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8.親バカ公爵の逆鱗

 学園からの帰り道で結社のチンピラを返り討ちにし、『光輝の大精霊』という(私にとっては使えない)超レアカードを分捕った日の夜。


 夕食を終え、自室で優雅にストレージ(カードの束)の整理をしていた私の耳に、屋敷の奥から地鳴りのような咆哮が響き渡った。


「――なんだとォォォッ!?我が愛しのセレスティアが、チンピラに襲われただとォォ!?」


 ビリビリと窓ガラスが震える。


 お父様(公爵)の声だ。


「……嫌な予感がする」


 私は慌ててデッキケースを放り出し、声のする執務室へと全速力で走った。


 バンッ! と重厚な扉を開け放つと、そこはすでに『戦場』と化していた。


「おい執事長! 今すぐ我がオブシディアン家の精鋭『黒竜騎士団』を全軍招集しろ!ついでに王室魔導院から戦略級の殲滅魔法使いを借りられるだけ借り受けろ!!」


 お父様が、真っ赤な顔をして執務机を真っ二つに叩き割りながら絶叫している。


「畏まりました、旦那様。……すでに屋敷の地下から『対城塞用・魔導熱線砲』の搬出を完了しております。目標は王都の地下水路及びスラム街。結社『ウロボロス』のアジトと目される区画一帯を、焦土に変えてまいります」


 普段は温厚な初老の執事長が、なぜかフルプレートアーマーを着込み、巨大なバズーカのようなものを担いでノリノリで応えている。


 そしてその傍らには、無数の手榴弾をエプロンにぶら下げたアンナが控えていた。


「お嬢様に害をなす害虫……一匹残らず、細胞レベルで物理的に焼却いたします。旦那様、私は先行してアジトの換気扇から毒ガスを散布してまいりますね」


「よろしい!行けアンナ!我が娘の靴の裏の泥にすら劣る下等生物どもに、オブシディアン家の怒り(物理)を思い知らせてやれ!!」


「やめなさい!!なんでうちの家はすぐ戦争ジェノサイドを始めようとするのよ!!」


 私は執務室に飛び込み、出撃しようとする重武装のメイドと執事長の前に立ち塞がった。


「セ、セレスティア!ああ、無事だったか私の天使!怯えなくてもいい、お前に近づく『魔導結社』などという羽虫の群れは、お父様が今夜中に消し炭にしておいてやるからな!ついでにあの王子も亡き者にしてくれる!」


「違うわよ!私は怯えてなんかないし、そもそも相手は私が完封ボコボコにしたわ!だから私兵団をしまって!熱線砲を置け執事長!あとルキウス様は仮にもこの国の王子なんだから亡き者にしたらダメでしょ!」


 私は必死に暴走する身内を説得にかかった。


 結社ウロボロスは、この乙女ゲーム世界における第2部の最大のメインヴィランだ。


 それを、ヒロインでもなんでもない悪役令嬢の実家が、「娘が絡まれたから」という理由で開始5分で物理的に殲滅クリアしてしまったら、いくらなんでもシナリオが崩壊しすぎる。


 いや、シナリオはどうでもいい。問題はそこではない。


「お父様、よく聞いて!彼らのアジトを熱線砲で焼き払ったりしたら……彼らが集めた『レアカード』まで燃えちゃうじゃないの!!」


「……は?」


 お父様が、ポカンと口を開けた。


「……レア、カード?」


「そうよ!結社の連中は、他人のカードを強奪する悪党の集まり。つまり、彼らのアジトには市場に出回らないような『超絶レアカードの山』が眠っているはずなのよ!」


 私は今日手に入れた『光輝の大精霊』のカードをお父様の鼻先に突きつけた。


「見て、これ!今日襲ってきた下っ端が持っていたカードよ。こんな世界を揺るがすレベルのカードを、下っ端が持ってるの。つまり、幹部連中を狩れば……いえ、倒せば、どれほどの資産カードが手に入ることか!」


 そう、ガチ勢にとって、魔導結社は「世界の脅威」などではない。「倒せば未所持のレアカードを落とす、超おいしいイベントボス(歩く拡張パック)」なのだ。それを物理兵器で灰にされては、戦利品が回収できなくなってしまう。


「だから、アジトを物理で爆破するのだけは絶対にやめて!彼らは私が、神聖なる『魔導決闘コンフリクト』で一人残らず身ぐるみ剥いでやるわ!」


 私は扇子をバサァッ!と広げ、獲物を狙う猛禽類のような目で宣言した。


「カードゲームの敗北による、徹底的な屈辱と精神的破壊……。それこそが、私に喧嘩を売った者への最もふさわしい罰ですわ!」


 ……しんと、執務室が静まり返る。


 言った後で、「少しカードゲーマーとしての業(欲)を出しすぎたか?」と冷や汗が出た。これではただのカツアゲだ。


 しかし。


「…………おおおおおッ!!」


 お父様が、突然感極まったように大粒の涙を流し始めた。


「命を奪うという生ぬるい真似はせず、あえて奴らの土俵である『闇のゲーム』に乗り込み、圧倒的な実力で心と尊厳とカードを根こそぎ粉砕する……!なんという冷酷!なんという誇り高さ!さすがは我がオブシディアン家の次期当主、これぞ貴族の覇道よ!!」


「えっ、あ、はい。そういうことですわ」


 どうやら、私の「カードへの強欲さ」が、貴族特有の「冷酷で優雅な制裁」として脳内変換されたらしい。チョロい。いや、助かった。


「執事長!全軍待機だ!愚か者どもの処刑は、我が娘の美しき魔導決闘コンフリクトに委ねる!だが、もし娘の指一本でも傷つけば、その時は王都の地下ごと奴らを消滅させるから、熱線砲のチャージは維持しておけ!」


「御意に」


「アンナ!お前はお嬢様の護衛として、決闘の邪魔をする外野を物理的に排除するのだ!」


「畏まりました。……デュエルに負けて泣き喚くゴミの喉を掻き切るお仕事ですね。腕が鳴ります」


「いやだから殺すなってば!!」


 こうして、私の必死の説得(?)により、魔導結社ウロボロスは「物理的な組織壊滅」という理不尽な滅亡から間一髪で救われた。


 ……もっとも。


 私という【完全ロック】と【手札破壊】を好む陰湿極まりないガチ勢に目をつけられた時点で、彼らのカードゲーマーとしての精神メンタルが壊滅することは、すでに確定していたのだが。


(待っていなさい結社の連中……。貴方たちの持っているレアカード、全部私のストレージの肥やしにしてあげるわ!)


 世界征服を目論む闇の組織。


 彼らはまだ知らない。自分たちが狙うヒロインよりも、自分たちを「レアカードの供給源カモ」として狙う悪役令嬢の方が、よほど悪魔のような思考をしているということを――。

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