♯10 ビッグレッド武具店
第十話です
誤字脱字の報告、感想等ありましたらお待ちしております
嘘予告を忘れていましたので六月二十一日に追加しました>>
今後もこのような事があるかもしれませんが、よろしくお願いいたします>>
「どうだその剣は――?」
ワーカーにそう尋ねられ奏吾は腰の鞘に納められた剣を確かめるように触った。
「軽い――ですね。もっと重いものだと思ったんですが。これなら片手で振れそうです」
「それは一応片手剣だからな。それでも精霊鉄鋼はそこそこ重みがある方なんだが――」
ワーカーは意外そうに答える。
「そのアダマンタイトって、やっぱり高いモノなんですよね? そんな高級品もらってよかったんですか?」
「ルルスがソーゴに託したんだ。オレにとやかく言う筋合いは無いさ。ただオレとしては大事に使ってくれるとありがたい」
「――大事に使わせてもらいます」
「まぁ、変に気負うな。逆に大事にされ過ぎて美術品にされても困るしな。ドンドン使って手に馴染ませろ。剣は武器だ。使い慣れない武器ほど、いざって言う時に役に経たないからな」
「はい――」
「後は防具とか必要な装備だな。オレのよく行く店だがいいか?」
奏吾はビヨンド家に一泊すると、昨日話した通り装備品を整えるため商店街へとやって来ていた。
ワーカーが先に説明してくれた通り、天井を見ると灯のような光がいくつも散りばめられていた。
そして朝もまだ早くだというのに商店街にはもうかなりの活気が満ちている。
「凄いですね、地上までこんなのが続いてるんですか?」
「そうだな地上にまで続く、この馬車が十台も二十代も入りそうな幅のこの道がメインストリートだ。この道は地上と地下の直通ってだけあって、大店と宿屋に飯屋が文字通り軒を連ねてる。
その他に所々に横穴が似たように彫られてて、入り組んだ迷路みたいにあちらこちらに繋がってる。そこは小さな店とか意外な掘り出し店とかもあるんだが、同時に治安があまり良くない上に、あまり奥に行き過ぎると簡単に迷う。
地下の迷宮よりも、よっぽどこっちの方が大迷宮だなんてぼやく奴もいるぐらいさ」
そう言ってワーカーはサクサクとメインストリートを歩いていく。
「まぁ、初心者には基本このメインストリートだけで事が済むから、無暗に横道に逸れることは進めないが……今回は特別って事で」
ワーカーは突然横道に逸れた。
「できれば次からこの道を覚えてくれるとありがたい。いつも案内出来るとは限らないからな」
そのまま道成りに進んでいくと一つの店の前で止まった。看板には親切にも剣の紋章が刻まれており『武器防具のビッグレッド武具店』と書かれていた。
「おい、オアカいるか?」
店内に入ると如何にもRPGに出てくるような武器屋だった。そこら彼処に武器が置かれている。
埃を被っているのもあるが、そこはご愛嬌だろうか。
すると店の奥にカウンターに一人の髭だらけの男が座っていた。
見た目は四十代から五十台に見えるが、目と鼻と口元しか見えてないため、もしかしたらもっと若いのかもしれない。
「おっ、新人かい? 店主――いや、オアカはいるかい?」
ワーカーがその男に聞くと男はコクっと頷き、椅子から下りた。すると思っていた以上に背が低かった。1.2~1.5メートルという所だろう。
「ほお、ドワーフか。珍しいな」
ワーカーが呟く。ドワーフは奥に続くだろう扉へと入っていった。
「あれがドワーフですか?」
「ああ。王都に行く前にはいなかったから雇ったのは最近だろう。ソーゴはゾンマーでは見かけなったのか?」
「えっ、ええまぁ。師匠が師父だったんで、ほとんど他の人には会ったことないんですよ」
「そういえばそんな事言ってたな」
ワーカーの突然の質問に奏吾は内心冷や汗を流していた。
どうやら自分が出身と偽ったゾンマー連合にはドワーフがいるらしい。
少ししてドワーフの消えた扉から一人の青年が出てきた。
奏吾は、異世界の武器屋と言えば武骨なオッサンが出てくるものだと思っていのだが、出てきたのは温和そうな切れ長の目をした青年だったので少々驚いた。
「やぁワーク、久しぶり。いつ帰ってきたんだい?」
オアカと呼ばれた青年はそう言って二人を出迎える。
「昨日だ。新しいの雇ったんだな。それもドワーフ、珍しいな」
「うん、ちょっとした事情でね。髭と髪で首輪が見えないから、武器屋で奴隷売ってるなんて冷やかされるのは困ってるんだけど。仕事はしっかりしてくれるし助かってるよ」
そんな事を話していると先ほどのドワーフが戻ってきて、またカウンターに座って、ムスッと入口をにらみ始めた。
「ただ、あんな感じで商売には向いてないのかも。やっぱり職人気質なのかもな」
「よかったのか? オジサンいない間に勝手に買っちまって?」
「その親父が買ったんだよ。たぶん今ゾンマーにいるんじゃないのかな? 彼と――彼だけ親父の手紙もってやって来たんだ。『あっちで買ったから店で使ってやれ』って。
それで今日は何のようだい? 新しい顧客の紹介かい?」
アオカはそう言うと奏吾を見つめ、そしてハッとしたようにワーカーを見た。
「おいワーク――、よかったのか?」
「あぁ、ルルスが認めたんだ」
「そうか……ならボクは何も言わないよ。それで?」
「こいつの装備を整えたくてな。冒険者の新人だ――と、言ってもオレよりたぶん強いだろうが」
ワーカーは昨日の事を掻い摘んでオアカに説明した。
「へぇ、ヘビーベア二体ね。凄いなキミ」
「だろ?」
何故か自慢そうに言うワーカーに、これ以上無闇な事を言われまいと奏吾は頭を下げた。
「奏吾・久遠です。ワーカーさんはあんな風に言いましたけど、運が良かっただけなんで話半分に聞いておいてください」
「ヘビーベア二体を偶然一蹴なんてこの街じゃアーロンさんぐらいしかできないと思うけど……。始めましてオアカ・ビッグレッドと言います。見てて解ったと思うけどワーカーとは腐れ縁なんだ」
「立派なお店ですね。お若いのに――」
「お世辞はありがたく受け取っておくけど、残念ながら此処は親父の店なんだ」
奏吾の言葉にオアカは苦笑する。
「オアカの両親のオオアさんとアカヤさんは世界中を行商で旅しててな、数年に一度ぐらいしか戻ってこないんだ。まぁ、だから実際オアカが切り盛りしてるようなもんだから強ち間違ってない」
ワーカーにもそう言われ、オアカは照れたように頭を掻く。
「褒めてもマケないよ」
「それは残念」
「冒険者登録したばかりだったね。予算は?」
「オレが出すから最高のモノを――」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ワーカーの言葉を遮るように奏吾が口を出す。
「そこまでワーカーさんに甘えられません」
「そうは言うが、オレはお前に命を救われたんだ。これぐらい――」
「それでもです。ワーカーさん達夫婦にはこの剣をもらいました。それだけでも充分すぎるくらいです。これで装備品まで頼る訳にはいきません。それに俺はこの街の事をよく知らない冒険者の初心者です。自分で働いて稼いで、それで欲しいモノを買う。そうやって生きていく癖を持たないと冒険者としてはやって行けなくなる気がするんです」
「そ、そりゃそうだろうけど……」
ワーカーは奏吾の言葉に不満なようだった。が奏吾は無視してオアカに話しかける。
「それとオアカさん」
「なんだい?」
「予算はよく解らないんですけど、初心者が使うようなモノを揃えてください」
「いいけど報償けっこう出たんだろう? 剣ももうあるから装備品もけっこう好いのが揃えられるけど」
「はい。でも新人の、それも無名の俺みたいな若いのが、高級品の防具とかつけてたら目立ちますし、変な因縁つけられても困ります。昨日見た限り、冒険者がみんなワーカーさん達サイドBのような好い人達には見えませんでしたし」
奏吾が昨日見た冒険者ギルドは、まるで元の世界の居酒屋のような風景だった。いやむしろ室内であるだけで、新宿の歌舞伎町に似ているという感想を持ったほどだ。
ワーカーは少し考えるとニヤリと笑った。
「ワーカー、君の負けだ。この子は頭がいい。言われた通りにするのが筋だと思うよ」
「ソーゴでも、“オレ”はまだ何も礼をしてないじゃないか」
ワーカーはどうやらソコが気になっていたらようだ。
ルルスは剣を贈り、アクアム後日礼をすると言っていた。しかしワーカーは何も返せていないと思っている。
奏吾としては冒険者ギルドで登録料を払ってもらった上に、家にまで泊まらせてもらい、武器屋まで紹介してもらっている。
何よりこの世界の事を何も知らない自分の事を、深入りせず何も聞かず、逆に色々な事を教えてもらっている。
正直、これ以上は過剰すぎると感じていた。
だからこそ先ほど剣をビヨンド夫妻からもらったと告げたのだが、ワーカーの気持ちはそれでは収まらないらしい。
奏吾は暫く悩むと、「ならまた家に呼んでください」と告げた。
「家に?」
「俺は冒険者としては初心者ですし、田舎者だからほとんど何も知りません。だから色々教えてください。そうですね週一位で夕食に呼んでくれるとありがたいです。ルルスさんの料理美味しかったですし、寮生活になると自炊しないといけないみみたいだから」
その言葉にワーカーは目を白黒させる。
「ソーゴ、お前昨日の話を――」
「いいですよね?」
奏吾はそう言ってニコッと笑って見せる。
その明らかに裏のある笑顔に――ワーカーは折れた。
「はいはい、解ったよ。週一と言わず、二でも三でも、飯食いたくなったら来い」
そんな二人の様子を笑ってみていたオアカはが奏吾に声をかける。
「さぁて、じゃ初心者装備揃えますか、無名の熊殺し君」
「なんですか、その厭な異名――!」
「えっと、軽めの鎧と、ナイフと――剣はあるから――」
「ちょ、ちょっとオアカさん、わざと無視してるでしょう!」
クスクス笑いながら呟くオアカに、奏吾はそう叫ぶのであった。
「おいオアカ。あれが初心者装備だって?」
「“見た目”は少なくともそうだろう?」
「あの装備で二十万。“初心者向けとしてはイイモノ”にしては完全にこの店赤字レベルじゃないか」
「まぁね。でも、まさかあんなに似るなんて――チャックの生まれ変わりじゃないのか?」
「――気づいてたのか?」
「そりゃ何がって訳じゃないけど、似てるってね。その所為だろ? ワークがあの子にお節介焼くのも、ルルスがサイドB託したのも――」
「流石に“生まれ変わり”って事は無いだろうけどな。チャックが死んだ時にはとっくにソーゴは生まれてる。ただ、似てるってオレ達が思いたいだけなのかもしれないけど」
「それはボクも同じだね――」
「だからあの装備なのか――?」
「揃えるのは大変だったよ。そう簡単に入手できる代物ばかりじゃないからね。偶然ガルファが幾つか持ってきてくれたから揃ったようなもんだよ」
「そこのドワーフか?」
「うん、まるで示し合わせたかのようなタイミング。でも見て見たかった気もしたんだ。チャックはあの装備を最後に死んだ――。いや殺された。もし生きてたらどんな冒険者になってたんだろうって。
きっとあの装備だってこの後、何度も換えていくだろう。壊れたりもするだろうからね。
でもボクはそうやって在りえない未来を見ようとしてる。あの装備の次はどんな装備になるのか、もしチャックが生きてたら、どんな冒険者になっていたかって。
ソーゴ君にそれを重ねて見ようとしてる。ソーゴ君には悪いけど、これはボクのエゴだよ。最低だ――」
「そんなこと言ったら――」
オレもそうだ――と、ワーカーは閉じた店の扉に低く呟いた。
「こ、これが迷宮の入口なのか――」
遂に冒険者として初依頼に望む奏吾。
「でもこれは――」
奏吾が目にしていたその蛇は、あまりにも長すぎた。
「これは予想外だ。こんなのに敵う筈がない――」
あまりにも巨大なその蛇に、奏吾は自ら戦う意思が失せそうになるのを感じていた。
冒険者デビュー一日目にしてその強大な敵に奏吾は自分が冒険者を選んだことに疑問を持つ。
「こんなのどんなチート持ってたって無理だ。ワーカーさん大Ⅱ位とか――いったいどんな忍耐してるんだ」
無理だ。そう思う自分を必死に抑え込もうとする。
「無理だ――こんなの――」
「ちょっと、邪魔なんだけど――」
後ろから声をかけられた奏吾は突き飛ばされて尻餅をつく。思いのほか大ダメージを喰らい、唸ってしまう。
「ぐふぅ――」
「まったく――」
そう言ってその屈強な肉体の冒険者は、奏吾を見下すとその蛇のように長い長蛇の列に並んだ。
「す、すみません」
奏吾はその蛇の頭を遠くに見つめた。そこにはこの列が並ぶ者達が目指す、迷宮の聖域がある。
しかし、そこまではどうしても二時間はかかりそうだった。
そうこうしている内に、先ほどと同じような奏吾よりも体格のいい冒険者達が、最後尾に並んでいく。
「くそ、こんなことなら武器屋でトイレ借りればよかった」
奏吾は仕方なく、あっという間に十メートルは後方に下がった最後尾に並ぶ。
そして先人達がしてきたように、最後尾の冒険者の持っていたそのプラカードを……。
「あんた、何してんの――?」
「えっ? 最後尾の人はこの『最後尾』って書かれたプラカード持つんですよね?」
「いや、だからなんであんたは『女子トイレ』の列に並ぼうとしてるのか聞いてるの」
「女子――って誰が? 俺が? いや俺は男ですよ」
「それは見ればわかる。童顔でも立派な男よね?」
「そうですよ。だから――こうやってみんな並んでる……えっ、お兄さん、これ男子トイレの列ですよね……」
「そう――ボウヤには私達が、お姉さんではなく、お兄さんに見えるのね――」
此処で奏吾はやっと自分の最大のミスに気がついたが時すでに遅く、長蛇の列に並ぶ全ての冒険者の目に殺気が宿ったことを感じた。
「え、えっと……男性用は……何処でしょうか……」
異世界モノではありがちの、冒険者に命を狙われる展開に陥ってしまった奏吾。
彼はこのゴリラの包囲網から逃げおおせる事はできるのか、そして聖域へ辿り着くことは出来るのか?
連載危うい次回『異世界来る前からチート持ち ~ Racclimosa ~』
♯11『男性用と女性用』 是非ご覧ください。