ぼおん、ぼおん
「千年動く時計をね、このたび完成させました!」
「は? きみはまた、しょうもないことを……」
「しょうもない? 馬鹿言わんでくれ! ほらごらんよ、この柱時計! 見るからに上品かつ立派だろ?」
「きみは歩きでこの屋敷まで、それをかついで来たのかい? まあご苦労なことだねえ……」
『健康のためにひたすら歩け』が信条の幼なじみに、貴族の末裔はあきれかげんに息をつく。幼なじみの青年は、いかにも博士らしい片眼鏡をきらりと光らせて、よいしょと時計を友人の机に置いてやる。
「おいおい! そんなもの勝手に置かんでくれ!」
「まあいいじゃないか、買っておくれよ幼なじみのよしみでさあ! ずいぶん良いもんなんだよ、これは! 本当に今日この日から、千年は動き続けるんだから!」
「馬鹿だなきみは……その時計が『天才の発明品』だって、どうやって証明するんだい? ここはおとぎの世界じゃないんだ、千年生きる人などいない」
「はは、そりゃあいないさ!」
「じゃあ千年経って、きみの言うことが本当だったって、誰が分かるっていうんだい?」
「そこはほら、幼なじみの仲だろう? いっぺんぼくを信用して、この時計を買い取って……生きてるうちに時計が止まれば、ぼくに文句を言いに来なよ!」
しゃあしゃあと言ってのける片眼鏡の美青年に、負けず劣らず美しい青年はあきれたそぶりで息をつく。今さらのように柱時計に目をやって、それから何だかおかしそうにくしゃっとまゆをひそめて微笑う。
「……っとに、しょうがないなきみってやつは、言い出すと聞きゃあしないんだから……分かったよ、買おう、言い値で買おう。でも万が一時計が止まれば、その時はほんとに文句を言いに行くよ!」
「はっは! ぼかぁ良い友人を持って幸せだ! さて、肝心のお値段はね、こしょこしょ……」
「わあ、耳に口を寄せるなっ、くすぐったい……ってえらい高価いなぁ!」
こうして、柱時計は屋敷に置かれた。時計はかちかち動き続けた。五十年間動き続けた。六十年目も動いていた。老人になった博士は、馬車に乗って貴族の末裔の屋敷を訪れた。
「やあ……どうだい、時計の調子は?」
「時計は相変わらずだがな、お前はどうした? 馬車で来たのか……『健康のためにひたすら歩け』っていう誓いはどうした?」
「はは、無理言うな……歳のせいでひざも腰もがたがただ、歩いてここまで来られるかい! 良い馬は戦場に持っていかれて、ぼくの馬もだいぶよろよろのおいぼれだ、ここまで来るのがしんどそうだよ!」
「ふふ、そうかい……何だなぁ、こりゃあお前の思った通り、時計より僕らの方が先にあの世に行きそうだなあ……」
老いた博士は返事をせずに、黙って窓の外を見た。遠くとおくの街の方で、もくもく噴煙が上がっている。
「……この屋敷の方まで、まだ爆弾は飛んで来ないが……あと数日もしたら、屋敷もがれきになるか分からん……」
「いつまで続くんだろうね、戦争は? 僕らは寿命で死ねるだろうか……」
博士は再び黙り込み、柱時計をじっと見上げた。かちかちかちという音が、静かになった部屋に響いて、歳を重ねた幼なじみは、暗い表情で湯気の立つお茶に口をつける。
お茶も今では前より薄く、この国の……世界の行く末を想い、老人たちはほうと静かにため息した。
……そうして数日後、二人は戦の終わりを待たず、高齢のために眠るように息をひきとった。それぞれの屋敷で、二人のしわくちゃのくちびるには、淋しげな微笑が浮かんでいた。
戦争は、まだ続いていた。世界じゅうを巻き込んだ戦争は、十年前に始まって、一向に終わるきざしを見せなかった。あちこちでぼうぼう砲煙が上がり、十年経っても全く終わらず、業を煮やした一部の人間が毒をまき……、
毒は世界のあちこちに雪のように降らされ、白く積もってやがて溶け、もくろみよりずっと凶悪だった毒は、土に染み水に溶けて流れながれてついには海まで汚染した。
毒に侵された魚は次々ぷかぷか水面に浮かび、猫は道ばたをよたよた歩き、犬はおかしくなって血の噴いた牙で人に噛みつき、やがて全ての生き物はことごとく赤剥けに皮膚が剥け、のたうち回って苦しんで……
そうして世界は、終わりを告げた。世界じゅうどこを見ても、生きているものはいなくなった。砲弾を浴びて廃墟と化した屋敷の跡、がれきの中に時計ばかりが、かちこちと時を刻んでいた。
――そうして『あの日』から千年経って、柱時計は久しぶりに音を奏でた。
ぼおん、ぼおん……獣の哭き声のように時計の音はむなしく響き、それきり時計は動かなくなり、動くもののない死んだ世界に、朝日が赤く静かに昇り……、
千年経って、やっぱり時計は本物だったと、誰も知らずに朝が来た。時計は白くうつろな顔を、赤い朝日にさらしていた。かちこちかちこち音もさせず、ひたすらしいんと黙っていた。
……ぽつっと、雨が降ってきた。朝焼けのままぽつぽつ雨粒は落ちてきて、血の奔るような赤い空を、濡らして、濡らして……。
時計にも雨が落ちかかり、水はしたたり、しずくになってすじになって、文字盤の上をすべって落ちて、見る者もないまま、時計はひとりで濡れていく。
時計を濡らし、世界を濡らし、なまぬるい雨は降り続け、空は血を塗ったみたいに赤く、意味もなく美しい朝だった。




