアーニャは参戦できないんです」
「な、なんですかそれは!」
ふにゃ、っとなっていたアーニャが声を上げる。レッドロックもビフドンも驚いているが、何故かルチーニもまた驚いているようだった。
「だけど、ルチーニさんのその奴隷の方々……彼等は“冒険者”では無い。そうですよね? ルチーニさん」
「そ、その通りだにゃ。これ等は俺様の所有物――。道具に冒険者登録なんてする筈ないにゃ」
「宣誓書には俺とルチーニさんの決闘を認めると書いてあります。その上で、冒険者同士の一対一の戦闘であると規定しています。この時点で冒険者である俺とルチーニさんとの戦闘がこの決闘のルールです。そしてルチーニさんの奴隷達は冒険者ではなく、ルチーニさんの所有物です。所有物であれば原則何を持ち込んでもいいと宣誓書には書かれている。だからこそルチーニさんが奴隷を決闘に参加させるのは、所有物の持ち込みとして問題は無い。だけど、アーニャは俺の所有物ですが同時に冒険者です。アーニャが参戦すれば冒険者がこちら側に二人いる事になり、二対一になってしまいます。だからアーニャが参戦する事は出来ない……そうですよねルチーニさん?」
奏吾の言葉にルチーニは驚愕を隠していなかったが、再びニヤリと嗤う。
「ほほぅ、よく気付いたにゃ。流石は詐欺師、少しは頭が回るみたいにゃ――。にゃんにゃら、今の内に降参するかにゃ? その方が貴様の身の為だにゃ!」
そうしてルチーニが高笑いをしようとすると、すかさず奏吾が言葉を返した。
「それは、死にたくなかったら、早めに降参しろと脅しているつもりですか?」
奏吾の言葉に皆が唖然となる。
「そ、ソーゴ殿――死ぬとは……」
「これも宣誓書に書かれています。決着方法は相手が降参を宣言、もしくは戦闘不能になった時点で決着とする。特に時間の制限はつけないものとする――ってね。ようはこの決闘での決着は、どちらかが降参を宣言するか、戦闘不能になるかしかない……ただその戦闘不能の基準については具体的に明記されていない。それこそ失神しようが両手両足を失おうが……死のうが……違いますかルチーニさん?」
奏吾はそう言うとニッコリと微笑んだ。その笑顔にルチーニは背筋に冷たいものが伝うのを感じるが、首を振って気のせいだと信じ込む。
「わ、解っている上でこの決闘に乗るとは、その勇気には賞賛を贈るにゃ。いやむしろ無謀と言った方がいいかにゃ?」
ルチーニの言葉に奏吾はわざとらしく肩を落とす。
「はぁ……やっぱり気付いてくれていなかったんですね……」
「な、なにがにゃ」
「俺が今言った事を気付いているよ……と宣誓書に追記した事ですよ」
「にゃ、にゃに!」
「書いてあるでしょう? 《ただしこの決闘で死傷者が出ても、冒険者ギルド並びに勝者には責任は負う事は無い。》って――。つまりこの決闘で死ぬ可能性があるのは解ってますよ……そして逆にアンタが死ぬかもしれないって、解ってるか? っていう意味だ」
奏吾は鋭い視線をルチーニに向ける。
「さぁ、さっさと決闘を始めましょう。今日中に街に戻りたいんです――」
奏吾はそう言うとルチーニに背を向ける。
「貴様――必ず後悔させてやるにゃ!」
後ろからルチーニが何か言っているが、奏吾は気にしていない。そしてアーニャがそんな奏吾を追いかける。
「奏吾様――これが奏吾様の言っていた……」
「そう――如何にもアイツが考えそうな事だろう? まさか、ギルドと騎士団が気付いていなかったことには驚いたけどね。ただそうなると、ちょっとだけ問題かな……」
「問題というと?」
「ギルドと騎士団がこの決闘を認めたのは、俺が勝つと思ったからだ。つまり俺とルチーニが一対一で戦えば十中八九俺が勝つと思ったんだろう。しかしルチーニが奴隷を使うと聞いて、慌てはじめた。つまりルチーニが奴隷を使うと俺が負ける……とまではいかないが、勝敗が解らなくなると思ったんだろう。だからアーニャを仲間に入れようと考えた。まぁそれもダメだった訳だけど……。
そもそもルチーニはアーニャを手に入れたくて、この決闘をけしかけてきたんだから、アーニャを傷つける事はしないだろうし、アーニャの実力は知っているだろうから、アーニャを参戦させないようにするのは当然だけど……。
ただ問題は、レッドロックさんとビフドンさんが、俺一人だとルチーニと奴隷達には勝てるか解らない。しかしアーニャが俺に味方すれば勝てるかもしれないと考えた事だ。
それが単純に十一対一という数の所為なのか、それともあの奴隷達の中にそれだけの強者がいるからなのか……」
奏吾はそう言うとルチーニ側へと振り返る。
ルチーニは奏吾とある程度距離を離してニヤニヤと笑っている。どうやら準備が出来たみたいだ。周りにいる奴隷達も今にも跳びかかりそうに身構えている。
その中にいるあの獣人に、奏吾は視線を細くする。
「あいつ……あの赤い蜥蜴の獣人っぽい男。アーニャは知ってる?」
「ハイ……名前はディノ。奏吾様の仰る通り、蜥蜴族です。ただ普通のリザードマンは鱗の色が緑や茶褐色なのに、彼は赤い色をしているのと、その実力からルチーニの奴隷の中でも有名です。彼奴の奴隷になって一年ぐらいでしょうか……戦闘での実力は知られているのに、位階制度が謎だったのですが……まさか冒険者登録していなかったとは……」
「ワーカーさんが言ってたな。ルチーニの奴隷の使い方は、戦闘奴隷としては間違っていないって……問題は、このディノの実力次第だな。後はそうでもない……」
「奏吾様が負けるとは思っていませんが……」
「心配すんなってアーニャ。最悪あのリザードマンと戦わなくてもいいんだから」
「へっ?」
「宣誓書、相手を降参させるか戦闘不能にさせるまでって書いてあるだろう? これは奴隷達を無視して、ルチーニを戦闘不能にしてしまえば勝ちってこと」
「そ、そうか……。奴隷は気にせず、あのオークを殺ってしまえば……」
「はは、殺すつもりは無いんだけどね……」
奏吾はそう言うと装備を確かめていく。左手に付けたラウンドシールド、プレート式の鎧、そしてサイドB。この二ヶ月でこの装備もだいぶ使い慣れてきた。
思えば盗賊は別として、この世界に来て初めての対人戦と言っていい。
ちょっとだけ、ワクワクするな。奏吾はそんな不謹慎な思いに頭を振って払う。
油断はしない。慢心と油断は、必ずミスを呼び、そして致命的になりえる。
「なに、タラタラしているにゃ。さっさと始めるにゃ!」
ルチーニが焦れたように叫びをあげる。
「奏吾様、御武運を――」
「任せとけ!」
奏吾の言葉にアーニャは頷き、後ろへと下がる。
「さぁ、いつでもいいですよ~」
奏吾が言うと、いつの間にかちょうどルチーニと奏吾の真ん中に立っていたレッドロックが大声を上げる。
「双方とも準備は整ったな……ではこれより、冒険者ギルド、並びに王国騎士団の認可により冒険者 位階制度大Ⅳ位 ルチーニ・キノック、冒険者 位階制度大Ⅳ位 ソーゴ・クドーの決闘を行う。立会人は冒険者ギルド第一層派出所 ギルド長代理 ビフドン・ロースト、並びに大迷宮大ハルシャ内ハルシャ防衛騎士団 第八警備隊長 レッドロック・コンドールが行う。既に宣誓書は認可を受けている。改めて両者に問う。宣誓書に順じると誓うか――!」
「勿論にゃ――!」
「応サ!」
ルチーニと奏吾が高らかに声を上げる。
「ならば、決闘を開始する。勝負――初め!!」
そしてレッドロックの声が響いたと同時に、双方が動いた。