♯15 これまでとこれからと
第十五話です。
何故か今回は二話同時更新です。
誤字脱字の報告、感想等ありましたらお待ちしております
次回は月曜に更新したいと思います>>
「さてと……こんなもんか? ベッド入るとほとんどいっぱいだな」
奏吾はそう呟くと、今出したばかりのベッドに腰を掛けて部屋を見回した。
見回すと言っても六畳程の部屋にベッドが一つだけ、後は窓が一つ空いているだけの質素な部屋でしかない。
ベッドは退寮していった冒険者の物から良さそうなものを、三階から運んできた。
「取りあえず、これで落ち着けるか――そうだ夕飯どうしようかな」
昨日の今日でワーカーとルルスの世話になるのも気が引け、なおかつ少し一人で考えたいことがあった奏吾は、階下へ降りると寮母のアンジーに近場の料理屋を紹介してもらうことにした。
冒険者御用達と看板に書かれた料理屋は賑わっており、奏吾が一人で入っても誰も気にもしていない。
そこで食事をしながら奏吾は一人で少しこれまでの事を考えていた。
全ての始まりはあの事故からである。
コンビニでのバイトが規定通り十時に終わり、奏吾は暗い帰り道を歩いていた。すると『火事だぁあ――』という声があがり、野次馬根性で声の方へと向かったのが全ての原因だ。
向かった先には六階建てぐらいの古いビルがあり、四階より上が火に包まれていた。奏吾は野次馬と同じように遠巻きにその光景を見ていたのだが、消防車がなかなか来ない事に、皆ヤキモキとしているのを感じていた。
「まだ人が残ってるの――」
誰が言ったのかは解らない。しかしその声を聞いた瞬間に、奏吾は何も考えずに動いていた。
消防車もまだきていない。人がビルに残っている。
普通の人なら無理かもしれないが“化物”の自分なら、氣を使える自分ならきっと助けられる。
「今度は人を『殺す為』じゃなく、『生かす為』に――この力を――」
奏吾は止めようとする周りの声など気にせず、憧れる架空の世界の主人公たちと同じつもりで、燃え盛るビルの中へと入っていった。
事実、ビルの中には何人かの人がまだ残っていた。奏吾は迫りくる炎や瓦礫を氣で飛ばし、気で身体強化して彼等を運び、失神したり呼吸が停止している者には、氣を送って応急処置を施す。
あらかた助けた頃になってようやく消防車のサイレン音が聞こえた。助けた人々は皆、ビルの外に連れ出している。
後は救助隊の人達がなんとかしてくれるだろう。奏吾のその行動に、野次馬の人々も喝采の拍手を送っていた――。
その時だ。
「先生が――、新界先生がいない――」
その声に喝采は一瞬にして沈黙する。告げたのは女子高生だった。よく見ると助け出した者も、奏吾と同年代位の者達が多かった。
そして燃えているビルの五階と六階は進学塾であった。
つまりこの塾の先生が、まだ残ってる――?
奏吾の足はあっという間にビルの中へと向かっていた。炎はさっきよりも勢いを増している。
奏吾は身体強化を使って一気に階段を駆け上がった。そして気配を探る。炎の熱気の所為で巧く読み取れなかったが、それでも奏吾は小さな違和感を覚え五階へと向かった。
五階はもう火の海であり、とても人が生きているとは思えなかった。
しかし、奏吾はその違和感の場所へと氣で火を押し出しながら向かう。
すると受付の裏の小部屋に火に囲まれた青年が倒れているのを発見した。それも今にも火が彼に襲い掛かろうとしている。
奏吾はその火に右手を翳し、押し返しながら青年へと駆け寄る。青年は意識を失っているようで、奏吾は右手で火を押し返し続けなら声をかけた。
「おい、大丈夫か? 生きてるか?」
余った左手で軽く頬を叩く。すると少し咳き込みながらも反応があった。
よかった、これでこの人も助かる。そう思った瞬間だった。
バギァッ――と厭な音が上から降ってきた。すかさず上へと視線をあげると、ちょうど天井に大きな亀裂が走ったところだった。
「まずいっ、」
奏吾が左手を翳した瞬間、天井は崩れる。しかし奏吾の力によって途中でその動きをとめる。一先ず一安心というところだったが、とても気の抜ける状況では無かった。
天井の重量は奏吾が必死に止めているが少しでも気を緩めればすぐに崩落は再開するだろう。そして右手で抑えている炎の勢いも段々と強くなっており、今の状況では現状を維持するのが精いっぱいだった。
唯一、助かる方法は、天井と炎を留めている氣を一瞬解き、瞬時に溜めた氣を崩落と炎が自分に襲い掛かる前に全方位に放出するしか無い。
しかし、そうすれば青年はその放出に巻き込まれるし、下手すればその前に氣を解いた瞬間に炎か崩落に襲われる事になるだろう。
だが、それは奏吾がこのまま青年を援け出そうとすればの話しである。
青年が自力で歩いて下まで降りてくれれば、自分はこの場に残って先ほどの方法で助かる事は可能だった。
青年一人分位の道炎を押し出し作る事は、今の状況を維持することに比べれば造作もない。奏吾の作戦は決まった。
「おい、起きろ、助けに来たぞ――」
「ん、ん――此処は――。僕はいったい――どうしてこんな事に――」
「よかった、大丈夫だな。歩けるか? 悪いけど今手一杯なんだ、自分で歩いて逃げてくれるとありがたい」
奏吾がそう言うと青年は周りの状況を確認するように見渡した。
奏吾は右手を少しずつ動かしながら、炎を押し出して出口までの一本道をつくりだす。
「この道を通って行けば、階段まで行ける。急げ!」
青年は奏吾の言葉に頷くとこう言った。
「わかった、なら君も一緒だ」
「はぁ?」
奏吾はその青年の言葉の意図する意味が理解出来なかった。
「君はうちの生徒じゃないね。なんでこのビルにいるのかは後で聞こう。状況が状況だからね。取りあえず、ここから生きて脱出する事を考えるんだ」
奏吾は青年の意味不明の言葉に眉間に皺を寄せる。とても助けられた人間の言葉でもないし、このビルにいる理由を説教される立場でも無い。ましてや『状況が状況』というのなら、文句垂れずにさっさと逃げてほしいところだった。
「なんの幸運か、出口まで一直線。炎も天井も勢いを失っている。でもいつまた崩落が始まって炎が襲い掛かってくるかわからない。だから、そんな変なポーズをしてる場合じゃない。僕と一緒に来るんだ!」
「なにをいったい――」
そこで唐突に奏吾は理解した。一般人にとって『氣』や『超能力』なんて空想の産物でしかない。事実としてその力を奏吾が世間から隠しているぐらいだ。化物と言われないために。
なら、今の状況をその一般人から見ればどう映るだろう。
崩落と炎は“何故か解らないが”止まっている。そして塾生徒と同い年ぐらいの少年が、右手を炎に、左手を天井に翳す変なポーズで目の前に立っている。
「阿保か、俺はあんたを救けに来たんだ。いいから早く先に逃げてくれ!」
「駄目だ! 命を無駄にすることは僕が許さない。だから君も一緒に来るんだ!」
奏吾は青年を逃げ道へ向かうように蹴るが、青年はその足を掴むと勢いよく引っ張った。
「バッ、バカ――」
体勢を崩す奏吾。その所為で氣のコントロールが狂う。
「しまった――」
目の前に迫る炎、落ちてくる天井――絶望的な光景が視界を満たし、奏吾は意識を失った。
そして次に気付いた時には、真っ白な病院の待合室でベンチに横になっていたのだった。
「はぁ……ごちそうさま……」
夕食を終えた奏吾は料金をテーブルに置くと、『ありがとうございました』という店員の言葉を背に受けながら、そのまま出口へと向かった。
外に出ると歪な月が夜空を照らしている。
ワーカーの説明ではあれは本物の月ではないらしい。外の夜空を迷宮が不思議な力で映し出しているだけに過ぎない。
「不思議な力――ね――」
奏吾は自分の掌に気を凝らしてみる。ほんのりと黄色い光が灯ったところでそれをやめる。
この世界トリニタに来て、丸一日以上が経過した。考えないといけない事が山ほどあった。まずは自分の事。似非医者からもらった三つのチートは未だ完全にその能力を把握しているとは奏吾は思っていなかった。
異世界言語理解、これはこのトリニタの言葉を勝手に脳で翻訳してくれるものだと思っていたが、実際自分のまったく知らない文字も書くことが出来ていた。正直本当にチートと言える能力だ。こんな能力が元の世界で使えれば英語やらなんやらは高得点間違いなしだし、仕事も通訳やら翻訳家として安泰である。まぁこのとんでもチートがどういう理屈でなっているのか解らないが、一応自称神様がくれた能力なんだから、それも有りなのかと理解する。ただ残りの二つに関してはどうも納得が出来ない点が多かった。
鑑定眼――所謂ステータスやデータを引き出す為の能力。事実、自分を鑑定すれば自分のステータスが見えるし、武器やアイテムに鑑定をかければその名前や、効果などを調べる事が出来た。奏吾の腰に差さっている剣。サイドBの名前も、それによって解った。しかしどうやらこの能力には制限があるらしい。先のアーロンに鑑定をかけると、名前以外のデータが解らなかった。ただ、これは自分の鑑定のレベルが低い所為か、もしくは自分より強い人物には鑑定が効かない。もしくはアーロン自身が鑑定を遮る何か能力かアイテムを持っていると推察が出来る。
問題は、他の鑑定についてだ。特に問題だったのは奴隷商のアクアム・サーストンについてだ。ワーカーに鑑定眼をかけた際は、名前、年齢、職業、位階制度まで出ており、比較的予想通りのステータスが表示されていた。
アクアムもほとんど同じだったが、一つだけ最後に文章が追加されていた。
『凄く好い人。信用して良し』
「主観だよなぁ……どうみてもあの似非医者がなんかいじってるようにしか思えないんだけど。ちょっかい出さないんじゃなかったのかよ……」
奏吾はひとりごちる。石を拾った時も『何も変哲もない石』と出ていた。チュートリアルにしても、どうも変なところで手を抜いているのか、それともただお粗末なだけなのか。
正直、その鑑定の言葉にアクアムを訝しんだのだが、握手をした際の彼の氣の温かさから、奏吾はその予断を辞める事にした。実際その後のアクアムの印象はよかったし、ワーカーと同じく信用のできる人物ではないかと思っている。
むしろ怪しいのは、というより怪しすぎるあの似非医者の事を信じるべきかは未だ保留である。ただ異世界に勇者を召喚した“神”とやらと違う存在だというのなら、あの似非医者についてどこまで知る事が出来るか解らない。取りあえず、今は深く考えないように奏吾は決めた。
「そして――“守護霊” 正直これが一番チートっぽいよな。どう思うカゲロウ?」
奏吾はそう自分の足元に声をかける。するといつの間にかカゲロウが、紅い瞳を光らせながら一緒に歩いていた。
「魔方陣の中に吸い込まれた時は、どうなるものかと思ったけど……まぁこれはこれで良しとするしかないよな。お前がいなきゃ、ヘビーベア相手に出来てたか解らないし。お前のお陰で、ゾンマーの不思議な魔術ってことで氣についても誤魔化しができたし。と、なるとお前はやっぱり“魔力”で出来てるって考えた方がいいのか――?」
「ニァア?」
奏吾の言葉を理解しているのかカゲロウはちょっと疑問符をつけたように鳴き声で答える。
「って事は、俺にも魔力があるって事だよな。ステータスにも書いてあったし――、なら氣以外にも魔法が使える。やっぱりこれはテンション上がるな。明日、アクアムさんとの話の後、ワーカーさんに話して、ルルスさんに魔法を教えてもらえるか聞いてみるかな」
正直、あまり頼りたくない所もあるのだが、サイドBの魔術師であったルルスなら教えてもらうには十分すぎるし、ちょうど今冒険者を休んでいる――いや引退しているのなら、教えてもらう時間を都合してもらえるかもしれない。
そして何より――、
「独りで飯食うなんて、慣れてる筈だったんだけどな」
先ほどの食事、昨日とは違う虚しさと寂しさが奏吾の胸を満たしている事に、奏吾は困惑していた。日本にいた時は祖母が亡くなってからほとんど独りでの食事だった。
今さら寂しいとか、そんな感慨が浮かぶとは思わなかった。
たった一回、昨日のビヨンド家での食事が、奏吾の心を大きく揺さぶったのだ。
『だからきっと“今”ソーゴ君がウチのギルドに入ったら、その熱さに耐えられないと思う』
ルルスの昨晩の言葉が思い起こされる。たった一度でこれなのだ。もしサイドBに入ってこんなのが毎日あれば、奏吾はその温かさにきっと縋ってしまう。
そしてその温かさを維持するために、メンバーに気を使いすぎて精神的に疲弊してしまうだろう。
それが奏吾にも簡単に想像できた。
温かさに慣れていない――ルルスの言う通りである。
だからこそ少しづつ慣らさないといけない。心の温かさに、人の絆に――。
「って思ってて、昨日の明日でお邪魔するのもなんだか――、週一ってワーカーさんにも言っちゃったし、まぁ急ぐことでもないだろうから魔術もゆっくり考えるかな」
そうこうしている内に寮へと奏吾は戻ってきた。
部屋に入り、ベッドに横たわる。
「後は――勇者か――」
自分がこの異世界トリニタへと来た理由。
勇者召喚に巻き込まれる――言ってしまうと正直自分でもとても不憫に思えてくる。ただ、最近はその手の主人公が無双する作品も多い。なら、事故死しなかっただけ、むしろ良かったのではないかと思うのだが、問題は自分が勇者召喚に巻き込まれた事であり――という事は、この世界にもう一人、正式に勇者として召喚された、自分と同郷の人間が確実にいるという事を指している。
召喚に主人公が巻き込まれで異世界にきた作品の多くで、正式に召喚された勇者は、セオリーとして主人公の障害、もしくは害悪になる事がほとんどである事を奏吾は知っていた。
「んで、その勇者って――たぶん“アイツ”だよなぁ……もう憂鬱な気分にしかならないよ。はぁ……」
奏吾はそう言ってカゲロウの喉元を撫でる。カゲロウはそんな奏吾の気持ちを知ってか知らずか、嬉しそうに『ニァア』と哭くのだった。
奏吾が冒険者寮の自分の部屋へ戻り、休んでいるとドアのノックと共に一人の少女がやって来た。
「“ふらっと”やってきましたよぉ~」
「えっと……どなたでしょうか?」
「お久しぶりですよ~、元気してました~?」
「また知らない人から『久し振り』って言われたけど、本当に誰なんですか?」
「何いってるんですか~、わざわざこんな異世界まで心配で追いかけてきたのに~、お兄ちゃん!!」
「お兄ちゃん!? 俺が? 妹なんていたの?」
「なに言ってるんですか、嘘予告だからって、本編の設定、無視するつもりなんですか~? 明言こそ避けていましたが、匂わすような伏線はたびたび出てたじゃないですか~」
「マジで、どこで? えっ、俺、妹いたの!?」
「ほら、第六話とか、第九話とか~」
「第六話って言うと……『冒険者ギルド』……冒険者ギルドに初めて行った時か……あの時……? やけにお姉さんを強調するリックさんが出てきたのは覚えてるけど……」
「はぁ……本編でも公式設定のお兄ちゃんの『お姉さん属性』は妹の存在も忘れさせてしまうんですね……わたし、哀しいですね」
「リックさん姉じゃないけどね。それに俺の好み的には少し違うんだけど……後九話っていうと、『絆の側に』……ルルスさんとシリアスな話してた時か……これもまた綺麗なお姉さんであるとこのルルスさん大活躍の話しで妹の伏線ってあったっけ……」
「はぁ……そこまで『お姉さん属性』に毒されているんですね……どこぞの北の方のファミレスの店員が『小さいもの属性』をこよなく愛するぐらいに『姉属性』でおかされているんですね……」
「あそこまでじゃないよ!! あと“侵されている”の部分はちゃんと漢字に直して!! ひらがなだと別の漢字当てられそうで恐いから!!」
「あれだけあからさまに伏線を張ってあったのに、妹の存在に気付かないなんて……ほら、数少ないこの嘘予告の読者の何人かが、六話と九話見直しに行きはじめちゃいますよ! 早く思い出してください。私を、妹の存在を!!」
「……ごめん、やっぱり思い出せない。俺に……妹なんていたのか……」
「まぁ、そんな伏線なんて張ってないんですけどね!」
「へ?」
「お兄ちゃんには兄妹なんていないんですけどね! 所詮これ嘘予告ですし、嘘ですし、エイプリルフールですし!!」
「ちげぇよ!! 今六月だよ! もう七月になろうとしてうるよ!! っていうかウソかよ!! なに読者だけじゃなくて俺まで騙してるんだよ! 作者まで騙されて六話と九話読み直しちゃったよ!」
「いいじゃないですか。いいですか? 所詮創作物なんて嘘の塊です。お兄ちゃんがどう思うと、この嘘予告はなんでもありなんです。というわけで、妹である私はこの後も本編には出ません!!」
「出ないのかよ!!」
「しか~し! 嘘予告には出ます!!」
「出んの!?」
「という訳で、妹の私の名前を募集したいと思います。応募はこちらまで↓」
「いや、無いよ。そんな募集無いよ。なんなのコレ?」
「キャラ設定も決まってないので、それも一緒に……」
「無い、絶対にそんな募集なんてしないから。なんなのこれは」
「さて、今回嘘予告長いなって思ってる君!! 実は今回、二話同時更新なんですよ~!!」
「えっ、急になに真面目なお知らせし始めてんの!? これも嘘!?」
「これは本当です。ほらっ、『次の話>>』ってもうあるでしょう? いつもと違うでしょう?」
「確かに……って、でもなんで? 急に?」
「実は次の話は所謂、幕間なんですね。なのでタイトルの部分も『♯』じゃなくて『♭』になってるんですよ~。それにお兄ちゃんも出ません!!
「えっ、出ないの!?」
「はい、まったく」
「まったく、なの!?」
「という訳で、謎展開の次回『異世界来る前からチート持ち ~ Racclimosa ~』
♭1 『~幕間 ある兄弟の会話~』 是非ご覧ください。さぁ、さっそく『次の話>>』へクリッククリック!!」
「急な兄弟設定ってこの所為!?」