♯16 派閥争い
第十六話です。
なんと、一か月も続けられました。奇跡か!?
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次回は土曜に更新したいと思います>>
「よく来てくれたソーゴ君」
寮で初めての夜を明かした次の日、奏吾はワーカーと共にアクアムの店、サーストン商会へとやって来ていた。
応接室へと案内されるとサーストン商会代表、アクアム・サーストンが出迎えてくれた。一昨日よりも少し疲れた様子のアクアムは、笑顔で奏吾達にソファーを勧め、自分は向かいに腰を下ろす。
「今日はワザワザ来てもらって悪かった。本来は此方から出向くべきなのだが、下手に情報が漏れる訳にもいかないのでな」
「それほど重大な事を話すんですか――?」
「そうだな。ただその前に礼を言わせてほしい――一昨日は本当に助かった。ソーゴ君、君は命の恩人だ」
そう言ってアクアムは頭を下げた。
「ちょっと、やめて下さい。御礼は先日受けました。それどころか俺みたいな不審者に何も聞かず、この街まで連れてきてもらって」
「そんな事は些末な問題だ。『君が儂達を危機から救ってくれた』その事実は揺るがしようがない。本来なら儂達は死んでいただろう。そして――ソーゴ君が救ってくれたのは儂達だけでは無い。この街、冒険者の街『ハルシャ』の危機からも救ってくれたのだから」
「ハルシャも――!? なんでそんな大事になってるんですか?」
奏吾は驚きのあまり声を荒げた。自分は盗賊と魔物に襲われた人達を助けただけだ。状況的には出来過ぎな感じは否めないが、それでも『異世界モノ』ではありがちな初期イベントだと言っていい。
その結果アクアムやワーカーなど、好い人達に出会えたことには感謝しているし、とても喜ばしい出来事といえた。しかし実際に自分とは別に正当な勇者が召喚されているであろう現状で、これ以上ライトノベルズの主人公のように目立つつもりは奏吾には無かった。だというのに、アクアム達を救ったことがハルシャまで救うという事になるというのは、少々いただけない。面倒事の匂いがプンプンとしてくる。
たしかにアニメの主人公のような存在には憧れを持っている。英雄願望が無いとは言わない。しかしそれが自分には荷が重すぎていると、奏吾は自分を評価している。
確かに自分には『氣』という他の人が持っていない力を持っている。そしてあの似非医者からもらったチートな力も……。
勇者に並んでこの世界に於いて、自分が異端なチート的存在であることは理解している。だがそんな力を超える力を持つ存在に、昨日奏吾は寮で出会っていた。アーロン・ガラッド、最強の冒険者。彼のような存在がいるのであるなら、それこそチートを駆使して『俺TUEEEE』なんて荒唐無稽に活躍するなんて事は難しいだろう。
師父並みの相手に喧嘩を売るようなそんな、一か八かの人生を送る気は奏吾には無かった。
ただ、この世界でソコソコ強い力を持っていれば、前の世界よりも安寧に、穏やかに暮らすことは出来るのではないだろうか奏吾はそんな風に、せっかく生き延びた人生を夢見ていたのだ。
それが……、
「街を救ったって――俺、何もしてませんよ。そんな面倒事になりそうな……!」
「ソーゴ落ち着け……」
隣に座っているワーカーが、奏吾を諌める。そしてアクアムもまた申し訳なさそうな顔をしていた。
「あっ、その――アクアムさん達を助けたことが面倒事とかそういうことじゃなくて……」
「解っている。そしてその上で儂等はソーゴ君に謝らないといけない。面倒事――まさにその通りだ。しかしあの時、君が儂等を助けてくれた――その所為でソーゴ君は否応なくその面倒事に巻き込まれることになってしまうだろう。今日はその謝罪と、説明をするために此処へ呼んだのだ」
アクアムの目はとても真剣だった。そしてワーカーも……。
「説明――」
「そうだ。そしてその上でどうするかの判断はソーゴ君に任せようと思う。もしもの場合は儂の首をやろう。それがきっと先日助けてもらった礼にもなるだろう」
「アクアムさんいったい、何を!」
今度はワーカーが叫ぶ。
「いやワーカー、ソーゴ君にも選ぶ権利がある。あの時ソーゴ君は何も知らなかった。選択の余地もなく、ただ『困ってる』と思った儂等を助けてくれたに過ぎない。そうだろう?」
ワーカーは押し黙る。確かに、魔物に襲われ、盗賊に襲われ――誰もがアクアム達が危機に陥っていると思うだろう。奏吾またそうだった。
しかし例えばアクアムが所謂悪人であったならどうだろう。アクアムの非道に耐えかねた人々が、密かに彼の暗殺を企む。しかし彼の側にはワーカー達腕利きの冒険者がついている。
だからアクアム達が油断した際に罠に嵌めて、暗殺。アクアムの悪行から解放された街は解放される。
こんな筋書きがあったとしても、本来はおかしくなかった。
実際には奏吾自身はそんなシナリオがあったとは思っていない。少なくともこの二日間で接したアクアムやワーカー達の人と成りから、とても二人がテンプレ的な悪人だとは思えなかったからである。
むしろ畏れ多くも、とある刀を使わない剣術の七代目当主の決め台詞を吐いた、屑。ドープスこそ、お決まりの小悪党だと確信している。
「つまり、説明をしてもらって俺が今度は選択できる状況になる――って事ですか?」
「あぁ、少なくともあの時何故、儂等が命を狙われたのか。そしてそれがソーゴ君にとってそれがイイ事だったのか、そうで無かったのかの判断は出来るようになる。儂はそう思ってる」
「なぜ、それで場合によってはアクアムさんを殺さなきゃいけないのか、そしてそれが俺への謝礼になるんですか?」
アクアムは奏吾の言葉に少し押し黙ると、静かに口を開いた。
「それはこの前の襲撃が、簡単に言ってしまえばこの街の覇権を賭けた――派閥争いだからだ」
アクアムの言葉に、奏吾は内心溜息をついた。派閥争い……異世界モノで起こる面倒なトラブルとしては筆頭に上がるほどテンプレ的なイベントである。
「ドープスは、元はこの街で儂と同じく奴隷商をやっていた同業者だった。少なくとも半年前まではな」
アクアムは静かに語り始める。奏吾も予想していた事で、その部分にはあまり驚かなかった。奏吾も昨日、依頼に行く途中でそのドープスの旧奴隷商を確認していた。既に館に関しては売りに出されているらしいが、その噂からなのか未だに買手が見付かっていないらしい。と彼の耳にも入っている。
「儂達奴隷商というのは少し特殊な家業でな。ソーゴ君がどこまで知ったか解らぬが初めから説明しよう。いいかな?」
アクアムの問いに奏吾は首を縦にふる。
「このヘルブストという国では、人間至上主義を謳っているがその実、民には生まれながらの階級が存在している。といっても、国王に連なる血筋の王家。そして貴族。後は市民と簡単な三つだけで、この街は特殊だから普段生活している分にはあまり気にも留めないが、余所の街、特に王都と大聖堂のあるノーヴェンではそれが顕著でな。階級によって街が区分けまでされている。
問題はその他に明言されていない最下級、惰民と呼ばれる存在しない筈の階級が暗黙の了解であると言うことだ。
市民よりも下。この国に住む人間族以外の種族全て、そして奴隷に墜ちた者、犯罪者、他国の戦争捕虜がこれに当たる。また逆にいえば何らかの理由で奴隷になると言うことは、それまで市民や貴族だったとしても惰民に成りえると言うことを示している。ここまでは解るかい?」
アクアムは奏吾の反応を見ながら話を進める。
「他種族や犯罪者で無い限り、つまり人間族で犯罪以外の理由……、例えば身売りなど、そのような理由で惰民になった場合は、難しい事ではあるが市民に成ることが出来る。市民権自体は高額だが買うことが出来るからね。
ただどうあがいても市民権を得られない惰民の人間族が犯罪者以外でいる。それが儂達奴隷商だ。
儂達奴隷商は奴隷を売買する卑しい者と世間では見られ、また同じ惰民を商品として扱う事から、同じ惰民にも嫌悪される生業だ。
オマケにこの商売は世襲制でな、奴隷商の家系は永遠に奴隷商だ。奴隷商に産まれたからにはこの宿命から離れる事はできん。それでも扱うモノが者だけに、下手な商人や貴族よりも裕福に暮らすこともできる。因果な商売だよ」
アクアムはそういって葉巻を取り出すと口にくわえた。
「奴隷商が世襲制なのには理由がある。この国の魔法については何か調べたかな?」
「いえ、ワーカーさんやルルスさんにでも、近いうちに聞いてみようと思ってました」
奏吾はそう言うとワーカーの方へと視線を移した。
「別にそれは構わないぞ。ルルスも最近魔術を使う機会がないから、ちょうどいいだろう」
ワーカーの諒解を得た事に奏吾は一安心する。その様子を確認してからアクアムは続けた。
「そうか、ならまず大雑把な説明をしよう。我が国の魔法体系には大きく別けて二つある。ゾーマン……いや、君の師匠の考えとは違うかもしれんが、顕現魔法と契約魔法と呼ばれる二つだ。
顕現魔法はその名の通り、魔力を媒介に現象を顕現する魔法。契約魔法は契約を組んで、その契約した分の魔力を支払う事で契約通りの現象をおこす魔法だ。そうだな見た方が解り易いだろう」
アクアムはそう言うと、葉巻の先端に人差し指と中指を当てる。それから集中するように目を閉じると、突然目をカッと開いた。すると葉巻の先端から煙がスゥーッと漂う。指を離すとそこに火が着いていた。
「これが顕現魔法だ。本来なら術式を組む詠唱が必要なんだが、葉巻に火をつけるぐらいなら、儂でも無詠唱で出来る。まぁ、こんなことで魔力の無駄遣いするのもなんだから、ほとんどやらないがね。
顕現魔法はその使用者の魔力特性によって五つの系統属性に偏る。光、火、水、土、風。一つでも顕現できれば魔法使い。二つなら魔術師。三つなら魔導師。四つなら賢者なんて呼ばれるが、二代目勇者がそうであったと聞くだけで、そんなのは伝説上にしか存在しない」
「ちなみにルルスは魔術師、レッティは魔法使いだ」
ワーカーがそう付け足す。
「属性が五つなら、賢者の上もあるのでは?」
奏吾がそう聞くと、二人はポカンとして、それから笑いだした。
「すまんすまん、さっきの五属性のうち、光だけは別格なんだ。光魔法はルーメン正教の僧侶だけが使える。まぁ逆に光の属性持ちになると他の属性はまったく発現しないらしいが」
「でもジャッシュさんは火の攻撃魔法と光の治癒魔法も使ってましたよね」
「ああ、アイツは僧侶崩れだ。だから簡単な治癒魔法ぐらいは使える。火の魔法は契約魔法の魔道具を使ったんだ」
ワーカーがそう説明する。
「契約魔法だと魔力属性は関係ないんですか?」
「その契約に必要な分の魔力が出せれば子供にだって使える、そう例えば………」
アクアムはそういって紫煙を燻らせる。
「これは水を出す魔道具……というか魔石型の護符だ。契約魔法ならこうなる」
そう言ってアクアムは今度青色の宝石を取り出すと、それを空っぽのグラスの上に翳した。
「コール、ウォーター」
すると、宝石が光だしそこから水が溢れだしグラスの中を満たしていく。
半分ほどになると光が消え、水もとまった。
「これが契約魔法だ。この魔石に水を出すようにした契約魔法の魔方陣が刻まれていて、契約を発動させるためのキースペルと、発動キー分の魔力を出せば水が出るようになっている」
奏吾はここで一つの疑問になっていた事の答えを見つけた。
一週間前、ヘビーベアとの戦闘の後の事だ。サイドBのメンバーの応急措置の際、治癒系の魔法を使えたのはジャツシュだけであった。
「こんな風に契約……つまり魔術を発動するための魔方陣が刻まれた魔石や護符を総称してタリスマンと呼んでいる。そしてそのタリスマンを組み込んだ武器や道具の事を魔道具と呼んでいるようはこれ等があれば他の属性魔法使えるという事だ。流石に無詠唱とはいかないが、顕現魔法よりも少ない魔力で強力な魔法も使えるし、店で買える。商店街にある『魔法屋』というのはこのタリスマンや魔道具を売る店の事だ」
そんな店があったのか奏吾は記憶を手繰るが思い出せなかった。ふとワーカーの方を見ると、しまったと何か罰の悪い顔をしていた。どうやら商店街に行った時に、ワーカーが教え忘れたようである。
「契約魔法で作った魔道具を使うのは、今のように比較的簡単だが、問題は魔道具を作るのは専門的な技術と何より、タリスマンに魔法を発現させるための契約の儀式が必要になる。だからその儀式に関する知識や技術は、魔道具造りの鍛冶屋でも秘伝や奥義なんて言われ秘匿されてる。なにせ弟子に伝える際にも、誰にもそれこそ王様にも教えないなんて言う契約魔法をかけるぐらいだからな」
ここに来て奏吾もアクアムが何を説明しようとしていたのか理解できた。
「つまり、奴隷にするあの首輪。あれの製法が秘伝。だからこそ奴隷商は世襲になってるんですね」
奏吾の言葉にアクアムが目を見張る。
「流石だな。その通り、正確にはあの首輪は契約を結ぶための媒介に過ぎない。奴隷とその主人の間に契約を結ぶ魔法儀式こそが世襲制である理由であり、それぞれの奴隷商が秘伝としている。そうでなければ誰でも彼でも簡単に奴隷にしてしまうことができるからな。
その儀式も奴隷商によって違うはずだ。そしてそれを商売以外で恣意に使う事を禁じられている。もしそんなことをすればその儀式を知り得る一族全てが死罪。秘伝は葬られる事になる」
「この奴隷制については、三代目勇者の意向によって、全国にある冒険者ギルドが統括するようになっている。故にこの国の王家であろうとそれに手出しは出来ない。なにせ知り得る者は全ての国でブラックリストの賞金首になるんだからな。王家といえど冒険者全てを敵に回すことは出来ないんだ」
ワーカーがアクアムの言葉に付けたした。
「じゃぁ、あのドープスは……」
「そう、奴隷商の掟を破ったんだ――」
アクアムはそう静かに告げた。
「そう、奴隷商の掟を破ったんだ」
アクアムは告げると、ひとつ煙を吸い込み、紫煙を燻らせるともう一度「奴隷商の掟、恣意的な奴隷契約をしてはならない――ドープスはそれを破った」と告げた。
「具体的にはいったいどんな――」
「奴隷になる者は様々だ。借金が返せなかったり、身売りしたり……勿論人種だって、人間だけでなく、この国では亜人の多くが奴隷となっている。ドープスもただ商売しているだけだったら、けして問題の無い奴隷商……その筈だったんだが」
「いったい、何をやっていたんですか?」
「言ったろう。アイツは恣意的に奴隷を扱っていた。具体的に言えば“獣人”ばかりを飼っていた」
「その獣人達に何か酷い事を……」
「いや、逆だ!」
「へ? 逆?」
「そうだ。獣人だけを好待遇にして、けして売ろうとしなかった」
「つまり……」
「ドープスの奴隷商で売られた人間の話しだと、それは酷いモノだったらしい」
「えっと逆って事は、獣人ではなくて人間の方が酷い待遇だったって事ですか?」
「違う違う。人間の奴隷は、奴隷としては普通の待遇だったらしい。ただ、獣人の……それも哺乳類型の獣人の女性や子供だけ、物凄く待遇が良くてドープスは売らなかったようだ」
「あの、まったく意味が解らない」
「三食おやつに昼寝付。毎日のマッサージに、毛なみの手入れ、ブラッシング。完全な体調管理スケジュール。ストレスのかからないように娯楽の提供と……いたせりつくせりだったらしい……」
「えっと……確かになんか差別っぽいですけど。他の奴隷の待遇も酷いモノじゃないのなら、何も問題は……」
「それが同じようにドープス商会で売られていた、好待遇されない他の獣人達が、自分達が何故好待遇されないのか不思議に思って、調べたらしい。するとそこで彼等は見たそうだ」
「やっぱり、何か酷い事をしてたんですね。そうですよね。獣人とはいえ、女子供ばかりを好待遇……ドープスみたいな男がする事といったら、もう……」
「『ケモミミ~♪ ケモミミ~♪ ケモミミもふもふ~♪』と歌いながら、獣人達を撫で繰り回していたそうだ。そして獣人達も喜んでいたそうだ!」
「……えっと。それの何が悪かったんですか?」
「言ったろう! 奴隷商は恣意的に商いをしてはならないと。そんな自分のケモミミ属性を満足させるために、獣人を買っていたんだ! 許されるはずが無い!!」
「えっと、そんなに掟って厳しいんですか? 獣人達が辛いとか言うならまだしも、喜んでたんでしょ?」
「いや獣人達は待遇がおかしいと嘆いていた!」
「ケモミミ以外の獣人ですよね、それ言ってるの」
「それでも十分、掟を反している」
「そうですか……解りました。なら、アクアムさんの言う通り、アクアムさんの首を貰い受けましょう……」
「何?」
「俺はどうやら間違っていたようだ。ドープスは……ドープスは……俺の同士だったぁあああああああああああああああああ!!!!」
「ソ、ソーゴ君!?」
「そんな掟、無くなってしまえぇえええええええええええ!!!!!!!!!」
衝撃の真実。奏吾はあらぬ誤解から親友となれるかもしれなかった人物に危害を加えてしまっていた。
後悔と罪悪感。奏吾はその贖罪の為に動き出す。
急展開の次回『異世界来る前からチート持ち ~ Racclimosa ~』
♯17 『衝撃の真相』 是非ご覧ください。