♯22 アーニャ・ネイキッド
第二十二話です。
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どうしてこうなった。どうしてこんな事になった。
責任者に問いただす必要がありそうだと、現状を確認して奏吾は思った。
責任者はどこか――と。
現在の状況敢えて説明するというならば、奏吾の頭では一言しかなかった。
「うん、おっぱい」
自分でもなにを言ってるんだろうと奏吾自身も不思議でしょうがない。しかし他に現状を説明できる言葉を、奏吾は持っていなかった。
目の前にある不思議な宝玉が二つ。白くて柔らかくて大きい。
そう、だからこそ何故こうなったのかが理解出来ない。
いや、何とか現状理解を求めるならば、最後の記憶に心当たりが無いわけではなかった。
自分の持っている力――“氣”――それがこの世界ではごくありふれた魔力であり、自分はこの世界でなら化物では無いと聞いて、張りつめていた色んなものが切れた。
それは涙腺を決壊させ、思考判断を奪い、感覚を麻痺させた。
それでも覚えているのは、アーニャに優しく抱きすくめられた事だ。胸が顔に当たって少し驚いた事までは覚えていた。
これで自分の目の前に胸がある理由と、その胸の持ち主については理解できたと、奏吾は自分で納得する。
「納得できるかぁああああああ!」
奏吾はそうして叫び声を上げながら覚醒した。
自分の頭をがっちりホールドしていた腕を外し、後ろへと後ずさる。
其処には信じられない光景が映っていた。
ベッドの上――美しい裸体――眠そうに目を擦るアーニャ。
アーニャ・ネイキッド(丸裸のアーニャ)
「あっ、申し訳ございませんソーゴ様!」
覚醒したらしいアーニャは、すかさずベッドから降りると、床に膝を突き頭を下げる。
「色々ちょっとまったぁあああああ!」
あまりにも大げさすぎるツッコミに、流石のアーニャもちょっと引いた感じで『も、申し訳ございません』と謝った。
そのバツの悪い雰囲気に、奏吾は一つ咳払いをしてから話し始める。
「えっと――、まずなんで謝ったの?」
「ハイ、ソーゴ様がちょっと待つようにと……」
「いや、その前」
「ハイ、奴隷の身分でありながら理由があったとは言え、主のベッドに横になっていた事と、あまつさえ主よりも後に目を覚まし……」
奏吾はアーニャの言葉に「あぁ、あれね。異世界モノで奴隷が出てくるとお決まりの感じの」と呟くが、アーニャは勿論何を言っているのか解らなかった。
「そこの話は……取りあえず後でいいや。問題なのはなんでこの状況なのかって事なんだけど」
「と、仰いますと?」
「端的にいいますと、なんでアーニャさんは裸で寝てたの?」
奏吾がそう聞くと、目をパチクリパチクリさせて奏吾を見つめた。
上目遣いでそれは辞めてほしいなと、思いながら、同時にその状況でアーニャが裸だったのを思い出して、奏吾は視線を逸らした。
『なんかすごく悪い事してるみたい』
という内心の声は潜め、アーニャが今思い出したかのように答えた。
「ハイ、ソーゴ様がお泣きになっている間、怖れながら抱きしめさせて頂いておりましたら、ソーゴ様がそのままお眠りになられましたので、ベッドへ移したところ、ソーゴ様がお眠りになりながらも涙が止まず。それどころか私の名前をお呼びになったので、畏れ多いとは思いながらも、それでソーゴ様が御安心になるならばともう一度抱擁をさせて頂こう思いましたところ、服が少々涙で濡れておりまして、これではソーゴ様が御不快になり、ベッドも濡れてしまうと思い、服を脱ぎ、改めて抱擁を……」
「うん、解った。たぶん全部俺が悪い。間違いなく悪い……」
「そういたしましたら、ソーゴ様が……その……私の胸をこうこね初めまして、その上のそのびんか……」
「わかった、お願いだからそこでストップ。お願いだからそれ以上はもうなんか駄目な気がするから。俺の心情的にも」
具体的に言えば、何故その時自分は起きていなかったのか、という意味でである。
「えっと、じゃあ取りあえず服――着てくれるかな?」
「申し訳ございません――、服はその濡れてしまった一着しか持ってきおらず。残りは――そのサーストン商会の方に置いて来てしまって……」
奏吾は『そうだった……』と額を抑える。あの時、奏吾は頭に血が上り、とにかく人に迷惑が掛からない所へ行こうと、アーニャの準備など考えずに無理やりアクアムの所を出たのだった。
「仕方ない……悪いけど……その濡れた服でいいから……」
「かしこまりました」
と、頭を再び下げるアーニャ。……えっと自分は何をしているんだろうと悩む奏吾。
「やっぱりちょっと待って――!」
奏吾はそう言って慌てて部屋を出たのだった。
「少々丈が短い気もしますが、充分でございます。ソーゴ様にご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
そう言うアーニャは、名前通りの『丸裸』から貫頭衣タイプのローブを着ていた。
これは奏吾が、退寮していった者達の空き部屋から、アーニャが着れるものはないかと探してきた物だった。
どうやらこの寮には女性の冒険者も、それなりに住んでいたらしく、先日ベッドを手に入れた時には、奏吾のなけなしの道徳心から、敢えてあまり触れずにいたのだが、今回ばかりは仕方がないと、羞恥心を押し殺しながら家探しのように発掘してきた。
しかし量としてはソコソコ集まったのだが、アーニャの体型に合う物がなかなか無く――というか具体的に言うと、彼女の胸が入りきるものが無く。結局、胸の大きさもあまり関係ない先の格好となったのだった。
ただしその胸がそれなりの面積を取っているのか、本来アーニャの背丈なら床についてしまってもおかしくないローブの裾は、膝下がみえる程まで上がってしまっている。
「うん、取りあえずこれで良しとしよう。もう夜だし。荷物は明日取りに行こう……なんか、本当にゴメン」
午前中にアクアムの元へと行った筈だったが、いつの間にかもう外は暗くなってしまっている。途中寝てしまっていたのだから、仕方がないとはいえ、昨日の今日で早速。冒険者の仕事をサボってしまった。三日坊主も甚だしい。
仕方がなかったこととは言え、アーニャにも迷惑をかけ、踏んだり蹴ったりである。
「いえ、ソーゴ様には非は御座いません。なにもかも私がいたらない所為で」
アーニャはそう言って申し訳なさそうに頭を下げる。
やけに頭を下げる人だなと奏吾は思った。もしかしたらこの世界の奴隷というのは、皆こうやって主に対して卑屈的なのかもしれない。
それはなんか嫌だなとも思う奏吾であった。
「うん、じゃぁ取りあえず。話の続きをしようか」
「続き……とおっしゃいますと?」
「俺が眠る前の話し……」
「ソーゴ様の魔力の話しで御座いますか?」
「うん、それもあるんだけど。君が何者なのかって話し……」
奏吾がそう言うと、一気にアーニャの警戒レベルが上がっていく。何も言うモノかと唇を噛みしめる。
「アーニャは俺がこの世界では無い、別の世界から来た存在だという事を知っている。そうだね――?」
「――」
「それはなんでだ?」
「――」
「答える気はない――そうとっていいんだよね?」
「――ハイ。それにお答えする気はございません。お気に召さないようであればどうぞ気が済むように……」
「いやいや、そう言うのは無し。なにより俺はそういう趣味は持ってないし。むしろ引くから」
「では――」
「なら御願いがあるんだ。それを聞いてもらった上で、また質問してもいいかな?」
「お願いですか?」
奏吾は考えていた。奴隷の契約をしている以上、無理に情報を聞き出すことも出来る。いや、そうやって聞きだそうとしても彼女は答えてくれないかもしれない。主に逆らって、苦痛を味わっても口にはしないだろう。きっと死んでも。
それじゃあ、眠る前に怒りに任せてやろうとしていた事と変わらない。
「うん、解り難ければ俺からの初めての主としての命令でもいい」
「ハイ――ご随意に――」
「俺に“嘘”をつくな――」
「――! ソーゴ様に嘘など……」
「サーストン商会ではついたよね。俺に仕えようと思ったのは『一目惚れしたから』だって。俺の正体を知っていたのなら、理由は違う筈だから」
「――申し訳ございません」
「いや別にそれを責めようと思ってないよ。あの時『貴方は異世界から来ましたよね』って言われてもこっちも警戒するだけだし。どうやってでも俺に仕えようとしていた――そう取っていいんだよね?」
奏吾がまず不思議に思っていたのはそこだった。確かに現状で言えばソーゴはワーカーや、アクアム達にとっても『命の恩人』という事になるだろう。アーニャにとっても……。
それで『一目惚れ』したって言うのは、あまりのも出来過ぎていて、どこに発注したシナリオだ? とツッコミを入れたくもなるが、それでも筋は通る。
しかし初めからソーゴの事を『異世界から来た』と知っていたアーニャの場合、話しは変わってくる。奏吾を監視するために誰かから送ってきたスパイや、その力や特殊性を利用としているのか――。
ただアーニャのその必死さに、奏吾は疑問も感じていた。自分の奴隷になろうと必死に懇願するあの姿。奏吾の命にアーニャ本人の命を賭けてしまう決意。化物と自分を蔑んでいた奏吾に対するあの優しさと温かさ。何より、契約が成った時の不気味な程本当にうれしそうなあの笑顔。
あまりにも、あまりにも自分に入れ込み過ぎだ。
まるで奏吾に対して何かしらの『罪悪感』があるかのように――。
奏吾は気付いていた。しかし、それを此処で無理に聞きだすのは得策では無いという事も解っていた。
一つに奏吾はあまりにもこの世界に事について知らなすぎるという事だ。
『異世界モノ』の主人公達は、それをあまりにも素晴らしい手腕で、他の人たちに気付かれないようにその知識を得ていく。
それこ『転生』などという特殊な状況ならいざ知らず、『転移』してきた奏吾にとっては、相当な情報収集スキルがないと無理な話だが、感情に任せアーニャにボロを出してしまうようでは不可能に近いと理解していた。
そして『召喚』という形で、初めから請われて来ている身でないのなら、親切に一々説明してくれる存在もいない。世間知らずの田舎者――という設定で、この三日過ごしてきたが、世間知らずの田舎者でも当然知っている事もあるだろう。
事実、自分の持っている――氣――がこの世界では魔力だったという事は、田舎者でも――魔導士から魔法を教わっているのなら、知っていて当然の知識の筈だった。
確かにこの世界に来てから不思議ではあった筈だ。
アクアムやワーカーにも――氣――があり、代わりに魔力なるものは感知出来なかった。
同じものなら、別のモノだと思っている魔力を感じる事が出来ないのは当たり前ではあるが、その時点では『あぁ、この世界の人にも氣はあるんだ』という風にしか思わなかった。
前の世界でも氣は皆持っていた。人も獣も植物も――地面からも感じられた。
ただ氣を自由自在に仕える程の保有量を持った人間がいないだけで、師父の言う所の生命力、存在力、生きるという意味のエネルギーは誰にでも存在していた。
だからこの世界の住人に氣がある事をさほど気にも留めなかった。
しかしこの世界には『魔法』が存在するという事実を奏吾は知った。ステータスの自分のスキルの中に『魔法』の文字があったし、レッティ、ジャッシュ、そしてアクアムが魔法を発動するのを確認している。
その時氣も感じていたが、氣は気合いをいれるの言葉通り、感情や心理状態で流動するのは前の世界でもそうであったし、それぐらいなら奏吾や師父でない一般人でもよくある事だ。『火事場の馬鹿力』なんて呼ばれるのがそれだ。
問題は『魔法』をどうしたら使えるのかという事だった。ステータスにある以上、自分にも使えるという事は解っていた。ただ氣とは別に魔力なるものを感じはしなかったし、守護霊の時のように、スキルから魔法を習得するか否かの選択肢も出なかった。
だから特殊な習得法が在るのだと勘違いしていた。いや、そう思い込んでいた。
よく考えれば守護霊契約の魔方陣が出た際、沈む中から脱出しようとして氣を放ったら干渉し、沈む勢いが早くなった事を考えれば、もっと早く答えに辿り着いていたのではないかとも、今ならそう思えた。
けれど前の世界から奏吾は自分を、周りの人達とは違う“異端”だという固定観念が根付いていた。氣を持っているのは自分だけ(師父を除く)。ならばこの世界の住人が比較的誰でも持っているらしい“魔力”とは氣とまったく別のモノだと、無意識にそう思い込んでいたのだ。
このように自分の常識が通用せず、まったく何も知らない状態からこの世界に馴染んでいくには、自分が異世界から来た者と知っている身近な存在がいるというのは、凄く貴重な事と言っていい。解らないことがあればアーニャに聞けばいいし、何かこの世界ではおかしなことをすれば、アーニャが取り成してくれるだろう。
その上彼女は奏吾の奴隷だ。奴隷が主の害するようなことは出来ない。
『そうね、現実的な問題で言うなら“奴隷”を持つ事を勧めるわ。ワークなんかは嫌がるかもしれないけど。奴隷なら契約で決して君を裏切ったりしない、勝手にいなくなったりしない』
ルルスの言葉が再びよみがえる。それを信じるのなら無意味に奏吾が『異世界から来た』事を吹聴したりもしないだろう。
ただ奏吾に『自分の命』を賭けてしまう程の忠誠心には危ういモノを感じてはしまうが、それでも信じていいレベルなのではないかと奏吾は考えていた。
『何より胸の大きな“綺麗なお姉さん”が側でお世話してくれるってのは、俺的にポイント高い――』
「あのソーゴ様?」
暫く考え事でもしていたかのように黙っていた奏吾に向かって、アーニャが声を上げた。
「えっ、ああごめん。それでアーニャは俺に仕えようとしている。何がなんでも。それには理由があるみたいで、おそらく俺が『異世界から来ている』ことを知っている理由とつながっている。でもその理由を言うつもりは無い――そんな風に理解していいのかな?」
「――ハイ」
「なら、俺からの御願い。さっき言ったように『俺に嘘はつくな』例えそれが俺の為であると考えても――いいかい?」
「そ、それは――」
「だからと言って、無理に答える必要は無い。もし答えられない、答えたくない時は『答えられない』と言うか答えなくていい。でも絶対に嘘だけは言わない。いい?」
「――嘘はつかない」
「もう契約はしちゃったけど、俺に仕えるんなら最低でもこれだけは守って。俺はまだこの世界に来て日が浅い。誰かを信じるとか信じないとか、そういう問題じゃないからね。これからアーニャを信じられるようになりたいし、仲良くなっていきたい。だから、最低限、主と奴隷としてこれだけは約束してほしい。それが出来ないのなら、俺はアーニャを側に置いておくことは出来ない。今すぐアクアムさんの所に行って契約を解除してもらう」
奏吾の言葉にアーニャを目を丸くする。そして小さな言葉で『かしこまりました』と告げた。
「ならあらためて、アーニャ。『君は何者だ?』」
奏吾は視線鋭く、そう彼女に問いかけた。
「ならあらためて、アーニャ。『君は何者だ?』」
奏吾は視線鋭く、そう彼女に問いかけた。
「お答えできません――」
「それは何でだ?」
「それに答えてしまうと、奏吾様が傷つくからです」
「俺が傷つく?」
「はい、端的に言いますと……精神的に……」
「精神的に?」
「そうですね、例え話をしましょう。ある所に超絶美少女でスタイルも良く、気品溢れる素晴らしい奴隷がいました」
「……あれ、なんか急に物語の雰囲気変わってない? なんか嘘予告に入った時みたいな」
「彼女はある時、突然現れた少年に大切なモノを奪われました」
「いいえ、俺は何も奪いませんでしたよ。……ってこの流れって……」
「それは私の『言わせないよ!』」
「おかげで、私はその日一日。スースーしていて……」
「ゴメン。やっぱりもう一回言ってくれる? なにか絶対に聞き逃してはいけない所でさえぎってしまったような。いや、遮って正解だったような」
「彼女のそれは大切な母の形見で、私はそれを奪い返すべくその少年の元へと忍び込みました」
「重っ!! なんかほんとにトンデモないもの奪ってるよそれ!!」
「しかし眠っているその少年を見た瞬間、怒りがこみ上げたんです。すると、そんな私は何故か鞭を持っていて」
「へ? ムチ?」
「私は怒りに任せて少年に鞭をふるいました。すると彼は、言葉に出来ないような声を……」
「止めよう。止めようかアーニャ。これ以上はたぶんR18にしないとダメな気がするから」
「その声を聞いた瞬間。私の中で何かが目覚めたのです。蜜のように甘い快楽の響きに……」
「アーニャさん、アーニャ様。止めましょう。お願いですから止めて下さい。聞いた俺が悪かったです!」
「嗚呼、この少年は私に必要だ。側に、ずっと側に居て、鞭を振りつづけようと。大切な大切な……奴隷として!」
「ごめんなさい。お願いです。許してください」
「その日、私は奴隷でありながら“女王様”へと……」
忘れた頃にやってくる奏吾の性癖ネタ。最近シリアスだったのに、この嘘予告は許されるのか。
そして奏吾とアーニャの主従の主導権は、いったいどちらに!!
風雲急を告げる次回『異世界来る前からチート持ち ~ Racclimosa ~』
♯23 『新しい関係』 是非ご覧ください。