元21歳。拳で抵抗する異世界旅
急に思いついてしまいました。
短編です。
「もちろん俺らは抵抗する。拳で」
去年21歳になったばかりの俺が、地元の公園で放ったその一言。それが俺の人生の最後だった。
結果は散々。意気揚々と踏み出した一歩目で、前日の雨でぬかるんだ地面に足を滑らせ、後頭部を強打。乱闘が始まる前に、俺の意識は遠くなっていく。
「おい、大丈夫か!」
「泡吹いてるぞ」
「救急車、早く呼べ!」
遠のく意識の中で聞こえる情けない声。だが、後悔はしていない。
男には、引けない時がある。たとえ相手が自分より強くても、理不尽に屈するくらいなら、俺はいつだって拳を握る。
……はずだったんだが。
転生した先は、魔法と剣が支配するファンタジー世界。
俺は名門貴族チャーリー家の長男、ケンとして生を受けた。
「……ケン。お前には失望した。剣の筋もなければ、魔力の才能も感じられん」
厳格な父の冷たい言葉。その隣では、まだ幼い弟が「兄様、ごめんなさい」と言わんばかりの顔で、眩いばかりの火魔法を放っている。
家訓では「長男が当主」と決まっているが、周囲の目は冷ややかだ。俺は『チャーリー家の汚点』として、日陰の生活を余儀なくされた。
「坊ちゃま、またそんな顔を赤くして……。今日は訓練という名のリンチに何時間耐えてきたのですか?」
呆れたような声を出すのは、俺のお付きメイド、リナだ。
茶髪のゆるふわショート。見た目こそ癒やし系だが、口を開けば毒しか吐かないドSな女。
……まぁ、俺は嫌いじゃないが。
「うるせぇ。……ちょっと、一発いいのを貰っただけだ」
「あら、十数発はもらっているように見えますが? 本当に馬鹿ですね。貴族らしく魔法でスマートにやり返せばいいものを」
リナはそう言いながら、俺の傷だらけの顔をじっと見つめる。
彼女は俺が森で拾ってきた、元逃亡奴隷だ。瀕死だった彼女を俺は助けて、父に頼み込んでメイドとして雇わせた。
世界で唯一、俺が気を許せている女。
「……リナ。俺は騎士になんてなりたくないんだ。貴族の足の引っ張り合いも、魔法の優劣も、反吐が出る。俺はもっと、自由に旅がしたいんだよ」
「はいはい。だからといって、毎日ボコボコにされて帰ってくるのはやめてください。私の仕事が増えるでしょう?」
彼女はそう言いながら、俺の頬をわざと強く拭いた。
叫ぶ俺を見て、彼女は少しだけ口角を上げた。その瞳には、隠しきれない愉悦の色が浮かんでいる。
16歳。名門貴族学校への入学を控えたある日、俺はついに家族会議に呼び出された。
父は俺の顔を見ることなく、机に一枚の書面を叩きつけた。
「ケン、お前をチャーリー家から追放する。我が家の恥を、他家の貴族に晒すわけにはいかん。……明日、この家を出ろ」
弟の申し訳なさそうな顔。母の無関心な視線。
普通なら絶望する場面だろう。だが、俺の心は晴れやかだった。
「……分かりました。今までありがとうございました」
翌朝。まだ夜明け前の薄暗い中、俺は黙って荷物をまとめた。
部屋を出て廊下を歩いていると、弟の部屋の前で自然と足が止まった。
扉の隙間から、燭台の光が漏れている。
……起きているのか。
ノブに手をかけて、やめた。
何を言う。お前のせいじゃないとでも言うのか。
それは本当のことだ。あいつは何も悪くない。ただ才能があっただけで、俺の代わりに父の期待を背負わされただけだ。
だが、言ったところで何が変わる。
俺はそのまま歩き出した。長い廊下を抜け、使用人たちが誰も起きていない時間を選んで、足音を殺して進む。誰とも顔を合わせたくなかった。別れを惜しむ相手もいなかった。それがこの世界での俺の立場だ。
ただ、一人を除いて…
屋敷の門をくぐる直前、背後で小さくパタリと音がした。
振り返らなかった。
振り返れば、何かが変わってしまう気がした。だから俺は前だけを見て、一歩踏み出した。
「……これで晴れて自由の身だな」
一人ごちて歩き出したその時、背後から聞き慣れた涼やかな声が飛んできた。
「あら、坊ちゃま。私に声もかけずにどこに行かれるのですか?一人で何ができるのですか?」
「リナ…なんで…」
そこには、荷物を持っていつも通り涼しい顔をしたリナが立っていた。
「あなたが私をお付きメイドにしたのですよ?最後まで責任とってください。もちろんお給料は頂きますけど」
「じゃクビで」
言い切る前に、リナの細い指が俺の喉元を捉えた。
そのまま、みしりと音を立てて持ち上げられる。メイドの皮を被った化け物か、こいつは。
「う…う、そ、うぞです。すべばぜん」
地面に落とされ、俺は激しく咳き込んだ。
「ごほっごほっ」
「これからどうするおつもりで? 宿代も、すぐに尽きますよ」
「う…決まってるだろ。冒険者ギルドだ。そこで金を稼いで旅をする」
「剣も魔法も使えないのに? ギルドの連中に笑われて、またボコボコにされるのがオチですね」
リナが笑顔混じりの溜息をつく。
「まあ、なんとかなるだろ」
「……本当、救いようのない馬鹿ですね」
リナは呆れ顔のまま、俺の数歩後ろをついてくる。
俺たちの、自由気ままな異世界旅が、今始まった。
チャーリー家の領地を離れ、俺たちは数日かけて王都へと辿り着いた。
活気溢れる街並み、立ち並ぶ露店、そして行き交う武装した冒険者たち。自由の香りに胸が高鳴るが、現実は甘くない。
「……残り、銀貨三枚か」
「正確には、私のティータイム代を差し引いて銀貨二枚ですね」
隣でリナが冷酷に家計の現実を突きつけてくる。
俺たちはその足で、巨大な剣の看板が掲げられた冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの中には、大勢の人間がいた。
いかにも「冒険者」といった風貌の、荒くれ者たちがたむろしている。俺たちが入ると、品定めをするような一斉の視線を感じた。
「登録をお願いしたい。名前は……『ケン』だ」
家名は捨てた。名門チャーリーの名なんて出せば、実家に何かされるか、面倒な派閥争いに巻き込まれる。今日から俺は、ただのケンだ。
「はい、ケンさんですね。おひとり様でしょうか?」
受付嬢が、俺の後ろに立つリナをチラリと見る。
「いえ、私はリナです,2人登録でお願いします」
リナが横から口を出す。
「承知しました。……では、新人の方が受けられる依頼ですが」
受付嬢が出してきたのは、数枚の薄汚れた依頼書だった。
「これだけか?」
「ええ、実績のない新人さんは、まず市内の公共奉仕からですね。……今は『王都地下水道のドブ掃除と害獣駆除』しか残っていませんが、どうされますか?」
「……。それ、いくらになる?」
「二人で半日働いて、銅貨十枚です。……あ、お宿は一泊銅貨十枚からですよ」
やるしかない。金が尽きれば、リナに何をされるか分かったもんじゃない。
俺たちが掃除道具の貸し出しを待っていると、後ろから下卑た声がかけられた。
「おいおい、ねーちゃん。そんなガキのお守りなんかしてねぇで、俺の『お守り』をしてくれよ。いいだろ?」
振り返ると、そこにはいかにもなチンピラ冒険者が立っていた。
リナは声をかけられたにもかかわらず、振り返りもせずに手鏡で前髪を直している。
「このクソ女! 無視してんじゃねぇよ!」
チンピラは声を荒らげ、リナの肩を乱暴に掴んだ。
その瞬間。リナが手鏡をしまい、チンピラの手首を冷徹な手つきで掴み取る。
直後、目にも留まらぬ速さでチンピラを背負い投げ、床に叩きつけると、馬乗りになって往復ビンタの嵐を見舞い始めた。
パパパパパンッ! と、肉を叩く音がギルド内に鳴り響く。
ビンタの威力だけで、チンピラの口から歯が次々と弾け飛んでいった。
……ビンタで歯って全部なくなるんだな。
気が済んだのか、リナは手を止めると、泡を吹いて気絶しているチンピラの顔面を踏みつけた。そのまま、男の懐から財布を抜き取り、中身を確認し始める。
「あなたの望み通り、たっぷり『お守り』をして差し上げましたが、いかがでしたか?……教育費と、洋服が汚れた迷惑料として、足りなですがお財布ごと頂きますね」
そう言い捨てると、彼女は男の体をわざわざ踏み台にしながら、平然と出口へ向かって歩き出した。
戦闘力もそうだが、あの性格も含めて、本当に人間なのだろうか。
俺は同情の視線をチンピラに一瞬だけ送り、慌ててリナの跡を追った。
王都の地下水道は、想像を絶する異臭に満ちていた。
膝まで浸かる濁った泥水。鼻を突くアンモニア臭。俺は貸し出された大きなブラシとバケツを持ち、ヘドロにまみれていた。
「……おい、リナ。お前も少しは手伝えよ。これ二人分の依頼だぞ」
俺が腰をさすりながら振り返ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
湿り気のある通路の端、比較的綺麗な場所にリナが『マイ折りたたみ椅子』を設置し、鼻を摘み、優雅に足を組んで座っていたのだ。
「嫌ですよ。汚れますし、臭いです。私はお付きの『メイド』であって、ドブさらい担当ではありません」
「メイドなら主人の仕事を手伝うもんだろ! ほら、そこの角に溜まってるヘドロ、結構な量なんだよ!」
「お断りします。私はここでケンの『不屈の精神』を監視するという重要な任務に就いています。ほら、手が止まっていますよ。早く磨いてください。銅貨が逃げていきますよ?」
リナは懐から扇子を取り出し、優雅に仰ぎながら俺を冷たく見下ろす。
「お前なぁ……。俺が必死こいて働いてる横で、よくそんなにリラックスできるな」
「口ではなく、手を動かしてください。注意しないと…」
俺は足を滑らせた。
「うわっ、あぶねっ……!」
ドブ川の底は、長年蓄積されたヘドロで氷の上のようにヌルヌルだ。必死に体勢を立て直そうとしたが、手に持っていた掃除ブラシが派手に空を切る。
そのまま、俺は勢いよく後方にひっくり返り、後頭部からドブの深みへとダイブした。
「ぶふぉっ……!? げほっ、ごほっ! 鼻に、鼻にドブ水がッ!」
地獄のような異臭が肺まで突き抜ける。
頭からつま先まで、名門貴族の長男だった面影はどこにもない。ただの「ドブに濡れたネズミ」以下のナリだ。
「ほら、言わんこっちゃない。ケン、汚いですよ。こちらまで飛沫を飛ばさないでいただけますか? お気に入りの靴が汚れたら、クリーニング代を請求しますよ」
通路の端、一段高い乾いた場所に『マイ折りたたみ椅子』を設置したリナが、扇子で鼻を覆いながら心底嫌そうな顔をしている。
「……っ、お前、少しは心配とか手伝うとか……!」
「心配? していますよ。このドブ水には雑菌が多そうですから、そのまま放置すれば高熱を出して寝込むかもしれませんね。そうなると、私の明日のお給料がパァになります。非常に困ります」
「結局、金かよッ! そもそも、お前も二人一組の依頼なんだから手伝え!」
俺がヘドロまみれの腕を振り回して抗議すると、リナは優雅に足を組み替え、冷たく言い放った。
「嫌ですよ。そんな汚いところに足を入れるくらいなら、私はここで餓死を選びます。ほら、口を動かさずに手を動かしてください。そのペースでは、終わる頃には王都の全ての宿が閉まってしまいますよ?」
リナは懐から手鏡を取り出し、余裕の表情で前髪を整え始めた。
「……クソっ、どいつもこいつも理不尽な……!」
俺は毒づきながら、再びドブの中にブラシを突っ込んだ。
視界の端では、リナが持参した水筒からお茶を飲んでくつろいでいる。
どこで育て方を間違えてしまったのか。それとも彼女の天性なのか。リナのドSっぷりの原因を考えながら作業を続けることにした。
「……ふぅ、ようやく人間に戻れた気分だ」
ドブ掃除の報酬のほとんどをギルドの公衆浴場代と洗濯代に費やしたが、後悔はない。石鹸の香りに包まれ、俺たちはギルドの受付嬢に教えられた「格安だが清潔な宿」へと向かっていた。
王都の夕暮れ、薄暗い路地裏を通りかかった時だった。
「……離して。私に触れるなと言っているわ」
「へへっ、いいから黙って出しな。そのマントの下、隠しきれてねえぜ。いい服に、高そうな宝石まで持ってやがる」
覗き込めば、フードを深く被った少女が三人のガロに囲まれていた。少女の隙間から覗く装飾品は、素人目に見てもこの界隈には不釣り合いな高級品だ。
「ベタな展開だな……」
俺は溜息をつき、頭を掻きながら路地へと足を踏み入れた。
「おい、そこまでにしておけよ。男三人がかりで女の子を囲むなんて、見てて気持ちいいもんじゃない」
「あぁ? なんだテメェ。……死にてえのか?」
男たちが殺気立って怒鳴り散らす。
俺は一歩前に出て、穏便に済ませるべく両手を広げた。
「いや、無駄な争いはしたくないんだ。今なら見逃してやるから、静かに立ち去れ。な?」
「ハッ! 貧乏人の分際で何が『見逃してやる』だ。……ぶち殺してやるよ!」
交渉決裂。男がナイフを抜き、一気に間合いを詰めてくる。
俺は静かに、左右の拳と拳を打ち合わせた。
「もちろん、俺は抵抗する。……拳で」
――その直後。
ドゴォッ! と重い音が響き、俺のみぞおちに男の拳がめり込んだ。
「がはっ……!?」
呼吸が止まる。そのまま地面に崩れ落ちた俺を、男たちは嘲笑いながら何度も、何度も踏みつけ、殴りつけた。一方的なリンチ。やがて俺の体はピクリとも動かなくなった。
「ケッ、口ほどにもねえ。……おい、次はそっちの小娘だ」
男たちが興味を失い、少女へと向き直る。
少女が恐怖に顔を歪め、後ずさりしたその時。
「……おい。どこ行くんだよ」
何事もなかったかのように。
泥だらけのまま、俺は立ち上がり、一番近くにいた男の顔面に拳を叩き込んだ。
「ぶべっ!?」
吹き飛ぶ男。残りの二人が驚愕に目を見開く。
「テメェ、今、間違いなく骨が折れる音が……!」
「ああ、折れてたな。でも、もう治した」
そこからは、赤の他人からみたら悪夢のような光景だと思う。
俺は何度も殴られ、斬られ、地面に這いつくばる。だが、次の瞬間には傷一つない状態で立ち上がり、泥臭いパンチを繰り出す。
ゾンビのような不屈の突撃。
「化け物か……!?」
「ひっ、来るな、来るなァ!」
恐怖に呑まれた男たちは、体力も気力も底をつき、最後には俺の放った素人同然のストレートに沈んだ。
「ふぅ……」
立ち上がらないのを確認して、俺は膝に手をついた。
荒い息を整えていると、リナに連れられた皇女が壁際から近づいてきた。
さっきまでの恐怖が抜けきっていないのか、その顔は青白い。だが俺を見る目は、恐怖とは別の何かで満ちていた。
「……あなた、さっき」
フードの隙間から、黒髪ロングの髪と知的な眼鏡が見える。少女が口を開いた。
「骨が折れる音がしていたわ。確かに聞こえた。しかもそれだけじゃないわ。普通だったら死んでるはずよ。なのに、なぜ立ち上がれるの?」
俺はリナをちらりと見た。リナは爪の手入れをしながら、こちらを見ようともしない。
……こいつ、絶対に知ってて黙ってる。
俺は小さく息を吐いて、皇女に向き直った。
「……回復魔法です」
少女が目を見開く。
「……普通のとは少し違いますが、死ななければ治せます」
「じゃ、なぜあなたは魔法を使わなかったの?…さっきのあなたを見ていたら分かったわ。魔法を使っている気配が全くなかった」
「ええ。攻撃魔法も補助魔法も、センスがなくて使えません。回復魔法だけは、なぜか才能があったみたいで」
「なぜこんなところにいるの?」
俺はしばらく黙った。
「……回復魔法使いは希少です。才能ある者となれば、貴族や騎士団、教会が放っておかない。俺は誰かに縛られたくなかった。だから今まで黙ってた」
少女がじっと俺を見つめた。それから視線をリナに移す。
「あなたは知っていたの?」
「さあ、何のことでしょう」
リナはとぼけた顔で爪を眺めている。
「……嘘つき」
少女が呆れたように呟いた。それからまた俺に向き直り、眼鏡を押し上げた。
「つまり、あなたはどれだけ傷ついても回復できる。それがさっきの戦い方の理由なのね」
「まあ、そうなります」
「……痛くはないの?」
「死ぬほど痛いですよ」
俺が即答すると、皇女は一瞬きょとんとした顔をして、それから小さく吹き出した。
「……馬鹿ね」
「よく言われます」
その言葉の後、少女は少しだけ表情を和らげた。さっきまでのツンとした雰囲気が、ほんの僅かに緩んでいた。
「では、俺たちはこれで。回復魔法のことは内緒でお願いします」
それだけ言って立ち去ろうとすると、壁際で爪の手入れをしていたリナが口を開いた。
「…気持ち悪い戦い方ですね。相手の立場を考えただけで恐怖で鳥肌が立ちます」
「いいかた!普通ご苦労様です。とか大丈夫ですか?とかでしょ」
そんな俺たちの掛け合いを遮るように、少女が絞り出すような声を上げた。
「あ、あの……! もしよかったら、お礼がしたいのだけど……。か、勘違いしないでよね! 別にあなたに助けてもらわなくても、私一人でなんとかなったんだから! ……でも、その、ありがとう」
典型的なツンデレ属性に、俺は苦笑いした。
「いえ、お礼なんて大丈夫ですよ。じゃあ」
俺が歩き出そうとすると、リナが服の裾を掴んで引き留める。
「もったいないですよ、ケン。このお嬢様、金貨の匂いがします」
「お前は金のことばっかりかよ! 行くぞ」
その時だった。路地の奥から、鎧の擦れる音と共に数人の兵士がなだれ込んできた。
「皇女様! ご無事ですか、皇女様!」
「「……皇女?」」
俺とリナの声が重なる。少女――皇女は兵士たちに状況を説明すると、凛とした態度で俺たちを指差した。
「この二人は私の恩人よ。……無理やりにでも、教会へ連れて行きなさい!」
気がつけば、俺たちは豪華絢爛な教会の広間で、最高級の料理に囲まれていた。
テーブルの上には、豪華な料理が並んでいた。白いクロスに金の燭台。湯気の立つスープ、艶やかに焼き上げられた肉の塊、細工の入った銀の食器。
椅子一脚でも、今の俺たちの全財産より高そうだ。
「どうぞ遠慮なく座って食べて。恩人をもてなすのは礼儀よ」
皇女が顎をしゃくる。俺がおそるおそる椅子を引いている横で、リナはすでに着席し、慣れた手つきでナプキンを膝に広げていた。ワインを一気飲みし、目を細める。
「お前、遠慮ってものはないのか…」
「食べないのですか?もったいないから、私がワイン飲んであげますね」
それだけ言って、リナは俺のワインを奪い取りガクガクと一気に飲み干した。
「すみません。お代わりいただけますか?」
「……」
俺は恐る恐るスプーンを手に取り、スープを一口すすった。
「……うまい」
思わず声が出た。ここ数日、ギルドの食堂で食べていた固いパンと薄い豆スープとは、別次元の味だ。
「そう、良かったわ」
皇女が少しだけ表情を和らげた。だがすぐにまた澄ました顔に戻り、眼鏡を押し上げる。
「……さて。食事のついでに、相談があるの」
眼鏡を指で押し上げ、皇女が切り出した。
彼女は次代の皇帝の地位を継承するために、世界各国の王と皇女に挨拶回りをして、認められた証を集めなければならないという。
「私と一緒に旅をしてくれないかしら? 理由は……そう、さっきの戦い。私は回復魔法が苦手なの。でも、あなたのあの圧倒的な回復力があれば、どんな過酷な道中も乗り越えられると感じたわ」
「……無理だ。俺は自由な旅をしたいんだよ」
即答する俺。しかし、その隣でリナがリボンのついた契約書を手に取った。
「報酬は、現在の生活費の……あら、一万倍は出ますね」
「ケン、お受けします」
「おいリナ! 勝手に決めるな!」
「付いてきてもらえないなら、教会に入ってもらうしかないわね…」
「おい、汚いぞ!くそっ」
「決まりね! 感謝しなさい、この私と旅ができるんだから!」
皇女は顔を赤らめながら、ふんぞり返って言い放った。
ドSなメイドに、ツンデレな皇女。俺の平穏な自由時間は、どうやら当分先になりそうだ。
「もちろん、俺らは抵抗する……。この運命に、拳で……」
俺の小さな呟きは、二人の美少女の賑やかな声にかき消されていった。
ありがとうございました。
もし面白いと少しでも思っていただけたら、評価や感想いただけますと嬉しいです。




