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RACRIMOSA ~異世界来る前からチート持ち~  作者: 夜光電卓
第二楽章 最強の冒険者
31/49

♯28 無力な夜

更新が滞り申し訳ございませんでした>>第二章以降から、勢い任せで書いてしまっていた為、色々不都合が生じて、書き直させて頂きました>>

ですが、基本のストーリーの流れは過去の ♯36(奏吾とディノの決闘前)までは変わりませんので、既にそこまで読んでいただいている方は、♯37から読んでいただいても大丈夫です>>

最新の♯37までは二時間おきに更新していくつもりですので、それまで大部変更に書き直した、新しい第二章を楽しんでいただければ幸いです>>


誤字脱字のご報告、評価、感想等ありましたらいただけると幸いです>>

反応があると筆者は単純なので、テンションが上がり頑張れます>>


今後ともよろしくお願い致します>>


 どうしてこうなった。なぜこうなった。

 自分はいったい何をしているのだろう。そして何も出来ないのか。

 どうすればいい。何をすればいい。


 奏吾はそんな風に悩んでいた。

 いや、同じように思っているのは奏吾だけではない筈だ。此処にいる誰もが、そして何よりこの家の持ち主であるワーカー・ビヨンドこそがそう思っているに違いなかった。

 奏吾目の前には心痛な面持ちで下を向く、ワーカーの姿が在る。

 すると奏吾の目の前にアクアムの娘、ユナが心配そうな顔で座っている奏吾の頭を撫でた。


「お兄ちゃん大丈夫?」


「俺は大丈夫だよ、ユナちゃん……」


 ユナに力なくそう笑いかけると、ワーカーの方へと二人して視線を送る。ワーカーの額には玉になるほどの汗の雫が浮かんでいる。


「おじちゃん……」


 ユナがそう心配そうに呟いた時、ワーカー宅の玄関の扉が勢いよく開け放たれた。

 現れたのはユナの父アクアムとその妻であるブラス、そしてサイドBのメンバーであるキッパだった。

 ユナは両親の顔を確認すると、二人の元へ駆け寄った。


「パパ! ママ!」


 二人はユナを優しく抱き留めると、鋭い視線をワーカーに向けた。


「状況は……?」


「奥の寝室で……」


「解った。ブラス頼む。ユナは儂達と一緒に待っていような」


 アクアムの言葉に二人は頷き、ユナも名残惜しそうにブラスから離れると、ブラスは一目散に家の奥へと向かった。


「ソーゴ、ダットさん達は!?」


 キッパの言葉に奏吾は首を横に振る。


「解ったっス。オイラ、ダットさん達を迎えに行ってくるッス!!」


 キッパはそう言うと慌ててまた玄関を飛び出していった。




 二層への階段のあるピラミッドでの下見を終えると、奏吾とアーニャはワーカー夫妻の住むビヨンド家へと向かった。

 夫妻との約束通り、あれから週に一度は必ずこの家へと夕食を取りに来ている。

 最近はアクアムの娘であるユナも、アーニャに会うためによく訪れており、皆で楽しく夕食を楽しむ事が多かった。


 今日は特に奏吾が明日には新人制度の期間が終了することを祝して、他にもダットにボッツ、ジャッシュやレッティ、キッパと言うサイドBの面々もそろい踏みだった。


 夕食は賑やかに進み、アーニャはユナにつきっきり。ダットとボッツとレッティは酒を飲んで陽気になり、暴れそうなレッティをジャッシュが抑え、キッパと奏吾が話しに花を咲かせる。

 そんな風景を、ワーカーとルルスが穏やかに見守る……そんな和やかな夕食の筈だった。

 それが急遽戦場へと変わったのは、レッティが六本目のワインを空けた頃だ。


「ジャッシュぅううう。お酒たんな~い!」


「レッティさんお祝いに持ってきたワイン全部空けちゃったじゃないですか!」


「ちがうも~ん。五本はダットさんとボッツさんが飲んだんだも~ん」


「レッティさんが飲んだ六本以外にって事ッスけどね。十二本持ってきたのに、もう一本しか残ってないじゃないッスか! ソーゴのお祝いッスよ!」


「まぁ、俺苦手だからいいけど。流石に呑み過ぎじゃないレッティさん」


「はぁ……仕方ない。一本持ってくるから、レッティはそれで最後にしなさいよ!」


「流石ルルスさん! そんな優しさに痺れる、憧れるぅ!」


「煽ててもそれ以上でないわよ」


「いや、ルルスお前甘すぎるゼ」


「じゃぁ、ダットはもういらないのね」


「すまん――なんでもない」


「ルルス、オレが行く。もうすぐ生まれるんだ。あんまり動くな!」


「大丈夫よこれぐらい。もうすぐって言っても予定は“涙の日”の前後よ。二週間も先のことよ」


「二週間しかないんだ。いいから大人しくしとけ」


「旦那、おれも手伝うわ」


「助かるボッツ」


「アーニャ、涙の日……って」


「ハイ。昼間に説明した二代目勇者マリアを祝う日の事です。丁度再来週ですね」


「なんだ、奏吾“涙の日”もしらないのか?」


「はぁ……山の中じゃ祝い事なんてしませんでしたから」


「そうなの? なら、楽しみにしてるといいわ。『勝利の日』や『平和の日』に比べるとしめやかで地味だけど、静かでとても好い日よ」


「オイラは『勝利の日』が好きっス。ハルシャどころか国中がどんちゃん騒ぎで!」


「ウチは断然『平和の日』ね。お酒ただで飲めるから!」


「まったく……レッティも魔術師の端くれなら、現代魔術の祖であるマリア様にもっと経緯を払って……そもそも『涙の日』っていうのは私達魔導を学ぶ者にとって……とって……うっ、うぅうう!」


「えっ、ルルスさん? ちょ、ちょっとワーカーさん! ルルスさんが!!」


「どうした! ルルス!? 大丈夫か……!?」


「う、……おな……か……が……」


「お腹……、どうした。大丈夫なのか!?」


「た……、たぶん……」


「たぶん……ってどうした赤ん坊が蹴ったのか! それともなにかの病気か! 体調が悪くなったか! なら取りあえずベッドで休んで……」


 その瞬間、ルルスはワーカーの胸倉を掴むと、一言叫んだ。


「たぶん、産まれるっっっ――!!」


「「はぁぁああああああああああああああ―――!!!!!!??????」」


 こうしてビヨンド家は戦場と化した。



 急いでルルスを奥の寝室へと運び、何故かアーニャの指示の元、レッティがお湯を沸かし始め、ダットとお産婆さんの家へと向かい。ボッツさんは足りなくなるかもしれない回復薬を買いに向かい、キッパはユナが居る事もある為、アクアムの元へと向かい。ジャッシュは念の為と言って、治療師を呼びに教院へと向かった。


 本来ならジャッシュが残り、その治癒魔術でサポートした方がいいのだが、そうしなかったのには理由があった。

 一つにはジャッシュ本人が教院の修行を、早い内にリタイアした僧崩れの為、比較的初級の治癒魔術しか使用できない点。

 もう一つはルーメン正教の治癒魔術には“カウンターショック”なる副作用が存在する点である。


 そもそもルーメン正教のお家芸とも呼ばれるこの治癒魔術は、光属性の魔力でないと発動できない。そして一般的な治療師と呼ばれる僧の使うその魔術の効果はといえば、治したい相手の自然治癒能力を高め、その速度を急激に早めるというものである。

 奏吾がこの世界にやって来たその日にヘビーベアの襲撃で、奏吾は一度ジャッシュの使用した治癒魔術を目撃している。それはジャッシュの詠唱と共に治癒魔術をかけられると、その相手が全身光に包まれ、目に見える速さで全身の傷が塞がっていくというものだった。

 さすがファンタジー世界の魔法と言いたいところだが、問題はこの魔術によって治癒された方は体力をゴッソリと奪ってしまう。これが治癒魔術における『カウンターショック』と呼ばれる副作用である。

様はルーメン正教の治癒魔術とは先に述べた様に、対象の自然治癒能力を限界以上に強化促進するエンチャント系の魔術であるらしく。実際に治癒しているのは対象本人の自力の自然治癒という事になる。即ちその強化された自然治癒を補うエネルギーは、対象本人のものであり。結果として傷は早く治る代わりに、その急激に使ったエネルギー分の体力がゴッソリと消費してしまうという事らしい。

過去にはこの副作用自体がよく知られておらず。せっかく傷が治っても、その分消費された体力の所為で力尽き、まるでショック死したかのように突然死ぬものが多かったという。これがカウンターショックというものの正体だ。

その為、現在では体力を回復する回復薬などとの併用がセオリーとなっており、襲撃の際もサイドBの面々はその補助としてずっと回復薬を飲み続けていた。


 このカウンターショックがあるため、出産の場合はあまりに酷い状況でない限り、ルーメン正教の治療は行われない。ジャッシュが治療師を呼びに行ったのは、あくまで念のためである。


 ただし王族や貴族を診る事の出来る、上級僧……もしくはそれ以上の階級の僧にのみ伝えられる秘儀の中には、そのような副作用も無い回復魔術も存在するとも噂されているが、一般市民がそれを受けられる機会はほとんど無い。


 ならば氣による回復が可能な奏吾がサポートする。という方法もあるのだが、一般的に認知されているヘルブストの魔術と違い、ゾーマンの魔術はその流派も多くバラバラで、どのような術式で成しているのか、ヘルブストの民には未知の魔術と言っていい。その為どんな副作用が存在するのか解らないので忌避されることが多いという。二か月前の場合はワーカー達が信用してくれたからこそ奏吾も手伝う事が出来たが、普通はそうもいかないらしい。

 特に今回は出産であるため、母子ともにどんな影響が出るか解らない以上、遠慮してほしいと奏吾はワーカーから言われていた。

 奏吾自身は自分の氣によって、何かしらの副作用が出るとは思っていなかったが、氣即ち魔力というのが解っている現状、何かしらの魔力干渉で影響がでないとも限らないので自粛している。


 つまり現状、奏吾にできる事は何も無く。ワーカーともどもただただ事の推移を見守り、待つことしかできる事は無く。


「無力だ……」


 ワーカーの呟き同様、奏吾もまた無力でしかなかった。


 そして時間は冒頭に舞い戻る。ブラスへの助力と、ユナの対応の為にキッパがサーストン商会へ出向き、二人を連れてくる。

 その後、ダットとボッツが産婆をおぶって連れ来て、ジャッシュもまた教院から治療師を呼んで来た。

 女性陣は奥の寝室へと消えていき、男性陣はただリビングで待つだけとなってしまった。

 唯一、キッパとジャッシュが沸かし続けているお湯を、何度もレッティが奥の寝室へと運び続けていた。

 奥からはルルスの悲鳴のような声が響き続け、疲れすぎたユナ以外、誰も眠る事が出来ずに夜は続いた。


 深夜も過ぎ、もう数刻もすれば空が白け始めると思われた頃、突然それは起きた。いや起きたのは眠っていた筈のユナである。


「誰……?」


 不意に目覚めたユナはそう呟くと、その視線は中空のある一点を凝視していた。


「どうしたユナ?」


 聞いたのはアクアムだったが、その様子に皆の視線がユナへと集まっていた。


「ルルスさんの所に行くの?」


 何もない筈の宙をユナはなおも凝視している。

 その様子に皆がまだユナが寝ぼけていると判じた。しかしユナの独り言はまだ続く。


「お兄ちゃん……どこかで会った事……ある?」


 いつも呼ばれている『お兄ちゃん』の呼び名を聞いて奏吾が反応するが、ユナはそう言うとその視線の先に向けて不思議そうに首をかしげる。


「ユナ、無理してないでまだ寝てていいんだよ」


 アクアムがそう言うが、ユナはやはりその視線を崩さない。


「……そっか、会いに来たんだね。……うん、私も行く」


 ユナはそう言うとアクアムの側を離れ、奥の寝室へと向かおうとする。アクアムがそれを止めようとするが、ワーカーがそれを制止した。ワーカーも流石にしびれを切らしたのだろう。丁度いいと、ユナと共に寝室へと向かって行った。


「一息つきますか、オイラお茶沸かすッス」


「俺も手伝います……」


 ユナとワーカーが動いた事で、沈黙の空気が解れたのかキッパの提案に奏吾が立ち上がろうとしたその時、その旋律が皆の胸を貫いた。

 高い高い豊穣の音。

生命の誕生を現す喜びの歌。


 それは赤ん坊の泣き声だった。


 瞬間、一同の目が丸々と見開かれ、誰もが身体強化の魔術でも使ったのではないかという素早さで寝室へと向かう。

 ドタドタと煩わしい足音を震わせ向かっていると、寝室の扉から小さな影がアクアムへと向かって飛びこんだ。

 アクアムがそれを抱きすくめると、そこには泣いているユナがいた。

 ただし、飛び切りの笑顔をしながら。


「生まれた! パパ、赤ちゃん産まれたよ!」


 全員が号砲のような歓声を上げる。


「ちょっと、ウルサイよ!!」


 寝室からそうレッティが怒ったが、その目は泣き腫らしたのか真赤だった。

 そしてその隙間から、ベッドで疲労の色を見せながらも幸せそうな笑顔を覗かせるルルスと、おくるみに包まれた小さな命を大事そうに抱えながら、一際大声で泣くワーカーの姿が垣間見ることが出来た。


 こうしてこの日の夜明け前。ワーカー・ビヨンドとルルス・ビヨンドの一人息子、後に最強の冒険者と呼ばれるエストン・ビヨンドが、この冒険者の街ハルシャに生を受ける事となった。





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