♯11 討伐料と訳あり寮
第十壱話です
誤字脱字の報告、感想等ありましたらお待ちしております
嘘予告を忘れていましたので六月二十一日に追加しました>>
今後もこのような事があるかもしれませんが、よろしくお願いいたします>>
奏吾は一人で地下街の冒険者ギルドへとやって来た。
ワーカーは地上街の冒険者ギルドにいるというサイドBのメンバー達の所へ行くというので、店で別れる事にしたのだ。
ハルシャの地上街にも冒険者ギルドは、地下街の冒険者ギルドの出張所として教院に併設されている。
教院とはこのヘルブストの国教である『ルーメン正教』という宗教の教会であり、同時に怪我や病気を司教が治してくれる治療院の役割を果たす。
昨日、ヘビーベアの襲撃で重傷を負ったサイドBの面々だったが、薬草やポーションの応急処置の他に、ジャッシュの治癒魔法と奏吾の“力”を使って殆ど無傷の状態まで戻っていた。
しかしこの世界の治癒魔法にはカウンターショックなる副作用があるらしく、怪我を負ったとしても、一応治療の専門機関である教院で見てもらうのが通例らしい。
昨日はその後すぐに夜になったので、おそらくサイドBの面々は、冒険者ギルド出張所の仮眠所にいるだろうと、ワーカーは彼らを迎えに行くらしかった。
そこで奏吾と別れることになったのである。
さて、冒険者ギルドへとやって来た奏吾だったが、中に入ってその人の多さに面食らっていた。
冒険者の街と言われるだけあり、その中心である冒険者ギルドは24時間営業で、冒険者の対応をしている。その為人が絶える事は無く、特に奏吾は依頼を受けに来る朝、そして依頼を報告しにくる夕方と、比較的人の混み易い時間を狙ったかのように来ている所為もある。
しかしそんな事を知らない奏吾は、取りあえず昨日リックから説明を受けていた受付カウンターへと向かった。
するとそこにはヘトヘトに疲れた様子のリックがいた。
「あらソーゴくんじゃん。冒険者らしい格好になっちゃって」
リックは奏吾をマジマジト見つめると嬉しそうにそう言った。
奏吾の格好は、先日も来ていた元の世界のままの私服の上に、先ほどビッグレッドでオアカに揃えてもらった初心者装備だった。
両肩の肩当てに、胸当ては金属の上に何かのなめし皮を張ったもので、スニーカーはブツーツに変わっており、腰にはルルスからもらった『サイドB』とナイフとポーチ。両手には皮の手袋つけ、左腕には小型のラウンドシールドが嵌っている。
「似合わないですかね?」
「ううん、似合ってる似合ってる。それに初心者なんてそんなもん。鎧に着られてる初心者も、数か月後には立派に冒険者になってるもんだよ」
「そうだと良いんですが――」
「それにしても、その装備――オアカさんのチョイス?」
「そうですけど、解るんですか?」
「やっぱり――。ふ~ん、成程ね――みんな思う事は同じか」
奏吾が不思議がっているとリックは「気にしないで」と言って奏吾にその場で少し待つように言った。
それから少し席を外すと、しばらくして袋とネックレスのようなモノを持ってきた。
「さてさて、まずはこれが冒険者認識証になります。名前確認してね」
そう奏吾にネックレスを渡した。ネックレスは鉄で出来ているようでチェーンに小さなプレートがかかっていて、そこに『name Sogo―Kudo lank 7thclass』と書かれていた。認識証というより軍なんかで使う認識票っぽいなと奏吾はそんな風に思った。
「これからは冒険者ギルドを利用する際は必ずそれの提示を求められます。これはどの国でも同じはずだから。それが無いと依頼も受けられないので注意してね。再発行については昨日説明したね。それからこの街では他に重要な意味を持ちます」
「重要な意味?」
「うん。崖と反対側に大きな壁が街を囲んでたでしょう? あれは魔獣から街を守るためなんだけど、その真ん中に大きな門があるの。そこがある意味本当の迷宮の入口で、国の警備軍がそこを守ってるんだ。その先には一般市民は行けなくて、冒険者だけが自由に行き来できるんだけど、その認識証が通行証になるって訳」
それは外から巨人でもやってくるのでしょうか? とツッコミをいれたかった奏吾だったが、このファンタジーの世界じゃ本当に巨人がいそうなので止めることにした。
「それとこっちは、昨日親父から聞いたと思うけどヘビーベアの討伐料。凄いねソーゴ君がそんなに強かったなんて聞くまで思わなかったよ」
見た目可愛いのにねというリックに苦笑しつつ奏吾は袋を受け取った。
「ヘビーベア一頭、皮から肉に骨に至るまで合計で三百二十万。二頭で六百四十万At。重いけど大丈夫」
確かに昨日もらった分よりも重い。みると白金貨がゾロゾロと入っている。きっと六十四枚あるのだろうが、数えるのはやめておいた。
「たぶん大丈夫です。“入れちゃえば”いいんで――」
「“入れちゃえば”? その小さなポーチにでも入れるつもり?」
リックはそう言って笑う。
「あのぅ、リックさんちなみに“アイテムボックス”とか“魔法の袋”とかの言葉に聞き覚えは――」
「アイテムボックスってアイテムの入ってる宝箱の事? 魔法の袋――っていうのは、何かのアイテム?」
「いえ、何でもありません。気にしないでください」
奏吾そう言うと今度はリックが不思議そうな顔になった。
ロールプレイングゲームでは当たり前のように実装される重さも大きさも関係ない、アイテムボックス。
『異世界モノ』の作品では異世界でこれをリアルなモノとして成立させるために、入る個数の上限はあれど先ほどの『アイテムボックス』なる空間魔法や、見た目は小さな袋なのに中は質量無視の○次元ポケットのようなモノが存在する。
これも“魔法”というものが存在する異世界だからこその設定ではあるのだが、しかし少なくともリックの言うにはこの世界には無いようであった。
『でもリックさんが知らないだけで、似たようなモノはあるかもしれない、名前も別のモノかもしれないしな』
と奏吾は一人胸の中で思うのであった。
「う~ん、ま、いっか。後は、魔石だけどこれはもうちょっと待っててね。用意でき次第ギルドで渡すから。さてさて取りあえずこれでソーゴくんも立派な冒険者――となったところ申し訳ないんだけど、一つ問題がありまして――」
「問題――?」
「そう、冒険者寮なんだけどね。ちょっと問題が出てきちゃって」
「空かなかったんですか?」
「ううん。空きは出たの。ただ同じ寮から、大量の退寮届けが今朝から出てて、理由を聞いてみたらちょっとね――」
「そんなヤバい理由なんですか?」
「いや、状況的にはそうではないんだけど――なんて言うかみんな怖がっちゃって」
「えっと何をですか?」
「魔族――」
リックの話によるとこういう事らしい。
昨日、奏吾達がギルドに着た時点では冒険者ギルドが所持する三つの寮全てが埋まっていたらしい。
そこへ一人の冒険者が息を切らしてやって来て退寮願いを出したのだという。
これ幸いとリックがそれを奏吾に伝えたのだが、問題が発覚したの今朝、それも世も明けにころである。
同じ寮から大量の退寮願いが出されたのだ。
そこで初めて不審に思ったギルド側が話しを聞くと、どうやら昨日夜程に戻ってきた冒険者が問題だという事が解った。
その冒険者は寮にキープ料だけ払って、長い間他所へと旅に出ていたらしいのだが、昨晩、奏吾達が帰ってきた後に連れを伴ってこの街へ戻ってきた。
その冒険者はこの街でも有名な冒険者であり、最初に退寮願いを出した冒険者も、顔を知っており自分と同じ寮に棲んでいる事も知っていたらしい。
ただその連れを見た瞬間に、いち早く退寮を決意したそうだ。
その連れと言うのが。
「魔族なんですね」
「うん――、ただ奴隷の首輪をつけてるからね。魔族と言えどその冒険者が手綱を引いてる限り比較的問題ないし、この国が魔族を嫌悪しているとはいえ個人の所有物を如何にかはそう簡単にできないからね」
何よりその冒険者はとても強いらしく、誰も文句は言えない。ただ問題だったのがその奴隷も、どこで取ったのか冒険者の認識証を持っていたこと。そして――、
「その冒険者が同じ寮にその魔族を住まわせ始めたのよ。自分の部屋に。それで他の住人も怖がっちゃって――」
大量の退寮という駄洒落めいた事になったらしい。
今朝はそれでてんやわんやで、今も対応に追われてる」
「ギルド長もですか?」
「親父は今朝早々にその冒険者に事情を聞きに言ったんだけど、退寮者が出たのならその魔族用に一部屋借りるとか言われちゃって、十年分くらいの寮の宿泊代渡されちゃって――まぁ、ギルドの規約と国の法律上、魔族を奴隷にすることは問題ないし、親父もましてやそこの寮母さんまでその冒険者の味方で――はぁ――」
リックはそう言って溜息をついた。
「えっと、それで――」
「そうそう。ソーゴくんには、悪いんだけど別の寮が空くのを待って――とか思ったんだけど、それがいつになるか解らない上に、その所為で退寮者が街の宿屋におしかけて宿屋も空きが出ないっていう悪循環――ソーゴくん悪いんだけどもうしばらくワーカーさんの所で厄介になっててくれない?」
リックは事もなげにそう言った。
せっかく今日から冒険者として独り立ちしようとした矢先にこれである。
とはいえ、これ以上ワーカー達に甘えるのもどうかと奏吾は思っていた。
ルルスは言っていた。自分は人の温かみを知らないのだと。
ただだからと言って求めていないわけでは無いのだと。
もしこの件を相談すればワーカーたちは快く迎え入れてくれるだろう。
しかし、それでいいのだろうかと奏吾は自問自答する。
今はイイかもしれない。
でも、このままではあのワーカー達に頼りっきりになってしまうのではいかと奏吾は危惧していた。
彼らの優しさと温かさに便り――いや、それは頼っているのではない甘えだ。
温かさを求めるあまり、光を求め光に向かったままイカロスになってしまう。
それは奏吾の望むところでは無い。ワーカー達の望むものでもないだろう。
ワーカー達を頼るだけの自分には成りたくなかった。
ワーカー達にも頼られる“冒険者”になりたくなった。
それが昨日、奏吾が思った冒険者としての在り方である。
ただ今回の問題は、同じ屋根の下に魔族が暮らすという事だ。
本やゲームで敵役として多く名前が出てくる種族だ。それはどうなのだろう。作品によっては悪者とは限らない。
魔族――ようは異種族という事である。奏吾は魔族を知らない。そもそもどれだけの種族がどんな種族がこの世界にいるのか解らない。
知っているのは昨日からギルドで見た獣人と、先ほどビッグレッドで見たドワーフぐらいだ。
彼らに違和感があったろうか? 嫌悪し卑下し恐れたか――?
そもそも“化物”と呼ばれた自分が、魔族如きにビビってる――?
突然大声で笑いだした奏吾にリックは驚いていた。まるで壊れてしまったかのように目頭に涙まで浮かべて咳き込むまで笑っている奏吾。
その様子にリックは初めて――この可愛らしいと思っていた童顔の少年を、
――怖い――と思った。
「ソーゴくん大丈夫?」
奏吾がひとしきり笑い終えると、リックは恐る恐る奏吾に尋ねた。
「ああ、スミマセン。ちょっと思い出し笑いを――」
「えっ、今の噺のどこに思い出す要素が――?」
「リックさん――その寮今日から住みます。入寮お願いします」
時を止めたリックが奏吾の言葉を理解し、絶叫を上げるまで、それから三十秒近くの時間を必要とした。
「ギギゲェ――」
奏吾のその一閃は見事に緑色のその魔物を切りさいた。
「ヘヘッ、やっぱり異世界モノと来たらやっぱり戦闘だよ戦闘。ゴブリン如きじゃチートで無双……なんて自慢できないけど。腕試しにはちょうどいいや」
奏吾はそう言うと高く跳躍した。後ろから迫っていたもう一匹のゴブリンは突然いなくなった奏吾に驚き前のめりに地面へと激突した。
「ギギッ、ギギ」
倒れながら奏吾を探すゴブリン。しかし次の瞬間上空から奏吾が剣でその背を貫いていた。
「グギガベ――!」
「さて……こんなものか……いやそうでもないか……」
奏吾が周囲を見渡すと大量のゴブリン達が周りを取り囲んでいた。
「ギギッ、ギギギ――」
「そうか俺とやろうってのか? なら『ここらでお遊びは終わらせてやる。さぁ、来やがれ――』」
奏吾は剣を引き抜きざまそう言うと、一気にゴブリン達へと駆けた。
「ギギッ」
ツッコんで来た奏吾に驚いた先頭のゴブリンがアッと言う間に切裂かれる。
「ふっ、たいした事ないな」
奏吾はそう呟きながら、次々とゴブリンをその剣で斬っていった。
「ふっ、残りのやつらもこの俺一人で片づけて……あれ? 待てよ。なんかさっきから何処かで聞いたような……」
奏吾がふと足元を見下ろすと、そこには一匹のゴブリンが倒れていた。
「……緑の肌、とても人と思えない姿……えっと、ゴブリンですよね? けしてさいば……」
その瞬間、倒れていたゴブリンらしき化物が奏吾へと跳びかかり拘束するように抱き付いた。
「しまったぁ……これ全部フラグだぁあああ! ということは!!」
その瞬間、ゴブリンらしき化物は舌を出して笑い……黄色い閃光に包まれる。
「や、やむ……じゃなかった。やっちまったぁああああああ!!!!」
そして奏吾はゴブリンとと共に黄色い閃光の爆発の中へと消えていった。
こうして奏吾の冒険は一先ずの終焉を迎えた。しかしまだ強敵たちは残っている。きっと彼等の冒険はまだまだ続くだろう。いつかまたみんなに会えるその日が来ることを祈って。
風雲急を告げる次回『異世界来る前からチート持ち ~ Racclimosa ~』
♯12 『最終回と新連載』 是非ご覧ください