♯31 大ハルシャ第二層
更新が滞り申し訳ございませんでした>>第二章以降から、勢い任せで書いてしまっていた為、色々不都合が生じて、書き直させて頂きました>>
ですが、基本のストーリーの流れは過去の ♯36(奏吾とディノの決闘前)までは変わりませんので、既にそこまで読んでいただいている方は、♯37から読んでいただいても大丈夫です>>
最新の♯37までは二時間おきに更新していくつもりですので、それまで大部変更に書き直した、新しい第二章を楽しんでいただければ幸いです>>
誤字脱字のご報告、評価、感想等ありましたらいただけると幸いです>>
反応があると筆者は単純なので、テンションが上がり頑張れます>>
今後ともよろしくお願い致します>>
「――と、いう事が街であったのですよ皆さん」
「……あの、奏吾様? 一応聞きますが誰に向かって話しているんですか?」
「誰って……そりゃ、お客さん?」
奏吾達がいるのは、第二層に広がる森の中だった。
第一層は山に川にと広大な大地が広がっていたが、第二層はその入口からして森の中だった。
まるでアマゾンにやってきたかのような蒸し暑さと共に、土の匂いが濃く立ち込めている。
そんな中を二人は十分ほど歩いていた。
「奏吾様……お客さんって、あれの事ですか?」
「うん。五名……いや十名様ごあんな~い! ってところかな?」
「十人って……」
アーニャがそうぼやきながら見つめる先には、第二層に到達して初めて遭遇した魔獣が此方を睨み付けていた。
舌を出しながら警戒の色を示しているその魔獣は、胴体に妖しく光る紋様を宿し、アルファベットのYの字のように胴から別れた先に、二つの首と四つの眼光を光らせて奏吾達を伺っている様に見える。
巨大な双頭の蛇が五匹――いや十もの頭が奏吾達の前に立ちはだかっていた。
「フォーアイズ……ですね。大Ⅴ位相当の魔獣です。一匹なら……」
アーニャはそう言って見渡すように視線を振る。双頭の大蛇達は、森のあちらこちらへとゆっくりちらばりながら、シャーシャーと奏吾達を威嚇しつつ二人を囲み始める。
「五匹だとどの位階制度の依頼になるの?」
「そうですね。二匹でⅣ位と言われてますが、五匹でもⅢ位か、Ⅱ位ってところでしょうか?」
「はぁ……、最初のヘビーベアにしてもそうだけど。なんで俺の所にはこんなに難易度が高いのがやってくるんだろう。それともこれが普通?」
「いえ、この状況は二階層でもかなりレアでしょう。こんな状況ばかりなら、あっという間にハルシャの街から冒険者は消えてしまいます。きっと奏吾様の魔力が原因ですね」
「俺の?」
「ハイ。魔物が人々を襲うのはその魔力を得るためです。魔物には体内に魔石があります。その魔石に魔力を溜めるには、自然に吸収するしかありませんが……他には別の生き物を食して補充する。という方法もあります。魔獣に肉食獣が多いのはその所為だと言われています」
「つまり俺の魔力に惹かれてやって来たと――?」
「それだけ膨大なんですよ。奏吾様の魔力は」
「一応、隠して抑えてるんだけどな。これでも――」
「獣は野生の勘が鋭いですから――っと悠長に話している場合でもないようですよ」
アーニャはそう言いながら後ろへと飛んだ。そこへ、一匹のフォーアイズが突っ込んで来た。だが、そこはアーニャの居た場所。つまり奏吾の真横である。
アーニャが跳び、フォーアイズが飛び込んだ瞬間、フォーアイズは直角へと方向を変えて吹っ飛び木へと叩きつけられる。
実は突っ込んで来たフォーアイズは、アーニャを襲うと思わせておきながら、もう一つの頭で奏吾をも狙っていた。
しかしアーニャに躱され、いざ奏吾にその牙を立てようとした時には、奏吾が剣を抜いていたのだ。その証拠に一瞬の内に胴と離された頭は、今は宙を高く飛んでいる。
自分が切り離された事など露と知らず。しかし何かしらの反撃を喰らった事だけはその頭も気が付いていた。
空から落ちながらも、その眼には奏吾の頭から離さない。
そしてそのまま落下のスピードを使って、奏吾へと直下していった。
赤く開かれた咢には、鋭い牙から毒が漏れている。普通の人間なら数分で死に至る猛毒。
だがもう一歩で奏吾へと届くと思った切り離された頭はまた急に方向転換を余儀なくされた。
まるで何かに引っ張られたかのように奏吾から離れた地面へと叩きつけられる。
その大きな頭には、何故か縄状の――焔が巻き付いている。
「 熱縄(Appassionata)――」
その焔の先は、アーニャの黄金の杖へと繋がっていた。
まるで大きな焔の鞭。
次の瞬間には頭は燃え上がり、炭と化していた。
「そう簡単に奏吾様を傷つけられると思ってるのでしょうか?」
その光景に残り四匹の警戒色が一気に濃くなる。
しかし奏吾は笑っていた。
「まったく勘が鋭いなら実力差も解りそうなもんだろうけど……。俺達相手に五匹如きで勝てると思ったのかよ――」
奏吾はそうニタリと笑うと――剣を構えた。
「アーニャ、そっちの後ろの二匹は任せる!」
奏吾はそう呟くなり姿勢を低くして前方駆けた。アーニャは無言で頷くと、後方へ回り込んでいた二匹へと向かう。
すると前方にいた二匹の内一匹がその背を追おうと、身を低くした。しかしその瞬間眼前にはニタリと笑った奏吾の顔があった。
驚愕と共に一瞬、フォーアイズの動きが弛緩する。奏吾はその隙を逃さず左掌でフォースアイズの頭をドンッ、と叩くとその勢いでハンドスプリングの要領で宙へ舞う。
上下が逆転した奏吾は、視線が今までの進行方向の逆を向いているのを確認すると、眼下で叩いたのとは別のもう一匹が、宙を舞う自分に向けて二つの咢を開くのを確認した。
「九天応元雷――禁鞭――」
ルチーニの時のように宙で刀印を組みながら、奏吾の唱えたそれは刹那に稲妻の閃光と変わり、眼下の蛇へと殺到する。
耳を裂くような衝撃音と共に、蛇は皮を燃やし煙をまき散らした。痙攣が止まった頃には蛇は泡を吹き、四つの眼を真っ白に濁らせて動かなくなった。
『シャァ――ッ』
方術を打った直後。奏吾の真下から啼き声が響く。すかさず視線を落とすと、叩いた蛇がリベンジとばかりに体勢を直して奏吾に向かって牙を向けながら飛びかかる。
今にも咬みつかんばかりに咢を広げて奏吾へと迫る双頭に、奏吾は剣を投げつける。回転しながらサイドBは向かってきた蛇の頭の一つに突き刺さる。その所為で体勢を崩した蛇に奏吾は体を返してもう片方の頭を蹴り落とす。
落下の衝撃音が響き、奏吾が蹴りの勢いで反転しながら着地するのと砂塵が舞うのはほぼ同じだった。
砂塵が消えていくと、奏吾に蹴られたフォーアイズの片割れはその頭を持ち上げようとした。しかし剣が刺さった自分の片割れがのたうち回り、鋭い痛みと共に思うように自分の身体が動かない事に気付く。それでもなんとか状況を確認しようと無理に鎌首を持ち上げると、そこに奏吾が再び駆けてくる姿が映った。
蛇もまた怒りながら奏吾へと向かおうとするが、それは蹴られた方の頭だけで、剣が刺さった方は未だに痛みにのたうち回り、身体の制御が出来ない。
そんな隙を奏吾は逃すはずも無く。苛立つフォーアイズの眼前には、また奏吾の笑顔が近づいてくる。しかし今度は叩かれることも無く――ただ目の前から奏吾の姿は消え失せた。
フォーアイズは周りを警戒する。しかし奏吾の姿は無い。だが……、
『ギシャァァアアアアアアア――!』
悲痛な叫びに無事だった頭は剣の刺さった相棒の方を向く。そこに剣が刺さってのたうち回っていた筈のもう一つの頭は存在せず、噴水のように吹き出す体液が立ち上っていた。
その隙間にはサイドBを肩に担いだ奏吾の姿がある。
奏吾は影空間と影歩で蛇と交錯する瞬間に、影へと潜り込み単純に移動しただけなのだが、フォーアイズにはまるで転移のように見えただろう。
隣にいた筈のもう一つの頭を失くした頭は、遅れてやって来た壮絶な痛みに、片割れが上げたのと同じような叫び声を上げる。
『ッッシャァアアアアアアアアア――』
痛みから絶叫を上げた双頭の口から血が溢れ出る。
フォーアイズでさえ、自分の死を予感するにはそれで充分だった。
「シャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
その時だ。蛇は奏吾の背後から今にも襲い掛かろうとする同胞の姿を目撃した。
それは最初に奏吾達へと襲い掛かり、自分と同じように片割れを失くし、木へと叩きつけられ失神していた個体だった。
手負いの獣程恐ろしいものは無い。目を覚ますなり、その個体はアーニャには目もくれず、死へと向かうまでの最後の力を振り絞って、恨むべき奏吾へと向かって真っすぐに襲い掛かろうとしていた。
ならばと、奏吾の目の前にいる個体も同時に跳びかかろうと尾を縮ませた。
しかし、その刹那に蛇の身体は自分の意思とは関係なく凍り付いた。
この僅かな戦闘の時間の間に何度も見たその死神の笑顔が、
笑顔を湛えた奏吾の顔がその視界に映ったからだ。
その笑顔の残像は、すぐさま別のもので塞がれた。それは先程まで奏吾の後ろで襲い掛かろうとしていた個体そのものだった。まさに跳びかかった、という勢いで体当たりをしてきたその個体は、まるで奏吾を通り抜けたかのようにそのままもう一匹の蛇へとぶつかる。
二匹のフォーアイズは、そのままもつれ合うように地面を転がった。しかし何故だか二匹は離れることなく。向かい合わせのまま一つの塊となって転がる。
それからやっと、蛇たちは自分の腹に高熱が走っている事に気付いた。それが激痛だと解る頃には、二匹とも今まで以上の血を吐き出す。
何が起こったのか……見ると二匹は一本の剣で腹を貫かれ、縫い付けられていた。
圧倒的な力量差――。
意識が段々と薄れていく中、一匹のフォーアイズは再び走る腹部の激痛と同時に、あまりにも不可思議な現象をその目で目撃する事になる。
自分達に刺さっていた筈の剣が独りでに引き抜かれ、空中に弧を描きながら離れた場所にいる筈の奏吾の手へと自然に戻っていく。
しかしフォーアイズにはそれがどう不思議なのか理解する知能も、そんな事を考える時間も無く――ただ絶命した。
「ふぅ……こんなもんかな。アーニャの方はどう?」
「問題ありません」
奏吾がそう声をかけると、アーニャもまた戦闘が終了したのか金色の杖を抱えながら奏吾の方へと向かってきていた。
その後方には二匹のフォーアイズの氷の彫像が出来ている。
「流石、アーニャさん……」
感嘆をもらしながら奏吾は、サイドBの血糊を払って鞘へと納めた。
「奏吾様のホージュツの方が凄まじいと思うのですが……」
そう呆れた声で言うアーニャの視線には、奏吾が方術で焼いたフォーアイズの死体が黒焦げになって転がっていた。
「さっきのも、あの豚に使ったものと同じ……ルーメンの火……」
「うん。雷属性の方術なんだけど……」
「凄い威力ですね。なんで、あの豚にも同じ威力で撃たなかったですか?」
アーニャはゾクリするような冷たい響きで奏吾に問いかける。奏吾はそれに乾いた笑い声を返す。
「この威力でやったら、アイツだけじゃなくてギルドにいた人達にも迷惑かけるからね。それに出来るだけ人殺しはしたくないし……って、やっぱりあれって人なんだよね?」
奏吾はそう問いかけながら、数時間前に一度見ただけ奇妙な生き物の姿を思い出していた。
その生き物はまるで二足歩行する豚のようでありながら、ちゃんと服を着て耳も人間のように形をしていた。
そして何より人間の言葉を使い、何故か語尾に『ニャ』とつけるのだ。
どこかの方言のようなイントネーションならまだ納得できるのだが、それがどこぞのメイドカフェで使うような言葉遣いだった事に、奏吾は思い出しつつ鳥肌を立てる。
「一応……ですね。でもどういうことですか?」
「いや、最初豚の獣人なのかと思って」
「それは獣人に失礼です。絶対に人前では言ってはいけませんよ!」
いつになく厳しく怒ったように奏吾を叱責するアーニャに、奏吾は少し気圧されて高速で首を縦に振った。
「いいですか? 獣人というのは、人の姿に獣の特徴を持つ種族の事です。街にもいた獣の耳や尾を持つ人達の事です。彼奴のように獣の頭を持つのは“魔族”か豚頭種だとかです」
「えっ? っていう事はあのルチーニはマゾ……」
「違います。残念ながら人間です」
喰い気味にアーニャが訂正した為、ルチーニが変な性癖のようになってしまった事には触れず。アーニャは続けた。
「確かにあの気持ちの悪い豚は、あまりに豚に似た顔ですが一応人間です。
ですがそんな事よりも、獣人と魔族を混同していた事の方が問題です。獣人と魔族は全然別の存在なのです。獣人にそのような失礼な事は言ってはいけません。
今のような事を言うと獣人への侮辱になりますので今後は注意してください」
「りょ、了解しました……」
何故か敬礼しながら奏吾は内心冷や汗をかいていた。
正直、言葉を話す種族が人間しかいなかった世界からやってきた奏吾は、正直その獣人の種族の差がハッキリとわかっていなかったのだ。
確かに、ハルシャの街で奴隷として扱われている獣人は、所謂ケモミミ属性の者達ばかりで、顔や体は人間で獣の耳や尾を持つ者しかいなかった。
それに対し自分達冒険者が討伐する“魔物”にはオークのような獣の頭を持った種族が存在していた。
前の世界ではどちらも“獣人”と区別してしまいそうだったが、何をもって魔物と獣人を別けているのか曖昧であった。
取りあえず冒険者ギルドで討伐対象になっているものは“魔物”と判断して今まで動いてきたのだが……やはりちゃんとした見分け方があるようだった。
『よく、今までボロがでなかった――この二ヶ月で少しはこの世界の事が解った気になってたけど、まだ知らなきゃならない事はたくさんあるな』
奏吾は折角の勝利の余韻も忘れて、そう反省するのだった。