♯33 獣人と魔族の違い
更新が滞り申し訳ございませんでした>>第二章以降から、勢い任せで書いてしまっていた為、色々不都合が生じて、書き直させて頂きました>>
ですが、基本のストーリーの流れは過去の ♯36(奏吾とディノの決闘前)までは変わりませんので、既にそこまで読んでいただいている方は、♯37から読んでいただいても大丈夫です>>
最新の♯37までは二時間おきに更新していくつもりですので、それまで大部変更に書き直した、新しい第二章を楽しんでいただければ幸いです>>
誤字脱字のご報告、評価、感想等ありましたらいただけると幸いです>>
反応があると筆者は単純なので、テンションが上がり頑張れます>>
今後ともよろしくお願い致します>>
奏吾がやって来たこのトリニタという世界には多くの種族が共存している。
その中でも一番多く息づいているのが“人間である。
人間至上主義国のヘルブストを始め、近年出来た新興の『ウル―傭兵国』、そしてゾーマンのいくつかの国はこの人間が支配している。
その姿はまさに我々地球の人間と同じ姿で、人種もさほど変わりは無い。此処までは先にも書いたとおりである。
そして人間に数は劣るものの、他に大きく分けて三つの種族が存在している。
それが“獣人族”“精霊族”“魔族”である。
獣人とは始祖と呼ばれる獣の血を受け継ぐ種族であり。人の姿に獣の特徴を持った種族である。獣の耳や尾など特徴的な部位を持つものが多く、また狼人族や猫人族など、その元となった始祖によって種族が細分化している。保有する魔力は人間に比べると多くは無いが、その身体能力には目を見張るものがあり、まさに人に獣を足したような姿をした種族である。
獣人が多く存在するゾーマン連合では、この細分化された種族がそれぞれ国や、一族を支配しているため、多くの国が乱立した状況になっている。
そのため、魔族という共通の敵と立ち向かうため、三代勇者が中を取り持つまで小競り合いの多い地域だったといえる。
また、そんな小国の群雄割拠する地域だったからこそ、そこを自由に行き来する者達が“冒険者”というシステムを作る切掛けになったとも言える。
話しを戻そう。
次に精霊族である。精霊族は神を祖に持つと呼ばれる種族である。強大な魔力を保有し、長命。人間と違い尖った耳を持つ種族だ。彼等は獣人族以上に数が少なく。森や山に隠れ棲み、秘密主義であまり他所に顔を出す事は無い。
その為、奴隷としては高値で取引され、特にエルフは総じて美男美女が多く種族としては最高級品とも呼ばれている。
そして魔族なのだが、これがすこしばかり厄介である。
と言うのも、魔族はヘルブストやゾーマンなどでは本来、魔族は“魔物”の中にカテゴライズされるからである。
この物語をお読みの方々は既にお気づきになっている者もいるかも知れないが、冒険者が討伐する存在について“魔物”と“魔獣”という言葉が使われている。
魔物か魔獣……これがファンタジー作品ならば、敵役全般として現れる存在に複数の呼び方が在るのは混乱を招く。その為『モンスター』『魔物』など統一する事がほとんどである。
とはいえ、この物語に於いて“魔物”“魔獣”と二つの呼び方が乱立するのは、けして誤植では無い。
まず元々“魔物”と言うのは“魔石を持つ物”という意味であった。
これは全ての“魔物”に該当し、体内に魔石を有している存在の事を示している。そしてその魔石の影響なのか“魔物”には必ず『魔紋』と呼ばれる刺青のような紋様が、皮膚や毛皮に現れる。
此処で思い出してもらいたいのは、奏吾がバガボンドで出会った最強の冒険者、アーロン・ガラッドが連れていた魔族。キーリもまた右頬に刺青のような紋様を持っていた事である。
つまり“魔族”もまた“魔物”なのである。
ならば“魔族”と“魔獣”の違いはなんなのか……それは人と獣の違いと言った方が解り易い。
魔石を持つ獣――それこそが“魔獣”である。
奏吾がこの世界で初めて倒したヘビーベア、そして第二層で倒されたフォーアイズがこれに該当する。
それに対して魔族とは人のように知性が高く、文化的な生活が行え、言語を持ち、人に似ている姿の者が多い。
ただしその種類は多種多様を極める。人間に角が生えたような種族。精霊族のように耳が尖った種族。獣の頭を持つ種族。翼を持つ者に尾を持つ者……。
ただ一点共通しているのは“魔物”特有の『魔石』と『魔紋』である。故にヘルブストなどでは纏めて『魔人族』もしくは略された形で『魔族』と呼ばれている。
此処で問題になってくるのが、迷宮などに出てくる一部の例外達の事である。
魔物特有の魔石に魔紋を持っていて、魔獣や獣のように本能で動き、知能も低い。しかし武器などを扱うくらいの知識はある魔族に近い存在。
ファンタジー小説では、ゲームでは当然のように出てくる王道の怪物達。
例えばゴブリンと呼ばれるもの、例えばオーク、例えばトロルと呼ばれるモノ達である。
とても魔族のように意思の疎通が計れるとは思えず。とは言って魔獣というよりは人に似た形をしているが、その姿は醜悪。
魔物の中でも魔獣にも魔族にも大別できない物達。まさに化物と呼ぶに相応しい存在……それが一般的に『魔物』と呼ばれる存在である。
この為その仕事上、魔物と接する機会の多い冒険者などは、ヘビーベアなどを指す『魔獣』と、ゴブリンなどを指す『魔物』という二つの表現を混在して使う事になっていた。
このような事から、魔族を魔物や魔獣と同一視する傾向が他種族にはあり、嫌悪や畏怖を持つ原因となっている。
その為、以前アーニャが言った通り獣人が獣の特性を持つからと言って、魔族である妖獣族(獣人と違い獣に人に似た特徴を持つ魔族)や獣頭種(オークやコボルトのように獣の頭を持つ魔物)と同一される事を嫌い、先の奏吾のような発言を侮辱と取る。アーニャが奏吾を叱責したのにはそのような理由があった。
しかし……。
「奏吾様。オークと見間違えるなんて……流石に豚頭種が可哀想です」
奏吾の驚きにアーニャは溜息をつきながら、近寄っていった。
「えっ、オークじゃないの? じゃぁ目の前のこれは……?」
「残念ながら……『奴隷潰しのルチーニ』ことルチーニ・キノックです」
そうだよねぇ、うん。よく見ればなんとなく見覚えがある気がする……と奏吾は内心呟く。当のルチーニはというと腰を抜かし、鎧の襟首を魔物……いや仲間の獣人? に捕まれたまま蒼い顔をしていた。
「ち、違うにゃ! 俺様は『奴隷潰し』ではにゃい! 『道具使いのルチーニ』にゃ! この詐欺師め!!!」
そう言ってルチーニは奏吾を睨みつける。いや、言ったのはアーニャなんだけど……とアーニャへ視線を向けるとアーニャは再び溜息をつく。
「自称です……この街の冒険者のほとんどは『奴隷潰し』という二つ名で呼んでいます」
アーニャの言葉に奏吾はやっと得心を得た。それはルチーニの周りにいる、冒険者風の十人の集団についてである。
ルチーニを掴んでいる獣人を含めても十人程いる彼等は、皆首にアーニャがつけているような首輪をつけている。(アーニャと違い宝石は入っていないが……)
種族もまちまちで人族の他に、エルフらしき者と猫の獣人らしき者もいる。
「え、えっと……ルチーニさん。ごめんなさい……大丈夫ですか?」
奏吾は勤めて笑顔で手を差し出した。奏吾が下手に出た所為か、ルチーニはその手を払い立ち上がった。
「貴様無礼だにゃ! いきなり襲ってくるにゃんて!」
「奏吾様……訂正します。やっぱりこいつは馬鹿な敵です。すぐに首を……」
アーニャの目が凄く怖いので、奏吾は取りあえず無視することにした。
「本当にすみません。夕暮れで森の中では識別が難しかったのと、此方に向かって剣を振り上げていたので、魔物と間違ってしまいました。どうぞお許しください……」
奏吾はそう頭を下げるが、ルチーニの顔は真っ赤だった。
「にゃ、にゃんだと! 俺様を魔物と間違えたといいたいのか……」
「何せ、此方に敵意と武器を向けられたので……冒険者としては、魔物というより敵と判断したまでです。そういえば、何故俺達の方へ武器を向けたのですか?」
奏吾は頭を下げたまま、ルチーニを見上げてニヤリと笑う。
その顔を見てルチーニは眉間に皺を寄せる。
「そ、それは……貴様達が魔物に襲われていると思って、助力しようとだにゃ……貴様が新人明けにゃのは知っていたからにゃ!」
ルチーニはそう言って胸を張る。
そう本来、先に襲ってきたのはルチーニの方である。しかし冒険者が冒険者をいきなり襲うというのは問題がある。そして武器を持って敵を向けた相手を敵として認識するのは冒険者として当然だった。
先にしかけたのがルチーニであるというのはルチーニとしてもバツが悪い。場合によってはギルドから位階制度の降格……もしくは資格の剥奪。罪人として騎士団に連れていかれる可能性もある。
だからこそ、非は奏吾の方にあるとルチーニはしたいのだが……。
「それはそれは重ね重ね申し訳ない。俺達を助けてくれようとしていたというのに……それを勘違いなどしてしまって……」
「そうだにゃ、俺様の善意を無碍に……」
「ただ、おかしいですね……今この周りには俺達以外に、魔物なんて一匹もいないんですがね……」
「にゃ、にゃにをいってるにゃ。此処はオークの住処の近くにゃ! 今の間に貴様を狙っていたオークは逃げてしまったがにゃ……」
「本当にオークでした? いや、いない筈なんですよ。なにせ俺達が狩りつくしましたから……ほら、周りを見てくださいよ……」
言われるがまま周りを見渡したルチーニは、自分の血の気が引いていくのを感じた。
来る時は無我夢中で気付かなかったが、森の中を埋め尽くすオークの死体。
まるで戦争でもあったのかと思ってしまう程、その光景は惨憺たるものだった。
「こ、これを全部……この百匹近く……う、ウソだにゃ。ここには……此処に棲む群れにはオークキングもいた筈にゃ!」
ルチーニに言われ奏吾は「ああ、あれですね」と指で示した。そこには一際大きなオークが腹を裂かれて空を見上げて絶命していた。
「にゃ、にゃにゃにゃ……」
ルチーニは自分の見ている事が信じられないのか、口をパクパクとさせている。
「仰る通り、此処はオークが支配するエリアらしいですね。そのオークは全滅している筈なので、この森に他の魔物がいるとは俺には思えないのですが……いったい何を勘違い成されたので?」
奏吾はそう真っ直ぐとルチーニを見据えた。
「う……嘘を吐くにゃ! この詐欺師がぁああああああ!」
「奏吾様を詐欺師呼ばわりなどと! この豚がッ!」
ルチーニの言葉にアーニャが杖を構えるので、奏吾はそれを止める。
しかしルチーニは止まらなかった。
「アーニャ、お前も騙されているにゃ。これだってほとんどお前がやったのだろう? それとも他の大規模パーティがやったのを横取りしたのかにゃ? そ、そもそも冒険者ギルドでもそうにゃ! 人の話しを聞かずに、他の仲間に不意打ちさせるにゃんて!」
口角に泡を溜めながらルチーニはまくしたてる。
「あぁ、あの時の件ですか。それについては謝ろうと思っていたのですよ。いきなり貴方が吹っ飛んで気絶するから……ご覧の通りウチは二人だけのパーティなんで……。ギルドに確認してもらってもいいですよ。ただ俺は小心者でしてね。貴方が貴族の御子息だと聞いて、俺を触った瞬間に“勝手”に吹っ飛んだので俺の所為にされるのが怖くて、逃げてしまったんですよ――」
「ま、また嘘を――」
「お疑いなら調べてもらって結構です。他に俺の仲間がいるのか……それとも何かの魔術だとでも思ってますか? そうだとしたら、なんの魔術なのかお教えいただきたい。俺もあんな一瞬で相手を痺れさせる魔術なんて知りませんから……」
奏吾の自信満々な態度に、ルチーニも一瞬たじろぐ。というのも他に仲間がいたとしても、ルチーニが突然吹っ飛び、痺れさせた方法を説明する事はルチーニには出来ないからだ。
先に話に出たようにこの世界には『雷』の概念が存在しない。つまり電気も電流の概念も無い。魔術はあるが、基本は五大属性であり希少属性もそれに付随するものだと考えられている。
ルチーニを吹っ飛ばしたのが、奏吾であろうと他の仲間だろうが、それを吹っ飛ばして痺れさせる方法は、少なくともルチーニには皆目見当はつかないのである。
この対応、どうせ街に戻ったらルチーニにまた絡まれるのだろうと、アーニャから雷の概念が無い事を聞いた奏吾が、予め考えていた言い訳だった。
まさかこんなに早く、使う羽目になるとは想像していなかったが、それでも考えていてよかったと奏吾は内心でホッとしていた。
「……き、貴様は詐欺師にゃ、なにか俺様の知らにゃい卑怯にゃ方法でやったにゃ」
ルチーニの言い訳に奏吾は少々驚いた。思いのほか的を射た良い訳である。意外に頭がいいのかもしれないと見方を改める。
「知らない方法と言われましても……俺の所為じゃないですし。もし俺がやったと言うなら証明してもらわなくては……まさか、現在冒険者とはいえ、元貴族の御子息が、証拠も無いのに俺を犯罪者扱いするので?」
奏吾はそう言うが、実際この世界で貴族の権力を使って無理やり奏吾を犯人に仕立てる事はそう難しい話では無い。
しかしこれは他の街ならばという話しである。このハルシャでは、領主キノックだけに権力が集中している訳では無い。冒険者ギルド、騎士団。この二つの派閥と三竦みのようにそれぞれを見張っているのだ。
此処で証拠が無いのに奏吾を、騎士団に差し出せば――ギルドと騎士団から難癖をつけられる可能性は大きい。
そして何より奏吾の言い回しが、プライドの高いルチーニに巧く効果を働いていた。
おかげでルチーニは悔しそうに口ごもるだけである。
「証拠は……ないにゃ……しかし貴様が詐欺師なのは明白にゃ。アクアムの馬鹿や愚か者のディックは騙せても俺様は騙されないにゃ!」
ルチーニの言葉に奏吾は眉をひそめる。
「しかし、証拠もにゃいのに……貴様を騎士団に連れていく事は不可能にゃ。俺様も貴族……そこは勿論解ってるにゃ。だから、貴様に“決闘”を申し込むにゃ……」
「ほぅ……決闘……」
奏吾は口元を緩める。
「勝負は冒険者同士一対一での戦闘にゃ……相手が降参するか、戦闘不能にするかで勝利にゃ」
「奏吾様……無視していただいてけっこうです。この下賤の豚がいったい何を……」
「いいんだ。アーニャ……それで? 勝負がついたら?」
「勝負に勝った方は、相手に二つの要求をすることができるにゃ。俺様の要求は一つ、貴様が詐欺師である事を認める事。これは証拠がにゃかろうが関係なくにゃ。二つ、貴様の全財産を俺様に譲渡するにゃ。勿論その中にはその高そうな剣も……アーニャも入ってるにゃ……」
ルチーニはアーニャに笑いかける。
「この豚が……。決闘と言わず、今私がその汚らしい……」
「はいはい。アーニャ、ストップ。その理屈でいえば俺も要求を二つしていい事になるのか?」
「お、俺様は元貴族にゃ。冒険者に身をやつしたとはいえ、伝統ある決闘を汚すようなことはしないにゃ。にゃんでも要求するにゃ!」
「そうか……なら、その決闘――受けようじゃないか」
「奏吾様!!」
「俺が要求するのは、一つ……決闘以後、俺とアーニャに関わるな。これは決闘で俺が勝利以後、俺等に何かちょっかいを出して来たら、すぐさま要求違反としてお前の命で償ってもらう。つまりお前がちょっかい出して来たと解った場合は、その場で俺がアンタを殺しても、誰も文句が言えないって事だ――どうだ?」
奏吾の言葉にルチーニは不敵に笑う。
「新米の若造が……アーニャがいなければ何も出来ない癖に……いいだろう。もう一つはなんだにゃ?」
「その語尾に『にゃ』とつけるのを辞めろ……虫唾が走る!」
「にゃ、にゃに……」
「返答は……?」
「……い、いいだろう」
ルチーニは眉間に皺を寄せながらも頷いた。
「それで、どうすんだ? このまま証人が誰もいない此処で、始められてもアンタが要求をバッくれそうで不安なんだが……」
「自分が勝つとでも思ってるのかにゃ? たかが新人明けの新米が……安心するにゃ。
冒険者同士の決闘はギルドの立会人が必要になるにゃ。これから一層の階段部屋まで戻って、今の要求を盛り込んだ書類を申請して来てやるにゃ。明日の正午にギルドの派出所に来るにゃ。その時にはもう準備が出来てる筈にゃ――」
ルチーニはタプタプの顎を揺らして笑う。
「そうか――、ならアンタにそれは任せるよ。俺達はこいつ等の素材の回収中でね……」
奏吾はそう言って、周りのオークを指した。
「自分の成果ですらにゃいくせに、いけしゃあしゃあと――いいにゃ。明日の正午にゃ……逃げるにゃよ!」
「逃げないよ。二層にいる限り、死にでもしなければ必ず階段部屋には戻らなきゃならないんだ。逃げようがない……」
「にゃにゃ……解ってるじゃにゃいか――」
ルチーニはそう言って背を向けると、先ほどルチーニを死から救った獣人に担がれて去っていった。
「奏吾様、あんな屑と決闘など――」
「アイツかな……」
「えっ――?」
奏吾の呟きにアーニャが疑問を浮かべる。
「明日戦うだろう相手だよ」
奏吾がそう言って思い出していたのは、ルチーニを担いでいった獣人。いや獣人なのだろうか?
奏吾自体は彼を最初魔物だと思ってしまったほど……その姿は異様だった。
二メートル近い体躯は筋骨隆々で、全身に赤い鱗を持ち。身体の割に小さく(と言っても普通の人間ほどの大きさの)見える頭部には、独特な大きな目。そして去っていく後姿に長い尾が揺れている。
まるで爬虫類を無理やり人間にしたような、獣人にしても異端なあの異形。
あの男が最後に見せた鋭い視線と殺気――それを思い出し、奏吾は嬉しそうにもういなくなったその男の残影を見つめていた。