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オフィスト(戯曲風)

 あるボロいアパートの一室(床にチョークで魔法陣)

 ファルスという名の青年、悪魔を呼び出す。


 ファルス(以下フ)  やあ、成功だ! 二十五歳の駆け出し作家の僕としては上出来だ! 五芒星と間違えて役に立たぬ六芒星を描くこともなく、美しい悪魔を召喚出来た!


 悪魔(以下魔)  おめでとうございます、心からお喜びを申し上げます! それはそれとして、ワタクシこの魔法陣から外に出てもよろしいでしょうか? このままでは居心地悪くて……。


 フ  何だと、そこから出れるのか? 

 魔  出れますとも、さもなくば召喚よびだされておいて、願いを叶えるのにいろいろ不都合が起こるでしょう?

 フ  そ、そうなのか、言われればなるほどもっともだ! ならば陣の外にでよ、狭くて汚い部屋で悪いが……。

 魔  ええ、おっしゃる通り実にじつに狭くて汚い! 掃除くらいはなさるものです、天井のすみにクモが巣を張っておりますよ!

 フ  何をこの悪魔、母親か女房みたいなことを言う!


 言いながらもファルスが指さして許可を与える。悪魔がすらりと五芒星から進み出る。


 フ  やあ、何と美しい悪魔だろう……燃え立つような赤毛の巻き毛、紅玉ルビーさながら輝く瞳! これで豊かにもささやかにも、胸のふくらみさえあったならとても放ってはおかんのに!

 魔  おやおや、それはあいにくですね、この通りワタクシはこう見えても男ですので……。

 魔(独白)  まあこれでも悪魔だから、性別を変えるくらい何でもないが、出逢うなりベッドで絡み合うほどいやらしいではないからな、このボクは……!


 独白を終え、悪魔、極上の笑みを浮かべる。


 魔  それで、いったいお望みは……?

 フ  おおそうだ、忘れるところであった! この僕の望みは……大作家になりたいのだ! 売れに売れ、モテモテのうはうはの富豪となって、壮大な屋敷に住まいなるものばかり口にして、一生安楽に暮らしたい!

 魔  それはそれは、絵に描いたようなぞくぶつですねぇ!

 フ  ごたくは良いのだ、俗物でけっこう! 魂でも何でも売ろう! さあさあ早くさあはやく!

 魔  いやいや、正直無理ですね……ワタクシこう見えてまだ悪魔の見習いなので、お試しで本式の悪魔になれるかどうかの試練で、あなたのような小物に召喚されてこのたび参上つかまつりました!

 フ  下に見るか持ち上げるかどっちかにしろ! いんぎんれいというやつだな!

 フ(独白)  いやいや、しかし無理はない……僕のような者がそれらしい本を一冊読んで、勢いでチョークで描いた五芒星でるほどだ、まともな悪魔のはずはない……!


 ファルス、はたと気づいた様子で悪魔に訊ねる。


 フ  ……というか、お前名は何という?

 魔  これはおぎょうぎの悪いお方だ! ヒトに名を訊く時は、まず自分から名乗るのがすじだと思いますがねえ、ご主人様?

 フ  けんを売るのかへりくだるのか、せめてどっちかにするが良い! ……僕はファルスだ、してお前は?

 魔  答える名とてありません、正直ワタクシつい先ほど、地獄の釜のあぶくから生まれたばかりなので……。

 フ  そうか、名がないと何かと不便だな……うむ、ならばオフィスト、お前の名はオフィストだ。有名な文学古典に出てくる悪魔でメフィストというのがいただろう、お前はオスだからオフィストだ!

 魔  うううむ、何かどこかのまんで見たことのあるような名だが……というか悪魔のカンで問いますが、あなた原典をお読みでない?

 フ  原典? ああ、メフィストの出てくるあの大古典か! むろん未読だ! 長いし難しそうだからな!

 魔  これはこれは……何という……それで『大作家になりたい』などと、よくも言えたもんですねえ……!


 怒りをたたえた笑顔で迫り、悪魔、作家の頭を両手でつかんで嫌と言うほどぐりぐりする。


 フ  あいたたたた! 痛い痛い痛い!

 魔  読んどきなさいよ『ファウスト』ぐらい! そんな程度で大作家になろうなどおこがましい! 読みなさい今すぐ買ってきて! こうなれば乗りかかった船だ、ボクがこの手で! 見事お前を大作家にしてみせようぞ!

 フ  ま、待て待てしばし待て! 落ちつけ悪魔、僕はもっと楽してなりたくてお前を召喚よびだし……、

 魔  ええいうるさい、やかましい! そもそも何だこの部屋は! ちゃちな本棚がたった一つ、ろくろく本も並んでいない! まずは読むのだ名作を! かたっぱしから読み倒すのだ! しかるのち気に入った名文をノートに鉛筆で書き写し、文章の良さを味わい分析し、自身の執筆活動に活かすのだ!

 フ  ま、待て本当にちょっと落ちつけ! お前は生まれたてなのだろう!? なにゆえそんなに詳しいのだ!?

 魔  生まれたてでもこちとら悪魔の見習いですので! それくらいは分かります、今日からスパルタじゃ覚悟しろおお!

 フ  ええええええ!」

 隣りの住民  うぉいこらとなりの部屋にいるやつら! うるせぇぞこのアパート壁が極薄なんだから! ちょいとは近所迷惑考えろ!

 フ・魔  あ、すいません……。


 壁の向こうからの文句。二人であやまる声が綺麗に重なり、新人作家と悪魔とは顔を見合わせてぷっと吹き出す。舞台暗転。


* * *


 舞台転換。こじんまりした書店の中。


 客  もしおかみ! 『ファルス&オフィスト』の新刊はいずこに?

 店主  何を気取ってるんだろうね、ほらごらん! あんたの目の前に山と積んであるじゃあないか!

 客  おお本当だ! では五冊ほど所望する! 読書好きの友たちの分も頼まれておるのでな!

 店主 それではなんじはパシリというもの?

 客  おいおい、やめてくれよおばちゃん! あんたまで気取るこたあない! てかパシリでは断じてないぞ、友たちはやたら忙しいから、自由のきく『仕事のない物書き』の我にたってと頼んだのだよ!

 店主  偉そうに胸を張るんじゃない……まあ何だね、いつかあんたもファルスとオフィストみたいな作家先生になれると良いね!

 客  はっは! 実にじつに! じゃあ試みに、床に五芒星でも描いて悪魔でも召喚してみるか!

 店主  ワケ分からんね! しょうもないジョークだね全く……何でそんな馬鹿なことを思いつくんだか!


 店主のおばちゃん、苦笑いながら単行本を五冊手に取る(舞台転換)

 転換後、ある屋敷の室内。今までの書店でのやりとりを、魔法の水晶玉でオフィストがこっそり見つめている。


 オフィスト(以下オ)  はは、まあ実際その手でボクらは大作家になれたんだけどね……。

 フ(歳を重ねて老年になっている)  いやいや、何よりもその後の努力あってこそ! 僕らが二人で努力に努力を重ねたから、今この幸福があるんだよ!

 オ  早いものですね、あれから五十年ですか……今やボクらはパートナー、こうして立派にお屋敷に住み、二人して作家をやっていて……。

 フ  やあ、全くきみには感謝してもしきれない! 最初のうちは「もう嫌だ、ここまでしんどい思いをするなら大作家なんぞなりとうない!」なんてりまくる僕を叱咤激励し、今の今までつきあってくれて……全くきみは僕の天使だ!

 オ  何をなにを、とんでもない! ボクはただの……、

 フ  ん? 何だい?

 オ(言いよどむ)  いや……にしてもあなたも物好きだ、こんなボクに恋するなんて……しかも『僕はその姿の、そのままのきみに恋したんだ』って、こうして男どうしのままで、五十年も一緒に暮らして……。

 フ  いやはは、出会いからもう五十年、きみは見た目に若いまま、僕はこの通り老いさらばえて、もうじき寿命みたいだが……来世もよろしく、長生きな悪魔の見習いさん……!


 急にしんみりそう言われ、オフィストがいきなりパートナーの腰に鋭いパンチをくれる。


 フ  あだだだだ! このごろ歳くって痛めっぱなしの腰が、腰があ!

 オ  いいかげんにしろ、天使だとか悪魔だとか! もう悪魔じゃない、見習いでもない! ボクはやたら長生きなだけの、ただのお前のつがいだからな!


 どこか泣きそうな声音で叫び、オフィストがさあっと目を伏せながら宣言する。


 オ  ……お前が死んだ後、二十年は待とう。だがその後は保証しない! 待ちきれずに他の相手と一緒になるかも分からんぞ!

 フ  …………え?

 オ  あああもう! 冗談だ、じょうだん! そんなをするんじゃない! そんくらいのイキオイで、亡くなったそばから生まれ変わって早く育てと言っているんだ!


 ――百万年でも、待っててやるから。

 ほおを染めてうつむくオフィストに、ファルスはそっと顔を寄せて口づける。


 しわくちゃの顔に、白い髪。パートナーの歳を重ねた姿もあまりに愛しくて……思わず抱きつくオフィストの背後に、本棚の『ファウスト』がっているようだった。

自作『代表作』の改稿にかかっていたら、こちらの短編のストックが尽きて……;

という訳で、しばらく更新とどこおります。ブックマークつけていただけた方、申し訳ありません!

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