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6.悪役令嬢の考察

 学園の決闘場でヒロイン(マリアンヌ)を完封し、レンと別れて屋敷に戻った夜。

 

 私は、高級なシルクのネグリジェに着替え、アンナが淹れてくれたカモミールティーを飲みながら、自室のベッドの上で一人、静かに思考を巡らせていた。


「……ここ数日、パック開封やら変態王子の襲来やらでバタバタしていて、ちゃんと考えていなかったわね」


 私は、サイドテーブルに置いた『静寂の魔石像』のカードを見つめながら呟いた。


 ここは、前世で私が珍しくプレイしていた乙女ゲーム『魔導の学舎と精霊の絆』の世界だ。私はその中の悪役令嬢、セレスティア・フォン・オブシディアンに転生している。当時は乙女ゲーにカードゲーム要素が入るというイロモノゲームとして話題になった。

 

 ここまではいい。問題は、現在進行形で「シナリオがぶっ壊れている」という事実だ。


「本来のルートなら、卒業パーティーで私はルキウス殿下から『婚約破棄』を宣告され、無実の罪を被せられて公爵家から追放されるはずだった……」


 このゲームは2部構成になっている。


 第1部『学園パート』は、平民(特待生)であるヒロインのマリアンヌが、ルキウス殿下をはじめとする攻略対象たちと絆を深め、最後に悪役令嬢(私)を断罪して結ばれるという王道のストーリーだ。


 卒業パーティーでのあの断罪イベントは、第1部のクライマックス。つまり、そこまではゲームのシナリオ通りに物語が進んでいたのだ。


「問題は、第2部『魔導結社編』よ」


 私はティーカップを置き、眉間を揉んだ。


 第1部で特定の相手と結ばれたマリアンヌは、学園卒業後、この世界を揺るがす闇の組織――『魔導結社ウロボロス』と戦うことになる。それが第2部のメインストーリーだ。どちらかというと1部はデッキ構築のためのチュートリアル的な意味合いが強い。本番は2部だ。



 魔導結社ウロボロス。



 魔導決闘コンフリクトによる世界征服を目論む、ろくでもない集団。他人のレアカードを強奪し、殺し、誘拐、闇魔導決闘ダークコンフリクト……犯罪なら何でもやる、まさにカードアニメのテンプレ悪の組織である。


 どの攻略対象と結ばれるかによってルートや敵の幹部は異なるものの、ヒロインが彼らと戦う運命にあることは変わらない。


 そして、その激しい戦いを勝ち抜くための「最大の武器」が、ヒロインのマリアンヌには備わっているはずなのだ。


「……『精霊の加護』、ね」


 私は小さく息を吐いた。


 ゲームの設定上、マリアンヌは精霊に愛された特別な存在だ。魔導決闘において、彼女は窮地に陥れば陥るほど、精霊の力によって「今一番必要なカード」を山札から引き当てることができる。いわゆる『奇跡のドロー』。某カードアニメの主人公さながらの、理不尽極まりない主人公補正だ。だからこそ、彼女は強力な魔導結社の幹部たちを相手に、圧倒的な戦力差を覆して逆転勝利を収めることができるのだ。


「……でも、今日の中庭での魔導決闘コンフリクトでは、そんなものは一切発動しなかった」


 私の【完全ロック】の前に、マリアンヌはただ絶望し、何も引けずに泣き崩れた。


 奇跡のドローなど微塵も起きず、私の計算ロジック通りにジワジワと焼き殺された。


「なぜかしら?私が魔導結社の人間(シナリオ上の敵)じゃないから、精霊が力を貸さなかった?それとも……」


 私は、もう一つの可能性に思い至り、ゾッとした。


「私が婚約破棄の魔導決闘コンフリクトで勝ってしまい、ルキウス殿下が私に夢中の『変態ドM』にクラスチェンジしてしまったせい……?」


 ヒロインの力は「愛と絆」に由来する。


 第1部でルキウスと結ばれることで、彼女の精霊の力は完全に覚醒するはずだった。

 

 しかし、私がそれを物理的パーミッションに阻止し、ルキウスの好意を私の方へ(ねじ曲がった形で)向けてしまった。


「つまり、マリアンヌは『攻略対象との絆』を失い、第2部を戦い抜くための主人公補正(奇跡のドロー)を失ってしまった、ということ……?」


 だとしたら、これは非常にマズい。


 魔導結社ウロボロスは、ヒロインの都合など関係なく、いずれ確実に動き出すはずだ。


 彼らが誇る【闇の魔導決闘者ダークコンフリクター】たちのデッキは、学園の生徒たち(ルキウスのような脳筋)とは比較にならないほど強力で、えげつない戦術を使ってくるはずだ。


 もし、今の『弱体化したマリアンヌ』が彼らに狙われたら?


 間違いなく、瞬殺される。奇跡のドロー抜きで結社の幹部に勝てるほど、彼女のプレイングスキルは高くない。それは今日のフルブッパの甘さを見れば分かる。


「ヒロインが負ければ、世界は魔導結社に支配される。……冗談じゃないわ。そんなディストピアになったら、新弾パックの予約もできなくなるし、のんびりカードゲームをするスローライフなんて夢のまた夢じゃない!」


 私はベッドから跳ね起き、自らのデッキケースを手に取った。


 世界を救うため?違う。


 マリアンヌを守るため?違う。


 私の、神聖なる「紙をしばく平穏な日常」を守るためだ。


(ヒロインがポンコツになってしまった以上、魔導結社が動き出した時、彼らを物理的……いえ、魔導決闘コンフリクトで粉砕できるのは、私しかいない)


 私は、自分の愛用する【パーミッション】デッキのカードたちを一枚一枚確認した。


 魔導結社の連中は、どんなえげつないデッキを使ってくるだろうか。【特殊勝利】か、【無限ループ】か、それとも【先行ワンキル】か。


「……ふふっ。望むところよ。闇の魔導決闘者ダークコンフリクターだろうが何だろうが、私の『完全ロック』と『手札破壊』で、全員まとめて息の根を止めてやるわ」


 世界を救う悪役令嬢。


 そんな柄ではないが、私のカードゲームライフを脅かす害虫は、徹底的に駆除してやる。


「お嬢様」


 不意に、部屋の暗がりからアンナが音もなく姿を現した。その手には、黒光りする巨大なロケットランチャーが抱えられている。


「……なぜそんな物騒な武器を?」


「お嬢様が『害虫を駆除する』と呟かれたので。魔導結社なる不届き者どもが動き出す前に、私がアジトに潜入し、この『対魔獣用・徹甲榴弾』でアジトごと更地にしてまいりましょうか?魔導決闘コンフリクトなどというまどろっこしい手順を踏む必要はございません」


「だから、物理で解決しようとするのはやめなさいってば!!」


 私はアンナからロケットランチャーを没収し(どうやって部屋に持ち込んだのよ)、深くため息をついた。


 前途多難。


 魔導結社との戦いより前に、身内の暴走を管理コントロールする方が、よほど難易度が高い気がする。


 私はロケットランチャーをベッドの下に隠し、明日からの「対・魔導結社用デッキ」の構築に頭を悩ませながら、静かに眠りについたのだった。

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