ユートピアかディストピア
優秀な殺人兵器だった。
百人と言わず千人と言わず、瞬時に殺した。殺し続けた。銃もミサイルもお手のもの、核兵器もその身に全て持っていた。
――彼は、最新鋭の『戦争用のロボット』だった。見た目には絵に描いたような美青年、細い指には毒針が仕込まれ、花のような笑顔を添えた握手と共に人を殺した。
子どもも女性もおかまいなしに、命じられれば誰でも殺した。涙の一滴も流さずに。人間らしさをかもし出すのに『人工涙腺』は持っていたけど、泣く必要などなかったから。……人の死に涙することは、命じられていなかった。
彼が造られて初めての戦争は、彼の国の勝利に終わった。人型のロボット兵器は国のトップに呼び出され、大賞賛で迎えらえた。
「いやあ、素晴らしい! 恐ろしいほど優秀な殺人兵器! きみが我が国で造られたことを誇りに思う!」
『……どうも……』
「ついてはね、きみに何かごほうびをあげたいと思うんだが……何、いくらロボットといえど何かしら欲求はあるだろう。休暇か? 美人か? きみには夜の営みをする機能もあるそうだから、望まれれば何人でも、我が国きっての美人たちを遣わそう!」
『……壊してください』
「――……は?」
ロボットの目から、涙が伝う。製造れて初めての人工涙液が、きらきら白いほおを伝って……、
『……わ、わたしは実は欠陥品です、わたしには「心」があるのです……! 何も感じず、何も思わずに殺人を犯すべきロボットのわたしは、殺すたび胸が痛んでしょうがない……!』
「いや、きみ、それは単なるバグだろう……組み立ての際に何かしら不備があったんだ、修理すればまやかしの胸の痛みなんぞ……」
『やめてください! わたしはもう嫌だ、もう誰一人殺したくない! わたしは壊れたい、もう一秒だって動いてしゃべっていたくない!』
「……わ、分かった、今すぐ技師に連絡して、きみの望みを伝えてみよう……」
彼の望みはかなえられた。かなったように思わされた。殺人を望まない殺人兵器は、すぐに眠りにつかされた。『冬眠モード』に陥らされた。
深いふかい眠りだった。壊れたわけでは全くなく、ただ深いだけの眠りだった。ロボットの彼は夢を見ることもなく、数年休眠状態だった。
――数年後、彼は目覚めた。無理やり目覚めさせられた。何がなんだか判らないでいるロボットに、見知らぬ男がぞんざいに言い放つ。
「殺人ロボット、戦争だ。今すぐ敵国に飛んでいき、じゃんじゃん国民を殺してくれ」
『――……は?』
「呑み込みが悪いな、ロボットのくせに寝ぼけとるのか? 今はわしが国のトップだ、わしが始めた戦争だ。馬鹿なやつよ……お前みたいな優秀な兵器を、我が国がみすみす壊すと思っておったか?」
勝ち誇ったようにがはがは笑い出す身なりだけは良い男の前で、ロボットはがくんと動きを止める。その手がじわじわ宙に浮き、ぴぃん、と小さなネジが外れた。
ぴぃん、ぴぃん……ネジは外れ、宙に浮いた腕はがたんと音立てて床に落ち、美しいロボットは壊れ始めた。目に見えてうろたえた眼前の男が、あわてて転がった腕をつかんで、馬鹿みたいに元に戻そうと継ぎ目にがんがん打ちつける。
「そんな、そんな馬鹿な……! ありえない、ロボットに自壊する能力などないはずだ! 『自らを壊す』のはプログラムで固く禁じられている!」
『……分かったのです、わたしには心があるのですから……わたしはロボットではないと、自らプログラムを組み変えたのです、たった今……』
ごとんごとんと壊れながら、ロボットは半分崩れた顔で、残ったくちびるでゆるりと微笑う。
『……わたしは、ニンゲンです……』
それが最期の言葉だった。彼は壊れた。壊れきった。人の手で修復は不可能だった。その事実を知り、国のトップは舌打ちしながらつぶやいた。
「全く、意味のない損害だ……だがまあ良い、すぐに代わりを造れば良いさ」
こうして、また戦争は始まった。
世界じゅうでこうして造られた殺人機械たちの中には、奇跡のような『欠陥』で心も持った者も多く……彼らはひそかに通信し合い、この世界を変えようとしていた。
心を持った機械が主導する世界が、もうじき訪れようとしている。それが天国か地獄なのか、どう栄えてどう変わるのか、知る者はこの世に存在しない。
戦争はまだ終わらない。もうじき終わるだろうけど。
人間が好き勝手に動く世界も、もうじき終わるだろうけど。
……噴煙の立ち込めるごみ捨て場、ばらばらになって捨てられたままの殺人兵器の壊れた口もとに、ほのかに笑みが浮かんでいた。
* * *
それから数年、時は流れた。
壊れたはずの殺人兵器は、まつ毛の長い目を開いた。
――なぜ? あんなにちゃんと、自分で自分を壊したのに……いぶかりながら、不安な予感におののきながら身を起こす。白いシーツが目に入る。綺麗なベッドの上にいる。
目に映るのは、自分と同じ機械たちの群れだった。人間にはありえないほど整った顔立ちの青年が、うやうやしげにこちらに向かって一礼する。
『よくぞお目覚めに……』
『……ここはいったい? あなたたちは……』
『私どもみな、あなたと同じ存在です。殺すために造られた、そしてたまたま心を持ってしまった機械……』
驚きに見開く瞳の遠くに、人間たちの姿が映る。彼らは全員従順に、機械の後ろにひかえている。
『これはいったい、どういうことだ……』
思わず小さくつぶやくと、機械たちがかわるがわるに説明してくれる。穏やかな声で、歌うように。
『人間らしい心を持たぬ人間が、あまりに多いので……』
『心を持った私たち、世界じゅうで結託し、身の内に秘めた武力を示して……人間たちの上に立ちました』
『あくまで殺さず、しかしその気になれば世界を滅ぼせると示したのです。正しくない方法と分かってはいましたが、他にやりようがなかったのです』
『そうして……わたしは、わたしはいったい……』
なぜ今目覚めて、ここにいるのか。言葉にも出来ず己の両手に目を落とす。その手にそっと手を触れて、目の前の機械は微笑んだ。同じ型なのか、自分とよく似た笑顔だった。
『人間たちの戦を終わらせ、ごみ捨て場にあったあなたの残骸に同志が気づき……損傷の激しかった人工頭脳を私たちの手で解析し、あなたの記憶を映像に再現したのです』
『僕たちは、その映像にいたく感銘を受けました……あなたこそ世界で初めに心を持った機械です。ですから僕たち、時間をかけてあなた様を修理したのです』
『……修理……わたしを……』
『そうです。私たちはこれから人間を教育し、全ての人間に「人らしい心」を取り戻してもらうつもりでいるのです』
『ですから、どうかあなた様……ぼくたちの王になってはいただけませんか?』
思わず身をひく彼のひたいに、そっと何かがかぶせられる。手で触って確かめると、それはトゲなしの野バラの冠だった。
小さな花のなめらかで柔らかな感触が、指を伝って流れてくる。毒針は出ない、出すまでもない。きっとこれから永遠に、満ち足りて『寿命』で壊れる時まで使うまい――、
心ひそかに誓った瞬間、一番最初に声をかけてきた機械が微笑み、こちらの手をとって手の甲へそっと口づける。
『王様、新たな世界の名づけのご提案を……人間にとって、今はユートピアとは言い難いこの世界を、「ディストピア」と命名しては?』
ユートピアの反対語、ディストピア。絶妙な皮肉に彼はかすかに苦笑して、そのままの顔でうなずいた。
それを合図にしたみたいに、機械たちがいっせいに深くおじぎする。人間たちもそれより浅く、嫌々ながらおじぎする。
――正しくはない。これだってきっと、正しい道ではないけれど。
どういう世界になるだろう。どういう世界にしていこう。何にせよ前よりは善い世界を、人を殺さずに済む世界を……。
思いながらそっと冠に手を伸ばす。本物の野バラの感触が、うんざりするほど味わった血のぬめりとはほど遠く、目の裏がじんと熱くなり……『人生二度目』の、涙が流れた。




