♯27 火の三勇
更新が滞り申し訳ございませんでした>>第二章以降から、勢い任せで書いてしまっていた為、色々不都合が生じて、書き直させて頂きました>>
ですが、基本のストーリーの流れは過去の ♯36(奏吾とディノの決闘前)までは変わりませんので、既にそこまで読んでいただいている方は、♯37から読んでいただいても大丈夫です>>
最新の♯37までは二時間おきに更新していくつもりですので、それまで大部変更に書き直した、新しい第二章を楽しんでいただければ幸いです>>
誤字脱字のご報告、評価、感想等ありましたらいただけると幸いです>>
反応があると筆者は単純なので、テンションが上がり頑張れます>>
今後ともよろしくお願い致します>>
大迷宮は、奏吾のやって来たこの“トリニタ”という世界に於いて四つ存在していると言われていた。
ヘルブストの『大ハルシャ』の他には、ゾンマー連合の『大迷宮シャンルクエ』。エルフの住む東の聖域、フリューリンクにあると言われる『大迷宮ブロッサム』。そして北の大陸にある魔族の国ヴィンターにある『大迷宮ツバキ』の四つである。
この中で唯一攻略をされていると言われているのは大ハルシャのみである。
攻略したのは七百年前、ヘルブストがまだ“王国”では無く、“帝国”であった時分。血で血を洗う魔族との大戦を終わらせる為、ヘルブスト帝国がルーメン正教とルーメン神の力を借り、異世界から招いた初代勇者アーシャであった。
それに対し他の三つに至っては、挑むものはいるものの、その難易度の高さの所為か攻略をしたという者はおらず。
また、いたとしてもフリューリンクやヴィンターはその地域を支配する種族の秘密主義の為か、大迷宮自体の情報も秘匿されていて、その詳細どころか大迷宮の存在自体もヘルブストやゾンマーでは疑問視されている。
ゾーマン連合にあるシャンクルエは、ゾンマー連合とその冒険者ギルドにその実在は認められており、現在も攻略挑戦者がいるにはいる。
しかし大ハルシャと違い砂漠の中にあるというそのあまりにも苛酷な立地の所為で、大ハルシャに比べれば容易に向かう事も出来ず。またゾンマー連合の特性上、その砂漠に接するいくつかの国が大迷宮の所有権を取り合っている為、ヘルブストのように大々的に開拓団を送る事も出来ないため、その攻略が厳しくわざわざ大迷宮を目指す冒険者は少数しかおらず、攻略はほとんど進んでいない。
だからと言って大ハルシャにしてもその全容が詳細に解っている訳では無い。
初代勇者が踏破したという最上階第七階層までの道のりも、初代勇者が語ったものしか存在せず。七百年経った今では御伽噺も同様で、本当に七層もあるのかは証明至っていない。
そもそも先に述べたように、このハルシャの街を切り拓いたのは三代目勇者ジューヤであるが、彼も実際にはこの街の開拓に最後まで関わっていた訳では無い。
戦争がヘルブストとゾンマーの連合軍の勝利に終わった後、暫くは三代目勇者もこの冒険者の街の開拓を進めようとしていた。しかしその半ばで、ヘルブスト帝国は共に戦ったゾンマー連合と同格とする為帝国から王国へと変わり、その初代国王の第二王女を降嫁され、同時にゾンマー連合に隣接する土地を与えられてザルカントという国を興して王となった。
その為、大迷宮の開拓はその後残された冒険者達に委ねられた。その結果が三百年後に奏吾が見ている現在の冒険者の街ハルシャの姿である。
冒険者が三百年もの時間をかけ、その生存権を少しずつ広げて造り上げてきたのが、まさに“冒険者の冒険者による冒険者の為の街”ハルシャなのである。
だがこのハルシャの繁栄はまさに人間の生存権を大迷宮内に広げるという偉業にのみ集中されていた。
神によって招かれ、人外と言っても過言ではない力を有した勇者がいるならばまだしも、開拓と攻略を共存できるほどこの三百年は長くはなかった。
その結果が大迷宮の攻略遅れであり、冒険者の街が安定をし始め、やっと冒険者達が上層階を目指し始めたのは此処半世紀程の事でしかない。
この上層階への攻略が半世紀前から急に動き始めたのにも勿論理由がある。それが第一層の階段部屋の発見であった。
そしてすぐに部屋に魔物や魔獣が出現しないかなどの安全の検証がされると、冒険者達は、上層階へと向かうための中継地点として階段部屋をも開拓し始めた。二百五十年近くで築き上げたノウハウは凄まじく。第一層の階段部屋はあっという間に街と遜色ないほどになった。
第二層の階段部屋も程なく見つかり、現在は第三層までの階段部屋がちょっとした集落程度まで開拓が進んでいる。
ただこの階段部屋が、ある意味現在のハルシャに於ける三つの勢力の覇権争いを三竦みにしてしまった原因となったのだが……それはまた別の機会に話すとしよう。
さて、この大迷宮大ハルシャ。そして冒険者の街ハルシャの開拓と繁栄は、ヘルブストという王国に多大な富を齎した。
ほぼ無尽蔵に湧き出る魔獣や魔物など大迷宮から取りえる素材は、冒険者ギルドを通して、ヘルブスト王国中へと流通し、ゾンマー連合との貿易の要として王国に帝国の時以上の繁栄を齎した。
その為かヘルブストでは元々人気であった勇者の存在が、ヘルブスト繁栄の礎を創ったと、まるで神の如く祀られ神聖化していくようになっていく。
これに勇者を召喚したルーメン正教が公式に、異世界より召喚した三人の勇者を、光の神ルーメンが遣わした使徒と発表し、ヘルブスト王国が崇拝するルーメン神から遣わされ『希望の火』を与えた黄金竜と共に国の象徴として、それぞれの二つ名に合わせた祝日を制定し、勇者とその偉業を讃える祭りがヘルブスト各地で催されるようにもなっていった。
そんな三人のかつてヘルブストに異世界から召喚された三人の勇者。
現在彼等は総じて、
“火の三勇”
そう呼ばれるようになった。
彼等は脆弱な人々に黄金竜が与えた『希望の火』を象徴するかのように、皆火の属性の守護霊を宿し、ルーメン神から遣わされ、人々の為に戦った。それが“火”と冠される理由である。
同時に異世界から来た彼等は、その類まれ無い能力や、異世界の知識で人々に何かしらの恩恵をも与えていった。
希望と平和の勇者と呼ばれる初代勇者アーシャは歴史上唯一大迷宮を攻略し、魔族との大戦の中、その優しさを持って魔王と和平を交渉し、世界に平和をもたらした。
戦争が終結し、魔族と和平を結んだ日は、『平和の日』と呼ばれ、現在は初代勇者と平和祝う日になり。アーシャ自身が平和という希望をヘルブストにもたらした最初の人物として、『平和』の象徴とされている。
哀しみと不屈の勇者と呼ばれる二代目勇者マリアは、魔族との大戦では敗北したものの、魔術を研究し、現在のヘルブストでの魔術体系の礎を築いた。
彼女が魔族との戦争に敗北し、涙ながら逃避行を始めた日を、その悔しさを忘れない為に『涙の日』と称されるようになり。そして敗戦した後も、諦めずヘルブストの為に魔術の研究で発展させた事から、敗北で涙するような事があっても、諦めず希望を捨てないとして、『不屈』の象徴とされている。
そして三百年前に召喚された勝利と改革の三代目勇者ジューヤ・リンクスレイは魔族との大戦に勝利し、人間の生活圏を奪取拡大させただけでなく。冒険者ギルドの布教と整備。そして文化革命を起こし、ヘルブスト王から認められ、新たにザルカント王国を興した事から、彼が戦争に勝利した日を『勝利の日』として祝い。ヘルブストに勝利という希望を与えた『勝利』の象徴とされている。
この三人がヘルブストに与えた希望――とヘルブストに古より伝わる『希望の火』伝説が合わさる事によって、とある絵画がいつからかヘルブスト中で描かれるようになっていった。
火を吐く黄金の竜。それを囲む三匹の幻獣。
炎から飛び出す青い不死鳥。火と踊る緑色の妖精。そして炎の鬣を靡かせる白いユニコーン。
『希望の火』の伝説に出てくる聖獣黄金竜と、火の三勇の守護霊達が描かれた四聖獣の壁画である。
ヘルブストでは彼等三人の守護霊、初代のフェニックス、二代目のバンシー、三代目のユニコーンと、ヘルブストの国旗にも描かれる『希望の火』を授けた黄金竜を合わせて四聖獣と呼び、ヘルブストの民草で今もなお崇拝し続けてられいる。
そして此処大迷宮大ハルシャの階段部屋では、その図が階段の入口に必ず飾られていた。
冒険者が“上層階へと向かう時に、どんな苦難があっても希望を捨てないように”と……。
「フェニックス、バンシー、ユニコーン……なんかどこかの宇宙世紀を思い出すチョイスだな。なんかオードリーとかミネバとか出てきそうな気がしないでもないけど」
「ミネバは解りませんが。オードリーならば三代目勇者、ジューヤ・ザルカント・リンクスレイの王妃で、初代ヘルブスト王の第二王女の名前ですよ」
アーニャの言葉に奏吾はガクッと肩を落とす。もうネーミングセンスが偏り過ぎている。特に奏吾がいた世界のオタク文化寄りに。奏吾にはこの浅はかな設定に、どうしてもあの薄ら笑いを浮かべる似非医者の顔がチラチラと垣間見える気がしてならない。
「はぁ……、まぁ、深く考えたところでしょうがないよな。なるようにしかならないだろうし」
「奏吾様?」
「いやなんでもない。とりあえずなんでここにこの四匹の絵が描かれているのかは理解できた。ありがとうアーニャ」
奏吾はそう言うと目の前の四聖獣の刻まれた壁画を再び見あげた。
「だけど、二代目勇者だけ浮いてる感じするよね。初代は平和を象徴するから平和の日。三代目は勝利を象徴するから勝利の日……なのに二代目は諦めない、不屈……なのに“涙の日”って――なんか祭日にするにはネガティブじゃない?」
「それがさっき奏吾様に涙の日を告げなかった理由です。元々『涙の日』と言うのは二代目勇者マリアが敗戦に涙し逃亡する最中、その涙する姿に心打たれた民が、彼女の哀しみを忘れない為に言いだしたと言われています。だから他の二つの日と違い、華やかに祝う事はしないと……。世間的には言われています」
「世間的には……って事は、そのココロは?」
「なんだかんだ言っても、魔族に戦争で負けた日なので……」
「そりゃ、大々的に祝えないよね」
奏吾はそう言って乾いた笑みを浮かべる。
「そういえば今聞いていて思ったんだけど。初代勇者はこの大ハルシャを七層まで攻略してたんだよね? なのになんでこのダンジョンはまだあるの?」
不意に疑問に思ったのか、奏吾がそう尋ねるとアーニャも難しい顔をしていた。
「そうですね。たしかに大迷宮と呼ばれない迷宮。所謂ダンジョンとか小迷宮なんて呼ばれるものは、最奥にある番人を倒すか、宝玉と呼ばれる魔石を取り外すと、段々消滅していきますが、大迷宮はその手のダンジョンとは違うみたいです」
この世界には大迷宮以外にも突発的に現れる“ダンジョン”もしくは“小迷宮”と呼ばれるものが存在する。これはアーニャが奏吾に語ったところによると、天災のようなもので、突然地面などに穴が空き、そこから魔物や魔獣が出てくるのだという。
中は迷路のようになっており、最奥にいる迷宮の番人、もしくはその番人が守っている宝玉と呼ばれる魔石をダンジョンから持ちだすと、自然に消えていくらしい。
奏吾の感覚で言えば、こちらの方が元の世界のゲームなどでお馴染のダンジョンによく似ている。
番人はダンジョンボスだろうし、宝玉はダンジョンコアと同じものだろうと推察している。
「そこを含めて大迷宮とダンジョンとで区別している……というのもあるみたいですが、大迷宮に比べればダンジョンはとても小さいですし。何より初代勇者の伝説によれば、この大ハルシャの最上層、第七層には……何も無かったそうです」
「何も無かった?」
「あっ……正確には番人も宝玉も無かった。という事だそうです。代わりに広い空間と神殿のような建物があったそうです」
「神殿?」
「はい、しかしその神殿の中には階段どころか壁も何もなく。ただ屋根とそれを支える柱だけがあったそうです。なのでこの大迷宮は全部で七層までしかないと当時の初代勇者と人達は結論付けたみたいですが……」
「という事はもしかしたら他の階層みたいに階段部屋が隠されていて、まだその上も……」
「あるのかもしれませんね。もしあるのなら、奏吾様はその扉をきっとみつける事ができますよ」
アーニャはそう言って笑顔になるが、奏吾はそれに苦笑で答える。
それは買いかぶりというものだと。
自分は勇者では無い。
異世界から来たし、守護霊も持っている。力もチート並みだけれど、あくまで自分は冒険者であると。
この二ヶ月で奏吾はより強くそう思えるようになっていた。奏吾がこの異世界トリニタに来て、そしてアーニャがその奴隷となって凡そ二ヶ月。
此処まで奏吾にとっては異世界の新鮮な日々であったが、同時に冒険者としては何の変哲もない平和な日々だった。
先ほどの新人制度の話しをアーニャから聞き、あの気さくなお姉さんリックが、まだ教え忘れている事があったなんて一幕もあったが、今はアーニャがサポートしてくれているので、あまり問題にはなっていない。
むしろアーニャがいなかったら大変な事になっていたのではないかと思う。
ワーカー達サイドBの面々、アクアム一家に、ビッグレッド武具店のオアカなど、多くは無いものの奏吾は親交を深め、そしてこの街に馴染みつつあった。
そして明後日から、奏吾は本当の意味でこのハルシャの冒険者として生きていくことになる。
不安や未来に来るであろう面倒事に頭抱える問題もあるが、今はこの世界に来て、少しばかり奏吾は嬉しいと思っていた。
「そろそろ街に帰ろうか? ユナちゃんもきっと待ってるよ……」
奏吾の言葉にアーニャは頷くと、二人して二層へ続く階段に背を向けた。
明後日には再びやって来て、今度こそその階段を踏みしめる事になるだろう。
そんな奏吾の一人前の冒険者としての日々が、遂に始まろうとしていた。