かみさまにひとつたりない
あまりにも思い上がった男がいました。
『自分には何でも出来る!』と思っていました。
「俳優もはだしで逃げ出す美形、雪みたいに白い肌! しなやかな手足に素晴らしい頭脳! 何だって出来る無敵の青年! このぼくに何一つ不可能はない!」
自分ではそう思っていましたが、そう思えるのが不思議なくらいに本当は『何もない』青年で、しなやかというよりひ弱な手足、雪よりも病的に青白い肌、そこらの子どもの方が頭が回るというような、ものの見事なかん違いっぷり。
……みんなは『つける薬がない』と相手にもしていませんでしたから、馬鹿な男のかん違いは巨きくなっていくばかりでした。
「そうさ、ぼくはいずれは神になれる! こんなに素晴らしいぼくだもの、神になれないはずはない!」
ついにそこまで言い出した青年を、ほとんどの人が相手にしなくなりました。彼を見ると、みんなはかげで己の頭のまわりでくるくる指を回してみせて、あきれ返った苦笑いで、あいさつもせずに『君子危うきに近寄らず』とばかりに遠ざかっていきました。
あんまり馬鹿な男だから、神様たちもあまりに冒涜的なことを言われても、てんで相手にしないのだろう……人々は内心でそう思い、あえて放っておきました。
そんなある日、馬鹿な男の夢の中に、一人の神が現れました。彼とも彼女ともつかない美しい生き物は、その背に白い翼を生やし、口もとには微笑を浮かべていましたが、その目には静かな怒りが燃えていました。
『……青年よ。お前は神になりたいか。何故になれると思うのだ』
「だって神様! ああ、あなた神様でしょう? 分かりますよ、ぼくはこんなに頭が良いから!」
『そんなことは聞いていない。何故神になれるとまで思い上がれる……』
「ええ? だってこの通り、ぼくはこんなに美しいし、びっくりするほど頭が良いから! そりゃあまあ、この世をお創りになった創造神になれるとまでは思いませんよ? でもまあ、あなたみたいな土地神くらいなら軽いですよ! 土地神なんてそこらにうじゃうじゃ湧いてますしね!」
夢の中で、神はゆっくり微笑みました。笑みに笑みを重ねた表情は、超然として恐ろしく……けれど愚かな男は、それにも気づかなかったのです。
『――では、お前を「神に一つ足りないもの」にしてやろう。永遠の寿命と、何でもできる能力をやろう。だがお前はあくまで「足りないもの」だ。真実や事実を曲げることは出来ないままだ……』
男はあまりの喜びに、夢の中で飛び上がりました。
永遠の寿命! 何でもできる能力だって! それさえあれば本当に無敵だ、よく分からない条件つきでも、これなら今からぼくは神様の仲間入り! みんながぼくを崇めるんだ!
――そうして夢から覚めた時、特別何も変わったような気はしませんが、男は頭から夢を信じて、神様としてふるまいました。当然まわりの人間は「こいつ、とうとうおかしくなった」と思いますから、ますます彼を遠ざけました。
それでも男は自分だけ自信満々で「我は神だ。敬うが良い」とそれは尊大にふるまいました。しまいに同情であいさつくらいはしてくれていた、二三人の親切な人からも見限られ、彼は本当に独りぼっちになりました。
そうなって初めて、彼は思い始めました。
――そうか、みんなぼくよりずっと馬鹿だから、ぼくが神って分からないんだ。やつらにそれを分からすには、何か善いことをすれば良い! 誰も出来ないような善いこと、何かないかなあ!
そう考えて見渡すと、遠くにそびえる『妖精育成農場』の屋根がぴかぴか光って見えました。それは異世界から迷い込んできた妖精を捕まえ、交配させて殖やしては殺し、ジャムやコンポートなど、甘いお菓子の材料にするための施設です。
男は今さらそれに気がつき、ぱんと手をうって喜びました。
しめた、あの妖精たちをみんな外に逃がしてやれば、みんなぼくを見直すぞ! ぼくが善い神なんだって、馬鹿なあいつらも信じるだろう!
そう考えた青年の背中にみるみるうちに羽が生え、青年は風を切って施設まで飛んでゆきました。ものの二分で施設について、外からぱっと手をかざすと――屋根が吹き飛び、窓という窓はみんな壊れて、中から妖精が飛び立ちました。
飛び立つそばから、妖精たちはもろもろに花の弾けるように体がはじけて、見るかげもなく赤剥けの皮膚をさらけ出し、赤黒い羽持つ小さな悪魔のような姿に――
そうです。妖精はもともと異世界の生き物、この世界の大気は彼らには『汚染』されているから、美しい姿など保っていられないのです。男はあんまり愚かなままで、そこに気づきもしなかったのです。
神様に一つ足りないもの。真実や事実を曲げることは出来ない……その重みに今さら気づいた男の前で、妖精たちは赤黒い花火のようにぶちぶち潰れてはつぎつぎ醜く再生し、男の周りを舞い踊っては祝福の歌を歌います。
『何て素晴らしい! 何てお優しい! ジャムやコンポートになるはずだった我らの命、こうして救ってくださった!』
『ああ、あなたこそ我らが王、白い翼の偉大な魔王! さあ何なりとご命令を!』
お話の中だけの生き物だった『悪魔』を生み出し、その上ぼくが魔王だって? 思いもよらない展開に呆然とする男の周りで、生まれたての悪魔たちは腹の底から楽しそうに、いつまでもぷらぷら踊り狂っていました。
やがてじわじわ日が暮れかかり、あたりの空気は赤くなり……血のように生ぬるい夕日の光が、景色を丸ごと真紅に染め上げておりました。
そうしてそれが、悪夢の始まり。
人間たちは存在もしなかった悪魔たちに日々おびやかされるように……なにせ今までの恨みがありますから、ジャムやコンポートなんか食べてる人間を見ようもんなら、彼らはただではすましません。
食べてる人間に寄ってたかって髪を引っ張る、鼻をひっかく、あげくの果てには瓶ごと奪い、食べかけの甘い中身をばあっと全部トイレに捨てる……ケガはするしトイレは詰まるし、何にも良いことありません。
元の存在が妖精ですから、お話の中の悪魔みたいに魂をとったりはしませんが、それでも人間は前よりずっと窮屈な暮らしをしています。
『白い翼の魔王様』は、悪魔たちに崇められ愛されて、流れでその後も『妖精育成農場』を襲い、妖精をつぎつぎと悪魔にしては、この世のどこかで仏頂面で過ごしています。
ああ、ぼくは善いことをする神様になるつもりだったのに……それが今や白い翼の魔王様だ! どうしてこんなことになったんだ?
ちゃんとした神様たちの予想通りか思いのほかか、めちゃくちゃになった世界のかたすみ、白い翼の魔王様は悪魔たちには愛されて、納得いかない顔をして、腕を組んで過ごしています。
……あれ? あなた、『それはしょせん別の世界のお話だ』って、ジャムに手を伸ばすんですか? 今夜、夢で悪魔たちに襲われたって知らないよ!




