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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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ヒメゴト。

作者: 深那 優
掲載日:2012/09/08

 例えば後ろから友達に声を掛けられて振り向いたときの、しなやかに舞う黒髪と弾ける笑顔。友達から悩み事を打ち明けられたときの、心配そうな表情。クラス委員長として教壇に立ったときに見せる、真剣な眼差し。

 倉科(くらしな)由利亜(ゆりあ)がいることで、校内にはそんな多種多様な絶景スポットが生まれる。それは、同じ中学校に通う同学年の生徒にとってみれば、わざわざ確認するまでもない周知の事実だった。入学時から三年生となった今にまで続く、男女問わず揺らぐことのない彼女の人気。

 人気の理由は様々ある。中学生にしてはしっかりとした凹凸を持つボディラインに、整った顔立ち。抜けるような白い肌は恥ずかしがると薄紅に色づき、男子の視線を釘付けにする。とは言えそれを良いことに男子に媚を売るようなことはけしてしない。と言うより、彼女自身が男子の視線に気付いていない。そんな彼女の様子や、元々彼女自身の持つ明るさから、女子たちは彼女に敵対心を抱くこともなく、安心して接することができるのだ。

 更に言えば、彼女は先生たちからの人望も厚い。真面目で勉強もできるし、クラス委員長としての役割もしっかりと果たしている。担任の先生からしたら、自慢の教え子といったところだろう。

 しかし、これらの要素は彼女の人気には繋がるが、それだけでは彼女の決定的な魅力には繋がらない。彼女の魅力を引き出している決定的なもの。――それは、これまでに挙げた要素を踏まえた上で、彼女が『完璧ではない』ということだ。

 例えば、林間学校のときに調理班になった彼女は、カレーの具材となるジャガイモやニンジンをまともに切ることができず、それどころか自分の指を切ってしまう始末。彼女は料理が苦手なのだ。それに血を見るのが苦手で、誰かが体育の時間に怪我をして血を流したりしたときなんかはその様子を見て気分が悪くなり、怪我をした子と一緒に保健室行きになっていた。

 そういったちょっとした『隙』があることで、彼女の魅力は存分に活かされているのだと思う。『完璧』じゃないからこそ、彼女のことを可愛らしく思える。お昼休みにグラウンドの端にある木陰にちょこんと座っている姿や、黒板消しを誤って落としてしまい、舞う粉煙を吸ってけほけほ言ってる姿を愛おしく思えてくるのだ。



 * * * * *



 再確認するように倉科由利亜のことを思い起こしながら、机に突っ伏してぼんやりと眺める眼前の光景。適当に掃除したのが見て取れる、チョークの跡の残る黒板。その手前――ここから二つ前の席には、様々な表情を見せる倉科由利亜の残像がスライドショーのように入れ替わって見えている。

 次々と入れ替わる倉科由利亜は、確かにそれぞれ違った表情を見せている。……でも、その表情の中に笑顔は一つも存在しない。否が応にも伝達される、彼女のネガティブ・エッセンス。

 数ヶ月前だったらとっくに暗くなっている時間帯だけど、六月中旬の今、外はようやく茜色に染まりだしたようで、教室の中を紅が侵食し始めていた。その紅が、何だか全てを飲み込んでしまいそうに思える。

 じわりと伸びてくる窓枠の影が、倉科由利亜の残像を容赦なく突き刺している。

 ――倉科由利亜は、泣いている。



 * * * * *



 倉科由利亜とは小学二年生のときに同じクラスになって以来、中学三年生の今に至るまでずっと友達として付き合ってきた仲だった。小学生の頃も、彼女とは知り合って以来毎年のように同じクラスになっていたし、中学に入ってからも、一年生のときは別のクラスだったけど二年・三年と同じクラスになった。必然的に、一番何でも相談できるクラスメイトとなっていたし、多分それは彼女の方も同じだったんじゃないかと思っている。

 ある時は友達からからかわれていることを相談してきたり、またある時は彼女が唯一苦手な科目である家庭科で裁縫が上手くできないことを相談してきたり、彼女は何かと相談してくれていた。……まぁ、こちらから彼女に対して相談をする回数の方が格段に多かったけど。

 そうして倉科由利亜と同じ時間を共有し続けてきたから、他の歴代クラスメイト達よりも彼女のことを知っているという自信があった。いくら人気者でいろんな情報が周知の事実として飛び交うような彼女のことだとしても、他のクラスメイトは誰も知らないようなことを知っているという自負があった。

 自分以外の誰が、倉科由利亜が小学生の頃から他のクラスメイトよりも背が若干高いことにコンプレックスを抱いているということを知っている? 誰が、中学の体育の時間が水泳だった時に生理痛が酷いことを理由に毎回のように休んでいたのは実は嘘で、本当は水着姿になったときに急激に育ちだした胸を意識的に見られるのが恥ずかしかったからだということを知っている?


 ――ただ、若干知りすぎていたのかもしれない。


 倉科由利亜のことを知っていく度に、彼女の魅力が一つ、心の受け皿に蓄積されていく。彼女から相談を受ける度に、また一つ。彼女へ相談をする度に、また一つ。……彼女と秘密を共有したときなんかは、一つどころの騒ぎでは済まされなかった。

 そうして蓄積されていった倉科由利亜の魅力は、約七年という歳月の間に心の受け皿の許容量をオーバーし、今や心の中を支配するまでになってしまっていたのだ。

 倉科由利亜のことが脳裏に浮かんでこない日など、ここ数年の間はけしてなかった。別に意識的になる必要などはない。ただ普段通りの生活を送っているだけで、彼女は当然のように頭の中を訪問してくる。今思えば心の中を支配されているのだから、それこそ当然のことなのだ。

 きっと心の中はもう、倉科由利亜で満たされていたのだろう。だから、空想の世界での彼女との交流や、友達としての学校での交流だけでは満足することができなくなっていた。心の中に入り込もうとする彼女の魅力は、満杯状態の中に無理やりにでも入り込もうと、驚くほどの力で心を圧迫してきていた。毎日のように、その力で胸を締め付けられていた。胸が苦しくて、眠れなくなる日すらあった。

 だからなのだろう。ある時、ふと気付いた。気付いてしまった。倉科由利亜のことが好きなのだということに。……倉科由利亜のことを愛しているのだということに。


 ――心の中にぎゅうぎゅうに詰め込まれた倉科由利亜の魅力が、心のより深い場所へと昇華を求めて旅立っていった瞬間だった。



 * * * * *



「由利亜……好き……」


 今日は放課後になってから由利亜が始めた『3-Aをもっと良くする為にはアンケート』の結果集計というクラス委員長としての作業を手伝っていたから、作業が終わった頃には他のクラスメイトたちはすでに誰も教室には残っていなかった。意識が倉科由利亜にしか向いていなくて、外から聞こえてくる部活動が発生源と思しき効果音が何の音なのかも認識できないような状態の中、躊躇うことなく発したその言葉。躊躇いなんていう気持ち、生まれてくるはずなどない。そんなもの、とうの昔に消え失せている。

 空席を一つ挟んだ、二つ前の席で背中を見せていた由利亜は、言葉を聞き取るとゆっくりとこちらを振り向いていつもの笑みを見せた。


「ふふ、どうしたの急に? 私も好きだよ」


 由利亜がそう言葉を返すのにも、躊躇いの様子は窺えない。でもそれは、二人の気持ちが一緒だからというわけではない。由利亜の何てことない様子の表情を見れば、一目瞭然。彼女は言葉の意味を誤解しているのだ。

 その誤解を解くために、座ったまま振り向いている由利亜と視線を合わせたまま、立ち上がって彼女の元へ。そして、表情をきょとんとさせている由利亜を抱きすくめて、耳元でそっと囁いた。


「そうじゃない。……アイ・ラブ・ユーってこと」


 ――由利亜の顔がみるみるうちに赤くなっていくのが見て取れ、その愛らしさに気が狂いそうになる。鼓動のテンポが急激に増していき、意識をクラクラとさせていく。見たことも使ったことも当然ないけど、まるで麻薬でも摂取したかのような感覚。依存性の高い、副作用だらけのアルティメット・ドラッグ。


「えっ? ……えっと、その、冗談……だよね?」

「……冗談だと、思う?」


 抱きすくめる力を少し強くすると、由利亜の口から暖かい吐息が漏れる。……ますます気が狂いそうになる。


「だ、だって、その――」


 でも、由利亜が放った言葉で、完全に狂いかけていた気持ちが若干冷静さを取り戻すことに。前から予測していた言葉が、ついに由利亜の声で放たれたのだ。



「――だって……夏穂(かほ)は女の子じゃない」



 わかっていた。こういう答えが返ってくることは、わかっていたのだ。何をどうしようとも、どれだけ努力をしようとも、いかなる手段を試みようとも、『私』は自分が女だという事実を覆すことはできない。男装したって、女として私――相沢(あいざわ)夏穂(かほ)をこの世に誕生させた両親を恨んだって、どうしようもない事実なのだ。

 でも、やっぱりどうしようもないのだ。今更、由利亜のことが好きだという事実を覆すことだって、どうしたって無理なのだから。この気持ちを抑えることなど、とうにできなくなってしまっているのだから。


「わかってる。わかってるよ、そんなこと。……でも、どうしても由利亜のことが好き。……由利亜のことを愛してるの。抑えられないの、この気持ち」

「でも……」

「この気持ちに気付いてから、何度も駄目だって思った。女の子同士だなんて、どう考えたって無理だって、思った。この気持ちを告げたりしたら、由利亜に嫌われるだけだって、思ったの。でも……駄目だった」

「夏穂、やめて……」

「どれだけ自分の気持ちに抗っても、結局由利亜のことが好きなんだってことを改めて認識する材料にしかならなかった。余計に由利亜のことが好きになっていくだけだった」

「お願い……やめてよ夏穂……」

「こんなに純粋に誰かのことを好きになったの、初めてなの。好きなの。……好きなの! どうしようもなく好きなの!!」


「――もうやめてっ!!」


 これまで一度も聞いたことのないような叫び声で、ようやく私は自分が一方的に由利亜に言葉を投げつけていたことに気付いた。溜め込んでいたものを一気に放出して気が楽になったのか、一気に現在の状況を認識すべく全身の感覚が研ぎ澄まされていく。

 結果、私は自分が告げた言葉がどれだけ恐ろしいものだったのかということを知ることになる。


 ――叫び声をあげるのと同時に私の腕を振り払っていた由利亜が、私を睨みながら嗚咽をあげることなく涙を流していたのだ。


「……どうしてそんなこと言うの? ずっと、夏穂は私の大切な親友だと思ってたのに、そんなこと言われちゃったら、私……どうしたらいいのかわからなくなっちゃうよ」

「由利亜……でも、私は……」

「無理だよ……絶対、無理なんだから。私、夏穂のこと嫌いになりたくないの」

「私だって! でも……でも、どうしても好き――」



「――やめて! ……夏穂のバカっ!!」



 あまりのことに、私はただ茫然とその場に立ち尽くすことしかできなかった。由利亜は私の言葉を叫びで遮ると、そのまま教室の外へと走って出ていってしまった。なのに私は、追いかけるどころか追いかけようと思うことすらできないでいる。




 終わった。


 何かが、終わった。


 終わって、しまった。


 すべて……終わってしまった。




 ふと視界に映った、ついさっきまで由利亜がまとめていたアンケート用紙を手に取り、自分の机の上にある残り半分のアンケート用紙の上に重ねる。こうして、アンケート用紙に微かに残る私と由利亜のぬくもりを重ねれば、きっと由利亜は私の元に戻ってきてくれる。

 ――そんなことを、うつろな私は本気で信じていた。……そんなことでも、すがりたかった。



 * * * * *



 眼前にいたはずの倉科由利亜の残像は、いつの間にかその姿を消していた。教室の中はすでに薄暗く、外から部活動の音が聞こえてくることもない。……どうやら、机に突っ伏したまま私は軽く寝てしまっていたようだ。

 妙に背中が重かった。そして、ただ重いだけではなくて、どこか温かかった。記憶に新しい優しい香りが、私の意識を一気に覚醒させていく。


「……由利亜?」


 正面を向いたまま、絞り出すように呟く。顔など見なくたって、声など聞こえなくたって、背中に感じる重みと優しい香りの正体が倉科由利亜であるということは明確だった。これほど想っている由利亜のことを、間違えるはずなんてない。

 でも、何故由利亜が私の背中に寄り添っているのか。その理由はサッパリわからなかった。私は由利亜に、とんでもなく嫌な思いをさせてしまったばかりなはずだというのに。……それとも、これは夢?


「夏穂……ゴメン。一生懸命考えたけど、やっぱり夏穂の気持ちに応えることはできないよ」

「……うん」

「でも、今だけ――」

「えっ?」


「――今だけ。……これで最初で最後だけど、今だけは、夏穂の彼女になってあげる……から」


 私の肩にけしてまやかしなどではない由利亜の細い腕が回され、背中から感じるぬくもりがより強いものになっていく。しなやかな黒髪が、私の頬を優しくなぜる。

 ……身体に力が入らなかった。麻酔でもかけられたかのように、全身が痺れているような感覚。もう、瞳を閉じるのが精いっぱいだった。


「ゴメンね。……夏穂に、ずっと辛い思いをさせてたんだね、私」

「あっ……」


 背中に感じていたぬくもりがなくなり、とてつもない寂しさと切なさが、私の心を駆け巡る。耐え切れず、思わず声を漏らしていた。閉じていた瞳を開くと、その感情を証明するかのように涙が溢れ出てくる。

 涙で滲んだ景色の中に、歪んだ由利亜の紅潮させた顔が見える。

 違う。……由利亜は、こんな歪んだ顔なんかしていない。由利亜を、こんな歪んだ顔にしてはいけない。

 そうは思いながらも、溢れ出る涙を抑えることは、どうしてもできなかった。止まらなかった。由利亜を困らせてしまったという罪悪感と、私の気持ちに少しでも応えようとしてくれているという喜びが、化学変化を起こして涙という化合物を絶えず生み出していた。

 由利亜の顔が、徐々に私に近づいてきていた。私の身体にかけられた麻酔の威力はとても強力なようで、ただ近づいてくる由利亜の顔を見続けていることしかできない。由利亜の呼気が顔にかかる度、身体の中を何かが駆け巡っていく。



 ――そして、由利亜と私の唇が、そっと重ねられた。



 身体中に電流が走る。


 意識が遠のきそうになる。


 喜びで気が狂いそうになる。


 でも……この唇を離したら、その瞬間に二度とない過去形の想い出と化してしまうのだ。


 ――どうしようもなく、切ない。



「何だか、変な……感じだね。女の子同士でのキスって」


 由利亜が唇を離し、少し顔を逸らしながら恥ずかしそうに呟く。

 その声を聞いた私は……もう、ただ声をあげて泣くことしかできなかった。泣くことに意識を向けていないと、由利亜に対して何をしてしまうかわからなかったから。


「ゴメン由利亜! 本当にゴメン!」

「……うん。大丈夫だから……ね」


 これから、私はこんなにも誰かのことを純粋に好きになることがあるのだろうか?

 もしかしたら、もう二度とないのかもしれない。

 でも、その相手が由利亜だったっていうことを、私は後悔していない。

 後悔なんて……するもんか。


 偶然私の声に気付いた先生が教室の中に入ってくるまで、私は由利亜に抱かれながら、ただただ大声を出して泣き続けていた。

 『ヒメゴト。』を読んでいただき、ありがとうございました。

 いかがでしたでしょうか?

 この『ヒメゴト。』では、一人称の対象である夏穂が女の子であるという事実を、なるべくその事実が明かされる前に悟られないようにすることを心がけました。

 もし「途中まで男だと思ってた!」とか思ってくださったのならば、私の試みは大成功ということになります。

 まぁ、『ガールズラブ』の警告タグをつけている時点でバレバレ、という気もしますが(笑)

 もし楽しんでいただけたのなら幸いです。


2012.09.08 深那 優

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