♯18 契約儀式
第十七話です。
誤字脱字の報告、感想等ありましたら是非是非お待ちしております
次回は水曜に更新したいと思います>>
「アクアムさん!?」
声を上げたのはワーカーだった。奏吾は腰を抜かしてただ茫然とアクアムを見た。その顔は先ほどまでと変わらない、ストレスが無いような満面の笑みだった。
「やはり儂は奴隷商なんだから、贈るのには奴隷がいいだろう。アーニャ、自己紹介をしなさい」
アクアムに言われそのメイド、アーニャ・ネイキッドはスカートの端を摘まんで挨拶をした。
「アーニャ・ネイキッドです。ソーゴ様、何卒よろしくお願いいたします」
「アクアムさん、これはどういう――」
「ちょっと待ったぁあああああああ!」
ワーカーの言葉を遮ったのは奏吾だった。そのあまりの大声に、皆たじろぐ。
「ちょっと待ってください。御礼が奴隷? なに言ってるんですか、もらえませんよそんなの」
「お気に召しませんでしたか?」
アーニャにそう言われ、奏吾は口ごもる。
「いや、そう言う訳じゃなくて。なんというか、好みか好みじゃないか、お気に召したかお気に召してないかと言われれば、お気に召しておりますが……いや、そういう事じゃなくてですね……」
「なら良かった。実はアーニャからの強い希望もあったのだ。そうだなアーニャ?」
「ハイ。お久しぶりでございます。ク……ソーゴ様」
「また『久しぶり』か……どうも最近知らない人からそう言われる事多いな」
奏吾がそう疑うような目を向けると、アーニャは少し寂しそうな哀しそうな顔をした
「そうで御座いますね……申し訳ありません。一昨日の襲撃の際、私もアクアム様の側におりましたもので、ついそんな事を……申し訳ございません」
アーニャにそう言われ、そこで奏吾はやっと襲撃の時にアクアムを守るようにいたメイドがいた事を思いだした。
「あっ、あの時の……! そ、それはすみませんでした。あの時は必死だったのと、最近『久しぶり』と言ってきた如何にも怪しい奴と会ったもので、警戒してしまって」
「いえ、頭の片隅に出も留めていただいて嬉しゅうございます」
なんか皮肉のようにも聞こえたが、アーニャが少し笑顔になったことに奏吾は少し安堵する。だが同時に、あんな事言わせる切欠になった如何にも怪しい似非医者を酷く恨めしくも思った。
「今聞いた通り、アーニャはあの襲撃があった遠行に、儂の世話をしてもらうために同道してもらっていたのだが、あの折にソーゴ君と出会って、是非君に仕えたいと言ってきた。ちょうど君への礼をどうするか悩んでいたのでね、話しによっては考えておこうと言っていたんだ」
「アクアムさんのお世話……」
思わず奏吾は自分の呟いたことに気付き口を塞ぐ。しかし事既に遅く、アクアムは笑いを噛み殺していた。
「大丈夫心配する必要は無い。多少年齢的には『いき遅れ』の部類に入るが、生粋の生娘だ」
「いや、そういう事では無く……」
見事に不安をアクアムに見抜かれ、奏吾はバツが悪かった。
「アクアム様、流石に女性に『いき遅れ』は失礼かと存じます。ソーゴ様、私のような年増ではやはりお気に召しませんでしょうか……」
「いやそんな事は……えっと、無いというかなんというか……」
流石にドストライク! というのは奏吾に憚れた。だが同時にトラウマも疼いている。
自分の“お姉さん”属性が色々な意味で恨めしく思えた。
「えっと、アーニャさん?」
「アーニャと呼び捨てでよろしゅうございます」
「いや、それはちょっと。あの……なんでアーニャさんは俺のどれい……いや俺に仕えようと思ったの?」
「ヘビーベアに襲われ、盗賊に行く手を阻まれたあの時。ソーゴ様が颯爽と現れたのを目撃しまして……」
「颯爽……うん、まぁ……それで……?」
「一目惚れいたしました」
その一言でアクアムはもう耐えきれんとばかりに吹き出すように笑っていた。見るとワーカーまで腹を抱えて笑っている。さっきまで事の次第を訝しむように見ていたのにだ。
「是非、ソーゴ様にお仕えしたいと存じます。どうぞ、このアーニャ・ネイキッド、身も心も、如何様にでもお使いくださいませ」
アーニャはそう言って、膝立ちに頭を垂れた。
「あの、アクアムさん……」
奏吾がアクアムに助けを求めると、アクアムは未だ笑いを噛み殺している最中だった。
「ククッ、あ、ああ。よければ貰ってやってくれ。一昨日の礼だから勿論金はいらんし、何より奴隷が望むべき主人に買ってもらえる事なんて、そう簡単に無い。自分の慕う主人に買ってもらえるなんて、むしろ幸運な事だと言えるからな。儂からも頼むよ」
奏吾は次にワーカーに助けを求めようとしたが、此方はかみ殺すどころか未だ笑っていて、床で悶え苦しんでいた。
「一応確認しますけど、これはアーニャさんの意思なんですね?」
「そうだ、間違いなくアーニャの……」
「私の意思です!」
アクアムの言葉を遮ってまで、アーニャは顔を上げて言う。その強い眼差しに、どこか見覚えがあった。
一昨日も彼女はこんな目をしていただろうか?
奏吾には思い出せなかった。
「はぁ……解りました。なら在り難く貰います」
奏吾は半ば諦めたかのようにそう告げる。
アーニャとアクアムに根負けしたのもあったが、もう一つ奏吾には理由があった。
『そうね、現実的な問題で言うなら“奴隷”を持つ事を勧めるわ。ワークなんかは嫌がるかもしれないけど。奴隷なら契約で決して君を裏切ったりしない、勝手にいなくなったりしない』
ルルスはそう言って奏吾にアドバイスをくれた。折角の機会であり、見ている限りアーニャはアクアムにとって信頼のおける奴隷らしい。なにせ行商の際にまで連れていくぐらいだ。
なら自分のリハビリを兼ねるなら、条件としては最良かもしれない。そう考えたのだ。
『――ただその代わり君も奴隷に優しくしないとダメ。
温度って言うのは温かい方から低い方へと移っていくの。キミも温かい心で接してあげれば、きっと奴隷もそれを温もりで返してくれる筈――』
『俺は――』
あの時でなかった答え――、それが見つかるような気がしていた。
「なら、早速契約といこうか――」
アクアムは笑顔で奏吾に告げた。
サーストン商会の奥に特別な部屋があった。奴隷の契約をするための特別な部屋だ。
暗室のようにそこには窓は無く、灯りに燭台が数本立ててある。
床にはカーペットが敷いてあり、そこには特別な魔方陣が描かれていた。
そしてその魔方陣の中心には小さなテーブルが置かれており、その上には一本のナイフと、やはり底に魔方陣の描かれた水盆が水を満たして置いてあった。
「それではこれより奴隷契約を行います。向かい合うように立ってください」
奏吾はアーニャとテーブルを挟んで立った。その間にアクアムが立つ。
まるで結婚式だなと奏吾はそんな風に感じた。
「では、初めます。まず仕えし者、アーニャ・ネイキッド、ソーゴ・クドーを主として認めるならば、その証を捧げよ」
アクアムがそう言うと、アーニャはテーブルの上のナイフを持ち、躊躇いなく左手の小指の腹を軽く傷つけ、水盆も血を垂らした。
「主、ソーゴ・クドー。アーニャ・ネイキッドが使える事を認めるならば、その証を捧げよ……ソーゴ君同じように血を水盆に垂らしてください」
アクアムに言われ、奏吾もおっかなびっくり、ナイフで指に傷をつけた。
二人の血が、水盆でくるくると回り混ざっていく。
すると、だんだんと水盆の中の水が鈍く赤色に光りだした。
「これは……」
『Call meiuqer sie anod enimod simetra eip……』
アクアムが不思議な呪文を詠唱し始めると、水盆とカーペット魔方陣が光りだした。
『……Sued ecraq ogre ciuh : suer omoh sudnaciduj……』
続いて光が部屋中を満たしだすと、奏吾とアーニャを囲むように魔方陣が空中に現れ始める。
『……Allivaf xe tegruser auq alli seid asomircal』
詠唱が止まっても光は収まらず、むしろ強くなっているようだった。
「さぁ、二人とも水盆に証の手を浸しなさい」
アクアムの言葉に奏吾とアーニャは傷つけた左手を水盆に手を入れる。すると光が七色に溢れだしたかと思うと、奏吾とアーニャの左手に光る刺青のようなも運用が手の先から現れた。
まるで昨日見た魔族の頬にあったようなそのような模様は、段々と腕を上っていくと、それぞれの肩、そして首へといって光ったまま止まった。
「アクアムさん、これは……」
奏吾がそう尋ねようとすると、一緒に見ていたワーカーが人差し指で喋るなとジェスチャーする。
アクアムを改めてみると、その目には瞳が無くなっていた。白目とは違う。瞳から瞳孔が消えている。漫画なら目からハイライトが消えた感じか――。
『トランス状態――』
思わず心の中で奏吾は呟いた。アクアムの言葉はまだ続いた。
『古からの秘儀により、今契約せん。主、ソーゴ・クドーは、その契約が消えるまで、アーニャ・ネイキッドを養い、生きる糧を与えんと――。仕えし者、アーニャ・ネイキッドはその契約が消えるまでソーゴ・クドーに仕え、その命と肉体を害さない限り、その命に従うと――』
「そして――、」
その言葉に一同が驚く。それはアクアムから発せられた言葉では無かった。
アクアム本人も驚きの所為か瞳に瞳孔が戻り、言葉を発した本人に驚愕の眼差しを向ける。
「――そして私、アーニャ・ネイキッドは必ず主、ソーゴ・クドーを守り、もしその命が尽きる時は、我が命もまた滅ぶ也」
アーニャがそう言い切ると、閃光のように光が部屋中を満たし、目が眩んだかと思うと、次の瞬間には部屋は元の暗い部屋へと戻っていた。
まるで契約が成されたことを告げるかのように。
皆の驚愕は消えなかった。ただアーニャの笑顔だけを別に……。
トゥールル、トゥルルトゥールル、トゥルルターラタータ、ターララー♪
「はい、どうも。公式設定かそれとも非公式なのか、出たり出なかったり、入れたり出したりの姓名容姿年齢不詳、本編見登場の妹ちゃんです!! きっと超絶美少女究極可愛い、妹ちゃんです!! 今回の嘘予告は、やっと出てきたメインヒロイン。アーニャ・ネイキッドさんをゲストにお呼びいたしました。というかワタシの義姉候補なのです!!」
「えっ、義姉!! そんな。まだ心の準備が……まずはその結婚を前提としたお付き合いを……」
「義姉ちゃん、取りあえず自己紹介しないと」
「おね、義姉ちゃん!! はい、義姉ちゃん頑張ります!! 只今ご紹介いただきました、アーニャ・ネイキッド、21歳です。奏吾様の奴隷であり、メイドとしてお仕え奉仕させていただいております。3サイズは……上から86、58……」
「待て待て待てぇえええ!」
「最近お兄ちゃんはこの手のツッコミばかりしてますね」
「仕方ありません。異世界から来て色々と戸惑っておられるのです」
「それにしちゃ、ボキャブラリーが無さ過ぎじゃない? アーニャは大丈夫なの? この感じだと夜の方もマンネリなんじゃない」
「そ、そんな事御座いません。奏吾様はいつもお優しく……ぽッ!」
「ぽッじゃない! 本編上はやっと出会ったばかりじゃん。奴隷契約交わしたばかりじゃん。なんでそんな夜の話しまで出てきてるんだよ!」
「そうは言われましても、現在私達はアクアムさん達と王都の方へ……」
「スットーォオオオオオオオオオップゥウウウウウウウウウウウ!!!!!!」
「お兄ちゃんどうかした?」
「ネタバレって言葉知ってる? ねぇ、ネタバレの意味解ってる?」
「そんなこと言っても、実際に今日奏吾様は今代勇者に出逢ったとか」
「だからぁあああああ――! あっ、もうこの流れわかった。もうまだ出てきてない他の仲間まで出す気だろ、お前たち。させるか、そんな事させるか!」
「奏吾様自分で仰ってます」
「お兄ちゃん、残念――」
「……残念って」
「ところでお兄ちゃん。もうワタシが妹っていう設定はいじらないんですか?」
「あっ……」
「段々と自称妹に浸食されていく嘘予告。そして相次ぐネタバレの予感
本編に未だ出ていない仲間とは、そして実際本編はどこまで進んでいるのか
というかご主人様と私の関係はどこまで進んでいるのか?
危険な臭いがする次回『異世界来る前からチート持ち ~ Racclimosa ~』
♯19 『私のご主人様☆』 是非ご覧ください
以上、アーニャ・ネイキッドでした~。うふふふふ」
※作者コメント『次回から暫くシリアス展開が続きます。あしからず……嘘予告どうしよう……』