♯32 思い込み
更新が滞り申し訳ございませんでした>>第二章以降から、勢い任せで書いてしまっていた為、色々不都合が生じて、書き直させて頂きました>>
ですが、基本のストーリーの流れは過去の ♯36(奏吾とディノの決闘前)までは変わりませんので、既にそこまで読んでいただいている方は、♯37から読んでいただいても大丈夫です>>
最新の♯37までは二時間おきに更新していくつもりですので、それまで大部変更に書き直した、新しい第二章を楽しんでいただければ幸いです>>
誤字脱字のご報告、評価、感想等ありましたらいただけると幸いです>>
反応があると筆者は単純なので、テンションが上がり頑張れます>>
今後ともよろしくお願い致します>>
大迷宮大ハルシャ――その第二階層を十人程の一団が歩いていた。
その中に“彼”はいた。
天井には大迷宮が映し出す虚構の空が、黄昏の橙に染まりつつある。
彼とその周りの一団は、何処か疲労の色濃くその顔に醸し出していた。その中にあって、彼の瞳には疲労以外の光が煌々と燃えていた。
彼には欲しいものがあった。
何よりも手に入れたい――、ソレは美しく美しい。今まで手に入れたどんなモノよりも蠱惑的で魅力的なソレに彼は、今までにない所有欲をおぼえた。
何があっても、どんな事をしても、ソレが欲しかった。
彼はどんなモノでも手に入れられる。自分自身にはその力と、権利があるとそう考えていた。
何故なら彼は、貴族であり、権力があり。冒険者で、実力もあり。才能があり、金もあったからだ。
少なくとも彼はそう思い込んでいる。
彼はたしかに貴族の子として生を受けた。しかし、彼には二人の兄がいた。
大雑把で理想論ばかり語り、腕っぷしだけで自尊心を満たすしかない長兄と、ひ弱で意志薄弱、父のいう事ばかり聞き、少しばかり頭がいいだけの次兄が彼にはいたのだ。
本来なら武芸に優れ、頭脳明晰な自分が三男であろうと、父の領主の座を継ぐべきだった。それが領民の為、ひいては王国の為だった。
しかし権力と金銭欲……そして趣味の悪い好色だけの父親は、見る目が無く。領主の座を自分の傀儡である次兄……、もしくは気に喰わなくとも世襲通り長兄に渡そうという考えから囚われて出てくることは無かった。
彼から見れば明らかに浅慮。彼は早々に父と領主の座を見限り、自由に生きる事を望んだ。そう思って冒険者になったのは五年前。十五歳の事だ。
彼ほどの才能があれば、冒険者などという卑賎な商売であっても成り上がるのは容易いと彼は考えたのだ。だがどんな商売にも初期投資というのは必要だった。とはいえ、彼は自ら相続権を捨てた貴族の三男だった。本来なら家からのサポートなど望むべくもない立場だった。
しかし彼は王国の文官が見本にするべき程の知才を持っていた。出世欲など無い。しかし自分が自由に生きるためにはこの、浅はかであっても貴族で領主である父親を、利用しようと考えた。彼は長兄と違い強かであり、次兄のように父親の操り人形では無かったのだ。
彼の見事ともいうべき策略と手管に、父親は簡単に籠絡され、冒険者稼業以外にも父親の仕事をいくつか手伝う事となった。
それは所謂、裏の仕事と世間では言われるものだったが、彼の認識は違っていた。それは本来必要な仕事なのだ。だが、どうも表層しか見ない短慮な一般市民からは嫌悪されるというだけで、無くなってしまえば国が困ってしまう必要悪のような仕事だ。
彼は自分のその仕事に誇りを持っていた。なぜなら、冒険者になる前からその仕事に憧れさえ持っていたのだから。聡明な彼にはその仕事の意義と重要性を幼い頃からちゃんと理解していたのだ。
そして遂に彼は誇りある仕事と、貴族社会に縛られない自由を手に入れたのだ。
彼の才能は溢れ、瞬く間に彼の元に潤沢な資金が集まるようになっていた。これで欲しいものはなんでも買え、望むべく潤いのある生活ができる。
だがどんな天才の前にもそれを妬み足を引っ張ろうとする輩はいるものである。それは彼でも例外ではなく。そしてその輩の所為で彼の順調な自由な人生の歯車は狂い始めた。
彼に立ちはだかったのは、彼が自由を求める為に就いた冒険者という生業だった。
その冒険者を牽引すべき“冒険者ギルド”彼等が理不尽な対応を彼に強いたのだ。
彼には才能も実力もあった。それは冒険者としての仕事でも忌憚なく発揮された。
新人制度という悪習で、最初の二ヶ月こそ最低ランクの大Ⅶ位であったが、新人制度が明けるとすぐに大Ⅵ位へと昇格され半年もせぬ内に大Ⅴ位へと昇級した。
此処までは彼の推測の範囲内であった。新人制度が明けてすぐに大Ⅳ位になるかとも思っていたのだが、しかしいきなり大Ⅳ位では変に邪推する者もいるであろうという冒険者ギルドの配慮であろうことは、彼にもすぐに察する事ができた。
そして大Ⅳ位――ギルド長が独断で采配できる最上の位階制度までに、そこからまた半年という歳月がかかったのもきっと同じ理由だろうと、彼はその冴えわたる頭で理解していた。
しかし冒険者ギルドのまっとうな対応も、そこまでだった。
そこからどれだけ経っても、上に上がらなかった。大Ⅳ位以上になるにはまず王都にあるギルド本部へのギルド長の推薦が必要である。だが待てど暮らせどギルド長は彼を推薦しなかった。
その理由が、冒険者ギルドの暗愚なプライドと、強欲な姿勢。そして愚かなギルド長の所為である事を知った彼は、憤慨したものだ。
どうやら冒険者ギルドと彼の父は、彼等の統括する街の利権問題を端とする犬猿の仲らしく、その父の息子である彼を大Ⅳ位以上にすることに難色を示しているというのだ。
実力も才能も抜きんでていて、最強の冒険者と名高いアーロンとも遜色の無い彼を、おそらく冒険者ギルドにとっても本来なら諸手で迎えるべき至上の人材を、ただの好き嫌いで埋もれさせようとしているらしい。
なんという傲慢だろう。彼はその理不尽に憤っていた。
そんな頃――今から二年半ほど前。彼は“ソレ”に出逢った。
凛とした花のように美しく、そして透き通る氷のように冷たい――。
それが彼が“ソレ”を始めてみた印象だった。
完成されたような造形美、心を持たないようなその冷酷な瞳。圧倒的な実力。
ソレは、彼が求める最高の道具だった。
彼は道具の使い方が巧いと自負していた。
剣を使っても、あのアーロンと対等に渡り合えるだろうと。――試したことも無いが。
魔術を使っても、アーロンと同じく大Ⅰ位の冒険者である、スカル家の御曹司に負けはしないだろう。――彼自身は魔法使いでしかないが。
所詮、伝え聞く彼等の実力など噂や誇張でしかなく。自分自身が彼等と実力は差ほど変わらないと彼は思っている。
しかし、それでも大Ⅰ位の者達よりも優れている部分があるとしたら、それこそが道具の使い方であると彼は思いこんでいる。
そのずば抜けた技術と、剃刀のような頭で、彼は巧みに道具を使い大Ⅳ位の冒険者になったのだ。
冒険者ギルドが愚かでなければ、既に大Ⅰ位と言わないまでも大Ⅱ位にはなっていたと彼は推測している。
そんな彼が、喉から手が出る程欲しい――“ソレ”はそう思う程の一品だった。
実力は位階制度大Ⅱ位という折り紙付き。――まぁ、他の道具達と同様、手に入れたら冒険者を辞めさせるつもりではある。道具に肩書きも名前もいらない。
必要なのは使えるようにするための、整備と点検だ。
そして改造も必要だろう。
“ソレ”は冒険者としての活動の他にも有用に使えそうだと彼は直感していた。
例えば夜の癒しに……。
だが、“ソレ”を彼は手に入れる事が出来なかった。同業者であるにも関わらず、ソレを売る店は、よりにもよって彼に売却するのを断ったのだ。
どんなに道具が優れていても、使い手が優れていないとまったくの無意味だ。
その点彼は文武に優れ、冒険者ギルドさえまともなら既に大Ⅱ位になる才能にあふれた冒険者だ。彼は自分以上の“ソレ”の使い手はいないと思っている。
彼はその愚かな同業者に懇切丁寧に説明したが、それでも断られた。
後にその店の店主は、件の冒険者ギルドと繋がっており、彼の父と敵対関係にあると知った。
ここにも愚者はいたのだと、彼は憤った。
しかしそれ以上に、彼の欲求の方が臨界点を超えていく。欲しいのに手に入れられない。手に届く所にあるのに手に入らない。“ソレ”も自分の所へ来たがっているというのに傲慢で頭の悪い、愚者が彼の邪魔ばかりをする。
あの冷たい氷の目を屈服させ、思い通りに“壊していく”それを想うだけで彼はどうしようも出来ない感情を剥きだしにしてしまう。いったいその感情を落ち着かせるために、彼はいくつの道具を潰してしまったのだろう。
遂に耐えきれなくなった彼は、その愚かな店から“ソレ”を救い出す為に動いた。しかし結果でいえば、失敗だった。
彼のよく使う“道具”を使ったのだがその道具が失敗したのだ。そして何故か彼は街の者達から“盗人”とみられるようになる。
彼は“ソレ”を愚か者から救い出そうとしただけだ。しかしまた短慮な市井の者達には、その行為が盗人に見えたらしい。
父に言われ、彼は暫くその街を離れて様子を伺うことにした。人の噂も七十五日。時間が経てば、バカな市民はすぐに忘れてしまうだろうと。
何よりそろそろ街を離れて活動するべきだとも彼も考えていた。本当は“ソレ”を手に入れてからにしようと思っていたのが、少し早まっただけだ。
彼は冒険者の街を離れ、王都に向かった。そして花々しい活躍をして――王都の冒険者ギルド本部へと自分の昇格を直訴した。
残念ながら昇格を決定する事の出来る上層部の者達は、大Ⅳ位が早々会えるような人物ではないらしく、受付に言づけを頼むしか出来なかったが、暫くすれば大Ⅱ位は間違いなしだろうと、彼は確信し――帰郷する。
彼は街へ戻ってくると、自分の家に道具を置いて、冒険者である彼だけがギルドへと向かった。もしかしたら、行き違いで昇格の知らせが届いているかもしれないと期待して。
そこで彼は“ソレ”を見つけた。
何故か“ソレ”は冒険者ギルドにいた。彼は歓喜した。ワザワザ自分を出迎えてくれたのだと。ただ、前に見た時よりも少々美しさが無くなった事に違和感があった。
その違和感の正体はすぐに解った。どうやら“ソレ”はソレの近くにいた、新人制度を明けたばかりの実力も才能も見るからに無い冒険者が、購入したらしい。
彼は怒りに呑まれそうになった。あの同業者は傲慢であるだけでなく、見る目も無かったらしい。よりにもよって、こんな童顔の道具の使い方も知らなそうな新人に、“ソレ”を売るなんて……何より、ソレは――アーニャは自分のモノだ!
だが彼は紳士的にそして、親切にその新人に自分の所有権を説明した。赤子でも解るように簡単にかみ砕いて。しかしその新人もバカだったのか、まったく彼の言うことを聞きはしない。
仕方ないので、彼は金銭面での売却を申し出た。他人の所有物を勝手に購入しておきながら、なぜ自分が買い戻さなくてはいけないのか理不尽極まりなかったが、ここは先達として、大人として行動するべきだろうと我慢した。
彼が此処までしたのにも関わらず、その新人はあろうことか、彼を無視してギルドを出ていこうとした。彼は吹き出る怒りを抑えて、務めて冷静に紳士的にその新人の暴挙を止めようと手をかけると――彼はそこで意識を失った。
彼が目を覚ましたのはそれから暫く経ってからだった。見渡すと、自分よりも実力の無い下らない、下劣な冒険者達が自分を嘲笑しながら見下ろしていた。
彼は逃げるようにギルドを出ると、まっしぐらに家に戻り、道具達にすぐに二階層へ行くと告げた。
彼は怒っていた。此方が下手に出て、礼節を弁え接したというのに――あの新人はあろうことか、奇襲をかけたらしい。
そうでなければ、自分が気絶するなど在りえない。なんの魔術か――、それとも別に仲間がいたのか――。本来ならギルドが取り締まらなければならない案件だ。
しかしあのギルドに期待する事はできない。精々ただの喧嘩と済ましてしまうだろう。その証拠に先程の冒険者達の彼を見る目である。思い出すだけであの恥辱が蘇る。
道具達は疲弊しているようだったが、文句も言わず準備をして、夕方になる頃には彼は街を出て、大ハルシャの一階層へと飛び出した。勿論件の新人を追うためだ。
会話の流れで二階層へ向かおうとしていたのは解っている。勿論、ギルドの受付がよく嘘をつく奴だったので、どこまで本当かは解らないが――。
中継地点についたのは深夜遅くだった。宿屋を無理やり起こし、部屋を空けさせて道具を外で待たせて自分は宿に泊まり、翌日に備えた。
翌日――。朝早くから彼は中継地点で新人を探した。時間的にも中継地点で一泊していると踏んだのだが、三時間程経っても新人は見つからなかった。
もしかしていきなり、二階層で野営でもしたのか……いやそんな事は無いだろう。もしかしたら一階層で追い抜いてしまったのか……そう思った頃、やっと情報が入った。
どうやら新人は二階層へ向かったらしい。それも昨日――。
その情報では新人たちが中継地点を出発したのは、夕方になる前だと言うが間違いなくそれは無い。どうやってもハルシャの街から此処までは六時間はかかる。
あの後すぐ向かったとしても、着くのは夕方を過ぎてしまうだろう。ならばその情報の主が勘違いをしている事になり、早くても夕方以降の出発したことになるだろう。
おそらく夜行性の魔獣でも狩りに、夜出かけたのだろう。あの新人には荷が重いが“ソレ”さえあればそれも可能かもしれない。どうもあの新人の情報には嘘が混じる。
今回の情報主にしても、受付が言っていた、新人明けの癖に大Ⅳ位だとか――。もしかしたら、冒険者を騙った詐欺師なのかもしれない。
それならば、腑に落ちる事も多くある。きっと“ソレ”をもあの同業者を騙して手に入れたのだろう。あの愚鈍なアクアムの事だ。それも在りえると思える。冒険者ギルドだってそうだ。思い出せばあの受付だって、確か愚かなギルド長の娘だった筈だ。
あんな小僧に騙されてもおかしくは無いだろう。
そうだとしたら、状況は彼が想像しているよりも切迫している事になる。
この冒険者の為の、冒険者による、冒険者の街ハルシャに――詐欺師がやって来ている――。
彼はこれは自分の使命だと感じた。卑劣な詐欺師から街と“ソレ”を救い出す。
そう、思い込んでいた――。
彼は道具の一つに飛び乗ると、道具達を連れ二階層へ向かった。
しかし捜索は困難を極めた。生きているのならば、中継地点の近くにいると思ったのだが、なかなか見つからない。昼が過ぎ、捜索範囲を広げるても発見できない。
もしかしたら、既に魔物や魔獣に殺されているのかもしれない。
ならば“ソレ”は自分が助けに来るのを必死に待っているだろう。
それが、彼の瞳に疲労以外の輝かせていた使命感だった。
そして現在。休みも無いまま、捜索を続けて夕方――。彼は遂に森の中であの新人を見つけた。
その横には“ソレ”の姿も見て取れる。
彼は歓喜した。やはり“ソレ”は自分の助けを求めている。
彼は道具から飛び降りると、勢いよく駆け出し、抜剣して詐欺師へと向かう。
剣の間合いまで後数メートル……だがそこで彼の動きは強制的に止まった。その瞬間目の前に剣線が走る。
彼の鼻を少し掠め、血が滲む。そして目の前にはいつの間に近づいたのかあの詐欺師が剣を振りきり、彼を睨み付けていた。
彼を止めてくれたのは、先ほどまで彼を乗せていた道具だ。鎧の襟後ろを掴んで後方へ引っ張ったらしい。その主人に対する無礼は後で罰を与えるべきだが……今は問題の詐欺師だ。
「な、なにするにゃ!!」
彼が叫ぶと、その童顔の詐欺師は彼に向かって、
「お、オークが喋ったぁああああああああああああああああああ!!」
彼――自称『道具使いのルチーニ』こと、ルチーニ・キノックに向かってそう驚きの大声を上げたのだった。