♯24 異世界の魔術
第二十四話です。
毎度のことながら誤字脱字の報告、感想、質問等ありましたらお待ちしております>>
是非お願いいたします。よろしくお願いいたします>>
次回は土曜に更新したいと思います>>
それから、次回少々お知らせを活動報告に載せたい思います。
「駄目だ――」
アーニャ・ネイキッドが奏吾の奴隷となった翌日。奏吾とアーニャは再びサーストン商会へと足を運んだ。
先日慌てて出ていってしまった為、取り忘れたアーニャの荷物を取りに来た訳だが、出迎えてくれたのはアクアムだけでは無かった。
彼の妻であるブラス。そして愛娘のユナ。アクアムの話しによるとアーニャは奏吾の奴隷になるまで、アクアムの奴隷でありながら家族のように迎え入れられていたらしく、ちゃんと挨拶をしていなかったとわざわざ二人を呼んだらしい。
アクアムが二人を紹介すると、娘のユナが奏吾に一つお願いがあると言ってきた。それは奴隷商で惰民でもあるユナにはこの街で友達と呼べる存在はなく。そんな彼女にとってアーニャは家族であり、姉であり、友達のような存在だったと言う。
しかし奏吾の奴隷になったことで離ればなれになるので淋しく、たまにでいいからアーニャに会いに、二人の住む冒険者寮バガボンドに遊びに行って良いかと言うことだった。
それを聞いた奏吾が即答こそ、先ほどの『駄目だ』の一言であった。
「ダメなの……?」
ユナが哀しそうにその言葉を繰り返す。アーニャもまた哀しそうな目をしながらユナを諭しだした。
「ユナちゃんごめんね。私は奏吾様の奴隷。所有物。今までみたいに自由には会えないの」
「そんな……」
ユナは涙目で奏吾を見上げる。しかし奏吾の視線は厳しく、ユナを見てすらいなかった。
その様子にアクアムも意外そうだったが、ユナの頭を撫でながら「仕方ないな」と言うしかなかった。だが、母のブラスはあまりに自分の娘がかわいそうだったのか、奏吾に頭を下げる。
「ソーゴ様、お願いいたします。お渡しした奴隷についてとやかく言うのは奴隷商として恥ずべき行為なのは解っています。ですがどうか、どうか娘の些細な願いを――」
そこで、奏吾がハッと我に返ったように頭を下げるブラスに気づいた。
「えっ、ちょっと待って下さい。なんでブラスさん頭下げてるんですか!?」
その言葉に一同が疑問符を浮かべる。
「今奏吾様が私がユナちゃんと会うのは駄目だとおっしゃったので……」
「あっ、違う違う。ごめん考え事してたせいで変な勘違いさせちゃったみたい」
アーニャの言葉に奏吾は慌てたように否定する。
「ユナちゃんがアーニャに会いたいなら、別に俺の許可なんていらないよ。むしろこっちからお願いしたいくらいだし、どうもアーニャは奴隷根性が強いから、そういうのを直すためにもユナちゃんには協力してほしいんだけど」
奏吾の言葉に皆ついていけず、ユナも目を丸くしている。
「私、アーニャに会っていいの?」
「もちろん、たくさん遊んでくれると俺も嬉しい」
「し、しかしソーゴ様は今駄目と……」
アーニャの疑問は当然だった。しかし奏吾はかぶりを振ると、
「いや、俺が駄目と言ったのはユナちゃんがウチに来ること」
「やっぱり会っちゃ……」
「違う違う。いいかい? 俺が言ったのはユナちゃんみたいな可愛い子が冒険者寮のような危険で危ない場所に来ちゃ駄目だって事なんだ」
奏吾は自信満々にそう言うが、聞いている者達は彼が何を言おうとしているのかさっぱりわからない。
「そ、奏吾様?」
「いいかい? 冒険者はけしていい人ばかりじゃない。ワーカーさん達みたいな人ばかりじゃないんだ。そんな危険があるところにユナちゃんは来ちゃいけない。関わっちゃいけない」
「ソーゴ様? と言ってもユナはこの街で育ってますし、それほど心配することでは……」
「なに言ってるんですか、ブラスさん。こんな可愛い子を冒険者の巣窟みたいな場所に行かせるなんて、狼の群れの中に子ウサギ放り投げるみたいなもんですよ」
奏吾の言葉にブラスは呆れつつ「そんな事は……ねぇ」と夫に促すがアクアムは先程の奏吾のような厳しい顔をしながら「確かに……」と呟いていた。
「あ、あの奏吾様?」
「だからアーニャがユナちゃんに会いに行けばいいんだが。アーニャもまたユナちゃんに負けない美女だ……アクアムさんのところにいる分はいいが、帰って来るときなんかは心配だ」
奏吾の言葉にアクアムもウンウンと頷いている。
女性陣二人はもう完全に呆気に取られている。
「あの奏吾様? 私一応大Ⅱ位の冒険者なので大抵の事は自分でなんとか……」
「その油断が命取りだ」
奏吾は般若のような顔で鋭く告げる。ユナはそれに驚きヒッと小さく悲鳴を上げる。
「だからといってユナちゃんを家から出さないと言うのも情操教育上よくない。アーニャと会いに行くというのはきっと悪いことじゃない。なら何がダメなのか……それは場所だ。ユナちゃんが安全にアーニャに会いにこれる場所。安全に遊びにこれる場所。それをさっき悩んでたんだ」
ここまで来るとアーニャもブラスもあきれ果てていたが、アクアムだけは奏吾と同意するように頷いている。
「えっと私はアーニャに会ってもいいの?」
結局のところ、当の本人であるユナは奏吾の言っている事が理解出来ず、改めてそう聞き直した。奏吾は笑顔で頷く。その肯定にユナは満面の笑みを見せた。
「ありがとう、ソーゴお兄ちゃん!」
突然、奏吾は銃声の幻聴を耳にした。その幻影の銃弾は彼の胸を深々と打ち抜き、そして奏吾は自分の奥底から湧き出る何かを、必死に抑えようとする。
『俺はロリコンじゃない、俺はロリコンじゃない、俺はロリ……』
心の奥でそう叫びながら、その愛らしい笑顔の少女に抱きつくまいと必死に本能に抵抗を試み続ける。
「これはやっぱり、ワーカーさんトコみたいに家を持つ事を本気で考えるかな……」
いつの間にかアーニャと喜びを分かち合っているユナを見ながら、奏吾はボソッと呟いた。
「そうだ、アーニャとソーゴお兄ちゃんはアーニャのお荷物取りに来たんだよね! ユナもお手伝いするよ!」
そう言ってユナはアーニャと手を繋いで案内をし始めた。奏吾も二人の後姿をニヤニヤと見つめながらその後について行く。
「なにか変な方ですが、悪い人ではなさそうで安心しました……アーニャの待ち人ですもの、当たり前なんでしょうけど。ね、あなた――」
ブラスがそうアクアムに声をかけたが、アクアムは一人腕を組んで三人の後姿を見つめていた。
「あなた? どうかしましたか?」
「家……ね……」
アクアムはそう言うと一人口元を緩ましながら、その不思議なその少年の背に何かを見ていた。
「コール……アクアショット!」
その瞬間五つの水弾は一直線に前衛にいた五匹のクリムゾンウルフへと向かった。
高圧の水の塊が一発も外れることなくクリムゾンウルフに当たると、骨の砕けるような鈍い音が鳴り、悲痛な悲鳴と共に衝撃で五匹の狼達が吹っ飛んだ。
「これが……この世界の魔法か……」
奏吾はその光景を目の前にして、ただ目を丸くしていた。
彼の目の前には今、天女がいる。青みがかった光沢のある緑色の衣装……奏吾のいた世界で言うアオザイに似たその衣装を着たその天女は、前衛がいなくなりこの群れのリーダーであろう特に大きな個体の姿が顕わになると、持っている金色の杖を振りながら同時に詠唱を叫びつつ宙へと跳ぶ。
「コール……」
宙を舞いながら彼女は詠唱する。リーダーの狼は天女を視界に捉えながら『グルルル』
と唸り己も飛び上がった。
天女と狼が交差する。一人と一匹が地に落ちた時、狼の方は真っ二つになっていた。
しかし狼は大きく切り裂かれたというのに一滴も血を漏らさなかった。
代わりに天女のもつ、金色の1m半はあろうかという杖の尖端に氷の穂先が出来ておりその刃だけがいささか紅く濡れている。
「『氷槍』(Grande Sonate pathétique)――」
槍の血糊を払いながら、天女――アーニャ・ネイキッドはそう呟いた。
見ればリーダーの切断面は見事に凍り付いている。
「凄いな……これが大Ⅱ位の実力なのか……」
ただ茫然とアーニャの戦闘を見ていた奏吾はそう感嘆を漏らす。
サーストン商会を出た後、アーニャの荷物を持つと奏吾達はそのまま冒険者ギルドへ向かい、先日と同じように薬草採取の依頼を受けて迷宮へと向かった。
その際にアーニャを連れて冒険者ギルドへ行ったことで多少のいざこざはあったものの、昼になる前には先日ゴブリン達を奏吾が屠った森までやってこれた。
そしてそこで奏吾はあらためて今後一緒にパーティを組む、アーニャの実力を知りたいと頼んだのだが、その結果がこれだった。
偶々発見した濃い赤色の体毛を持つ狼、クリムゾンウルフの群れは、邂逅してからカップラーメンが出来るよりも早く、その儚い命を散らした。
「最初のアクアショットだっけ……あれは水属性の魔法だよな。って事はアーニャは水属性の魔法使いって事?」
「いえ、私はその区分けで言うと魔導士という事になっています。水の他に火と風の属性を使えますので」
「という事になってるというのが気になるんですが……」
奏吾はそう言いながらアーニャの方へ近づいていくと槍の穂先はいつの間にか溶けており、槍は杖に、そしてその先の地面には少し赤みがかった水溜りが小さくできていた。
「この国の魔術体系の大別で言うと、正確には私は賢者と呼ばれる区分けになります」
その言葉に奏吾は足を止めた。
「け、賢者!? それって存在しない筈の……」
「そうですね。この国ではあまりにも珍しいらしいので、変に目立つのを避けるため土属性は封印して魔導士という事にしています。実際、土属性の生成は苦手なので」
「生成……?」
「先日四属性について説明しましたが、その属性魔法が使える……使えないという線引きは、その属性を顕現できるかどうかという所になります。つまり火属性なら火を魔力で創り、水属性なら水を、風属性なら風を、土属性なら土を……という事になります」
「つまり、アーニャは得意でないが土も魔法で顕現できると」
「出来て一握り程ですね。先程の水のようにはいきません。私が得意なのは水、風、火、土と言った感じです」
「それって秘密だったんだよね? 俺なんかに言ってよかったの?」
「勿論です。奏吾様は私のご主人様ですから」
そう満面の笑みで答えるアーニャに奏吾は苦笑するしかなかった。
「そういえば最後の氷の槍、あれも水属性になるの?」
奏吾がそう聞くと、アーニャは少し困ったように口ごもった。
「あれは正確には水属性ではないんです。少なくともこの国では……」
「この国では?」
「はい。このヘルブストの魔術体系は統一されていまして。五百年前、二代目勇者がその基礎を創られたと伝えられています。そこで語られる魔術属性は五つ、火、水、土、風、光……。その他にも時折この五つの属性以外の属性持ち、つまり光属性ではなく、先程の四つ以外の何かを顕現する者が出ることもあります。とても希少で、そんな希少な四属性以外の属性持ちは希少属性なんて呼ばれたりします。
なので先程の氷も、この国でいえば希少属性という分類になります」
「という事は、この国以外では違うって事だよね」
「ヘルブストは魔術体系が一つと言いましたが、ヘルブスト以外だと魔術流派自体はそれだけではありません。私の住んでいたゾーマンは連合国である所為もあって、色々な流派が混在しています。
そこでは五属性思想以外の魔術大別もたくさんあるので、その中で独自に発展してきた魔術としてこの国で言う希少属性も再現は可能なんです。
ただしそれぞれ秘密主義かつ複雑なのでどの流派もその使い手は少数です。逆にこのヘルブストの魔術体系は解り易く、魔力が多少多ければ誰でも使えるため、この国の魔術戦力の増加につながり、ヘルブストを大国にした経緯があります」
「つまり、アーニャはゾーマンで魔術を学んだからこのヘルブストでは不可能と呼ばれた四つの属性を使えるし、さっきの氷の魔術のような希少属性も使えると……」
「簡単に言えばそういう事になります」
またまた知らない事が増えてきていた。この世界ではゲームみたいにみんな魔法をバカスカ打てるという訳では無いみたいだ。その辺りは統一してもらいたい所だったが、これはゲームでなく現実。そう簡単に都合よくはいかないようだと、奏吾は肩を落とす。
十七年間も付き合ってきた氣という他人には無い力。
それがこの世界では誰でも持っている魔力だと言われ、誰よりも知っているその力が、今では全く知らない異質なモノのように思えてくる。
五つの魔術属性。この世界の魔術体系を整えたという二代目勇者。冒険者ギルドでは三代目勇者という名も出てきた。それなら初代勇者と呼ばれる存在もいる筈である。
自分にはまだまだ知るべき必要な事が山のようにある気がして、奏吾は目を回しそうな思いだった。
ただでさえアーニャという正体不明の美女を傍らに置くことにしたのだ。それに奏吾を巻き込んだ勇者召喚。この大ハルシャという迷宮……気が滅入ってくる。
「そういう奏吾様も希少属性の使い手ですよ」
事もなげに言ったアーニャの言葉に、奏吾は再び目を丸くしたのだった。
奏吾 「なぁ、ちょっと質問があるんだけど……」
妹 「ついにお兄ちゃんもこの嘘予告という設定を無視し始めましたね。いいでしょう。その心意気に経緯を評しまして、答えてあげましょう。さぁ、どうぞ!」
奏吾 「なんか偉そうだな、おい。まぁいいか。お前が俺の妹だとして、当たり前だけど俺の父さん? が、許嫁と結婚したから生まれたって事になるんだよね?」
妹 「はぁ……、お兄ちゃん。何処までバカなんですか。残念です。かわいそうごさんです」
奏吾 「いや待て待て。あくまで確認だ。俺が気になるのはその時系列だよ」
妹 「時系列ですか?」
奏吾 「ああ、俺が生まれたのは現在までの情報だと母さんと父さんが二十歳の頃だ。多少の誤差があったとしても21歳に俺が生まれてる。これはいいか?」
妹 「そうですね。そこは間違ってないと思いますよ」
奏吾 「つまり、お前と長男と呼ばれる存在は、その後に生まれた事になる……そうだよな?」
妹 「お兄ちゃん。さっきから同じこと繰り返してますよ」
奏吾 「それでだ。例えばそのすぐ後に結婚して子供ができたとしても、長男もしくはお前は、父さんが22歳もしくは23歳の頃に第一子を生んだという事になるんだよな?」
妹 「そうですね。まぁ、そんなすぐではないと思いますが……」
奏吾 「その通りなんだ!」
妹 「はい?」
奏吾 「父さんは代議士の息子だ。ゆくゆくはその地盤を引き継ぐ為に、許嫁なんていうお前の母さんと結婚することが決まっていた。そんな父さんが大学を卒業するかしないかの頃に結婚して子供までつくるか? 世間体を気にせず?」
妹 「そうですね。思いのほかまっとうな推理だと思います」
奏吾 「だろ? なら、父さんが結婚したのは最短で23歳か24歳。それから子供をつくって生むとなると、父さんの年齢は24歳か25歳という事になる。つまり俺とその第一子との間には、三歳から五歳の年齢差がある筈だ。それも最短で……」
妹 「そうですね……実際はそんなにすぐ結婚するとは思えないので、どこかの会社に勤めたり、お爺様の秘書とかして少しでも社会経験を積ませてら結婚という事になるから、もう少し遅くなると思います。一度も社会に出てない人の所に嫁をやるなんて、普通の父親なら嫌でしょうし。世間体を気にすれば余計に……」
奏吾 「俺もそう思う。だとするなら、お前の年齢設定が疑問なんだよ」
妹 「私の年齢ですか?」
奏吾 「お前か長男かは解らないが、その第一子との年齢差は三歳から五歳……たぶんもっとあるだろうというのが予想だけど。そして現在の、つまりこのトリニタに来た時点での年齢は17歳なんだよ」
妹 「という事は……私か長男は、最短で12歳から14歳って事になりますか……ん? 最短で?」
奏吾 「そうだ。おそらくお前の言った通り、その最短っていう推測は間違っているだろう。父さん大学を卒業して、一年か二年……世間に出てから結婚した。これが俺の思う正解だ。つまり子供が出来たのはそれ以降……少なくとも14歳じゃない。13歳か12歳もしくはそれ以下になる。そしてなにより、長男と呼ばれる存在が、お前の弟ではなく、兄になるとしたらお前はの年齢はそれよりも下がる事になる。しかし、この嘘予告で見せるお前の言動はとてもその年齢にとても……」
妹 「という訳で、謎展開の次回『異世界来る前からチート持ち ~ Racclimosa ~』
♯25 第一楽章最終話『嘘と煩悩』 是非ご覧ください」
奏吾 「待て待て、ハッキリさせてから終わらせろぉおおおおおおお!」