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オフィスト

 その日、ファルスは悪魔の召喚に成功した。

 だが彼は魔法使いでも何でもない、二十五歳の駆け出しの作家……しょうもない小話をしょうもない雑誌のかたすみに書き散らす、しょうもない青年作家である。


「やあやあ、うまくいった、成功だ! 僕にしちゃあ上出来だ、五芒星と間違えて役に立たない六芒星を描くこともなく、美しい悪魔を召喚したぞ!」

「あのう、そうして喜ぶのも結構ですがね……ワタクシ、この魔法陣から外に出てもかまいませんか? 居心地悪くて話がしづらい……」

「え、何、フツーにそこから出れるの?」

「出れますとも、出らんなきゃせっかく召喚よびだされたのに、願いを叶えるのにいろいろ不都合でしょうが」

「あ、そーいうもんなの? じゃあどうぞどうぞ、狭くて汚い部屋ですけど……」

「ホントに狭くて汚いですね、せめて掃除くらいはしなさいよ、天井のすみにクモが巣ぅ張ってるじゃないですか」

「おかんみたいにうるさい悪魔だな!」


 何だかんだ言いながら、悪魔がすらりとチョークで描いた五芒星から進み出る。


 美しい悪魔だ。細い背中をふわふわと波打って彩る金髪、白く細くしなやかな手足……これで瞳が紅玉ルビーさながらの赤でなければ、羽のない天使と言っても通るだろう。


「やあ、残念だなあ……これできみがナイスバディの女性だったら……」

「あいにくですね、この通りワタクシはこう見えても男ですので……」


 これでも悪魔だ、性別を変えるくらいは何でもないが、出逢うなりベッドを共にするほどいやらしいの生き物じゃないからな、ボクは……!


 内心でそうツッコみつつ、悪魔は極上の笑みを浮かべる。


「それで、お望みは……?」

「ああそうだ、忘れるとこだった!」

「おい忘れんなよ肝心なことを!」

「お前けっこうなれなれしいな! まあ良いや、僕の望みはね……大作家になりたいんだ! ていうか売れたい! ていうか売れてモテモテのうはうはの大金持ちになって、でかい屋敷に住んで美味いもん食べて、一生を幸福にぜいたくに暮らしたい!」

「わあ絵に描いたような俗物!」

「俗物でも何でも良い、魂でも何でも売るから! さあさあ早くさあはやく!」

「うーん、正直無理ですね……ワタクシこう見えてまだ悪魔の見習いなので、お試しで本式の悪魔になれるかどうかの試練で、あんたみたいな小物に召喚されてやったんですよ」

「うわめっちゃ失礼!」


 言いながらファルスは納得もする。そうだよなあ、僕なんかがそれらしい本一冊読んで、付け焼き刃でちゃちゃっと描いた五芒星で呼べちゃうんだもん、まともな悪魔のはずないよなあ……!


「……ていうか、お前名前は?」

「ヒトに名を訊く時は、まず自分から名乗るのがすじだと思いますがご主人様」

「ケンカ売ってんのかへりくだるのかどっちかにしろ! ……僕はファルスだよ、でお前は?」

「名などありません、正直ワタクシついさっき地獄の釜のあぶくから生まれたばかりなので……」

「うーん、名がないと何かと不便だなあ……あ、じゃあオフィスト。なんか有名な文学作品に出てくる悪魔でメフィストっつーのいたじゃん、お前オスだからオフィスト」

「なんかどっかのマンガで見たことあるような名ですが……てかその言い方、あんた原典読んでないでしょ」

「原典? ああ、メフィストの出てくる話? もちろん読んでない! 長いし難しそうだから!」

「あーのーなー」


 怒りをたたえた笑顔で迫り、オフィストはがっしと作家の頭を両手でつかんで嫌と言うほどぐりぐりする。


「あいたたたた」

「ちゃんと読んどけよ『ファウスト』ぐらい! そんな程度で大作家になろうなどおこがましいわ! 読め読め今すぐ買ってきて読め! こうなりゃ乗りかかった船だ、ボクがこの手で! お前を大作家にしてみせる!」

「え、ちょっと待ち僕はもっと楽してなりたくてきみをこうして……」

「やかましい! 大体この部屋本少なすぎ! まずは読め読め名作を! しかるのち気に入った名文をノートに鉛筆で書き写し、文章の良さを味わい分析し、自身の執筆活動に活かすのだ!」

「ええちょっと何、きみ生まれたてなのに何でそんなに詳しいの!?」

「生まれたてでもこちとら悪魔の見習いじゃあ! それくらい分かるわ、今日からスパルタじゃ覚悟しろおお!」

「ええええええ!」

『うぉいこらとなりの部屋にいるやつら! うるせぇぞこのアパート壁が極薄なんだから! ちょいとは近所迷惑考えろ!』

『あ、すいません……』

 壁の向こうからの文句に、二人であやまる声が綺麗に重なり、新人作家と悪魔とは顔を見合わせて吹き出した。


* * *


 そうして、それから五十年。ファルスは今やお屋敷に住み、美しいパートナーもいて、二人して作家をやっている。


 タッグを組んだ作家コンビは世界に名をとどろかし、海に浮かんだ小島の書店にすら、二人の本が見事に平積みで並んでいる。


「おばちゃーん! 『ファルス&オフィスト』の新刊どこにあるー?」

「何言ってんだい、あんたの目の前に山と積んであるじゃあないか!」

「ああ本当だ、じゃあ五冊くれ! 読書好きの友だちの分も頼まれてんだ!」

「え、何あんたパシリ?」

「パシリじゃない! あいつらやたら忙しいから、仕事のない物書きの俺に頼んだんだよ!」

「偉そうに胸を張るんじゃない……まあ何だね、いつかあんたもファルスとオフィストみたいな作家先生になれると良いね」

「はっは! じゃあ何だな、床に五芒星でも描いて悪魔でも召喚してみるか!」

「しょうもないジョークだねぇ全く……何でそんな馬鹿なこと思いつくんだか!」


 店員のおばちゃんが苦笑いながら、単行本を五冊手に取る。……そんなある島の書店でのやりとりを、魔法の水晶玉でオフィストがこっそり見つめている。見つめてこちらも苦笑する。


「はは、まあ実際その手でボクらは大作家になれたんだけどね……」

「いや、何よりもその後の努力あってこそ! 僕らが二人で努力に努力を重ねたから、今この幸福があるんだよ!」


 きゅうっとこちらの肩を抱き、熱っぽく語るファルスにオフィストがぽつりとこぼす。


「最初のうちは、『もうヤだーこんなにしんどいなら大作家なんかなれなくて良いよー』とか泣きごとばっかり言ってたくせに……」

「はは、それはもう時効だろ? 何にせよ心から感謝してるよ、僕の可愛い悪魔さん……」

「……あなたもたいがい物好きだ、こんなボクに恋するなんて……しかも『僕はその姿の、そのまんまのきみに恋したんだから』って、男どうしのままで、五十年も一緒に暮らして……」

「……僕はもうじき寿命みたいだけど……来世もよろしく、長生きな悪魔の見習いさん……」


 急にしんみりそう言われ、オフィストがいきなりパートナーの腰に鋭いパンチをくれる。


「あだだだだ! このごろ歳くって痛めっぱなしの腰が、腰がああ!」

「もう悪魔じゃない、見習いでもない! ボクはやたら長生きなだけの、ただのお前のつがいだからな!」


 どこか泣きそうな声音で叫び、オフィストがさあっと目を伏せながら宣言する。


「……お前が死んだ後、二十年は待つ。でもその後は保証しない! 待ちきれずに他の相手と一緒になるかも!」

「…………え?」

「あああもう! そんなすんな! 例えばだ、たとえば! そんくらいのイキオイで、亡くなったそばから生まれ変わって早く育て!」


 ――百万年でも、待っててやるから。

 ほおを染めてうつむいて、珍しくのろけるオフィストに、ファルスはそっと顔を寄せて口づけた。


 しわくちゃの顔が、白い髪が、あんまりにも愛しくて……思わず抱きつくオフィストの背後に、本棚の『ファウスト』がっているようだった。

明日、お遊びで書いた『戯曲風』バージョンを上げる予定です(おまけということで……)

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