♯20 久遠奏吾
第二十話です。
今回と前回は申し訳ありませんが、嘘予告はお休みさせて頂いております。
次回21話には嘘予告を再開いたしますので、ご理解の程よろしくお願いいたします>>
尚前回より更新時間を少しずらしております(少々実験をば)
一応前書きの予告通り、その日の内には必ず更新しますのでご容赦いただければと思います>>
毎度のことながら誤字脱字の報告、感想等ありましたらお待ちしております>>
是非お願いいたします。よろしくお願いいたします>>
次回は月曜に更新したいと思います>>
久遠奏吾はけして望まれるべくしてその生を受けたのでは無かった。
母親が奏吾を授かったのは、両親共に成人式を迎えたばかりの学生で、また父親の父親、つまり奏吾から見ると祖父である人が有名な代議士だった為、父親には既に婚約者と呼べる許嫁がいた。
大学を卒業すればその権力の強いコネクションの許嫁と結婚し、いずれ親の地盤を引き継ぐことが定められていた。
そんな二人には――いや父親には奏吾の存在はただただ重い存在でしかなかった。
若気の至り、気の迷い、ただの間違い。
そうであったとしても、奏吾は一つの命として生を受けてしまった。
それでも母親が奏吾を産んだのは、父親に未練があったからかもしれないし、自分のお腹に出来た子供に愛情があったからかもしれない。
当然のように両親は結婚の話も無いままに別れ、父親に認知こそされたものの、母親は大学を中退し、実家へと奏吾を引き取っていった。
母親の実家である久遠家も、母親が幼い頃に父親を亡くした母子家庭であり、奏吾は弁当屋で働く彼女の母、つまり奏吾の祖母と母の三人で暮らしていく事となった。
酷い別れになったものの、母親は奏吾を可愛がり、必死に仕事と子育てを両立し慎ましくも幸せな生活を築こうとしていた。
それが崩れ始めたのは、奏吾が二歳の頃である。
奏吾の周りで不思議な事件が起き始めた。
始めは風も吹かず、地震も起きていないのに物がよく落ちるようになった。
そしてその次に奏吾のおもちゃや、軽い家具などが部屋の中で突然浮いて落ちるという事が起き、そして急に壁や障子がガタガタと揺れるようになった。
所謂ポルターガイスト現象というやつだ。
奏吾を外に連れ出せば、その現象は他の人にも向かいはじめる。他所の子供が持っていた三輪車が宙を浮き、近所の窓ガラスは突然割れる。
日を増すごとにその現象は増えていき、家の窓はひび割れ、壁には穴が空くようになっていった。
母親は脅え、また他の人にも迷惑がかかるのを恐れて、保育園や幼稚園にも奏吾を連れていかず、家から出さないようにして彼を隠すようになった。
そんな生活は母親を段々とノイローゼで締め上げていく。
そして遂に母親が最愛の奏吾に手を出してしまったのは、奏吾が四歳になった頃だった。
理由は些細な事だった。奏吾が洗面所で遊び、水浸しにしてしまっただけだ。
子供にはよくある悪戯。勿論、躾として叱るのも当然だったが、その時の母親のノイローゼはピークに来ていた。
事に気付いた母親は何も言わずに奏吾に近寄ると、笑顔で遊ぶ奏吾の頬を叩いた。
それまで母親は一度として奏吾に暴力をふるったことなど無かった。いや、もしかしたら、叱る際に一発か二発叩いていれば――また違ったのかもしれない。
それでも今まで一度も母親から叩かれた事の無かった奏吾は、一瞬自分が何をされたのか気付かなかった。ただ、後からジンジンと頬が熱くなっていくのを感じる。
奏吾が泣きだす直前――母親は自分のしてしまったにハッとし、奏吾に謝って抱きしめようとした。
その時だ――まず、洗面所に置いてあったプラスチック製のコップが、母親に向かって飛んだ。
コツっという小さな音に、母親は思わず奏吾を抱きしめようとした動きが止まった。
そこから歯ブラシなど洗面所にあるものが次々に母親に向かって飛びかかって来た。
そして鏡や壁が揺れ動き、まるで地震のように洗面所が震えた。
そこでようやく、母親は気付いてしまった。そう気付いてしまったのだ。
奏吾が泣きだしたことに呼応して、ポルターガイストが起こったことに。
その現象は段々洗面所から拡大していった。台所では食器棚が揺れ、置かれていた食器が母親を襲う。
そしてそれを避ける事に集中し、逃げようとした時、見えない訳の分からない力によって母親は突き飛ばされた。
ちょうど仕事でいなかった祖母が帰ってきた時には、部屋中が酷い有様だった。
奏吾は泣き疲れたのか洗面所で眠っており、そして母親は襖の中で布団にくるまって小さくなり、脅え震えつづけていた。
奏吾の不思議な現象を知っていた祖母は、母親から事の次第を聞くと、所々怪我をしている彼女を病院へ連れていこうとした――その時だった。
奏吾が目を覚まし、母親の元へ駆け寄ってきた。
しかし母親は怖いモノを見たように彼を突飛ばすとこう叫ぶ。
「来るな化け物」
母親は一度も彼に手を上げたことはなかった。祖母またそうだった。なぜなら彼女等にとって、彼は天使だったのだから。彼の周りで起こる不可思議なポルターガイストも、変なモノに取りつかれているのだとかそんな風に思っていた。
この子は可哀想な子だ。父親も知らず、変なモノに取りつかれ、そのせいで外にも出られない。
私が守ってあげなければと。
しかしあの時に母親は気づいてしまったのだ。
あのポルターガイストは何か変なモノに取りつかれて起こったのでは無いと言うことを。
自分に危害を加えた者に対しての反撃だと言うことを。
本来なら痛くも痒くもない子供の力で叩かれたり、酷くても噛んでくるなどの子供らしい癇癪が、部屋を滅茶苦茶し、自分にケガを負わせ、恐怖の底へと突き落としたのだと。
得たいの知れない力――それが敵意を持って自分に向く。
この子は――いや、これは――化け物だと。
それから数日もしない内に、母親は奏吾の前から消息を絶った。
父親を失い、母親を失い――それでも奏吾は祖母に育てられた。
祖母はどれだけ自分が痛い目に、怖い目にあったとしても奏吾を手放そうとしなかった。
それは奏吾にはもう自分しかいない事が解っていたからであり、同時に祖母自身ももう家族と呼べるのが奏吾だけだと理解していたからだ。
しかし時間が経つにつれ、不安は募っていった。もう少しもすれば小学校へ上がる。
そこで奏吾が起こすであろう事故。そしてその所為で奏吾がどんな風に周りから見られるのか――それを思うと胸が締め付けられる思いだった。
そんな頃、祖母の弁当屋に一人の男が現れるようになった。真白なスーツを着こなした、背の高い外国人。鼻は鷲鼻で見える眼光には鋭さが宿っていた。
そう見える眼光には――。
自分を占師だと称する男はその“右顔をマスクで隠していた”
暫くする内に、祖母は奏吾の事を彼に相談するようになった。そして彼はその奏吾の状況を聞き、思い当たる節があると告げた。
『超能力――そして氣――』
そう呼ばれる特別な力を持つ人々の存在。
彼等は須らく、子供の頃にその力に目覚め、大人達に恐怖や、好奇の目で見られることになると。
そして時にその力は幼い故に暴走し、人を傷つけてしまうと。
しかし祖母が奏吾に望んだのは、穏やかな日常だった。超能力少年としてテレビを賑わすのではなく、平凡で細やかな平和な毎日を築いてほしいと。
占師はならば奏吾が、自分でその力を制御出来るようにならねばならないと告げた。
そうすれば自分の力を世間から隠し、また暴走させず人を傷つける事も無いだろうと。
占師は良い案があるといって、祖母に待つように伝え数日の間、弁当屋に顔を見せなかった。
数日後、彼は一人の老人を連れてきた。
男は老人を道の導師だと紹介した。奏吾のもつ力を彼も持っており、その制御法を奏吾に教える事ができると――。
そうして奏吾は小学校に上がる少し前――師父と共に祖母の前から旅だった。
奏吾の修行はとある山奥で行われた。ただ、小学校に行かなかった訳では無い。
過疎化した村の分校へ毎日通っていた。ただその分校は小学校と中学校が一緒で、奏吾が小学校一年生の時点で、三年生が一人、五年生が一人、中学生が三人だった。
朝早く起きて修行が始まり、分校へ行って、終われば師父の元へ戻ってまた修行。夏休みなどの長期休暇は山に籠り、山の獣を捕まえて食べるサバイバル生活。
大自然の中で氣を学び、自然を学び、宇宙を学んだ。
そんな奏吾に分校でも友達が出来るはずも無く、そして元々余所者である奏吾と、得体の知れない師父という存在は、その分校のある村でも浮いており、あまり人は寄り付かなかった。
四年経ち、十歳になる頃には奏吾は師父から色々な事を学び、氣の制御が出来るようになり、武術の心得も、多少の方術も使えるようになったが、まるで感情の無い人形のような目をする、得体の知れない少年になっていた。
どこか大人びた――いや何も考えていないような不気味な子。
十歳になる少し前、突然師父は奏吾に告げた。
これで修行は終わりだと、そして祖母の元へと帰るように言われた。
その事に奏吾は嬉しいという感情も無かった。ただ師父に言われるまま修行をし、分校に通い、山の中で死線潜り抜けてきた。
この時もただ言われるがまま。
師父は奏吾元から去り、奏吾は山を下りた。
久しぶりの我が家も、思い出も感慨も無かった。
玄関を開けると、祖母が待っていた。奏吾の顔を見るととても嬉しそうに泣きだした。
そして彼に駆け寄ると、強く強く彼を抱きしめる。
彼の顔がその胸に当たる。突然の事で奏吾も驚きを隠せなかった。
ただ祖母の胸の中は、温かかった。
自分の知らない温度だった。いや知っていた筈の温度であり、
求めていた温度だった。
四年間――ひたすらに、修行の為に――自分の為に、祖母の為に――
押し殺していた感情は、訳も無く噴き出した。
いつの間にか祖母の胸の中で泣いていた奏吾が、自分がいつぶりに泣いたのか思い出せなかったのは、奏吾の十歳の誕生日当日だった。
奏吾は改めて祖母の家の近くの小学校へ転校した。
始めの内は戸惑いを隠せなかった。今までまったくと言っていい程、他人と接触を持たなかったのだ。
しかし彼の同級生たちは彼を放っておかなかった。
田舎から来た転校生。
それだけで彼は注目の的だった。
テレビも水道も、電気もある。学校に行けば人がたくさんいて話しかけてきて、友達と一緒に修行では無く遊ぶ。
ゲームやテレビの話しをして、帰れば祖母が夕飯を作って待っている。
温かい食事、誰かと食事をする時間。ときどきおやつが出たり、デザートが出て、生きるために食べるのではなく、空腹を満たし、味を楽しむために食事をする。
全てが新鮮で眩しかった。真っ暗な孤独の闇から突然光の中へ放り出され、困惑こそしたものの、けして嫌いな眩しさでは無かった。
なによりそんな毎日が暖かかった。
これも全て奏吾が氣の修行をして、制御出来るようになったお陰だった。
奏吾は段々と周りの同級生とも馴染んでいき、そしてそれまでの人形のような性格が嘘だったかのように明るい、どこから見ても普通の子供へと変わっていった。
彼がアニメに触れたのもこの頃だ。
自分に無い特殊な力を持ち、そんな主人公やヒーローに憧れる。誰もが通るようなそんな道。
しかし奏吾が違ったのは彼もまた隠してはいるが、他人の持っていない力を持っている事だった。
しかしアニメの世界の登場人物達は、その力を使って陰ながら、そして時に表だって人の役に立ったり、誰かを守ったりしていた。
自分もこんな風になりたいと奏吾は思った。
それがサブカルチャーにのめり込み、オタク趣味に目覚めた切欠だった。
中学生にもなる同好の士ともいえる趣味の友人ができ、昨晩のアニメを評し、週刊連載の漫画を追いかけ、ラノベを読んでは自分で書けないか試し、ゲームの攻略に友人と切磋琢磨し、コレクションの収集をする。
定期試験に右往左往し、成績が悪ければ祖母に叱られ、部活動で賞をもらえば祖母やクラスメイトや先生が賞賛してくれる。
普通の、どこにでもいる中学生活を送っていた。
少し違ったところがあるとしたら、朝、夜の氣の基礎修行を怠らず、漫画やラノベで得た知識を使って、氣の応用と研究を繰り返していた事か――その発想があまりにも中二病臭かったのはご愛嬌である。
そうして奏吾の幸せだった日々は終わりを告げる。
たった五年間。長いようで短いその時間。
祖母が心臓発作で倒れ亡くなったのは、中学三年生の二学期の事だった。
病院で眠る祖母の手は、十歳の時に自分を出迎えてくれた時と違って、とても冷たかった。
奏吾は一人病室で泣いていたが、誰も彼を抱きしめてはくれなかった。
その後、彼は祖母の言いつけで『何か会った時にはここに電話しなさい』と言われた番号へ電話をした。
メモに書かれた名前の人に繋げてもらい、自分の名前を言うと話しを聞いてくれた。
どうやら奏吾の実の父と言う人らしかったが、なんの感慨も浮かばなかった。
父には既に家族があった。
父の後を継ぐ長男もいた。それでも奏吾を認知している事から、奏吾の金銭面の援助をしてくれると申し出てくれた。
学費、生活費――そして住むマンションを用意してもらった。
代わりに奏吾はまた独りになった。
中学を卒業と同時に、高校の近くのそのマンションに移り住み、一人暮らしを始め、
彼は高校生になった。
次回『異世界来る前からチート持ち ~ Racclimosa ~』
♯21 『バケモノ』 是非ご覧ください。