第1章22話:サーシャ
あれは,20年ぐらい前だったかな.僕は一度,この国を出たことがあるんだ.僕が何をやってもみんな,僕のことを王子としてしか見てくれなくてね.それが,どうも息苦しくてね.
でも,いざ国の外に出ると,国の中にいるより大変でね.まあ,その時は今まで食事をするのも,服を着るのも自分でやっていなかったから,自業自得なんだけどね.
だから,食べ物もすぐに尽きるわ.自分で採ることもできないわで,森の中で行き倒れたんだよ.
そこを拾ってくれたのが,ある女の子でね.その女の子は僕を見て,
「ねえ,何であなたは耳が長いの?」
って言ったんだよ.僕達エルフはこの頃はほとんど交流がなくてね.だから,僕が珍しかったんじゃないかな.それで,僕がエルフだということが分かるとね,
「へえ,エルフって初めて見たわ,ルアン.私はサーシャ.ねえルアン,名前を教えあったから,私達友達よね.」
って急に言われたんだよ.僕はその時,嬉しかったんだ.愛称で呼ばれるのも友達って言われるのも初めてだったから.だから,僕はすぐに頷いたんだよ.するとね,
「じゃ,行くわよ.」
って言われてついて行くと,森を越えて,隣国のミーミルの国境を越えて,そのミーミルの城の中に入っていったんだよ.でね,そこまで行って気付いたんだけどね,僕を拾ってくれた女の子,サーシャはそのミーミルのお姫様だったんだよ.それから,サーシャは両親にね,
「ルアンは私の友達だから,城に一緒に住んでもいいでしょ!」
って言いだしたんだ.もちろん両親は,そんなこと認めなくてね.僕も急にそんなこと言われたものだから断ったんだ.それが,僕の奥さんとなるサーシャとの出会いだった.後で,何でお姫様が森に来たんだいって尋ねると夢で見たって笑ってたけど.
その後,すぐに僕のいる場所がばれたから,アールヴヘイムに戻ったんだけど,サーシャとの交流は続いてね.祭りがあると国と国を行き来し,会えないときは文通を送ったりね.サーシャから,送られてくる手紙はいつもわくわくしながら読んだなあ.誰が何をした.今日何があったとか.書いていることはたわいもないんだけど,サーシャがしていることが想像できて,自分もその場にいる気がしたんだ.それにね,サーシャは国の人からずいぶん慕われていたんだよ.ミーミルの祭りに行ってサーシャと廻っているとね.どこに行ってもサーシャ様,サーシャ様って声が聞こえてきてね.まるで,僕とは正反対の人生を過ごしているように見えたんだ.だから,ある日僕は尋ねた.
「サーシャ,何で君はそんなに毎日が楽しそうなんだい?それに,なぜそんなに民に好かれるんだい.」
ってね.するとサーシャは,
「楽しそうじゃなくて楽しいのよ.だって,一日だって同じ日なんて来ないのよ.だったら,楽しまないと損じゃない.それから,私が民に好かれてるんじゃないわ,私が民を好きなのよ.」
って笑顔で答えるんだ.それからかな,サーシャを友達だと思えなくなっていったのは.だから,恰好いい所を見せようとね頑張ったんだ.政治には積極的に意見したし,治安についても民に意見を求めてより良い国にしていこうってね.どうしても,サーシャに好きだって言って欲しかったから.でも言ったのは結局僕のほうだった.ある日サーシャが僕に,
「何でそんなに頑張るの?」
って聞いて来てね.その時,何を血迷ったか,
「サーシャに僕のことを好きだって言って欲しいから.」
って言ったんだよ.僕はつい言ってしまったんだけど,サーシャは喜んでくれると思ってたんだ.でも,サーシャは逆に怒ってね.
「あなたは私のために,国を良くするの!そんな国は幸せって言えるの!」
って,その時はっとしてね.サーシャと国は別物なのに何で一緒にしてしまったんだろう.僕はサーシャに格好いい所を見せるんじゃなくて,素直にサーシャに好きだといえばよかったんだってね.だけど,
「でも,そんな目標に真っ直ぐな所,私は好きよ.」
って言ってくれてね.改めて告白したんだよ.
「好きだ.僕と結婚して下さい.」
ってね.サーシャは笑顔で,
「いいわよ.あなたには私が必要みたいだしね.」
って言いながらも頷いてくれてね.それからすぐに僕たちは結婚して,アルを産んだんだよ.これが17年前だったな.僕は嬉しかったんだけど,これが少し,悲劇の始まりだったのかな.
と今までは幸せそうに思い出を噛みしめるように語っていた表情から,少し苦しそうに語りだした.




