7.闇の魔導決闘者の襲撃
王立魔法学園、特別購買棟。私は今日も今日とて、卒業生特権をフル活用して学園のカードショップに入り浸っていた。
理由は明白。市井のショップよりも圧倒的にマニアックな品揃えが良く、しかも学園の補助金が出ているため価格が相場より2割ほど安いからだ。
「ふふふ……欲しかった罠カードのホイル仕様、市価の半額で手に入ったわ。最高ね」
私はホクホク顔で、購入したばかりのカードをデッキケースに慎重に仕舞い込んだ。
「お嬢様、卒業生であるにも関わらず、毎日のように学園の購買に入り浸る公爵令嬢というのは、いささか外聞が悪いかと存じますが」
荷物持ち(兼・護衛兼・暗殺者)のアンナが、冷ややかな声で苦言を呈する。
「気にしない気にしない。カードの安さの前には、貴族のメンツなんて紙切れ以下の価値しかないのよ。さあ、帰ってデッキ調整よ」
私たちは人気の少ない学園の裏門ルートを通って帰路についた。
だが、その薄暗い並木道に差し掛かった時。
「――お嬢ちゃん。随分といいカードを買い漁ってたじゃねえか」
木陰から、下品な笑い声を上げて一人の男が現れた。
学園の制服を着てはいるが、着崩し方がだらしなく、目つきは獲物を狙うハイエナのように濁っている。そしてその左腕には、不気味な黒紫色の魔導盤が装着されていた。
(……この制服の着こなし、平民特待生?いえ、違うわね)
私は男から放たれる、淀んだ魔力の気配に目を細めた。
間違いない。昨夜考察したばかりの、世界征服を目論むろくでもない集団――『魔導結社ウロボロス』の末端構成員だ。
(流石、2部。こんな雑な感じで構成員がうろついているのね...治安どうなってるのよ?憲兵はちゃんと仕事しなさいよ)
「俺は結社『ウロボロス』の構成員、ザック!お嬢ちゃんが今買ったレアカード、全部置いていきな。抵抗するなら『闇魔導決闘』で、精神ごと焼き尽くしてやるぜェ!」
ザックと名乗る男は、下っ端特有の小者感を漂わせながらも、その手元から放たれる魔力はかなりのものだった。
おそらく、本来のストーリーなら、第2部の序盤でヒロイン(マリアンヌ)の前に立ち塞がり、彼女を大いに苦しめる「そこそこ強い中ボス(あるいは最初の壁)」なのだろう。
「お嬢様」
背後から、アンナがスッと前に出た。その手には、ピンを抜く寸前の手榴弾が握られている。
「あの薄汚い野盗、学園の敷地内でカツアゲとは万死に値します。私が今すぐ、あの汚物を物理的に『爆破』して、跡形もなく消し去ってまいりましょうか?」
「だから物理で解決しようとするな!!学園の敷地内で爆弾を使ったら私が捕まるわ!」
私はアンナの手榴弾を没収し(本当にどこから出してるのよ)、ため息をつきながら自分の魔導盤を起動した。
「いいですわよ。結社の人間がどれほどのデッキを使っているのか、少し興味がありましたし」
「ヒャハハ!公爵令嬢のプライドか?後悔させてやるぜェ!」
『――魔導結界、展開!』
【ザック】 MP:4000
【セレスティア】 MP:4000
「俺の先行だ!ドロー!」
ザックがカードを引き抜く。その顔に、歪んだ笑みが浮かんだ。
「ヒャッハー!初手から完璧な手札だぜ!お嬢ちゃん、お前は一歩も動けずに死ぬんだよォ!」
ザックのプレイングは、下っ端とはいえ洗練されていた。
彼は手札から次々と魔法カードを連鎖させ、山札から特定のカードをかき集めていく。
「俺は魔法カード『紅蓮の魔力庫』を発動!さらに『魔力抽出』『生命の削り出し』を連鎖!これで俺の手札には、相手にダメージを与える『バーン魔法』が大量に揃った!」
「……なるほど。【先行ワンキル(1ターンキル)】特化のバーンデッキね」
私は冷静に分析した。
自分のターンが回ってくる前に、相手の先行1ターン目で致死量のダメージを叩き込んで勝利する極悪コンボ。
ヒロインの「奇跡のドロー」すら、ターンが回ってこなければ発動できない。マリアンヌなら間違いなくここで瞬殺されていただろう。
「そうだ!俺の手札にある4枚のバーン魔法を連続発動すれば、合計4000のダメージ!お嬢ちゃんのMPはこれでゼロだァ!くらえ、『地獄の業火』発――」
「――ならば、私は手札から、効果を発動しますわ」
私は、静かに、そして冷酷に宣言した。
自分のターンではない。相手の先行1ターン目。私のフィールドにはカードが1枚もない状態。
「……は?」
「私は手札から『儚き闇兎』を墓地へ捨てて、効果を発動しますの」
私の手札から、一枚のカードが光となって散る。
同時に、ザックの魔導盤に展開されていた魔法陣が、凍りつくようにパリパリと音を立てて砕け散った。
「な、なんだとォ!?俺の魔法が、発動する前に無効化された!?」
「『儚き闇兎』は、相手がデッキからカードを手札に加える効果、またはダメージを与える効果を発動した時、手札から捨てることでその効果を無効にする『手札誘発』モンスターですわ」
ガチ勢の嗜み、手札誘発。
先行ワンキルという理不尽を咎めるための、さらなる理不尽(ルール介入)。
「ば、馬鹿な……!俺の完璧な先行ワンキルが……手札から直接妨害されただと……!?」
「ええ。そして、手札を使い切った貴方のフィールドはガラ空き。防御手段はゼロですわよね?」
私は扇子で口元を隠し、極上の悪役スマイルを浮かべた。
「私のターン。ドロー。……さあ、ここからは私の時間ですわ」
そこからの展開は、語るまでもない。
私は悠々と『静寂の魔石像』を配置し、魔法カードを封殺。さらに『呪縛の茨』と『暗黒の処刑人』を並べ、ザックの残り少ない手札と希望を完膚なきまでにへし折った。
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」
【ザック】 MP:4000 → 0
『勝者、セレスティア・フォン・オブシディアン』
「ば、化け物……!闇の魔導決闘者である俺が、何もさせてもらえずに……ッ!」
結界が解け、ザックは泡を吹いてその場に倒れ伏した。
「お嬢様、やはりこのゴミは……」
「アンナ、後片付けはいいわ。それよりも……」
私は、気絶したザックの懐からこぼれ落ちた、一枚のカードに目を奪われた。
他の禍々しいウロボロスのカードとは違う、淡く神聖な光を放つカード。
「……これって」
私はそのカードを拾い上げた。
カード名――『光輝の大精霊』。
(間違いない。これ、第2部でヒロインが『精霊の加護』を覚醒させるためのキーカードじゃない!)
本来のシナリオでは、マリアンヌが過酷な試練の末に手に入れ、奇跡のドローで必ず引き当てる最強の切り札。
それがなぜ、結社の下っ端の懐に入っているのか。
「……なるほど。ヒロインが主人公補正を失ったから、この世界における『精霊のカード』の所有権が宙に浮いて、結社に奪われていたってわけね」
私はカードのテキストを読み込んだ。
「『このカードが手札にある時、自分のMPが相手より3000以上少ない場合、このカードを山札に戻すことで自分のドローフェイズに山札の一番上のカードをデッキに入っている好きなカードに変更できる』……」
――チート極まりない効果である。これが「奇跡のドロー」の正体か。
しかし。
「……私のデッキとは、絶望的にシナジー(相性)が合わないわね」
「お嬢様?」
「私のデッキは相手を完封するから、そもそも『自分のMPが相手より3000以上も少なくなる』状況が難しいのよ。まぁカードとしてはかなり強いカードではあるんだけど......それに、光属性の精霊なんて、私の陰湿な闇属性デッキに入れたら浮きまくるわ」
私はため息をつき、その世界を救うかもしれない伝説の精霊カードを、「使えないカード(ストレージ行き)」として、デッキケースの一番後ろに雑に突っ込んだ。
「まあいいわ。コレクションの一つくらいにはなるでしょう。さあ、アンナ。帰ってデッキ調整の続きよ」
「はい、お嬢様。……このゴミは、裏山の肥料にしておきますね」
「だから殺すなってば!!......適当に憲兵に突き出しておきましょう」
こうして私は、世界の命運を握る精霊のカードを、何の感動もドラマチックな演出もなく、ただの戦利品感覚で手に入れてしまったのだった。




